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箱庭と猫 第二部 ―聖霊の試練編― 上  作者: 山本陽之介
第1章 光輝ヲ往ク

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第11話 集光の焦熱

 レオが懐中時計を操作すると、巨大な白い立方体――【クロノ・ヴィラ】は、音もなく折り畳まれ、掌サイズの箱へと戻った。


 鏡の部屋に、再び無機質な静寂が戻る。


 十分な睡眠と食事をとったおかげで、シルビアたちの顔色も良い。レオが≪クロノ・ボックス≫へ【クロノ・ヴィラ】を収納し、眼前の重厚な扉に向き直る。


「では、行きますか」


 レオがノブ扉に手をかけ、力を込めて押し開いた。瞬間、肌を刺すような高熱が噴き出した。シルビアが咄嗟に顔を腕で覆い、後退る。


 それは炎が燃え盛る熱さではない。真夏の太陽を凸レンズで一点に集めたような、純粋で鋭利な「光熱」の奔流だった。


 目の前に広がるのは、白熱した石造りの回廊。


 高い天井付近には、直径数メートルに及ぶ巨大なレンズが複数、不規則な軌道で浮遊している。それらは光源からの光を取り込み、角度を変えながら床上の座標を執拗に捕捉していた。


「……うわあ。これはまた、極端な」


 レオが他人事のように呟き、ゴーグルの遮光率を上げる。呼吸をするだけで肺が乾く感覚。装備の冷却術式がフル稼働しているが、排熱が追いついていない。


 視界の中、浮遊するレンズの一つが角度を固定した。


 次の瞬間、収束された光が可視化できるほどの熱線となり、床の石材を射抜く。


 ジュッ、という短い音と共に、石が瞬時に赤熱し、泥のように溶解して窪みに溜まった。


「レンズによる集光攻撃かあ。……長居は出来ませんね」


 レオが短く分析する横で、シルビアの肌に赤みが差す。この空間において、停滞は死に直結する。頭上のレンズ群は常に移動し、侵入者を焼き尽くすための焦点距離を計算し続けているようだ。


「走りましょう」


 レオの短い合図で、四人は回廊へと足を踏み入れた。直後、空間のマナ濃度が変化する。


 レンズの群れが連動し、数条の熱線が彼らの進路を塞ぐように奔る。さらに、光の陰からゆらりと姿を現すものがあった。


 太陽のプロミネンスを球体に閉じ込めたような姿をした、オレンジ色に輝く浮遊物体だ。


「触らないでください。あれは生物じゃない」


 レオが警告する。魔力感知が捉えているのは、高密度のマナを圧縮しただけの、不安定なエネルギー体。外部からの衝撃を与えれば、即座に熱量を開放し崩壊する構造――いわば、自律機動する爆弾だ。


「私がやろう」


 声を上げたのは、最後尾に控えていたアーヴィン王だった。彼は白銀の戦闘服のマントを翻し、優雅な足取りで前衛へと歩み出る。


「光のことわりならば、私の領分だよ」


 アーヴィンが剣先を天井へ向ける。頭上のレンズ群が一斉に輝きを増し、数十の熱線が彼めがけて収束した。回避不能な光の豪雨。


 だが、王は動じない。


 彼が剣を一閃させると、その軌跡に沿って空間に幾何学的な光の膜が展開された。


 ――第五位階光属性防御魔法≪ プリズム・ウォール ≫。


 殺意を込めて降り注いだ熱線は、透明な壁に触れた瞬間、そのベクトルを強制的に書き換えられた。


 光は壁面で乱反射し、拡散され、無害な七色の粒子となって周囲に散らばる。直撃すれば人体など容易に炭化させるエネルギーが、王の指揮の下では単なるイルミネーションへと変貌していた。


「おおー。お見事」


 レオが感嘆の声を漏らす。力押しで防ぐのではない。光の性質を知り尽くした者による、精密な演算と誘導の結果だった。


「進もうか。私が傘になるよ」


 アーヴィンは剣を指揮棒のように振るい、自身の頭上に展開したプリズムの傘を維持したまま歩き出す。


 オレンジ色のエネルギー体――ソーラー・ウィスプが、侵入者を排除すべく殺到する。爆発覚悟の特攻。だが、それらがレオたちに届くことはない。


 アーヴィンの左手が動く。指先から放たれた光弾が、物体の中心核を正確に射抜いた。


 爆発。


 物体は弾けた瞬間に凄まじい熱量を撒き散らしたが、その熱波もまた、即座に再構築されたプリズムの壁によって外側へと弾き出された。


「やはり、自爆するタイプか。……だけど、問題ないよ」


 王は淡々と告げる。その背中には、一国の王としての威厳と、歴戦の魔導師としての実力が滲んでいた。


 だが――この回廊の真の恐ろしさは、敵の強さではなく、その異常なまでの「長さ」にあった。


 進んでも、進んでも、景色が変わらない。あるのは白熱した石壁と、頭上で回転する不気味なレンズの群れ。そして、湧き出し続けるソーラー・ウィスプの光のみ。


 一時間。二時間。


 体感温度50度を超える灼熱の中、神経を張り詰めたままの行軍が続く。


 アーヴィンが展開する防御陣の中、レオは時折、死角から迫る物体を時空魔法で彼方へと転移させ、ノイアーは闇魔法で過剰な光量を減衰させて王の負担を減らす。シルビアは自身の身体強化を維持しつつ、並走しながら癒しの波動を放ち続けていた。


「……長いですね」


 レオが懐中時計を確認し、顔をしかめる。走り続けて、既に三時間が経過していた。


 外周のサイズから計算しても、とっくの昔に中心部へ到達していなければおかしい距離だ。


「空間拡張か、あるいは回廊自体が螺旋状にねじれているのか。……設計者の性格の悪さが透けて見えますよ」

「まあ、この熱光線以外に守護者が出てこないところは、不幸中の幸いですね」

「そうですけど、シルビアさん。景色が単調過ぎて、地味に精神ダメージが大きいですよ」

「それは同意です!」

「ははっ」


 レオが苦笑しつつ、額の汗を拭う。装備の冷却機能は限界を迎え、全員の服は汗で重くなっている。シルビアの癒しがなければ、とうに熱中症で倒れていただろう。


「それにしても、まだ続くのかい……?さすがに、魔力がきついね」


 先頭を行くアーヴィンの呼吸が荒い。三時間、絶え間なく降り注ぐ熱線を捌き続けてきたのだ。その消耗は計り知れない。


「陛下、交代します。ノワル!」

「御意」


 レオの合図で陣形を変える。ノイアーが前に出て、漆黒の霧を展開して光を遮断する。その隙に、レオが≪クロノ・ボックス≫から取り出した水筒を、アーヴィンに手渡した。


「……すまない。助かるよ」


 王が水をあおる。無駄口を叩く余裕は、誰にもなくなっていた。ただ、レンズが回転する駆動音と、光が弾ける音だけが響く。役割分担された最適解を、機械のように淡々と実行し続ける。そうしなければ、この熱量に精神ごと焼き切られてしまうからだ。


 そして、三時間半が経過した頃。最後の熱線を弾き返し、アーヴィンが剣を納めた。


 前方に、歪んだ空間の終わり――重厚な扉が鎮座していた。


 レオは熱で歪んだ扉のノブに水属性のマナを当て、押し開けた。


 扉が開くと同時に、熱波が遮断され、肌を刺すような殺気が途絶える。目の前に広がるのは、幾何学的な静寂。


 レオは背後を一瞥し、ふぅ、と大きく息を吐いた。


「……お?熱が引いていきますね」


 レオはゴーグルをずらして汗を拭うと、疲労の滲む顔で振り返った。


「どうやら、抜けたようです」


 その先には、冷ややかな空間が待ち受けていた。

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