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ワグテイルプロジェクト ~俺達のゲーム開発は前途多難(仮)~  作者: サイノメ
第6章 君のやりたいこと

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第47話 悩みにひとときのお別れを――嵐の前に

「まったく資料作っているんなら、最初から渡しておけってんだよ……」


 カフェエリアの端、4人用テーブルを前にユウヤがぼやいた。


「まあ赤根さんも考えがあってのことじゃないかと」

「いや、アイツは絶対面白いからやったんですよ!」


 今にも湯気を上げそうなほど顔を紅潮させるユウヤの横で緑谷がコーヒーの入った紙コップを口に付けたあと、眉を寄せて困ったような顔をする。


「ふぇぇぇ、おーじぇーてぃー……」


 そしてまだ目を白黒させているスズナが後から続いてくる。

 完全にテンパっているが、それでもユウヤたちについていくという思考だけは生きているようだ。


「ほら、スズナもそこに座って」


 スズナの顔を見たユウヤが一瞬にして、真顔に戻ったかと思うと彼女の手を取り椅子へと座らせる。

 その姿を緑谷は先ほどと同じように興味深げに眺めていた。


「すごくマメですね蒼馬さん」

「ユウヤでいいですよ。二課うちのメンツはみんなオレを名前で呼ぶんで」


 感心したような口調で口を開いた緑谷に、ユウヤはどこか照れくさそうに振り向きながら答えた。


「下の名前やあだ名で呼ぶことが許される。ホントにいい職場だ」

「二階堂興産は違ったんですか?」


 感慨深げに頷く緑谷に対し、少し驚きながら聞き返す。

 かつてユウヤが見た二階堂興産は、ゲーム開発事業部に比べれば厳しいだろうが、他の会社と比較して規律などを重視しているようには見えなかったからだ。


「結構、厳しかったですよ二階堂興産あそこは」

「ああ、掘り下げなくて大丈夫です」


 腕を組み少し困った表情を見せる緑谷にユウヤは慌てる。


「過去の仕事より、これからの研修課題ですから!」


 そう言うとユウヤは笑顔を作り改めて渡された資料に目を移した。

 資料はプレゼンテーションソフトを使って書かれており、内部研修用としては無駄に豪華な作りであった。


「何ていうか、イラストをふんだんに盛り込んであって個性的な資料ですね」

「多分、この前、タッチパネル用のペンを買ったんで、試してみたんだと思いますよ」


 しげしげとノートPC上の資料を眺める緑谷に、ユウヤが肩をすくめつつ答える。


「え! これフリーのイラストじゃないの?」


 それまで呆然としていたスズナが、いきなり身を乗り出してきた。

 そのあまりの勢いに緑谷は細い目を大きくし、ユウヤもわずかに椅子からずり落ちそうな姿勢で驚いた。

 スズナの跳ねるような勢いは、つい先ほどまでと異なり生き生きとした表情で、しきりに「スゴイ、スゴイ」と連呼していた。


「あいつは学生企画コンテスト3連覇だからな、ミニゲームくらいなら一人で作れるって豪語しているよ」

「「ええええっ!」」


 ユウヤが事も無げに話すが、次の瞬間に悲鳴にも似た驚きの声が響きわたった。


「ええっ!? な、なんで二人とも驚いてんだよ!?」


 手に持った紙コップを取り落としそうになったユウヤが目の前の緑谷たちに目を向ける。

 そこには細い目を大きく見開いた緑谷と、口に手を当てているスズナの姿。


「いや……、それ普通に驚く話ですよ!」


 立ち上がった緑谷は、それまでの飄々とした雰囲気など微塵にも感じさせないほどに興奮した様子だった。


「3連覇って言っても、学生の就労支援のためのコンテストなんだからそんな事もあるさって、なんだ?」


 驚く二人に大げさだなとばかりに首を振るユウヤの前に、スズナが手に持っていたタブレットを差し出す。

 何気なくその画面を見たユウヤの表情から、それまでの余裕がみるみる崩れていく。

 タブレットに表示されていたのは学生企画コンテストの公示情報、その一箇所をスズナが指し示す。

 白い指の横に書かれていたのはコンテストの副賞の内容。大手ゲームメーカーでの採用を前提としたインターン研修。


「じゃあ、なんでアイツはここにいるんだよ……」


 思わずユウヤが呻く。

 確かにレイトは業界でも名高いディレクターだ。

 しかし、彼を除くとワグテイルプロジェクトは中堅どころのゲームメーカーと言えた。

 それなのにわざわざ大手へ入社できるコノハが、この会社へ入社した理由が分からなかった。


「なんで、コノハさんの経歴を知っているお兄ちゃんが悩んでいるの?」


 声に弾かれるように、ユウヤはスズナの方へ顔を向ける。

 そこにはスズナがどこか不審そうに目を細めている。いわゆるジト目。


「い、いや、大会のことはコノハから聞いていたけど、アイツもいつも大したことなさそうに話すから……」


 思わず視線をそらし、ユウヤは弁明をするが、焦りから早口になる。

 しかし、そんなユウヤを逃さないとばかりに、スズナは更に顔を近づけてくる。


「相手の経歴を理解してないって、相棒パートナーとしてどうなの?」


 真剣な眼差しでユウヤに問いかけるスズナ。その口調はいつもどおりだが、少し言い方にトゲがある。

 例え兄同然のユウヤだからといって、親しい先輩であるコノハをぞんざいに扱うことが許せなかったからだ。


「《《パートナー》》? ……ということは赤根さんとユウヤ君は付き合っている?」

「「違いますっ!」」


 腕を組み首をかしげる緑谷に対し返したユウヤとスズナの声は、見事に唱和していた。

 やはり、どうも緑谷は言葉じりから、人の関係性を単純化して理解しようとする節があるようだ。

 そこで、なおも言い募ろうとする緑谷を制止するため、鋭い視線を一瞬だけ投げかけた。

 その視線が表すのは一言「詮索不要」。

 初めて見るユウヤの表情だが、緑谷は意図を悟ったのか組んでいた両手を広げて自分のPCに目を落とした。


「しかし、今回のOJT、これでいいですかね?」

「いいも何も、プロジェクトリーダーが三人でやれって決めたことだし」


 話が本筋であるOJTに戻ったことでユウヤも口調を改め、普段と同じように返すと、紙コップを口に運ぶ。


「いえ、そこではなく座組の方です」

「座組?」


 思わずユウヤは身体を乗り出し、緑谷のPCを覗き込む。

 先ほどの資料が表示されており、緑谷は自分が気になるところをドラッグしていた。


「な、なんだってーっっ!」


 再びユウヤは立ち上がって叫んでいた。

 今回もカップの中のコーヒーを飲んでいなくて良かったと、心の片隅で安堵した。


 とはいえ、緑谷が示したのはOJTチームの編成。

 統括がコノハなのは良い。

 だが、その後には以下のように書かれていた。


 チームリーダー(兼プログラマー) 緑谷ヒサシ

 プランナー(兼進行管理) 蒼馬ユウヤ

 デザイン、UI作成 白樺スズナ

 以下、他の場所は二課のメンバーから適時手伝ってもらうこと 


 手伝ってもらうことと締めるアバウトさがコノハらしいと言えばらしいのだが、問題はユウヤと緑谷の立ち位置だ。

 大本となるレイトの案では、ユウヤは緑谷との共同作業と言われていたが、どちらかと言えばユウヤが主導するものと解釈していた。

 しかし、この編成ではあべこべである。

 緑谷が指示して、ユウヤが手を動かすことになってしまう。


「本当にこれでいいですかね? 確かに僕はプログラムリーダーとして期待すると言われましたが……」


 緑谷も顎に指を当て首を傾げており、困惑しているのがありありとしている。

 ユウヤと緑谷が二人揃って困惑している中、スズナは熱心にタブレットを見ていた。

 内容は二人と同じ資料。スズナは一つ気になることがあったからだ。


「あの……」


 しばらく考えた後、スズナが小さく手を上げると、声に気がついたユウヤと緑谷が彼女の方を向く。

 それが合図と解釈したスズナが恥ずかしそうに少し下を見ながら話し始めた。


「緑谷さんって、以前にリーダーとかされていました?」

「いや、僕はリーダーとしての経験は皆無だね」

「そうなんですね! ならやっぱり!」


 小さく消え去りそうな声だが、スズナの言いたいことは緑谷に伝わった。

 そして即答する緑谷の言葉は、スズナにとって予想が当たっており、喜びのあまりスズナは勢いよく顔を上げる。

 それまで目を伏せ気味だったスズナが満面の笑顔を向けてきたため、緑谷は少し驚いた。

 ユウヤもまたスズナの方に真剣な眼差しを向けており、彼女の見解を聞きたそうにしていた。


「つまりですね、緑谷さんはリーダー経験がない。けど会社としては技術だけでなく人へ指示することも求めている」


 スズナはタブレットをテーブルの上に置くと、両手を胸の前でグッと力をこめると、話を続ける。


「だから、緑谷さんを今回、リーダーとしても訓練しようということかなと思うんです」


 やや興奮気味で頬を赤く染めて話すスズナ。

 そこには普段のおどおどとした姿と違った自信が垣間見えた。


(ああ、彼女も単に暗い影のあるだけの子じゃないんだな)


 緑谷は深く頷きつつ自らが人を単純化してみていたことを心の中で反省していた。


「それで緑谷さんの事は理解できるけど、オレの立場は?」


 スズナと緑谷が満足そうに微笑んでいるところに、少し不機嫌そうな声が挟まれる。

 脇でユウヤがジト目で二人を見ている。

 いじけているのか口には紙コップを咥え、歯で支えたそれをブラブラとさせている。

 その姿を見て、スズナは笑いをこらえるように両手で口を覆うが、すぐにユウヤへと話しかけた。


「お兄ちゃんは企画や人の合間を調整するのが得意でしょ?」


 コロコロと笑いながら答えるスズナに、ユウヤは「そうだな」としか答えられなかった。

 彼女の言っていることに間違いはなく、ユウヤとしても調整が得意分野である自覚はあった。


「仕方ない、それでいくか!」


 咥えていたカップを手に取り、大きく伸びをする。

 その表情は言葉とは裏腹にどこかスッキリとしていた。


「そう言えば、二階堂興産は業務分担がはっきりしていましたね」


 座り直したユウヤは、ふと緑谷に尋ねる。

 二階堂興産でのプレゼンのとき、横から発言した緑谷に先方の担当があまりいい顔をしていなかったからだ。


二階堂興産あそこは業務分担と言うか、序列は厳しかったですね」


 静かに何かを自分に言い含めるように緑谷は答えると、最後に「既に終わったことですが」と静かに付け加えた。

 その一言にユウヤは違和感を覚える。《《何が既に終わった》》のだろうか。

 緑谷とは彼が二階堂興産の頃から数えても、数回しか会ったことはない。

 だが、不器用だが人を気遣う人柄である彼が離れたとは言え、関わりのあった出来事を「既に」と表現するのが不自然に感じたからだ。


「あの……、失礼かもしれないですが、二階堂興産で、なにかありましたか?」


 ユウヤは思い切ってそう切り出した。

 かつての経験から、緑谷にはストレートに聞いたほうが効果的と踏んだからだ。

 問いかけられた緑谷は、ユウヤの顔を珍しそうに見たあと、別の方へと視線を向ける。

 ユウヤもその視線を追って顔を向けると、そこには壁掛け時計が設置されていた。

 会社設立当時からあるという古いアナログ時計は5時を示していた。


「もう……、時間か」


 静かに呟いた緑谷の目には一瞬、厳しい光を灯す。そしてテーブルに向き直るとPCを操作しニュースサイトを表示させる。

 幾つかの項目が並ぶ中で、「経済」「速報」の順にページを遷移させる。


「これです」


 手早くあるニュース記事を開いた緑谷は、ノートPCをユウヤの方へと向けた。

 そこにある見出しは『速報 二階堂興産、債務不履行』と書かれていた。

 記事を目にしたユウヤは本日一番の驚きで、声も上げられずただ画面を食い入るように見つめた。


「二階堂は以前から過度の借金経営でしたから、遅かれ早かれというところです」


 内容を読み進めるユウヤを見ながら、緑谷は語る。

 その言葉から感情は読み取れない。


「で、でも二階堂興産は業界大手ですよ?」


 思わずユウヤは緑谷に食って掛かる。


「あそこが潰れたら、ワグテイル(うち)だけじゃない。他の多くの中小IT企業に影響が……」


 焦りのあまりユウヤは言葉が続けられない。

 その言葉を緑谷は静かに続けた。


「ええ。日本のIT業界は国内外の企業を巻き込んで再編成される時期に入ります」

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