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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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赤い段ボール。

掲載日:2026/02/05

不在票に続いて、赤いシリーズとして投稿してみました。

軽バンのフロントガラス越しに、夜の湿った空気が張り付いている。

 

20時53分


ダッシュボードのデジタル時計が刻む数字は、配達員にとっての「死線」だ。


21時までの指定枠、その最後の一つが助手席に鎮座している。


朝から200個近くの荷物を捌いてきた。


空の荷台は、加速するたびに背後で虚しい鉄板の振動音が響く。


身体は鉛のように重く、安全靴の中の足はふやけ、指先は段ボールの脂に水分を奪われてカサカサに乾ききっている。


「……あと一件」


自分に言い聞かせるように呟いた。これが終われば、営業所に立ち寄って日報を出し、自販機で温かい缶コーヒーを買って帰る、あとはそれだけだ。


最後の一つ、それは、縦横二十センチほどの段ボール箱だ。


品名は「贈り物」送り主は個人名。


見慣れた段ボール箱。


住宅街の戸建て一軒家だ。


到着して、エンジンを切ると、不自然なほどの静寂が車内を支配した。


助手席から最後の荷物を抱え上げ、ドアを開けて車外に出る。


◯◯、表札を確認し、宛名と照らし合わせる、ここで間違いない。


門扉横のインターホンを押す。


ピンポーン、という電子音が、湿った夜の空気に吸い込まれていく。


数秒の後、インターホン越しに「はーい」という、女性の細い声した。

 

その数秒の待ち時間だった。


僕は手持ち無沙汰に、抱えた箱の天面に目を落とした。


「……ん?」


汚れなんか無かったはずの箱の角に、小さな赤い点がついていた。


大きさは、ペン先で突いたほど。針の穴のように鋭い赤。


(ボールペンのインクでも飛ばしたかな)


そう思った。


いまさっき宛名を確認したときには、確かに赤い点なんかなかった。


そうしている玄関ポーチの灯が点いた。


ふと視線を手元に戻すと、赤い点は五百円玉ほどの大きさに広がっていた。

 

背筋に、冷たいものが走った。


見間違いなんかじゃない。さっきまでは確かに「点」だった。


それが、インターホンを押し、待っているその数秒ほどの間に、まるで吸い取り紙が水を吸うような勢いで、箱の繊維を侵食している。


じわり。


じわり。

 

「赤」は止まらない。


生き物のように箱の表面を這い、段ボールの紙肌を無惨に塗りつぶしていく。


そして、鼻をついたのは、インクの匂いとは明らかに違う、これは、、、。


「カチャリ」内鍵が開く音がした。


「お待たせしました」


女性の声とともにドアが、ゆっくりと開いた。


「あ、夜分にすみません、お荷物です……」


職業的な笑顔を作ろうとしたが、顔が引き攣るのが分かった。


箱の赤は、もう僕の掌の大きさを超えていた。


段ボールの層を突き抜けて、液体の温度が僕の指先に伝わってきた。

 

(待て。おかしい)

 

その「赤色」には、強烈な既視感があった。


ただの赤じゃない。


もっと深い、艶のある、僕がよく知っている色。

 

今も制服の内ポケットに入れてある、二十歳の誕生日に奮発して買った、イタリア製の赤い革財布。その色と、全く同じだったのだ。


「あら、汚れちゃってるわね」


女性は無表情に言った。


僕は謝ろうとした。


「すみません、汚損しているみたいで。一度持ち帰って確認を……」


だが、言葉が出るより先に、女の細い指が箱の縁に掛けられた。

 

女性は、僕が抵抗する間もなく、驚くべき力でその箱を奪い取った。

 

「中身、見てみましょうか?」


顔は笑っていなかった。


目が、僕の背後にある闇だけを見つめている。


彼女はそのまま、僕の目の前で真っ赤に湿った段ボールの蓋を、素手で引き裂いた。


箱が開いた瞬間。


ドロリとした「赤」が、女性の足元に滴り落ちた。

 

視線を移すと無惨に引き裂かれ、液体に浸かって原型を留めていない、赤い革の残骸が目に映る。


ヒビ割れた液晶の、見慣れたカバーに包まれたスマートフォン。

 

そして、僕がいつも車のキーにつけている、お気に入りのキーホルダー。


全て僕の物だ。


それらが、汚泥のような「赤」の中で、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。

 

「これ、配達員さんの?」

 

女性が、真っ赤に汚れたスマホの残骸をつまみ上げ、僕の目の前に突き出した。

 

僕は呼吸を忘れ、震える手で自分の胸の内ポケットと、ズボンのポケットを確認した。

 

ない。

 

財布もスマホも、鍵もない。


虚しく立ち尽くす僕の正面から声がした。

 

「お疲れ様。ご苦労様でした」


女が、静かにドアを閉めようとしたその隙間。


玄関の床に、「赤色」をした何かが、無造作に、かつ大量に転がっているのが見えたような気がした。


カチャ、、、という乾いた音が、廊下に響き渡る。

 

我に帰り、足元を見ると、点、点、と赤い跡が続いている。


それは箱から漏れたのではない。


車を降り、ここまで歩いてきた僕の足跡に沿って、ずっと続いていた。


――あぁ、だからさっきから僕の体は、こんなに軽いのか。


反射的に腕時計を見るとデジタル表示は、


20:53だった。


「……え?」


さっきまでなかったはずの胸のポケットには財布の角が、ズボンの右側にはスマホの重みが、左側にはキーホルダーの感触が、確かにそこにある。


手には目の前で引き裂かれたはずの段ボール。


――僕の「一日」は、まだ終わらないのか、、、


(了)

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