第3話 異動ではなく
「蒼馬です」
名乗りながら会議室のドアをノックする。
ユウヤが呼び出されたのはIT事業部のフロアに設置された事業部専用の会議室。
スケジュールアプリを見れば、この場にいるのはIT事業部の部長と営業課の課長。
個別になら打ち合わせをしたこともあるが、二人揃った場は初めてのことだった。
「どうぞー」
「失礼します」
部屋の中から声が返ってくる。
少し軽い口調は課長であろう。
それでもユウヤは気が引き締まる思いがした。
ドアを開けつつ返した返事も、普段から見れば幾分硬い。
中に入ると予想通り、部長と課長が座り、その横に見慣れない男性がいた。
見たところ部長と同じく40代半ばくらい。
スーツにメガネ姿だが、よく見るといずれも高価そうな代物であるところから、それなりの役職の人物だろう。
そしてスケジュールアプリに名前が無かったことから、IT事業部以外の部署の人物。
セキュリティの関係から、一般社員のスケジュールアプリは総務部を除く他部署の人物の予定を見られないようになっている。
それが今回のような場合になると当事者は困るのだが、多くの社員はそもそも他部署と連携することが少ないのであまり重要視されていなかった。
「やあ、来たね蒼馬君」
部長が声をかける。
緊張しているユウヤは「はい」とだけ返し扉の前で立っている。
それに気がついたもう1人の人物が立ち上がって頭を下げる。
「こちらは『ワグテイル・プロジェクト』を総括する浅川部長だ」
「ワグテイルプロジェクト……」
部長が浅川を紹介すると、ユウヤはプロジェクト名を反芻した。
「浅川です。社内ではうちの部署名はゲーム開発事業部です」
やんわりと浅川が説明しながら柔和な笑顔をユウヤに向ける。
それを聞いてユウヤは「ああ」と声をあげた。
「失礼しました。僕はIT事業部営業課の蒼馬です」
ユウヤはまだ自己紹介していないことに気がつき、頭を下げながら改めて自己紹介をする。
「とりあえず、蒼馬も座りなさい」
それまで口を開いていなかった課長に促され、ユウヤは扉に近い椅子に腰を下ろした。
「急な呼び出しですまないね。君も知ってもいるように……」
部長は大したことでもなさそうに話を始める。
所詮、平社員の人事なんて部長クラスには大した問題でもないのかとユウヤは思いながら話に耳を傾ける。
先ほど先輩と話した内容と同じく、事業部を取り巻く状況の説明。
ITインフラ事業の縮小に伴う人員整理の話。
となれば、浅川がここにいる理由は大体予想が付く。
そんなことを考えながら部長の話を聞いていると、予想どおり浅川が口を開いた。
「ところで蒼馬さん。あなたはゲーム……、いやコンテンツ事業についてどう考えていますか?」
「どうと言いますと?」
浅川の質問に対し、思わず質問で返してしまう。
言いたいことは分かるのだが、なんとなく癖で問い返してしまった。
「ごめんごめん、聞き方が悪かったね」
笑いながら謝罪をした浅川は、頭をかきながら質問し直す。
「改めて聞きます。あなたがコンテンツ事業に関わるとしたらどうしますか?例えばあなたがゲーム制作の方針に口を出せるとしたら、どのような提案を考えますか?」
その一言にユウヤは最近やっているゲームをいくつか思い返す。
先ほどもやっていた人気アニメ原作のゲームやコンシューマーゲームの外伝アプリ、他いくつか……。
「もし僕が作るのであれば、ある程度やりこみ前提のゲームを作りますね」
思ったことを、素直に答える。
ユウヤのその言葉に、浅川の眉が少し動いた。
「やりこみ前提にする理由は?」
それまでの柔和な笑顔が消え厳しい表情で聞く。
ユウヤは、やりすぎたかと考えたが口が止まらなかった。
「現在のゲーム、特にスマホアプリは『現代人に時間がない』を前提とした、放置要素を前提としたシステムが多いと感じます」
ユウヤの言葉は調べた結果ではなく、あくまで個人の見解にすぎない。
だが、それは彼が普段アプリを起動するたびに感じていたものだ。
確かに様々なコンテンツがある現代において、少ない時間でも占有できる事がゲームには必要だ。
しかし、ユウヤはそんなゲームたちに対して満足感を得られることができなかったのだ。
つまり、すべて自動に任せておけばある程度クリアできてしまう状況に。
そして、その現状に対する思いが次々と出てきた。
「もし、オレがゲームを任されるのであれば、ゲームの魅力でユーザーに自主的に時間を作らせるようなものを作りますね」
そう締めくくると、部長や課長は目を丸くしているが、浅川だけは腕を組み目を閉じている。
「……なあ蒼馬、普段からそれだけ説明できれば、営業成績も上がるんじゃないか?」
「は、はあ……」
思わず課長がぼやくように声をあげる。
ユウヤとしても全く同意だった。普段の営業からこれだけ話せれば、もう少し業績も上がるだろうに。
「どうですかね、浅川さん」
課長の話が続きそうと感じたのか、部長は浅川に話しをふる。
「そうですね。合格といったところです」
静かに答えた浅川の言葉。
それが意味するところをユウヤは知らない。
だが、会社人事における何かが動いたことだけは間違いなかった。
「蒼馬さん。君には是非ともゲーム事業部に力を貸して欲しい」
浅川の言葉はお願いだった。
つまりは異動の勧誘。
あくまでも本人の意志を尊重しようと言うことだろうか。
「し、しかし自分はゲーム開発に関して素人ですよ?」
ユウヤが反論を試みる。
決してゲーム開発に興味が無い訳ではない。
しかしコノハのことを考えると、プロ集団にいきなり素人が紛れ込んでも何かができるとは思えなかったからだ。
「ゲーム開発現場に素人が入るなんて珍しいことではないですよ。むしろ君のその考え方と営業で培った対人スキルを我々は欲しているんで」
浅川が力強く言い切る。
それでも反論しようとした時、部長が割り込んできた。
「それにゲーム事業部で仕事することになっても、いきなり異動ってことは無いので安心してくれ」
「え、それはどういうことですか?」
思わずユウヤは聞き返す。
さすがに営業活動をしながらゲーム開発をしろなんて言われたら、無理難題すぎる。
「確かに君の営業成績は高くないんだが、固定客の中には君を指定してる担当者がいる。つまり浅川部長のおっしゃる対人スキルは我々も必要としているんだ」
「は、はあ……」
部長は褒められていると言うか、長所をあげているのだろうが、結果的にどういう意図なのかが分からず、ユウヤは生返事を返す。
「ゲーム開発の業務を行う場合、待遇は期限付きの半出向として、所属はIT事業部のままとする」
部長の言葉に耳を疑う。
ユウヤは自身の営業成績が理由で事業部から外されると思っていたのに、蓋を開けてみれば一時的な出向のみの話だった。
しかし、そうなると半出向とはいったい何のことだろう?
そんな風に頭を悩ませているユウヤに部長が語りかけた。
「ゲーム開発はしつつも、今の担当顧客への対応は引き続き対応を続けてほしいということだ」
その一言にユウヤは絶句した。




