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ワグテイルプロジェクト ~俺達のゲーム開発は前途多難(仮)~  作者: サイノメ
第6章 君のやりたいこと

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第44話 「それは君次第」

「やれやれ、ようやく仕事が決まったか……」


 男はネクタイを軽く締め直しながら目の前のビルを見上げた。

 以前の勤め先から比べたら新しいビルなのだろうが、わずかに壁面にヒビが見えるその壁面に自分の姿が写っている。

 やや彫りの深い顔立ちは年齢より上に見られている。営業などの交渉事ならそれも有利に運ぶかもしれないが、彼の仕事上では見た目でとやかく言われることはあまりない。

 むしろ、純粋な仕事の出来や早さが重要である。

 それが上手く活かせなくなった時、彼は職場を離れざるを得なかった。

 だからこそ、新たな会社、新たな業種でスタートを切ることを選んだ。


「ゲーム開発で、俺の力がどこまで通じるのやら」


 壁に映る顔が口元だけ引きつる。

 自嘲気味な笑顔を作ろうとした結果だが、上手くいかなかった。

 そんな自分の姿にわずかに嘆息した男だが、頭を二、三度、軽く振るとビルへと向けて歩き出した。

 その時、彼の顔からはあらゆる感情の痕跡が消えていた。


 ***


「だから、なにか考えがあるんなら教えろよっ!」

「新人さんが来たら教えるわよっ!」


 始業間もない午前10時10分。

 遅刻ギリギリで飛び込んできた複数の社員が慌てた様子でPCのブラウザを立ち上げ出勤処理を進めている中、オフィス内にユウヤとコノハの声が響き渡った。

 二人の言い争いはすでに日常茶飯事なので、誰も気に留めない。

 ただ、痴話喧嘩なら外でやってくれと言う気持ちが周囲を占めていた。


「ともかく、もうすぐ来るんだからそろそろ教えてくれてもいいだろ?」


 ユウヤはため息とともにそう言うと、手元の缶コーヒーを手に取り一口すすった。

 微糖タイプ特有の苦みと甘みが一瞬で口に広がるが、生ぬるい。

 仕事に入る前の気合い入れと出勤時に買った物だが、すぐ後に来たコノハと思いの外、長い時間話し込んでいたようだった。

 少し考え込んでいたユウヤの耳にカタカタと軽快な音が聞こえてきたので、そちらに目を向ければ、コノハが非常に早い速度で何やら打ち込んでいる。


「何やってんだ?」


 先ほどまでの言い争いのことなど忘れたかのように、軽い調子でユウヤは声をかける。

 その声と同時に、コノハは勢いよく「Enter」キーを叩く。

 薄いプラスチックのキーが乾いた音を立てると、コノハの前のディスプレイに「送信完了」の文字が表示される。


「プロジェクトの作業予定表よ」

「ふ~ん」


 コノハは再びユウヤを見上げつつ答える。

 彼女もまた先ほどのことは気にしていないように見える。

 心の中でユウヤは密かに安堵のため息をついた。

 ユウヤ自身、気にしていないよう振る舞っていたが、言い争いの件を引きづらないように、あえて軽い口調で話しかけていたからだ。

 だが、そんなユウヤとは反対に、コノハはわずかに歯を見せるように笑う。


「今はいいけど、ユウヤもそのうちこの手の報告を担当してもらうことになるから」


 その言葉にユウヤは思わず「はあ?」と怪訝な声をあげる。

 プロジェクトの作業予定報告はリーダーが行う決まりとなっている。

 それならば、休暇でもとっていない限りコノハの仕事である。

 それをなぜ自分がやらなければという疑念からだった。


「なんか勘違いしているようだけど、担当してもらうのは売上報告よ」


 そう言うとコノハは右手の人差し指をユウヤに向けた。

 ユウヤがその指に視点を向けると、整えられた爪がわずかに輝いていた。


「売上? それって各個人で上げるんじゃ……あっ!」


 そこまで言ってユウヤは気がついた。

 営業なら個人で売上を立てることはできるが、ゲーム配信は集団作業であり、個々の業務から売上は発生しない。

 あくまで、配信したゲーム内でユーザーが何かを購入した時に初めて売上がたつのである。

 そしてチーム内なら売上情報も共有されるだろうが、それらに関するデータなどをチェックする人間は必要になる。


「ユウヤは元営業でしょ。ならこの手の売上に関するデータの扱いとか手慣れていると思うから任せようと思うの」


 コノハは少しだけ胸をそらして自慢げに語る。


「確かにオレなら売上データをまとめることがっ……て!?」


 途中まで言いかけたユウヤは、コノハの放った1つの言葉に気がついた。

 

「オレは半出向であって、ゲーム開発事業部ワグテイルプロジェクトに移動した覚えはねぇ!」


 少しばかり目を釣り上げながらユウヤが返す。

 その言葉を「キャー」と笑いながら、コノハはユウヤの脇をすり抜け、オフィスの出入り口まで走っていく。

 元々背が低い彼女である。その姿は悪ふざけをしてはしゃぐ学生にしか見えなかった。

 その彼女が突然進行方向と逆方向へと倒れる。

 あまりに一瞬のことで誰も反応できなかった。


「痛てて……」


 尻もちをついていたコノハが腰をさすりながら立ち上がろうとした。

 そこへ音もなく右手が差し出される。

 ユウヤに比べたら細く白い手。

 そこから腕に沿って視線を上げていく。

 コノハが首を向けた先、そこには先日写真で見た顔があった。

 ただ想定外だったのは、意外に背が高かったこと。

 上半身を屈めているとは言え、それでもコノハの身長よりはありそうだった。


「あ、ありがとうございます……」


 とりあえずそのまま見上げていても話が進まないと、コノハは男の手を取る。

 しっかりと手を握ると身体が引き上げられる。

 それは思ったより力強いが、どこか不安定な力加減だった。


「あ、ありがとう……」

「こちらこそ、気がつかずにすみません」


 物珍しそうな視線を隠そうともせずに礼を述べるコノハに、男は淡々と返した。


「え、え~と、今日から配属になる緑谷さんでいいのかな?」


 能面のように表情をうかがい知ることができない、青白い顔を見ながらコノハは尋ねた。

 一瞬、男の眼球が動き、改めてコノハを見据えると顔が連動するかのようにそちらを向ける。


「はい、緑谷です。本日よりよろしくお願いいたします」


 わずかに口元を曲げ、不自然な笑みの形を作りつつ答える緑谷に対し、少しだけ普段の調子を取り戻したコノハは、腰の後ろで両腕を組みつつ身体を傾けると上目遣いで質問を投げた。


「もしかして、緊張されている?」

「ええ、でも表情が硬いのはいつものことですのでお気になさらず」


 それでも緑谷の顔に変化はなく淡々と答えるのみ。

 さすがのコノハもこの緑谷の対応には回答に困り、眉間にシワを寄せて黙ってしまった。

 そこへ助け舟を出すかのように、ユウヤがコノハの前に立ち柔らかい物腰で緑谷に話しかけた。


「ようこそ、緑谷さん。覚えていらっしゃいますか?」

「……どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」


 しかし、緑谷は血行がいいとは言えない顔をさらに白くしながら、困惑したように答える。


「以前……2年ほど前に、二階堂興産さんの担当していました蒼馬です」


 やや肩を落としながらユウヤは話を続ける。

 やはり緑谷はあの日のことを覚えていなかったことが、寂しくどこか悔しかった。

 緑谷(かれ)の一言で、自分はさんざん悩んだのだが……。


「あっ、あの時の新人さんか!」


 唐突に緑谷が叫ぶ。それはそれまでとは打って変わった大きな声だった。


「覚えていましたか!」

「あの後、すぐに担当の方が変わったので辞められたのかと思っていました」


 思わずユウヤの声も大きくなるが、すぐに後の言葉に一気に意気消沈する。


「でも、こうやって部署を変えても仕事をされていたということは、()()()()は解決したみたいだね」


 相変わらず表情に乏しい緑谷だが、その声はどこか弾んでいるように聞こえた。


「それは……、まだ解決していないようです」


 少しおどけるように肩をすくめるユウヤ。

 その姿に緑谷は少し目を大きくした後、腕を組み考えるような仕草をした。


「な、何かありました?」


 思わずユウヤが問いかけると、緑谷は何かに気がついたようにユウヤを見つめた。

 細められた緑谷の目からは感情が読み取れず、ユウヤは気まずそうな顔をする。


「なるほど、ちょうどいい!」

「ち、ちょうど良い?」


 再び顔いっぱいに喜びの表情を浮かべた緑谷に、思わずユウヤは一歩後ずさる。

 本人は喜びこの上ないのかもしれないが、ユウヤは何か得体のしれない恐怖を感じた。

 これまで会ってきた人々とは明らかに異なるタイプ。

 有り体に言えば、ユウヤは判別不能な緑谷に警戒したのだった。

 しかし、そんなユウヤの気持ちを知る由もない緑谷は、一歩ユウヤに近づく。

 改めて見れば、緑谷はユウヤよりも背が高い。

 痩せ型で病的なまでに白い肌から身長を誤認していたが、緑谷の身長は180センチメートルを軽く越えていたのだ。

 そんな大男が音もなく近寄ってきたのだ。ユウヤも思わず逃げたくなった。

 しかし、そんなユウヤよりも緑谷の行動は素早く、ユウヤが身を引くより早く緑谷の両手が動いていた。

 唐突に両手を掴まれたユウヤは一気に冷や汗をかき、全身に緊張が走る。

 逃げることも叶わず、何をされるのかと身構えるユウヤに対し、だが緑谷はユウヤの両手を彼の前で自らの手で包みこんだ。


「僕もね、()()()()に突き当たったんで、転職をしたんだ」


 緑谷の言葉の意味をユウヤは理解できず、思わず首をかしげた。

 そんなユウヤの手をさらに強く包み込みつつ、緑谷は話を続ける。


「僕たち、協力して問題を解決していこう!」


 力強く宣言する緑谷だが、ユウヤもそして近くで事の推移を見守っていたコノハも彼の言葉の意味を理解できなかった。

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