喪失(第二十五話)
夕方の校門前。
部活帰りの生徒たち。
笑い声。
いつもの日常。
美月が小田原の隣で笑っている。
「ねえ、今日さ――」
その瞬間。
空気が凍る。
音が消える。
上空に歪み。
赤い亀裂。
皇帝ファイが降臨する。
巨大な因子の影。
誰も動けない。
小田原が震える。
「なに……あれ」
玲が遠くから走ってくる。
だが、間に合わない。
ファイの瞳が、ゆっくりと向く。
美月へ。
「純度の高い因子」
小田原が美月の腕を掴む。
「逃げよ、みっちゃん!」
だが足が動かない。
因子波動が空間を押し潰す。
玲が叫ぶ。
「やめろ!」
ファイの腕が振り下ろされる。
衝撃。
地面が砕ける。
爆風。
煙。
静寂。
小田原が倒れている。
耳鳴り。
視界がぼやける。
ゆっくり顔を上げる。
そこに。
美月が倒れている。
血が広がる。
目は、もう焦点がない。
「……みっちゃん?」
返事はない。
小田原の喉が震える。
「起きてよ」
涙が落ちる。
玲が駆け寄る。
手が震えている。
だが、もう分かっている。
助からない。
小田原の中で、何かが割れる。
その瞬間――
フラッシュバック。
放課後の教室。
男子生徒の絶叫。
身体が歪む。
ジドバ化。
悲鳴。
十四人。
逃げ場のない廊下。
そして現れた影。
玲。
まだ制御の甘い力。
暴走男子を止めようとする。
因子の爆発。
崩れる天井。
美月の手を掴んだ記憶。
「小夜、走って!」
瓦礫。
暗転。
――死。
次の記憶。
白い天井。
知らない研究室。
天城コーポレートのロゴ。
誰かの声。
「蘇生成功二名」
「他は……不適合」
そして。
頭に走る違和感。
“事故はなかった”
“誰も死んでいない”
塗り替えられた記憶。
押し込められた真実。
現在へ戻る。
目の前には、
本当に死んだ美月。
今度は蘇らない。
小田原の呼吸が乱れる。
「また……?」
「また私たちだけ……?」
玲を見る。
憎しみと恐怖と混乱。
「お前が来なきゃ……」
声が壊れる。
「お前が戦わなきゃ……!」
涙が止まらない。
「みんな、死ななかったのに!」
それは違う。
けれど今の彼女には関係ない。
事実は一つ。
玲が関わると、人が死ぬ。
美月の身体に縋りつく。
「返してよ……」
玲は立ち尽くす。
二度目の喪失。
二度目の“守れなかった”。
夕焼けが、赤く染まる。
皇帝ファイの声が空に響く。
「人間は、学ばない」
小田原の瞳から光が消えかける。
思い出してしまった。
忘れたほうが幸せだった過去を。
そして、目の前の現実を。




