第8話 新人の評価は……
嵐のような勢いで『第1会議の間』を去っていったアカネとユウヤ。
それを見ていた浅川はヤレヤレと言った雰囲気で首をふった。
「部長、お疲れですね」
五嶋が声をかけるが、特に労う様子もない。
浅川から見ればコノハと同じぐらい、いや諸々のことを考えるとそれ以上に五嶋の扱いは面倒くさい。
五嶋自身は創業者一族然とした態度は皆無なのだが、やる気が有るのか無いのかよくわからない態度には色々と苦慮する。
今日はユウヤが来るからか朝から社内にいるが、普段はもっぱら在宅勤務を決め込んでいる。
別に会社としては在宅勤務を禁止している訳では無いが、浅川としては管理者サイドの人間にはなるべく会社にいて欲しいと考えていた。
意識決定の速度を考えると、やはり直接顔をあわせて話しをしたほうが早いことが多いからだ。
もちろん社内SNSでのチャットやオンライン会議システムでもある程度は問題ないのだが、1秒を争うような緊急時はやはり即座に顔をあわせての方が意思決定が早い。
そして、ゲーム運営には『1秒を争うような緊急時』と言うものは起こるもの。
『可能性のあることは必ず起こる』
マーフィーの法則は確実に存在しているのだ。
そう考えると現場に指揮役の課長が不在な事は、浅川に取ってみれば不安の種であった。
もっとも当人に言わせれば、ある程度プロジェクト管理者(この場合はディレクター、マネージャー陣)に権限を与えておけば問題は無いとのことだったが。
「まあ、赤根君の行動にはなかなか慣れないからね」
ともかく自分の五嶋評は置いておいて、今はコノハが中心となるべき新しいプロジェクトの方を考えなければならない。
浅川は意識を切り替えて、コノハとユウヤの相性について考えることにする。
ユウヤに会うのは2度目だが、話しに聞いていたとおり仕事への熱い気持ちを持ちながら自制することを心がけている、会社員としては優秀な性格と言っていいだろう。
「彼の自制心が上手く赤根君やメンバーに伝わればまとまるかもしれないな」
浅川は希望的な展望を口にする。
これは紛れもない彼自身の感想であった。
しかし、それを聞いていた五嶋は考える様な素振りを見せた。
普段は即断即決を旨とする五嶋にしては珍しい。
「五嶋君には何か気がかりな点でも?」
少し回答を待ったが、一向に返ってくる素振りが無いため浅川は回答を促した。
それを聞いて、五嶋は「考えはまとまっていないのですが」と前置きをしつつ話しを始めた。
「強気で押せ押せの赤根と自制する蒼馬の組み合わせ。二人が入社した時からの顔見知りである点も考慮して上手くいくと思います。始めは」
「始めは?」
言葉を選ぶというより、頭の中で理論を構築しながら話しているかのように慎重に言葉を紡ぐ五嶋に、思わず浅川は聞き返す。
「ええ、蒼馬はあくまで自制しているので、彼の本質について考えたのですよ」
言葉を選ぶように五嶋は続ける。
「端々から見える彼の言動から思うに、恐らく彼は《《赤根と同じタイプ))ですよ」
「同じタイプ?そうは見えなかったがな」
五嶋の評価に浅川が首をかしげる。
浅川から見ても蒼馬は自制している事は分かったが、赤根と同じタイプには到底思えなかったからだ。
「我々が始めて蒼馬に会った日に言っていたこと覚えています?」
五嶋に言われて、先日の面談を思い返す。
確か……。
「彼はコンテンツに関わるとしたら『ある程度やりこみ前提のゲームを作る』と言っていたね」
「はい、そして『ゲームの魅力でユーザーに自主的に時間を作らせるような物を作る』と続けていました。これは赤根が配属された日に言っていたことと同じです」
五嶋の指摘に浅川も思い出した。
確かに赤根が部へと配属になった日に同じ様なことを言っていた。
「この時、浅川さんはコンテンツ作りに口を出せるならとしか言っていませんが、彼は自分が作ることを前提に話しをしています」
さらに言葉を続ける五嶋に、浅川は目の前の男の記憶力と洞察力にも驚いていた。
創業家の親類というだけではないことを改めて思い知らされる。
「先ほども赤根のサポートに付くことに驚いていましたが、そのことへの不満は無かった。不満を言っていたのは現在の現場が見られないことでした」
言いながら五嶋は手元のPCを操作している。
程なく目当てのページが表示されたので、PCの画面を浅川に見せた。
それは社内人事評価のページ。
IT事業部における前期の蒼馬ユウヤの人事評価が記されていた。
そのページを覗き込む浅川に、五嶋は人物評価の項目を指差す。
そこには以下のように書かれていた。
―協調性は高く、関係構築能力は非常に良い。
また担当顧客からの評価も高い。
反面、新規の顧客獲得には苦戦している模様。
主に彼自身の思いの強さが頑固な面として表出している物と思われる。―
それを一読した浅川は大きく息をついた。
蒼馬ユウヤと言う人物は自分が思っていた以上に、いくつもの面を持った青年だと知ったからだ。
良くも悪くもゲーム開発事業部の人間はストレートな性格が多い。
簡単に言えば『わかりやすい』タイプの人間だ。
一筋縄ではいかないが、それぞれの特性に合わせれば扱い方は難しくはない。
それに対してユウヤは冷静で周囲を思いやる自制心の強い面と、信念を持って強く物事を推進しようとする面と言う相反する二面を持ち合わせているのだ。
これまでは外回りの営業ということで、双方の面が別々に表出していた感じだが、ゲーム開発は他社が関わることが有っても基本人間関係は閉鎖的になる。
そんな中でユウヤが自身の特性をうまく操れれば問題ないが、万が一暴発するような事があれば、コノハと衝突するのは間違いない。
双方の衝突がどの程度周囲に波及するか予測ができない以上、危険な事はしたくないのが浅川の本音だ。
「どうします?」
PCを手元に戻して画面を見ていた五嶋がチロリと浅川の方に視線をむけて聞く。
それに対し浅川は少し唸った後、決断した。
「現在は彼以外に赤根君のサポートに適した人物はいないだろうから、予定どおり彼に担当してもらう」
浅川は誰もいない正面を見据えて宣言する。
それを五嶋が「それだけか?」と言う顔で見続ける。
「ある程度プロジェクトが軌道に乗ったら、彼の処遇は別プロジェクトへの異動を前提とした再考を行うとする」
そう宣言した浅川自身にも実は先々どうなるか検討はついていない。
本当に五嶋の懸念どおりになるのか、はたまた別の結果が待っているのか。
現状では判断するための材料が少なすぎるのだ。
「まあ、そんなとこでしょうな」
浅川の言葉に対し特に感想もなさそうに追従し、五嶋が立ち上がる。
それがこの会議の終了の合図だった。
浅川はそのまま、自身のPCから次の業務の資料を呼び出す。
「そう言えば、課長は今週は出勤で?」
浅川がPCから目を話すことなく聞く。
「いえ、週末に本家へ来るように言われていますので、諸々の準備を含め明日からは在宅業務に戻ります」
いつものこととばかりに答える五嶋だが、本家と言った時だけ面倒くさそうな表情になった。
「そうか。こちらは上手く回しておくので、和久会長にはよしなに伝えてくれ」
そう言いながらもPCを操作し業務を進める浅川をよそに、五嶋は会議室を後にした。
「会長の肝いりで始まったうちの部署だ。取り潰されることは無いと思いたいな……」
浅川のボヤキは誰に聞かれることもなく宙へと消えてた。




