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箱庭と猫 第二部 ―聖霊の試練編― 上  作者: 山本陽之介
第1章 光輝ヲ往ク

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第12話 焦点座の突破

 重厚な石扉を閉ざすと、肌を焼くような熱波が嘘のように遮断された。


 広がるのは、静謐な冷気に満ちた石造りの円形広間。


 一行は呼吸を整えながら、油断なく周囲を見渡した。


 部屋の構造は、第一層の「分光座」に酷似している。だが、置かれている装置のスケールと、部屋全体に漂う重圧感がまるで違っていた。


 部屋の中央から壁際にかけて、大人が数人がかりでも動かせそうにない巨大な水晶レンズが、床に掘られた複雑なレールの上に鎮座している。あるものは光を集める凸レンズ、あるものは光を拡散させる凹レンズ。それらが無秩序に配置され、部屋の最奥にある「閉ざされた扉」への道を物理的に塞いでいる。


「……なるほど。『収束』と『焦点』かな?」


 レオがゴーグルの倍率を上げ、汗を拭いながら分析する。


 最奥の扉の中央には、赤く変色した特殊な金属板――感熱式の封印錠が埋め込まれている。そして、入り口付近の天井からは、頼りないほど微弱な光を放つ光源装置が一基、吊り下げられていた。


「どう見ますか? 陛下」


 レオが水を向けると、アーヴィン王は目の前にそびえる直径2メートル超の水晶レンズを見上げ、コンコンと拳で叩いて感触を確かめた。硬質で重い音が、広間に響く。


「これまた一層の時と同じで、理屈は単純だね。あの微弱な光を、これらのレンズを通して増幅・収束させ、あの一点の封印錠に合わせる。子供が虫眼鏡で紙を焼く実験の、大規模版といったところかな」

「同感です。問題は、どうやってこの配置を完了させるかですが」


 レオが視線を落とした先、レンズを支える台座は分厚い鋳鉄製で、床のレールには長年の放置による赤錆が浮いている。


 アーヴィンもまた、その錆びついたレールを見て眉をひそめた。


「魔法で浮かせて動かすには、この質量は重すぎる。それに、これだけ繊細な光路の調整となると、魔法的な干渉はノイズになりかねない」

「ええ。魔力効率が悪すぎます。……となると、解決策は一つですね」


 レオとアーヴィンが顔を見合わせ、同時にニヤリと笑った。


「「手で押す」」


 二人の結論に、控えていたシルビアが目を丸くする。


「えっ……手で、ですか?この巨大な装置を?」

「ええ。一番確実で、一番早い。……とはいえ、この錆びついた鉄塊を素手で動かすとなると、私の細腕では少々骨が折れます」


 レオが大げさに肩をすくめると、アーヴィンも楽しげに同調した。


「違いない。私もデスクワーク続きでね。腰を痛めては、リンジーに叱られてしまうからね」

「ですので、シルビアさん」


 レオが振り返り、聖女に向かって手を差し出した。


「貴女の力をお借りしたい」

「……なるほど。そういうことでしたら、お任せください」


 シルビアは二人の意図を察して頼もしく微笑むと、レオとアーヴィンの背にそっと手を添え、自身の胸にも手を当てた。


 彼女の掌から淡い金色の光が溢れ出し、三人の体へと吸い込まれていく。


 行使されたのは、第四位階癒属性魔法≪ セイクリッド・ブースト ≫。


 癒やしの聖霊アウローラの加護を触媒とし、対象の細胞一つ一つに高純度のマナを充填、活性化させる身体機能強化の術式である。筋繊維の収縮率を限界まで引き上げ、一時的に常人の数倍に及ぶ怪力を付与する。


 光が体内に浸透していくにつれ、レオは全身の筋肉が内側から熱を帯び、バネのようにしなやかに張り詰めていくのを感じた。疲労物質が浄化され、力が湧き上がってくる。


「……素晴らしいキレを感じるよ。体が羽毛のように軽い」


 アーヴィンが軽く拳を握りしめ、溢れる力に感嘆の声を漏らす。その腕には、王衣の下で鋼のように鍛え上げられた筋肉が躍動していた。


「では、手早く片付けましょう。私が座標を読み上げます」


 レオはゴーグルの計測モードを起動し、レンズとレールの配置、そして光源とゴールの距離を瞬時にスキャンする。脳内で光の屈折率を計算し、最短の手順を弾き出す。


「ノワル」

「はい」


 ノイアーは主の意図を汲み取り、音もなく巨大なレンズの上へと飛び乗った。


「私は光路の確保と、レンズの清掃を。一点の曇りも残しません」

「頼んだ。……では陛下、まずは右翼の第一凸レンズから片付けましょう」

「了解」


 レオとアーヴィンが、左右に分かれて巨大なレンズの台座に手をかける。本来であれば、大の男が数人で掛かっても動くかどうか怪しい数トンの鉄塊だ。ましてや、車輪は錆びついている。


「右へ15度回頭。レールに沿って3メートル前進。……行きます」


 二人が軽く力を込めた瞬間、ズズズ……という重低音と共に、巨大装置があっけなく動き出した。


「おっと、軽すぎるな。勢い余って脱線させないように注意が必要みたいだ」

「ええ。シルビアさんの支援が優秀すぎますね」


 レオたちは軽口を叩きながらも、慎重かつ迅速にレンズをスライドさせていく。


 強化された筋力の前では、錆びついたレールの摩擦など無いに等しい。彼らはまるで空箱でも運ぶかのように、次々と巨大な装置を所定の位置へと移動させていく。


「そこです。ストップ」


 レオの指示で、ピタリと止める。


「次は左手前、拡散用レンズを光路へ」

「分かった。……それにしても、一国の王に力仕事をさせるとは、君もなかなかの度胸だね」


 アーヴィンが額の汗を拭いながら笑う。


「人聞きが悪い。共同作業と言ってください。それに、今の陛下は王ではなく、頼れるパーティの一員ですから」

「ははは、違いない。玉座に座っているより、よほど生きている心地がするよ」


 王と技術屋。男二人が黙々と、しかし楽しげに作業を進める中、シルビアはその中心で、絶え間なく二人に金色の光を供給し続けていた。


「お二人とも、ペースが速いですわ。マナの供給が追いつかなくなります」

「おや、それは申し訳ない。もう少しゆっくりやりましょうか?」

「あ。いえ、大丈夫です、すいません。……負けていられませんから!」


 シルビアが負けん気を発揮し、さらに光の出力を上げる。


 その頭上では、黒衣の影が舞っていた。


 ノイアーだ。


 彼はレンズの上を軽やかに飛び回りながら、手にしたシルクのクロスと微細な風魔法を操り、水晶の表面に付着した長年の埃や汚れを拭い去っていく。


 わずかな曇りや塵も、収束された高エネルギーの光の中では、光路を歪める障害物となり、最悪の場合は熱を持ってレンズの破損を招く。彼の仕事は、地味だが最も重要な「仕上げ」だった。


「第一レンズ、透過率クリア。第二、第三も問題ありません」


 涼やかな報告と共に、ノイアーはレンズの角度を指先一つで微調整する。レオの指示が大まかな配置ならば、ノイアーの仕事はミリ単位の修正だ。


「座標修正、完了。光路上の障害物、全て排除済みです」

「完璧だ、ノワル。……よし、これでラストです!」


 レオが声を張り上げる。


「中央主レンズ、仰角修正。……行きます!」


 レオとアーヴィンが同時に力を込め、最後の巨大レンズを押し込む。


 ガチャン、という重厚なロック音が広間に響き、全ての装置が計算通りの定位置に嵌まり込んだ。


 その瞬間。


 入り口の光源から放たれた頼りない光が、第一のレンズを通り、収束され、輝きを増す。


 光は次々と、ノイアーによって磨き上げられた水晶の中を駆け抜け、屈折と収束を繰り返し、やがて一本の鋭利な「光の針」へと変貌した。


 大気を焦がすような鋭い音が鼓膜を打ち、可視化された高密度の光線が、最奥の封印錠の一点を射抜く。


 瞬時に金属が赤熱し、白煙が上がる。


 数秒後、焼き切れた封印が音を立てて砕け散り、扉のロックが解除された。


 足元の石畳を震わせるほどの重低音と共に、巨大な扉がゆっくりと左右へ開かれる。


「おー。……よかった。計算通りです」


 レオがゴーグルを上げ、息をつく。シルビアが手を下ろすと、二人の体を包んでいた強化の光がふわりと霧散した。


「お疲れ様でした。お二人とも、凄い力でしたわ」

「いやいや、シルビアさんの支援のおかげですよ。自力なら、明日の朝までかかっていたでしょう」


 レオは短く礼を言い、軽く肩を回した。


「見事な連携だったね。頭脳と肉体、そして献身。……素晴らしいチームだよ」


 アーヴィンが満足げに頷き、ノイアーが磨き上げたレンズを一瞥する。


「それに、あのレンズの輝きを見なよ。塵一つない。ノワル殿の仕事があればこそ、光は真っ直ぐ届いたんだね」

「恐縮です」


 ノイアーがレンズの上から音もなく着地し、恭しく一礼する。


 扉の奥からは、次のエリアへの風が吹き込んでくる。だが、その風にはこれまで感じたような「試練の気配」とは異なる、どこか無機質で乾いた殺気が混じっていた。


 レオは開かれた扉の奥へ数歩進み出ると、その先にある光景をじっと観察した。


 そこにあるのは、純白の壁に挟まれた回廊。これまでの部屋とは違い、先が見通せない。通路は緩やかなカーブを描きながら、右――時計回りへと伸びていた。


 壁面には等間隔に、砲門のようなマナ反応が見て取れる。


「……随分と、長そうですね」


 レオがぽつりと呟く。その言葉に、背後から覗き込んだシルビアも顔をしかめた。


「ええ……。先が見えませんわ。それに、なんだか嫌な予感がします」

「同感だよ。この構造、途中に休憩できそうな小部屋も見当たらないね」


 アーヴィンが目を細める。


「レオさん?」


 シルビアが不安げにレオの名を呼んだ。


 レオは振り返ると、仲間たちの顔を見渡した。アーヴィンもシルビアも、疲労の色は見せていないが、これまでの連戦と作業で消耗していないはずがない。


「休憩にしましょう」


 レオは迷いなく言い切った。


「無理に進む必要はありません。万全の状態を作ってから挑むのが、我々の流儀です」


 レオは無造作に【クロノ・ヴィラ】を展開した。


「賛成ですわ。お茶にしましょう」


 シルビアが嬉しそうに即答する。もはや、この場で家が出ることに驚く者はいない。

 






「ふぅ……生き返りますわ」


 快適な空調が効いたリビングで、シルビアがふかふかのソファに深く身を沈める。手には湯気の立つティーカップ。先ほどまでのレンズ運びの労働と、聖域の緊張感が嘘のような、優雅なひとときだ。


「やれやれ。改めて戦場の只中にいることを忘れてしまいそうだね」


 対面のソファでは、アーヴィンもまたブーツを脱いでリラックスした様子で、香り高い紅茶を楽しんでいる。


「焦りは禁物ですから。時間は止まっていませんが、我々のコンディションの悪化をを止めることはできます」


 レオはキッチンのカウンターへ視線を向ける。そこには、主のカップが空くタイミングを見計らい、無言でポットを構えるノイアーの姿があった。


「しっかりと休んでください。……次がどうなるか、行ってみなければ分からないのですから」


 白い箱の内側、時空によって隔絶された絶対的な安全圏の中で、一行はつかの間の安息に身を委ねた。

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