第39話 新人歓迎会にて
「『FLYING BREAKER’S HERO』って何なのよ……」
テーブル中央付近に置かれた大皿から、自分の小皿へ麻婆豆腐を取り分けながらコノハは言う。
「今更それを言うのかよ?」
餃子に伸ばした箸を止めて、ユウヤが返す。
元よりあの時、小豆に意見を聞いたのはコノハだったのに。
「確かに『意見は聞く』って言ったけどそのまま決まるとは思わないじゃん?」
小皿に取った豆腐をレンゲですくいながらコノハは言う。
「まぁ確かに勢いでというか、他に案がなかったからなぁ」
手酌で自分のグラスにビールを注いでいた黒瀬もぼやく。
「っていうか、そんな話題、いま話さなくてもいいじゃない」
黙々と焼売を食べていた黄島が、それを飲み込むと口をひらいた。
「まぁ、そうなんだけどさぁ~」
まだ何か言いたそうなコノハだが、旗色が悪くなってきたのでこの話題を閉じた。
「お前らなぁ~」
一連の流れを我関せずとばかりに紹興酒を飲みながら静観していた五嶋が、ため息混じりに口を開く。
「せっかく、白樺の入社と黒瀬、黄島のプロジェクト合流祝いを兼ねた決起集会開いたってのに、辛気臭い話題の盛り上げ方するなよ。なあ?」
「あ、あははは……」
五嶋から唐突に水を向けられスズナは愛想笑いしかできなかった。
鼎アズキこと、小豆が総務部とゲーム開発部の兼任となり、スズナと黒瀬がプロジェクトに正式参加となったことで、コノハたちのプロジェクトは正式に企画としてスタートすることとなった。
今日はその決起集会として、五嶋は仕事上がりに皆を食事に連れてきたのだった。
「でも〜、せっかくの決起集会が『五竜軒』ってどうなんです?」
不意にコノハが五嶋に尋ねる。——本音は『もう少し良いとこでも』だ。
「俺は好きだけどなココの飯。丸テーブルが有るところとか本格的だし」
五嶋がテーブル中央のターンテーブルを回しながら答える。
そして青椒肉絲が目の前に来ると止める。
ピーマンと鶏肉にかかった透明な餡がライトを浴びて輝いていた。
それをレンゲですくいつつ、五嶋は何か言いたげに周囲を見る。
店の中は今のところ、自分たち以外に客の姿はない。
「……」
そのまま何も言わずに取り分けた青椒肉絲を箸でつつきはじめた。
「まあまあコノハ。せっかくの入社祝いなんだから、つまらないことにこだわらないっ」
五嶋が言わなかった事で、黄島がコノハに軽く注意する。
五嶋は人が多いと肝心な時に黙る傾向があるため、黒瀬や黄島が代弁に入ることが多い。
今回は黒瀬も、黄島も祝われる方なので、五嶋が何とかするかと思っていた黄島だったが、結局いつもどおりに彼女が諌める立ち位置になってしまった。
「でもやっぱり、せっかくならいいとこがいいじゃない?」
「それは『プロジェクト成功時』にとっておけばいいじゃない」
なおも言いつのろうとするコノハに黄島はやんわりとだがピシャリと言う。
プロジェクト成功と言われてしまうとコノハも言い返せない。
ここで啖呵を切ってしまえば、自分の責任が重くなると思ったからだ。
「まあまあ、プロジェクト成功なら、みんなで頑張ればいいんですよ!」
横で聞いていたスズナが両腕を上にあげてガッツポーズを決めながら割って入る。
「ま、まぁ、そうなんだけどさ〜」
スズナの勢いに押されつつコノハは答えるが歯切れが悪い。
先ほどの責任以外にコノハはもう1つ気がかりなことがあったからだ。
喋り続けていたコノハが急に黙ったことで周囲は微妙に暗い雰囲気になる。
みんな、黙ったまま手元の飲み物に口をつける。
その中、奥の厨房から何かを豪快に炒める音だけが響いていた。
なんだかんだ言ってもコノハはムードメーカーである。
そのため、彼女が塞ぎ込んでしまえば途端にその感じは周囲に伝播してしまうのだ。
ガタッ。
一同が黙々と飲み食いする中、突然ユウヤが立ち上がった。
その音に皆の視線が一気にユウヤへと注がれる。
ユウヤとしても、雰囲気を変えたくて立ち上がったのだが、何をすれば良いか考えていなかった。
だが視線が集中した事で、ユウヤの思考は一気に加速する。
そして、出た答えは特別でないモノだったが、状況を変えられそうなものだった。
おもむろに自分のグラスを持つとユウヤは皆を見回す。
「え〜、皆さんお楽しみのところですが、ココで改めて、スズナの入社、黒瀬さん黄島さんようこそ、そして未来の成功を願ってカンパイの音頭を取らせていただきます!」
その言葉に皆は一瞬ポカンとする。
(体育会系のノリ過ぎたか?)
一瞬、後悔したユウヤだが、すぐに五嶋もグラス片手に立ち上がる。
「おうっ! いい考えだな蒼馬。ここは1つ景気よく行ってくれ!」
そう言って五嶋は軽くユウヤの肩を叩いた。
最近、ようやく五嶋の性格を理解してきたユウヤは(調子がイイな)と内心思いつつ、平然とした笑顔でグラスを掲げる。
「新メンバー加入を祝福し、プロジェクトの成功を祈ってぇぇっ」
ユウヤの勢いに乗せられるように皆グラスを持つ。
「「かんぱーいっ!!」」
キン!
一同の声と、グラス同士、軽くぶつかる軽い音が店内に響く。
それだけだが、先ほどの暗い雰囲気は霧散していた。
「さあさあ、どんどん食べなよっ!」
ユウヤが座り直すのに合わせるように店のおかみさんが大量の餃子を載せた大皿を持ってくる。
「きゃーっ! 待ってましたーっ!」
それを見た黄島が歓声をあげる。
「五竜軒来たらこれ食べないとな!」
黒瀬も早速1つを箸で掴み口へと運ぶ。
「まだもう一皿あるから慌てなさんな」
2人の喜びようを見たおかみさんが笑いながらそう言うとカウンターの奥へと去っていった。
「うわ〜、あっという間に無くなっちゃった」
大皿に盛られた餃子が瞬く間に姿を消していく様を見てスズナが目を丸くする。
「お兄ちゃん、いつもこんな感じなの?」
「いや、IT事業部だとこんな勢いでなくならないなぁ」
コソッと隣に座るユウヤへ尋ねるが、ユウヤも呆然としていた。
「何言ってるのよ、食べられる時に食べる! 特に好きな物はね!」
2人のやりとりが聞こえていたコノハが餃子を箸でつまみながら答える。
「欠食児童かよ……」
恥も、外面もないその態度にユウヤは半ば呆れていたが、育ちが良いはずの黄島まで黒瀬やコノハと同じようにがっついている。
それを見ていたスズナは少しニコリと笑う。
「でも、『郷に行っては郷に従え』って言うしね」
そう言うとスズナも勢いよく箸で餃子を掴み一気に口へと運ぶ。
それを見てコノハもクスリと笑っていた。
しばらく餃子争奪戦は続いたが、2皿目を完食する頃には落ち着いてきた。
今は大皿に残った少しの餃子をユウヤと五嶋が食べている。
他のメンツはそれぞれに飲み物を口にしながら雑談に興じていた。
その姿を見たユウヤはスズナが既に周りに馴染んでいるのを感じ安堵する。
中学高校と色々な問題から登校拒否気味であり、友達も少なくなっていたスズナだが、新天地では上手くやっていけそうだった。
「しかし、蒼馬君はそうしているとホントに白樺さんのお兄さんみたいだな」
スズナを見つめ静かに微笑むユウヤを見た黒瀬が話しかける。
少し酔いが回っているのか、普段より少し声が高い。
「まぁ、彼女が生まれた時からの付き合いですからね」
ユウヤがそう答える。
その言葉にスズナは少し顔を赤くする。
「なら、しっかりお兄さんとして守らないとな! 白樺さんはカワイイから!」
「ほ〜ら、先輩! 後輩をからかわないっ!」
横から黄島が黒瀬をたしなめる。
その姿から2人の関係性が分かる。
「まあまあ、その辺りはスズナのお母さんからもそれとなく言われてますから」
ニコニコと笑いながら何気ないユウヤの一言。
その瞬間、ザーサイを口に入れようとしたコノハの片眉がピクリとわずかに跳ねる。
「おおっ!! 親公認の仲っすか!?」
先ほどはたしなめる側だった黄島だが、今度は身を乗り出してくる。
その黄島に圧倒されつつも、ユウヤは目の端で慌てて黒瀬が止めようとしているのをとらえていた。
「ち、違いますよ、そっちの意味ではないですってっ!」
「……スズナちゃんはそれでいいの?」
慌てて否定するユウヤの横で笑顔を崩さないスズナを見ながら、コノハが口を挟む。
「えっ!?」
不意に話題を振られて慌てるスズナ。
そんな彼女をコノハは少し意地悪い表情で見つめる。
「えっと、その辺りはあまり考えたことないというか、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから……」
顔を赤く染めうつむきながらモジモジと答える。
「ほ〜ら、無粋な質問はやめとけよ」
その姿を見てやんわりとユウヤはコノハに注意するが、コノハは面白くなさそうにユウヤを睨む。
「で、でもっ!」
その時、スズナが絞るような声をあげた。
「わたし、こんな風にみんなで楽しく食事するの夢だったんです……」
その言葉は次第に小さくなり、最後は消え去りそうな程で聞き取りにくかった。
それでもその言葉の意味は周りに伝わっただろう。
「はぁ〜」
コノハが小さくため息をつく。
「ダル絡みして悪かったわ、別に悪気はなかったんだけど、気を悪くしたらゴメン」
すっとスズナの方を向くと謝った。
唐突な謝罪にスズナは、「あっ、え!?」と慌てる。
「仲のいい兄妹とか見るとなんかイジりたくなっちゃうんだよ……」
少し自虐気味にそう言うとコノハは目を伏せる。
「……いいや、騙されんぞ?」
不意にコノハに声がかかる。
「第一、なんでオレに絡んできてスズナに謝るんだ?」
そう言ってユウヤはジト目でコノハを見る。
「ああ、だってユウヤには色々貸しがあるしぃ」
しかしコノハはわざとらしく語尾をあげながら挑発的にユウヤを見返す。
そう言われると、心当たりがありすぎるユウヤは黙るしかなかった。
貸し借りで言えばコノハの方がユウヤからの借りが多いのだがそのことに気が付かないところがユウヤらしい。
「あ〜、前にも言ったがいちゃつくのは他人のいないところがいいぞ?」
それまで我関せずと1人ビールを呑んでいた五嶋がボソリと呟く。
「「「いちゃついていませんっ!! (前ってなんですか!?)」」」
その言葉にユウヤ、コノハ、スズナが同時に反応。
その勢いはすさまじく、思わず五嶋が椅子ごと一歩後ろへ引くほどだ。
「課長〜、前にも小豆さんにセクハラ、パワハラだって怒られてますよねぇ?」
そこに黄島も参戦してくるのだから、五嶋の旗色は悪い。
思わずどこかの悪代官よろしく右掌を前に突き出し「話せば分かる!」と焦りながらそう返すのが精一杯だった。
「ともかく明日、小豆さんに報告するので絞られてください」
黄島はそう言うとニッコリと微笑む。
「若いってイイねぇ」
そんなやり取りを傍観していた黒瀬だったが、ユウヤが席に座り直したタイミングで声をかける。
「黒瀬さんもまだ20代ですよね?」
思わずユウヤは、そう返す。
それに対して黒瀬は「肉体年齢的にはね」とだけ返した。
そんな黒瀬にユウヤはふと以前から聞きたかった事を思い出した。
「あの、黒瀬さんって本来はアウトゲーム担当ですよね?」
確認するように質問を口にするユウヤを、黒瀬は改めて視線をそちらに向ける。
「本来も、何も、今回もアウトゲーム担当だよ。ただ施策設計も兼務するってだけで」
大したことではない様子で返す。
しかし、ユウヤからすれば月、場合によっては年単位のスケジュールと言うマクロな対応をする施策設計と、イベントやキャンペーンなどの案件別に行うと言うことは、営業計画と顧客対応を同時に行っているように感じており驚きであった。
「それで、その聞き方だとアウトゲームの仕事内容についての質問?」
驚いたまま硬直しているユウヤに、黒瀬は話の続きを促す。
酔いが回っているのか普段よりフランクな聞き方だった。
その時、店の入り口に誰の気配があった。
「ん?」
それに気が付いた五嶋は流し目で入り口を見るが、他のメンバーは話に夢中で気が付かない。
五嶋も特に気に留める事もなくそのまま視線を戻した。
「ええ、踏み込んだ話というより、一般論的……いや、技術的な質問なんですが……」
ユウヤが黒瀬に話の続きを始める。
ユウヤも酔いが回っているのか、どこか歯切れが悪い。
普段の彼なら、顧客相手でも必要なことならストレートに聞いてくるのだが、今は奥歯にものが挟まったような言い方だ。
「別に改まる必要はないよ、俺が答えられることならなんでも答えるからっ」
カラカラと笑いながら鷹揚に答えると、黒瀬はビールに口をつけた。
その姿を見て、ユウヤも決心したように質問を口にする。
「あの『ガチャの排出確率って課金額に応じて違う設定をしているんですか』?」
その質問にスズナ以外のその場にいたメンバーは口の中のものを吹き出しそうになった。




