第6話 転属は挨拶から
「おはようございます!」
ゲーム開発事業部への出向初日、ユウヤは自前の鞄と業務用ノートPCを持って事業部のエリアへと足を運んだ。
そこは8階建ての自社ビルの2階。
サーバールームにほど近い北西の位置にあった。
一歩踏み入れると同時に、それまで響いていた雑談やキーボードを叩く音が一斉に止まる。
そして、フロア中の目がユウヤへと向けられた。
敵意というわけではないが、あからさまに値踏みするような視線。
(け、結構排他的なのか?)
その視線に思わず挫けそうになりながらも、持ち前の負けず嫌いの気持ちを前面に出し姿勢を直す。
「本日よりゲーム事業部へ出向いたしました蒼馬です!」
そう力強く挨拶をしたが、反応は薄い。
IT事業というのは、そのイメージと異なり体育会系のノリの場合が多い。
ワグテイルのIT事業部においてもそれは例にもれない。
だが、そのIT事業部に近い部署であるはずのゲーム開発事業部はそうではないらしい。
異物を見るような周囲の視線にユウヤは戸惑った表情を浮かべた。
「ん?蒼馬じゃないか、そんなとこに突っ立て何やってんだよ?」
不意に後ろから声をかけられユウヤは慌ててそちらを向く。
そこには先日、顔をあわせた五嶋が立っていた。
「いや、出向のために事業部のフロアに来たのですが……」
しどろもどろになりながら答えるユウヤに五嶋は「ついてこい」とだけ言うとスタスタと歩きだした。
その姿に一瞬戸惑ったが、あとに付いていくことにした。
「ここがお前さんの席な」
しばらく歩くと五嶋は一つの空席の前で立ち止まりユウヤに告げた。
「あ、はい。ありがとうございます」
ユウヤは素早く挨拶を返すと机の上にPCと鞄を置く。
後は電源口とLANケーブルを接続すれば業務につくことが出来る。
早速それらの位置を確認するユウヤを五嶋はぼうっとした表情で見ている。
「課長、なにか?」
それに気がついたユウヤは五嶋に問いかける。
「いや、仕事熱心なのは結構なんだが、先に部長へ挨拶しないとと思ってな」
(そういう事は早く言ってくれ)
思わず心の中で毒づいたが、五嶋の言うことは正しい。
とは言え、タイミングが悪いのでユウヤは「はあ」と生返事を返す形になってしまった。
「ならいい、ついて来い」
そんなユウヤの返事を気にしていないのか、五嶋は歩き始める。
慌てて後を追うユウヤはペタン、ペタンと言うオフィスでは聞き慣れない音を耳にした。
その音につられてユウヤは五嶋の足元を見る。
そこには100円均一で売っていそうな安物のサンダルを履いた五嶋の足が目に映った。
今までの仕事場と本当に同じ会社なのかとユウヤは思う。
服装について会社は『公序良俗に反しない限り自由』と定めており、特にスーツや制服の着用義務は設けられていないので何ら問題ないのだが、やはりカルチャーショックを受ける。
そして、改めて周囲を見ればスーツを来ているものは皆無であり、かろうじて五嶋がスラックスを履いている程度だ。
ここで働く人々はそれぞれに普段着と変わらない衣服で仕事にあたっており、中には「働いたら負け」とプリントされたTシャツを着ている者もいる。
(外部と打ち合わせがなければ、この程度の緩さでいいのか……。)
そんな人々を眺めながらユウヤは歩いていくと、五嶋は【第1会議の間】と書かれた部屋へと入っていく。
さすがにもう『〜の間』の表記程度には驚かないが、やはり違和感は感じる。
ほんっっとうにココは同じ『株式会社ワグテイル』の本社ビル内なんだろうか?
そう思いながらユウヤは扉をくぐる。
「失礼いたします。本日付でIT事業部より出向となりました蒼馬です」
すぐさま頭を下げるユウヤだが、相手の反応がないので顔を少しあげてみる。
そこには見知った顔が2つ。
1人は当然のことながら浅川部長。
そして、もう1人はこの中で一番良く知っている顔だった。
「部長、つかぬことをお聞きしますが、なぜこいつがここに?」
思わず質問が口をついていた。
他意も悪気もない。
ただ不思議だったのだ。
赤根コノハがこの場にいることが。
「それは順を追って話そうじゃないか」
笑顔で話す浅川の横で、ニンマリとしたコノハが座っている。
その笑顔にユウヤは限りなく不安になる。
(あれはなんか企んでいる時の顔だ……。)
だがとりあえずは部長との話しが先決だ。
五嶋が席につくのを見て、ユウヤも適当な席に座った。
「改めてゲーム開発事業部へようこそ」
浅川は両手を広げて語り始める。
「改めての説明となるけど、うちの部署は現在いくつかのプロジェクトを遂行していてね、そのうち3本は自社ブランドでリリースしているアプリゲームだ」
おもむろに浅川が手元のPCを操作すると、会議室に設えられたモニターに『事業説明』と書かれたプレゼン資料が投影される。
「その他にも他社のゲーム運営や制作の手伝いなど、ゲーム関連の業務を手広くやっている」
資料が次のページへ移る。
そこには2つの大きな括りが表示されており、左側が自社タイトル、右側が他社タイトルのリストだった。
特に右側については何の業務を担当しているかまで記載されており、ユウヤ自身先日からゲーム開発について学習を始めたばかりだが、それでも見る限りゲーム事業部が手掛ける範囲は広い。
プログラム開発から始まり、データ作成、イラスト発注代行、果てはPR代行まで。
先日ユウヤが社内の業務収益を見たのだが、ゲーム事業部の収益がタイトルの数に比べて多いとは感じていたが、彼が想定するより遥かに手広くやっているようだ。
「それで、自分は具体的にどの様な業務を?」
話しが一段落したところで、ユウヤは一番気になっていたことを聞いてみる。
少なくとも外部への技術力提供の営業ではないことは先日の面談で予想はついている。
だが、そうなれば余計に自分は何のために呼ばれたのかが分からない。
素人が入ることは珍しくないとは言われたが、話を聞く限りプロ集団と言って過言ではないゲーム事業部で自分が務まる仕事はあるんだろうか?
その疑問を感じ取ったのか、優しげな笑みを浮かべ浅川が気遣うようにユウヤに尋ねた。
「そうだね蒼馬君、プランナーと言ってわかるかな?」
「概略程度は理解しています」
一応、ユウヤもハウツー本に乗っている程度は知っている。
文字通り、ゲームに関する企画やデータなどのプランを制作する役職だが、実際にはプランだけでなく実データの制作なども含まれる広い範囲をカバーする役職だ。
それを説明するユウヤを見て満足そうに浅川はうなずく。
「よろしい。基礎は理解しているようだね。ただ会社によってはプログラマーやデザイナー以外を一括りにプランナーとするところも有るから、一概にその受け売りの内容が正しいとは思わないでくれ」
チクリと浅川が言う。
優しそうに見える浅川だが、やはり大きな事業部を任されるだけあって抜け目は無いようだ。
「は、はい。気をつけます……」
萎縮するユウヤを見て忍び笑いをするコノハ。
それを五嶋が無言で睨みつける。
ユウヤから見ればコノハの行動はいつものことではあるが、人前でそれをやるかとは思った。
そんな無言の空中戦を知ってか知らずか浅川はユウヤに話しを続ける。
「それで君には新しいプロジェクトにプランナーとして参加してもらう」
そう言った浅川は横に座るコノハへ視線を向ける。
「蒼馬君は彼女、赤根コノハ君のことはすでに知っているね?」
その問いにユウヤは思わず「はい、まぁ」と歯切れの悪い返事を返してしまう。
研修の時は同じ班だったとは言え、その後は業務が重なることも無かったのでコノハの仕事ぶりについてはよく分からないからだ。
しかし、そんなユウヤの態度を気にする風でもなく浅川は話しを続ける。
「彼女は今度のプロジェクトの企画原案及びディレクターの1人として動いてもらうので、蒼馬君にはプロジェクトのリードプランナーとして、その手伝いをして欲しい」
「へ?」
思わず間抜けな声がもれた。
つまりユウヤはコノハのサポートとして抜擢されたのだった。




