第43話 『君の問題』だよ
薄暗い会議室。
それぞれのPCのモニターの光だけが室内を照らしており、それは会議の機密めいた雰囲気に一役買っていた。
「やっぱり暗いですな」
「いい加減、LEDに変えましょう」
「予算が下りなくてなぁ」
…………。
と、ともかく。
ゲーム事業部の役職付き、つまり事業部長の浅川。
企画一課課長の一色。
同じく二課課長、五嶋。
そして部長補佐のレイト。
部署を動かす彼らは週に1回の予算定例の場で顔を突き合わせていた。
「では次に新規企画の進捗だが……」
浅川がそう言いながら二人の課長に視線を向ける。
それに対し、一色は恐縮したようにうつむき、五嶋は特に気にした様子もなく自分のPCを見つめる。
それぞれに異なる反応だが、それが彼らの心境を如実に表していた。
「フィッシャーキングの開発ですが、基礎部分は大方終了し、端末側のゲームパートの開発に注力しています」
フィッシャーキングのディレクターでもあるレイトが答える。
「各社のエース級エンジニアに入ってもらったんだ、それくらいの早さでなければな」
鷹揚にうなずく浅川。
報告に満足したのかわずかに口元が緩んでいた。
「二課の『FLYING BREAKER’S HERO』は仕様面の設計まで完了してます」
特に感慨もないかのような無機質な五嶋の報告。
浅川も同様に「そうか」とだけ返す。
「ただ……」
五嶋が言葉を濁らせる。
泰然自若というにはほど遠いが、大概のことには動じない五嶋の言葉に一同が不審そうな顔を向ける。
そこにはデスク上のノートPCが放つ光に照らされ、不気味な表情の五嶋の顔が浮かび上がっていた。
「ボチボチ開発ディレクター、いやリーダーでもこの際いいんですが、決まらないと進まないんですよね〜」
表情こそ変わらないが、どこか困ったような声とため息がもれる。
とはいえ彼の言葉は間違いない。
いくら企画と仕様を固めようと、プログラムがなければ絵に描いた餅以外の何物でもないのだ。
「やはり、彼のことですか?」
沈黙を破りレイトが質問する。
五嶋は肩をすくめるが、レイトは肯定と受け取る。
「なら僕が少し動いてみましょうか」
少し微笑みながら答えるレイト。
だがそれに対して一色は「こちらの開発は?」と腰を浮かせて反論する。
それに対してもレイトは余裕の表情で答えた。
「そこなら大丈夫ですよ。僕はプロジェクトで仕事してないですから」
恋愛系少女漫画における、優しい恋人を思わせる柔らかな笑顔を見せるレイト。
その笑顔と対照的に、一色の顔は暗がりでも分かるほどに青くなり、浅川は困ったと言わんばかりに首を振った。
ただ五嶋だけが、無表情な顔の前で両手を組むと口元だけニヤリと笑みの形になっていた。
※※※
「だから、オレのことは気にしなくて大丈夫だから!」
オフィスの中に響く声。
今やおなじみとなったユウヤとコノハの言い合い。
そして、その合間でオロオロするスズナの姿も相まって三角関係のもつれにも見えるが、実際は仕事の話だ。
「リーダーとしては、そうはいかないでしょ?」
自席に座るユウヤの前で、両手を腰に当てつつ仁王立ちのコノハだが、今日は少し困惑気味だった。
新人加入における障壁となる、ユウヤの気持ち。
これまでの言動から、面接中の人物――緑谷ヒサシとユウヤには、過去に何かあったのは間違いない。
それは会社の行動記録からも明らかだった。
だが、それに関してユウヤは話そうとしない。
いつもの彼なら少し不都合があっても、最終的には渋々話す。
だが今日に限っては頑なに話そうとせず「自分は気にするな」の一点張りだった。
「お、お兄ちゃん……、コノハさんも心配してくれてるんだよ?」
おずおずとスズナも声をかける。
幼なじみとはいえ、仕事現場でのユウヤを知らないスズナにとっては、これが仕事時の彼なのかと悲しそうな表情を浮かべていた。
「ほ~ら、スズナちゃんにも余計な心配させてるんだから、ユウヤがしっかりしないとダメでしょ!」
追撃を掛けてくるコノハの言葉に、ユウヤはスズナをちらりと見る。
その心配そうな顔に、ユウヤも流石にこれ以上は意地を張るわけにはいかなかった。
「はぁ、分かったよ」
小さく首を横に振りながら、ユウヤは姿勢を正しコノハの方を向いた。
首元を締めているネクタイに指を入れ緩めつつ、改めて深いため息。
もしかしたら深呼吸だったのかもしれないが、コノハにはため息にしか見えなかった。
「彼、緑谷さんが二階堂興産に勤めていたころ、オレはそこの担当だったんだ」
かつてあった、二階堂興産への納入の件について話し始める。
先日、少し反省したとはいえ改めて他人に話すのは少し恥ずかしい。
とはいえもう話すしかない。
「で、その後もあの人は何も言わなかったんで、オレはそのまま担当を降ろされたって訳だ」
思い切って全てを話し終え、ユウヤはコノハを見る。
その顔はなんとも言えない難しい表情。
「う~ん……」
微かな唸り声が響く。珍しく悩んでいるようだ。
「ウンウン。ユウヤの言いたいことも分かるよ……」
大きく頷きつつコノハが語り始める。
その姿から相当に言葉を選んでいる様子が見て取れる。
「でも……、やっぱり言っておくべきかぁ」
悩み抜いたように天井を見上げたコノハは、決心したように改めてユウヤの方を向いた。
「その時の件、多分だけど……」
コノハが少しもったいぶる。
ユウヤは思わず身を乗り出していた。
「それは、あんたが悪い!」
突然の大声。
それに驚いたユウヤが思わず席から転げ落ちた。
そのまま、何が起きたか分からない表情でコノハを見つめる。
「いい?その人は君の問題と言ったのよね?」
「あ、ああ……」
気圧されつつも首を縦に振るユウヤ。
それを肯定と受け取りコノハは話を続ける。
「それに対してユウヤは何か答えを出したの?」
ユウヤは少し憮然とした顔をそらす。
先日自分でもたどり着いた疑問。
それを他人から指摘されるのは面白くなかったからだ。
「そいつは、分かってる……」
そっぽを向いた顔から、小さな声が流れる。
うまく聞き取れなかったコノハは「んっ?」と聞きなおした。
「分かってる。でもあの提案はオレから後任に変わった後、すんなり通っているんだよ!」
珍しく強い言葉を吐き捨て、拳で床を叩いた。
ビクッとスズナの肩が震えたが、コノハは動じなかった。
むしろ腰に手を当てたまま上半身を曲げ、ユウヤに顔を近づける。
その顔には不敵な笑みすら浮かんでいた。
「な〜るほどねぇ」
意味ありげな言い方。
言外に「全てお見通し」とでも言いたそうに歪ませた口元。
それらが全てユウヤの神経を逆撫でた。
もしここが職場でなく、相手が小柄で年下の女の子でないのならユウヤは飛びかかっていたかもしれない。
まだ、そこで踏みとどまれる程度には理性が残っていた。
だが、これ以上は良くない。
以前も思わずカッとなってしまったことを思い出す。
ユウヤは勢いよく立ち上がった。
以前の再現となりかねないと判断したためだ。
「悪い。少し頭冷やしてくる」
暗い顔から漏れる冷たい言葉。
今のユウヤはそう告げるのが精一杯だった。
あっけにとられるコノハとスズナを気にすることなく歩き出す。
「ちょっと、待ってくれないかな」
不意に腕を掴まれる。
「っ!」
無理にでも振りほどこうと腕を振る。
しかし、決して大きくはない手には、有無を言わせない力強さがあった。
仕方なく相手の方を見る。
そこには見知った顔に似た笑み。
だが、普段の朗らかな顔とは異なり、冷たさが宿る。
それは獲物を見つけて喜ぶヘビを連想させた。
「レ、レイトさん?」
とっさに出た声は絞り出したようであり、言葉が続かなかった。
「部長補佐として少し話をさせてくれないかな?」
皆が半ば忘れていたレイトの役職。
部長補佐として権限を持って話を聞こうとするレイトに、ユウヤはうなずくしかなかった。




