第5話 困惑と決断
「はぁっ? は、あはははは!」
「!? ちょっと、お、お兄ちゃん?」
ユウヤの驚きはすぐに笑い声に変わる。
それを見てスズナは慌てた。
彼女から見れば真面目な相談をしたのに突然、馬鹿笑いを始めたのだから不安になって当然だ。
「スズナ、相手の名前確認したか?」
笑いが収まったユウヤはタブレットをスズナに返しながら言う。
一瞬、何を言われたのかわからず、狐につままれたような表情をしたが、意味を理解し改めてメールを確認する。
挨拶の後に記載されている送信者が自分の所属と名前を記載している。
そこに記載されていた所属は『ワグテイルプロジェクト』。
聞いたことがあるような気もするし、ないような気もする。
スズナ自身ゲームはプレイするが、有名なタイトルを少しかじる程度でメーカー名などは詳しくない。
そのためユウヤが何をそんなに笑っているのか理解できなかった。
「ん~、お兄ちゃん、教えてよっ!」
業を煮やしたのか、スズナは少し強めの言葉で問いただす。
するとユウヤはズボンのポケットから定期入れを取り出した。
そこから1枚の紙を引き抜いてスズナに渡す。
それはユウヤの名刺だった。
営業職の常として、普段から10枚程度は携帯している。
「あっ!」
渡された名刺を珍しそうに眺めていたスズナはある一文に目が止まり、思わず声をあげた。
そこにはユウヤの所属先が記載されていた。
--株式会社ワグテイル IT事業部 営業課
その表情を見たユウヤは、ようやく気がついたかと笑った。
実際、スズナには何度か会社の説明をしたし、会社の近所で待ち合わせしたこともある。
その際にも会社名は伝えていたので、気がついておらず悩むスズナがおかしかったのだ。
「でも、先方は『ワグテイルプロジェクト』だよ?似た名前の別会社ってことはない?」
疑わしそうにユウヤを見るスズナ。
その仕草もユウヤにとってはおかしかったのだが、笑いを押さえて説明することにした。
「前にも教えたと思うけど、オレの勤め先はゲーム開発もやっている。そのブランド名が『ワグテイルプロジェクト』なんだよ」
その説明でようやくスズナの疑惑は溶けたようだった。
「や、やったー!!」
叫びとともにスズナは立ち上がり飛び跳ねる。
まさか自分がゲーム開発会社から声をかけられるとは思っていなかったからだ。
しかも、それはユウヤの勤め先でもある。
正直、スズナはそこまで勉強が得意ではなく、人付き合いも同じだ。
それ故に孤立していた時期があり、大学には進学せずに今は将来を模索中であった。
そこにたまたま趣味で書いていたイラストが認められたのだ。
趣味と実益を兼ねた仕事ができて、独立も夢じゃない!
その思いから彼女は天にも舞い上がる思いだった。
「まあ、うちの会社から声がかかったのは良いけど仕事の内容は何なんだ?」
居間中を跳ね回るスズナを見ながら、一番重要なところを確認する。
企業にとって外部の人間は顧客であり協力者でもあるが、必要とあれば食い物にする恐ろしさもあるのだ。
企業の利益追求の恐ろしさが身にしみているユウヤとしては、その懸念があるため依頼内容が気になる。
いくら自分が所属する会社とはいえ、それだけで信用するほどユウヤもお人好しではない。
「ん~、詳細は実際に打ち合わせの時に話してもらえるみたいよ」
それを聞いてユウヤは自社の既存タイトルを思い浮かべる。
ユウヤ自身は軽く触れた程度であるが、自社で展開している事業だ。
商談の時などで自社を説明する際にも話題に出るのでそれなりに頭には入っている。
いずれもメインのデザイナーがいるが複数のデザイナーにキャラクターやイラストの制作を依頼している。
恐らくそれらを展開しているゲームの中に新機軸のキャラクターを用意したいのだろうと、ユウヤは考えた。
「そうだ、まだ正確な内示が出ている話ではないんだけど……」
ユウヤがスズナに話しかける。
それまではしゃいでいたスズナだが、すぐにテーブルまで戻り聞く姿勢になった。
一瞬ユウヤの脳裏に社外秘の文字がよぎったが、ただの作業員程度の人事が大事になる理由はないと思い話を続ける。
「オレ、近々ゲーム事業部へ出向することになりそうなんだ」
「えっ!?」
さらりと言った一言にスズナの動きが固まる。
何かまずいことでも言ったかと思ったが、そのユウヤの手をスズナは両手で掴んだ。
「イッ!?」
ユウヤの口から思わず変な声が出た。
そんなことを気にせずユウヤを掴むスズナの手は小刻みに震えており、顔も紅潮し軽い興奮状態にあるのか呼吸が荒い。
「も、もしかして、お兄ちゃんと一緒に働くとかある?」
震える声で聞いてくる。
さすがにそれは無いのではと思うが、迫力に負けて言葉が出ない。
「わ、わたし、夢があったんだ。いつかお兄ちゃんと一緒に学校で勉強したいって」
スズナは唐突に昔の夢を語りだした。
二人の年齢差は5歳。
小学校こそ一緒に通った時期があるが、それ以降に学校がおなじになるタイミングは無かった。
一応、ユウヤが大学を留年ないし浪人した上、スズナが大学に入学していればあり得たかもしれないが、そのどちらも無かった。
「だから、勉強の代わりに一緒に仕事できるんだって思うと嬉しくて!」
どこか恍惚とした表情のスズナに対し、少しだけ引き気味になったユウヤに気がつかないのかスズナはユウヤを笑顔で見つめる。
「会社に行ったらお兄ちゃんにお茶淹れてあげるね?」
「……いや、技術職として会社に依頼されるんだから、ちゃんと仕事してくれ……」
鬼気迫る笑顔に冷や汗をかく気持ちになりながら、かろうじて残った理性で答える。
「あ、そうだよね~」
完全に舞い上がってしまっているスズナにはたして声が届いたのだろうか?
そう思っているなか、同時にスズナが会社で仕事するならサポートしてやる必要があるなとも思っていた。
正直、未経験の仕事をするなかで、どこまでスズナをサポートができるか分からない。
だが、少なくとも自分の中でゲーム事業部へ出向する意味ができた。
スズナを手助けするためにも出向を受け入れよう。
フラフラと部屋を歩くスズナを見ながらユウヤは決意を固めていた。
翌週、月曜日。
オフィスへと出社したユウヤは到着するやいなや、部長と課長に半出向を受諾する旨を伝えた。




