騙してしまった玲(第十一話)
夜。
朝倉家の近くの河川敷。
玲は一人立っている。
胸が重い。
美月の視線。
疑い。
失望。
それが何よりも刺さる。
「……くそ」
拳を握る。
その瞬間。
背後から声。
「逃げないのか?」
藤原光。
静かに立っている。
カイの装置を手に。
「質屋の件、説明は?」
玲は振り向く。
「お前だろ」
藤原は笑う。
「証拠は?」
沈黙。
挑発。
玲の呼吸が荒くなる。
「お前が壊した」
「壊したのはお前だろ」
藤原の声が低くなる。
「美月の信頼を」
その一言。
玲の中で何かが切れる。
赤い紋様が浮かぶ。
瞳が染まる。
空気が歪む。
藤原の目が細まる。
「……やはりな」
玲の体が変質する。
黒い装甲。
鋭い角。
理性を残した赤い瞳。
上級ジドバ。
夜が震える。
藤原の鼓動が跳ねる。
そして、確信。
「そうか……」
拳を握る。
「そうか!」
怒号。
「……あの時のジドバは……貴様だったのか!」
玲の動きが止まる。
あの時。
妹を倒したあの夜。
藤原は叫ぶ。
「許さん……!」
カイ起動。
「許さんぞ!!」
白い閃光。
変身。
だが今までと違う。
装甲に黒いヒビ。
呼吸が荒い。
瞳が赤く揺れる。
デモンズストレート。
怒りが理性を焼く。
激突。
衝撃波。
地面が砕ける。
玲は冷静に受け止める。
「俺は……」
言葉が途切れる。
“守りたかった”
だが言えない。
藤原の連撃は荒い。
重い。
感情任せ。
「貴様のせいで!」
拳。
蹴り。
衝撃。
「どれだけ奪われたと思っている!」
玲は吹き飛ばされる。
立ち上がる。
赤い瞳が揺れる。
「……俺は、覚えている」
藤原が止まる。
「何?」
「俺は上級だ」
静かな宣言。
「命令も、侵略も、全部覚えている」
夜風が止む。
藤原の怒りが膨れ上がる。
「誇るのか!?」
「違う」
玲の声は低い。
「後悔している」
その一瞬。
藤原の拳が止まる。
だがすぐに振り払う。
「黙れ!」
黒いヒビが装甲を走る。
暴走寸前。
「お前らに後悔などあるか!」
再び激突。
今度は玲が押し返す。
上級の力。
圧倒的。
藤原は膝をつく。
呼吸が乱れる。
「……化け物」
玲は近づく。
だが止まる。
トドメを刺せる。
だが刺さない。
「俺は……人間として生きたい」
その言葉が、最も残酷。
藤原の瞳が揺れる。
怒り。
嫉妬。
恐怖。
「ふざけるな……!」
デモンズストレートが暴れ出す。
装甲が黒く侵食される。
玲が気づく。
「やめろ」
藤原が笑う。
歪んだ笑顔。
「壊れてもいい……!」
その瞬間。
遠くから声。
「やめて!!」
美月。
二人の間に入る。
時間が止まる。
玲は即座に変身解除。
藤原も強制解除。
三人の視線が交差する。
美月の目には涙。
「……なんで」
沈黙。
答えはもう出ている。
夜が重く沈む。
朝倉家。
重い沈黙。
昨夜の光景が、美月の頭から離れない。
黒い装甲。
赤い瞳。
そして――玲。
目の前に座る彼は、いつもと同じ姿。
だが、もう同じには見えない。
「……本当なの?」
震える声。
玲は目を伏せる。
嘘をつけば、まだ誤魔化せるかもしれない。
だが上級は、記憶を持つ。
逃げられない。
「……ああ」
短い肯定。
その一言で、すべてが崩れる。
美月の手が震える。
「最初から……?」
「知っていた」
「じゃあ……」
言葉が詰まる。
「守るって言ったのも?」
玲の喉が締まる。
「本気だ」
だがその“本気”は、人間の側ではない。
美月はゆっくり首を振る。
「分からない……」
涙が落ちる。
「何が本当で、何が嘘なのか分からない」
その言葉が、玲を深く刺す。
外。
藤原が待っている。
美月は扉を開ける。
一瞬だけ振り返る。
玲と目が合う。
そこにあったのは――恐れ。
「……光」
藤原の胸がわずかに高鳴る。
「一人で抱えなくていい」
優しい声。
美月はうなずく。
その背中が遠ざかる。
扉が閉まる。
音が、やけに大きく響く。
部屋に一人残された玲。
胸の奥が空洞になる。
感情が崩壊
上級は感情を制御できる。
だが“喪失”は想定外だ。
「……俺は」
壁を殴る。
ヒビが入る。
人間の力ではない。
「守りたかっただけだ」
だが守りたい相手は、
自分を怪物として見ている。
夜。
藤原と美月。
公園のベンチ。
美月は俯いている。
「怖いよ」
正直な声。
藤原は静かに言う。
「俺がいる」
その言葉に嘘はない。
だが心の奥で別の声。
やっと、俺を選んだ
「上級ジドバは最も危険だ」
藤原の声が冷える。
「感情も、記憶もある。計算もする」
美月の心が揺れる。
「でも……玲は」
言いかけて止まる。
藤原は優しく遮る。
「それは擬態だ」
断言。
「上級は人間を理解している。だから騙せる」
その言葉が決定打になる。
美月の中で、玲の言葉が“演技”に変わる。
その頃。
玲は屋上に立っていた。
夜風。
視界が滲む。
上級は涙を流さない。
だが胸が痛い。
戦う理由。
守る理由。
全部、美月だった。
「……迷うな」
だが迷いは生まれている。
もし藤原を倒せば、
美月は完全に離れる。
もし戦わなければ、
藤原は暴走する。
どちらを選んでも失う。
指揮官個体、判断不能
初めて。
上級としての思考が乱れる。
翌日。
ジドバ出現。
街中。
玲は立ち尽くす。
戦える。
だが体が動かない。
守る理由が揺らいでいる。
その隙に、藤原が飛び出す。
「変身!」
カイ起動。
圧倒的な動き。
だが黒いヒビが広がっている。
暴走が近い。
美月は藤原の背中を見る。
強い。
迷いがない。
玲を見る。
動かない。
その対比が、残酷。
「……なんで戦わないの」
小さな呟き。
玲は拳を握る。
だが動けない。
上級であること。
怪物であること。
それが重りになる。
藤原が叫ぶ。
「来るな!」
玲へ向けて。
「美月に近づくな!」
その言葉が、
もう刃になっている。
戦闘終了。
藤原は息を切らす。
黒いヒビが肩まで広がる。
美月が駆け寄る。
「光、大丈夫?」
その光景を遠くから見る玲。
理解する。
自分は“選ばれなかった側”。
上級ジドバ。
侵略者。
守る資格など、最初からなかった。
瞳の赤が、静かに濃くなる。
だが怒りではない。
絶望。
物語は、底へ落ちた。




