不穏な日常(第二話)
ジドバは崩れ落ち、黒い粒子となって消えた。
静寂。
川崎の高架下に、焦げた匂いだけが残る。
主人公は無言で立っていた。
呼吸は乱れていない。
脈も安定している。
まるで――日常動作のように。
ヒロインが震える声で言う。
「……今の、何?」
「知らない方がいい」
冷たい返答。
彼は背を向ける。
だが足元に、何かが落ちている。
小さなヘアピン。
可愛らしい、うさぎの形。
彼は一瞬それを見つめる。
胸の奥がざわつく。
知らないはずなのに。
どこかで見た気がする。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
彼はそれを拾い、ポケットに入れた。
無意識だった。
夜。
首都高を走るバイク。
風を切る音。
後ろに乗るヒロインが叫ぶ。
「ねぇ! あんた何者!?」
「ただの通りすがりだ」
「いやいやいや、変身したよね!?」
沈黙。
彼はバックミラー越しに彼女を見る。
「お前こそ、あれをどこで手に入れた」
彼女は少しだけ視線を逸らす。
「……家のもの。父の」
「父親は何者だ」
「言えない」
即答。
互いに隠し事。
それでもバイクは進む。
目的地は――新宿。
同時刻。
羽生サービスエリア。
親友はスマホを握りしめていた。
妹からの返信はない。
「既読……つかない」
胸騒ぎが止まらない。
足元に落ちている写真。
妹とのツーショット。
妹の髪には――
うさぎのヘアピン。
親友は小さく呟く。
「……変な夢、見たんだよな」
夢の中で、妹が言った。
お兄ちゃん、もし私が私じゃなくなったらどうする?
彼は首を振る。
「馬鹿なこと考えるな」
だが、胸は締めつけられる。
新宿駅周辺。
ネオンが眩しい。
ヒロインが両手を広げる。
「着いたー!」
主人公は無言。
人混みを観察している。
不自然な動き。
わずかな視線。
「……多いな」
「何が?」
「いや」
彼には分かる。
ジドバの“匂い”。
まだ、いる。
「ねぇ、ちょっと付き合ってよ」
ヒロインが彼の袖を引く。
連れていかれたのはアニメグッズ店。
派手なポスター。
コスプレコーナー。
「これ、似合うと思わない?」
ナース服を当てる。
「興味ない」
「メイドは?」
「ない」
「はー、つまんない男」
彼女は舌を出す。
「じゃあさ、あんたが着てみてよ」
「は?」
数分後。
彼は渋々、コスプレをしていた。
店員も困惑気味だ。
「……なんで俺が」
ヒロインはスマホを構える。
「似合う~!」
彼は目を逸らす。
だがその瞬間。
鏡に映る自分の姿が、わずかに歪む。
一瞬だけ。
背後に、黒い影。
三つ目の怪物。
瞬きをすると消える。
「……」
「どうしたの?」
「何でもない」
だが心の奥で声がする。
感情が揺れている
戻るぞ
彼は拳を握る。
店の外。
藤原光が立っていた。
冷たい目。
手にはカイの装置。
「……見つけた」
彼の視線は、
主人公を貫いている。
「ジドバ」
夜風が吹く。
主人公はふと呟く。
「俺は、人間だ」
だがポケットの中。
うさぎのヘアピンが、
微かに黒く変色していく。
続く。




