零番目の深淵を記す者による手記:第二片
世界を焼いた業火が止み、星の悲鳴が静寂へと変わった時、焦土と化した大地の中心に立っていたのは、「八名」の英雄であった。
しかし、世界を崩壊の運命から救い出したのは、間違いなく「九名」である。この数字の齟齬には、明確な理由が存在する。
時空の理を操り、最後の瞬間に自らの命を賭して極大の破壊エネルギーを減衰させ、世界を護り抜いた「九人目」の英雄。
彼は、自らが考案した理論が、結果的に深淵の扉を開く兵器の鍵となってしまったという重い罪を背負っていた。
そのため、死の間際において、自らの功績と名を歴史の表舞台から完全に削り取ることを、生き残った者たちに強く望んだのである。
それは単なる贖罪ではなく、自らの存在や知識が、後世において再び「禁忌の扉を開く鍵」として悪用されることを防ぐためのものでもあった。
論理と効率を重んじた彼らしい、冷徹なまでの自己清算であったと言える。
故に、世界は彼を忘れ、彼は歴史の裏側に隠された「幻の英雄」となった。
残された八人の英雄たちは、穿たれた星の傷跡――現在は巨大な水鏡となっている魔孔――を取り囲むように、八芒星の頂点へと散った。
闇、光、火、水、風、地、氷、雷。
彼らはそれぞれの属性を司る大聖霊と契約を結び、そこに八つの国を興した。
これは、戦後の混乱を収めるための単なる領土分割や、政治的統治の枠組みではない。
八つの極へと散った真の目的は、深淵の底に縛り付けた「名を呼べぬ災厄」を、物理的かつ魔術的に永遠に封じ込めるための、星規模の巨大な結界機構の礎とするためであった。
八つの国は、災厄の巨大な質量を平面的に縛るための強固な「鎖」である。
そして、それぞれが司る八つの相反し、また補完し合う属性の力は、その鎖を大地に固定するための決して抜けぬ「楔」として機能している。
この完璧な魔導幾何学の配置によってのみ、世界の亀裂はかろうじて塞がれているのだ。
そして、その強固な円環の中心には、玉座が配置された。
深淵の底に眠る「名を呼べぬ災厄」を縫い留めるのは、平面の封印だけではない。
次元を貫く巨大な「見えざる杭」による、物理法則を覆す立体的な封印構造がそこには隠されている。
平面を縛る八つの鎖と楔、そして不可視の領域から押さえつける立体的な重圧。
これらすべてが噛み合って初めて、この星のかりそめの平穏を支える最後の封印が成立している。
システムは完成し、世界は安定を取り戻したかに見える。
だが忘れてはならない。
生命が踏みしめるこの強固な大地の下には、今もなお、名もなき混沌が底知れぬ口を開けて待っているという事実を。
理を忘れ、目先の欲望のために鎖を自ら解くような愚行を、二度と繰り返してはならない。
「オーヴァス・カインの手記」より




