第48話 嵐の中で
「はい! はい! よろしくお願いいたします!」
おおよそゲーム開発事業に似つかわしくない雰囲気の言葉が響く。
皆、すでに慣れてきたユウヤのテレアポの声だった。
「よくやるね〜」
ディスプレイから目を離した黄島が、あくび交じりにつぶやいた。
その視線の先で、ユウヤはスマホを耳に当てながら、部屋の隅を行ったり来たりしていた。
「仕方ないんじゃない。彼はそっちの仕事もやってるんだし」
「まあ、それはわかるけどね……」
同じく手を止めた小豆が眼鏡を外しながら答えると、黄島は腕を組みわざとらしくうなずく。
「だけどねぇ〜」
チロリと横目で周りを見回した黄島がわずかに嘆息した。
普段から騒がしい部署ではある。だが、今の有様はいささか常軌を逸していた。
「だ〜か〜ら〜、1年とは言わないから、半年だけでも協力してよ!」
コノハの大きな声が響く。
苛立ちまぎれのその言葉に、相手は困惑している。
社内システムエンジニアである彼は、たまたまコノハの近くを通ったところを呼び止められた。
そしていきなり来週までにPCとサーバーを数台、都合してほしいとの相談だった。
当然、彼としては業務で必要な機材を揃えるのはやぶさかでない。
だが、必要な手続きをすっ飛ばし、あまつさえすぐに社内に独自のネットワークを構築するなど聞ける相談ではなかった。
「だから、必要な手続きと会社の認証を取ってからにしてくれよ」
普段は温厚な彼が雑に言葉を投げると、周囲に緊張感が走った。
「あ……」
「あ〜、ごめんなさい! ちゃんと計画書作って承認とってきますから! ……うぐ!?」
顔を赤くし拳を振り上げたコノハが、さらに声を上げようとした時、ユウヤの早口の謝罪と、うめき声が響いた。
電話を終え、慌てて2人の間に割って入ったユウヤだが、あまりにもコノハに近かったため、振り下ろされた拳が背中に命中したのだ。
そして思いのほか背中を叩かれた音は大きく、周囲の視線がユウヤたちへと注がれた。
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫……」
SEがユウヤに声をかける。
実際、偶然当たっただけなのでユウヤは大して痛みも感じなかった。
だがSEは顔を見るまでもなく、焦りが浮かんでいるのがよくわかる。
ともかく、ユウヤは苦笑いを浮かべつつ、手をヒラヒラと振る。
それを見てSEは「気をつけて」とだけ告げてその場を後にした。
「ありゃあ、しばらくウチには来ないねぇ」
入れ替わるようにユウヤのそばへ来た黄島が言う。
頭の後ろで両腕を組み、モゴモゴと棒キャンディを口の中でもて遊ぶ姿は気怠げだ。
それでも何かを言おうと、黄島は棒を持ち、キャンディを取り出した。
しかし、ユウヤの方が先に口を開いた。
「ともかく、いつも言ってるだろ?」
少しだけ厳し目の口調で問いただす。
再び、周囲の空気が緊張した。
周囲がいつぞやの騒動の再来を予感する。
「だ、だって……」
周囲の予想に反してコノハの言葉は弱々しかった。
普段、あまり動じない黄島や小豆すら、その言葉に目を大きく見開き、驚愕の表情をコノハに向けていた。
「お前なぁ……」
ユウヤもまた注意するつもりだったのだが、その言葉に毒気を抜かれ大きくため息をついた。
ふと、幼い頃スズナに怒った時を思い出した。
あの時、スズナは必死に弁明していた。
反応は違うが、当時のユウヤもまた同じようにため息をついて、その場は終わった。
(これが妹属性ってやつかね……)
後頭部をかき、コノハから目をそらしながら、そんな事を思っていた。
「きゃう!?」
次の瞬間、脇から伸びてきた手がコノハの顔を掴んでいた。
一瞬のことで、ユウヤも反応が遅れたが、コノハを掴む手は黄島のものだった。
親指と人差し指で、コノハの小さな顔のこめかみをしっかりとホールドしている。
さらに黄島の手首から親指にかけての筋肉がわずかに震えており、じりじりと力を強くしていることが見て取れる。
「コ~ノ~ハ~、しおらしくしてやり過ごそうとしたってダメだからね?」
満面の笑顔を見せる黄島なのだが、ユウヤはその顔から温かみを感じることはできない。
むしろ、冷酷なまでの冷たさを感じる。
「サッちゃん、ギブ! ギブ~!!」
ジタバタともがきながら、コノハは悲鳴にも近い声をあげる。
その、あまりの事態にユウヤは目を白黒させたが、すぐに間に割って入ろうとした。
「ユウヤくん、自分の仕事に戻っていいよ〜、コノハは忙しいからね」
ユウヤは思わず「はぁ」と気の抜けた返事をした。
納得していないユウヤは、何か口を開こうとしたが、そこへ黄島の左腕が電光石火のごとく動いた。
「うぐっ!?」
「それでもなめて、リラックスしなさい」
慌てたユウヤが口に突っ込まれた棒を取り出す。
先端が球形で、口の中にリンゴのような風味の甘い味が広がった。
「アメ玉?」
不思議そうに見つめるユウヤだった。
黄島はいつこのアメを取り出したのだろう?
ふとユウヤは、まだコノハの頭を掴んでいる黄島に視線を向けた。
先ほどと変わらないように見えるが……。
(あっ……っ!)
先ほどまで、黄島の口に入れていたアメがなくなっている。
そのことに気がついたユウヤは、改めて黄島に話しかけようと、一歩前へと出た。
「ユ〜ウ〜ヤ、く〜ん」
黄島の頭だけが動き、ユウヤに顔を向ける。
やはり笑顔のままだが、言外に「細かい事を気にする」と伝えているようだ。
「わ、わかりました!」
反射的に背筋を伸ばし直立の姿勢をとったユウヤは、そのまま回れ右をすると、席へと足早に移動した。
閉じていたノートPCを目の前にして、ユウヤは大きくため息をつき脱力する。
背もたれに体を預けたが、そのままズルズルと滑り落ちていく。
さすがに椅子から転げ落ちることはなかったが、尻は椅子の端へわずかに乗っかり、頭がヘッドレストに乗っかっている状態であり、非常に行儀が悪い。
「ずいぶんと、ウチに慣れたな」
通りがかったメンバーがニヤニヤと冷やかしてくる。
その言葉にだらんと腕を上げて答えたユウヤだが、態度と裏腹に目から真剣さが抜けていない。
たまたまとは言え、貰ったアメ玉の味が、思考をリセットしてくれた。
(部内はいつもどおり、でも状況はマズイな……)
口をモゴモゴさせながら、視線を左右に動かす。
いつもの緩い雰囲気ではあるが、熱心に作業をするメンバーの顔が映る。(相変わらずじゃれている約2名は除く)
だがユウヤは、今その雰囲気にのまれる訳にはいかなかった。
一昨日の件を考えれば……。
***
広い会議室に、スーツ姿の社員が集まってくる。
その顔は一様に引き締まっており、緊張感が漂う。
元より決して気楽な会議ではないが、普段に比べても皆の表情は厳しい。
「それでは今週の定例会議を始める」
会議室の中央に座る営業部長、十鳥の声が響く。
一同の視線が集まる中、十鳥は軽く咳払いする。
彼の背後に設置されたモニターが明るくなり、資料が表示される。
「みんなも知ってのとおり、大口の取引先だった二階堂興産が債務不履行になった」
全員が既知の事実とは言え、改めて宣言されるとユウヤも心穏やかではいられない。
人知れず机の下で握っていた拳が、汗でぬかるんでいき、喉も渇いてきた。
周囲も多かれ少なかれ同じなのだろう、全員が黙って十鳥の言葉を待っている。
そんな中で十鳥は、集まる一同を見回すとゆっくり言葉を続けた。
「二階堂興産の不履行が、すぐに我が社の経営に影響を与えることはない」
その言葉にわずかに安堵のため息が漏れる。
おそらく新人たちであろうとユウヤは感じていた。
まずは当たり障りのない話から始めるのが、部長の話し方。クセと言ってもいい。
だから、ユウヤは続く言葉に警戒していた。
「とは言え、大口顧客であったことは間違いない。」
十鳥は語りながら、ゆっくりと眼鏡のブリッジに中指を当てて位置を直す。
眼鏡の奥で瞳が鋭く光を放ったような気がした。
「ウチを含め事前に話を聞いていた会社はある。だが大半の中小企業が昨日初めて聞かされた状態だ」
「つまり、二階堂と取り引きしていた会社に営業をかけろと?」
不意に話が遮られる。
十鳥を含め、室内全員の顔がそちらに向けられる。
発言した本人。倉科の厳つい顔は不敵に口元を歪めていた。
「倉科、君が優秀なのは分かっているが、無茶はするなよ?」
十鳥が指でテーブルを小刻みに叩きながら、「この前の件もあるんだ」と付け加える。
しかし、倉科は平然とその視線を受け止める。
「同じミスはやりません。それより重大なことがありますよね?」
ニヤリと口の端を引きつらせる。
まるで全てお見通しと言いたげな凄絶な笑み。
見ればハッタリかも知れないが、真正面から上司に挑発紛いの言動をする。
豪腕営業マンとはこういうタイプなのだろうか。
しかしユウヤは自分にはとても真似できないと思い、手元のPCに目を向ける。
なにか見落としていないかを確認するためだ。
「ん……?」
ふと、ある行に書かれた一文がユウヤの目に留まる。
それは項目の見出し。
書かれていたのは一言。
『会社組織再編の可能性』




