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ワグテイルプロジェクト ~俺達のゲーム開発は前途多難(仮)~  作者: サイノメ
第5章 これが新規プロジェクトチームだ!!

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第38話 FLYING BREAKER'S HERO

 夕暮れの日差しを街並みが反射する。

 その光が入り込む廊下は定時前のため社員の姿もまばらだ。

 その中、コノハとユウヤは人々を避けながら駆け抜けた。


 目指すは総務部秘書課のオフィス。

 そこにいるであろう小豆カナエに会うために。


 やがて廊下のつきあたりまで来た2人は立ち止まり目の前のドアを見る。

 それは簡素ながらもしっかりとしたドアであり、他の部署と異なり機密性を重視した作りになっている。

 もっとも社内のペーパーレス化が進んだ現在は、秘書課に重要書類を直に保管することもなくなったので、他の部署と同じ作りに直す計画も上がっているのだが。


「やっぱり秘書課に入るのは緊張するなぁ」


 ユウヤが呟く。

 その声はどこか緊張している。

 他社のセキュリティ問題を平然と言ってのける彼にとっても、秘書課はどこか聖域じみたものを感じていた。


「『この門をくぐる者は全ての望みを捨てよ』って?」

「そんな感じだよな……」

「あれま?」


 冗談めかしの言葉に真面目に答えるユウヤに、コノハは少し驚いた。

 彼のことを堅物とは考えていなかったのだが、このような発言が出るとも思っていなかった。


「お主もなかなかにエロまじんだね〜、今どき秘書課が全員女性とかありえないよ〜」

「んなことは分かってるよ!」


 流し目でユウヤを見ながらコノハはニヤニヤと笑う。

 それに対してユウヤは焦ったように返す。


「今更、ウブをよそおったって意味ないぞ〜」


 忍び笑いをしながらそう言うと、コノハは一歩横に移動し、ユウヤの方を見ると右腕を横に上げ、その手でドアを指す。


「さあ、お入り下さいませ」


 左手を胸の前に水平に持ってくると一礼しそう言った。


「お、お前なぁ、楽しんでるだろう」


 焦りと困惑が混じった声でユウヤが反論する。

 しかし、コノハは姿勢を崩さずにいる。

 このまま誰かに見られるのも面倒だと考えたユウヤは仕方なく、ドアをノックする。


 コンコンコン。


 木製のドアは軽い音を廊下に響かせる。

 しかし返答は無い。


「ん?」

「あれ?」


 てっきりすぐに返答があると思っていた2人は思わず顔を見合わせる。

 一瞬、困惑の表情を見せたユウヤたちだが、すぐに頷きあう。

 ここは自分たちが勤める会社内だ、応答がなくても用事がある以上、入室するのに何のためらいがあるだろうか?


 たとえ、その先に()()()()()()()()()()が繰り広げられていても、通報窓口へ直行するだけだ。

 だが、その思いがユウヤの行動を慎重にさせた。

 音を立てないようにドアノブを回し、ゆっくりとドアを押す。

 滑らかな動作でドアが開いていく。

 そして小さな隙間が開くと、コノハはその隙間に頭を突っ込んで中を覗いた。


 少人数の部署にしては広いオフィス。

 そこはコの字型にデスクが配置されている。

 正面から西日が差すそこはまるで審議所の様な厳かさと静謐さをたたえていた。

 そんな空間に1人だけ人物がいる。

 中央最奥の席。

 そこには陽の光を受けた黒髪を垂らした人物が座っていた。

 逆光で顔の見えない黒髪の女性が座っていた。その肘をついた姿は、一幅の名画のように荘厳だった。


「お、お義姉ちゃん?」


 恐る恐るコノハが声をかける。

 その言葉にユウヤは驚く。

 小豆は秘書課所属であっても課長クラスではない。

 しかし、目の前の人物が座るのは間違いなく課長の席だ。

 冗談で座ることはあっても、あそこまで堂々と座り、こちらに顔を向けることはしないだろう。


「アポもなしに何事ですか?」


 厳かな声が響く。

 その声は間違いなく小豆だが、普段の優しさはなく低く冷たい。


「あ、えっと……」


 その迫力に負けたのかコノハが言い淀む。


「秘書課は社外秘の資料を扱う所。それに見ての通り私以外は出払っているので、日時調整の上、出直してください」


 そう言うとスッと右手を持ち上げ、人差し指を向ける。

 言外に「去れ」と言うことだ。

 だが、ユウヤはそれに抗う。

 彼の担当はルート営業。

 普段は波風が立たないものの、トラブルがないわけではない。

 時には相手の言葉を真正面から受け止めてやり取りすることもある。


 それに相手が強く出たからといって唯々諾々と従うタイプなら、彼がゲーム開発事業部(ワグプロ)へ出向させられることもなかった。

 普段はおとなしく周囲を調整するタイプに見えて、実際はコノハに負けず劣らずの我の強さを持っている。

 そして先ほどの言葉が、ユウヤの心に火をつけた。


「アポが無かったのはすみません」


 一歩下がったコノハと対照的に一歩前に出たユウヤが静かに言葉を返す。

 その勢いに相手は少し怯んだ様な気配がする。

 だが、さらに落ちてきた太陽の光により顔は相変わらず見えない。


「でもオレ達は秘書課に用事が有ったのではなく、小豆さん個人に用件があってきたんです」


 その言葉に対して相手は小さく「わたしに?」とつぶやいたように見えた。


「プライベートに踏み入る様で申し訳ないのですが、小豆おずさん。あなたは『鼎アズキ』のペンネームで創作活動されていますね」


 それは疑問形ではなく断定。

 相手に事実を突き付ける話し方。

 探偵が犯人を問い詰める姿に似ていた。


「『エアリアル・レブ』の連載開始時には、一時的にレイトさんとの共通PNになっていた様ですが、本来はあなた1人のもののはず」


 ユウヤは小さく両手を広げながらさらに一歩、前へと踏み出す。


「……そうなら、どうしたの?」


 静かにだが威厳を失わない声で問い返す。

 わずかにだが、先ほどの様な鋭さは無くなった感じがする。


「もし可能ならオレ達に力を貸してください!」


 そう言うと直立姿勢となり、頭を下げる。


「もちろん、本来の業務が有るのは承知です。でもオレ達も腕のいい物書き、ストーリーテラーが必要なんです!」

「おっお願いしますっ!」


 その言葉に、弾かれるようにコノハもユウヤの脇に立ち頭を下げる。

 もっとも手が後ろに広がっていたり、首が下にうなだれていたりとしており、ユウヤに比べれば付け焼き刃なのは見て分かる。

 ただ必死なことはユウヤにも伝わる。

 その信念が伝わればいけるかも。

 ユウヤはそう信じて頭を下げ続け、横目にその姿を確認するコノハもまた姿勢を崩さなかった。


 緊張の高まる中、最初に起きた変化。

 それは笑い声だった。

 クスクスとどこか噛み殺しきれない笑い声が小さく響く。

 その声にユウヤが姿勢を崩さず顔を上げる。

 見ればそこには相変わらず姿勢を変えない人影(シルエット)

 だがわずかに肩が小刻みに震えている。


「クッ……、アハハハ!」


 ついに耐えきれないとばかりに、目の前の人物は前かがみになって笑いだした。


 その時、ようやく笑いに気が付いたコノハも顔を上げてその姿を見るなり驚きの表情になった。


 2人が固まっている間、向かいの人物は笑い続け、それは椅子から転げ落ちそうなほどだった。


「はは、……は、はぁ。ご、ごめんなさい?」


 ようやく笑いが治まってきた人物がユウヤたちに謝罪の言葉を述べる。

 そして、席を立つと2人の方へ歩き出す。

 ゆっくりとした落ち着いた歩き方。

 腰近くまで伸びた黒い髪。

 そして、優しくも強い意志を秘めた瞳。

 紛れもなく、それは会いに来た人物。

 小豆おずカナエであった。


「お義姉ちゃん、何やってるのよ……」


 目の前まで来た小豆に対し、コノハはゲンナリとした顔でそう言った。

 それを聞いた小豆は気まずそうな表情で視線を反らせた。


「そ、それは、課長の席に座った時の周囲の見え方を確認したいとか……」


 近づいてきた時の余裕の有りそうな態度とは裏腹な表情であり、どこか焦りが見える受け答えにコノハは少し意地悪い表情を見せる。


「別に課長昇進の話が出ている訳じゃないんでしょ?」

「うぐ……」


 強烈な一言に小豆は思わず言葉に詰まる。


「ふ、ふあははは!」


 様子を見ていようかと思ったユウヤだったが、そのやり取りで思わず笑ってしまった。

 普段は若手社員の姉の様な雰囲気を見せ、実際に世話を焼いて回っている小豆が、今は年下のコノハに手球に取られているのだ。

 普段の姿とのギャップがツボに入ってしまったのだ。


「ちょっと、笑わなくてもいいじゃない、蒼馬さん……」

「ごめんなさい、ちょっとツボだったので」


 困り顔で文句を言う小豆。

 だが、そのまま受け答えしていても話が進まないと考えたユウヤは、手を向けて静止のポーズを取りながら笑いが納まるように深呼吸を繰り返した。

 次第に笑いが治まっていくのが自分でも分かる。

 そしてコノハたちもユウヤが話し出すのを待っていた。

 そんな2人を見て「お待たせしました」と、前置きをして話を始めた。


「小豆さん、オレ達はコンペで負けても企画を続けている事はご存知ですよね。その中で今はシナリオ諸々のテキスト関連担当のライターを探しています」


 単刀直入に今の状況を話す。

 今のところ彼女の表情に変化はない。


「コノハに設定関連の詳細を任せるって手もありますが、それではディレクターでもあるコノハの負担が大きい。そこでコノハや『《《白雀先生》》』、いやスズナと一緒に世界観を考えられる様な人が必要なんです」


 あえて白雀の名前を出す。

 狙い通りスズナの言う『(かなえ)アズキ』と『小豆(おず)カナエ』が同一人物なら、何かしら反応があると踏んだからだ。

 そして白雀の本名を口にすることで、自分たちが仕事以上の親交がある事をアピールし揺さぶりをかける。

 ユウヤの気持ちは既に営業の商談に近い。

 様々な角度から情報をぶつけ相手の出方を待つ。

 一時的に嫌悪されても構わない。

 最終的に両者が納得するところに落ち着けば。

 その信念でユウヤは言葉を続けた。


 しかし小豆は微笑んだまま、表情を崩さない。


(思った以上にこの人手強い!?)


 わずかばかりユウヤに焦りが芽生える。

 これまでは優しいお姉さん的な先輩とだけ思っていたが、どの営業先の担当よりも遥かにやり手だと感じた。

 そして、彼女の笑顔ポーカーフェイスは鉄壁だ。

 少しくらい揺さぶりをかけてもびくともしない。

 いつもは優しく慈愛すら感じたが、今は畏怖すら覚える。

 あのレイトですら、少なくとも話には乗ってくれたのだが、小豆はただ微笑むだけで不要な言葉は一言も返さない。


 ゴクッ。


 ユウヤは思わずツバを飲み込む。

 わずかに背中に汗が流れるのを感じるが、それは強い西日の影響だけではないだろう。


「それで……」


 ついにネタの尽きたユウヤが黙り込んだ瞬間、小豆は口をひらいた。


「私が『鼎アズキ』だったとして、どうして欲しいの?」


 静かに伝える言葉。

 それは普段の温かみを感じるものではなく、鋭く冷たい。

 言うなれば、常に熱意をぶつけてくるコノハとは真逆の怜悧さ。


「その言い方からシナリオだけ書いて欲しい訳じゃ無さそうね?」



 同時に熱い物を隠している。

 レイトにも通ずる凍える炎の様な感覚。

 ユウヤは感じた(この人はレイトの同類なんだ)と。

 一言でも間違えればその先は無い綱渡りの様な質問なのだ。

 ここは慎重に返すべきと身構えた。


「もちろんシナリオだけじゃないよ!」


 ユウヤが言葉を選んでいた時、コノハが先に口をひらいた。

 その瞬間、ユウヤは慌てた。

 先ほどの考え込む感じから、すぐに回答してくるとは思っていなかったのだ。


「鼎アズキ先生にはシナリオだけじゃない、わたし達と一緒に物語を考えて欲しい」


 一歩前に出たコノハは胸に片手を当てながら小豆の顔を見据える。


 一瞬、小豆の右眉がわずかに動いたようだった。

 だがその笑顔は変わらない。


白雀(スズナ)先生(ちゃん)から鼎アズキ先生を提案された時、改めて『エアリアル・レブ』を読み返したの」


 静かにコノハは語り始める。

 正確には鼎アズキが『エアリアル・レブ』の原案担当と知ってから読み返したのだが、重要ではないのでユウヤは黙っておくことにした。


「『エアリアル・レブ』は原案が変わってからも、基本路線は変わらなかった」


 担当変更後のストーリーの話から切り出す。

 原案担当ならどう反応するか分からない話を始めたコノハの真意も不明だった。


「でも、何かが違っていた」


 静かにそう言う。

 小豆は変わらずに微笑む。

 ……いや、その視線はそれまでユウヤを中心に2人を見ていたが、今はコノハのみに向けられている。


「以前と変わらないストーリーライン、主人公と仲間ライバルの絆に重きを置いた中に、激しい勝負と何ひとつそれまで変わらないはずが、全体的に何か物足りない」


 コノハ自身、自分の言葉を噛み締めるようにゆっくりと言葉をつむぐ。


「これって多分だけど、それまでは見せ場となるシーンについて、鼎アズキ自身が構図の指示を出していたんじゃないかな?」


 そう言うと改めて小豆の方を見る。

 その顔から笑顔が消え、ただ無表情となった瞳がコノハを見据えている。


(……まるで品定めだな)


 その視線をユウヤはそのように感じていた。

 営業先で新規提案をする際に、この様な視線を投げかけてくる担当がたまにいる。

 彼らは内容を吟味する事に集中しており、より効率的に、より打算的に物事を考えているのだ。

 つまり、今の小豆はコノハの話を聞く態勢に入っていると考えていいだろう。


(うまくやれよ)


 コノハの考えを聞かされていないユウヤは口を挟むのを控え、ただそう心の中で願った。


「それで、私が鼎アズキだとして、コノハちゃん達は私に《《何を提供できるの》》?」


 静かに小豆が問いかける。

 業務命令やお願いだけでは動かないという意思表。

 その発言は、暗に鼎アズキである事を認めた様なモノだが、彼女の問いかけはその先についてだ。

 つまりプロジェクトに参画する意義を、プロジェクトリーダーであるコノハに問うているのだ。

 それに対しコノハは少し考える素振りを見せるがすぐに小豆の顔を見返し話を始める。


「他部署の人を業務依頼や、ましてお願いで縛ることなんて出来ないのは百も承知。わたしが鼎アズキさんに提供できるのは、()()()()()()よ」

「私の物語?」


 小豆の顔に疑問の色が浮かぶ。

 コノハの真意を計りかねている様子だった。

 そこにコノハは考える余地を与えまいとさらに言葉を重ねる。


「『エアリアル・レブ』を読み返したとき、『鼎アズキ』は連載を始めるにあたって、総合的なプロデュースを目指していたんじゃないかと感じたの」


 コノハが一歩前に出ると、わずかに小豆が身体を反らす。


「ストーリー構成はもちろん、描写や角度など、細かい指示があったんじゃないかって思ったの」


 その言葉にユウヤは思い当たるものがあった。

 エアリアル・レブの脚本から鼎アズキが降りたあたりから感じた違和感。


「現にマンガ連載は途中までは凝ったアングルや変わったコマ割りが所々有って、それがネット掲示板などでは評判になっていた」


 ユウヤは以前まとめた資料を思い出す。

 そこにもネットでの批評例として、中盤辺りから凡庸になったと言う書き込みがあった事を思い出す。


「鼎アズキ、いえカナエお義姉ちゃんは凝り性な所が有るよね、それこそお兄ちゃんと同じように。」


 唐突にレイトのことを持ち出したことで、小豆の表情はみるみると焦りが浮き上がる。


「でも残念なことに、お兄ちゃんに比べてお義姉ちゃんは()()()()()()()()が無かった。」


 事実とは言え、ともすれば人を馬鹿にしているとも思える言葉を放つコノハ。

 だがコノハは信じている。

 小豆の、義姉になるはずだった女性の信念を。

 ともすれば実の兄(レイト)以上に慕っている相手を。


「だから、連載時は完璧を求めるあまり作画担当と決裂しちゃったんだと思う。」


 静かに決定打を打つ。

 かつての失敗の原因を端的に。

 本人も重々承知のことのはずだが、あえて言葉に出して伝える。

 その()()を。


 カツン……。


 静まり返った室内に小さな足音が響く。

 小豆がよろけるように後ずさりしたのだ。

 そして、後ろにあったデスクへ身体を預けるように腰を乗せる。


 その時、ユウヤは見た。

 普段穏やかな表情の小豆が歪むのを。

 それは悔しさを噛み締めながらも、何か耐えている様な表情。

 およそ普段の彼女からは想像できない激しい感情をむき出した表情に、ユウヤは声をかけることをためらった。


「……そうよ、私だってレイトさんみたいに上手くやりたかった」


 ポツリと小豆が呟く。

 小さい声だが、その通る声はユウヤたちにしっかりと届いていた。


「上手くやって、自分の意図を伝えたかった、でも出来なかった……」


 その声に僅かながら怒りの様なモノが含まれていく。


「今の私しか知らない人から見れば信じられないくらい、あの頃の私は荒れていたのよ」


 そう言いながら振り返る小豆。

 髪を振り乱し、スカートを翻すその姿は狂気と共にある種の美しさを感じさせる。


「学生時代にリーダーや、大会の主催をやったなんて、実社会では役に立たないって思い知らされた……」


 カツン。


 話しながら小豆が一歩前に足を出す。

 思わずユウヤは後ずさる。


「文章、表現、伝達、私にはあらゆるものが不足していた。だから岬ちゃんにも愛想つかれたんだと思う」


 天井を見上げそう呟く。


「レイトさんにだって散々相談、いいえ、当たり散らかしていた。だって誰も私のことを理解してくれなかったから……!」


 ダン!


 オフィス内に激しい音が響く。

 小豆が床を蹴ったのだ。

 髪を振り乱し思いっきり床を踏みつけた姿は普段の彼女からは想像もできない姿だった。


「ああ……。だから、レイトさんにも振られちゃったのかな……」


 心ここにあらずといった表情でコノハの方を見る小豆の瞳には涙があふれ、今にもこぼれ落ちんとしていた。


「……お兄ちゃんが()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 不意にコノハが口を開く。

 その口調は小豆とは対照的に努めて冷静だった。


「知っていて、それでも自分の失敗を理由にするのはズルいんじゃないかな」


 スッと今度はコノハが前に出る。

 自然な動作だが、言葉に反応したのか小豆がビクッと身体を震わす。


「「でも! (でも……)」」


 コノハと小豆の言葉が重なる。

 同じ言葉だったが、ニュアンスのまるで異なる言葉。

 その瞬間、小豆は叱られた子どものように背を丸めて縮こまる。

 それを見ても、コノハは言葉を止めなかった。


「でも、失敗を知ったなら、やり直せばいいんじゃない?」


 そこで出た言葉はそれまでの強い口調から一転していた。

 思わず振り返る小豆の目にも、笑顔のコノハが映っていた。


「ぁ……」


 言葉にならないほどの小さな吐息が小豆の口からもれる……。

 その笑顔には見覚えがあったから。


(大丈夫、失敗を知った君ならやり直せるよ……)


 かつてかけられた言葉と(レイト)の顔が、コノハに重なる。


「レイトさん……」


 再び小さく小豆が呟く。

 その声は先ほどと違い、わずかにコノハへ届いたのだろう。

 もっとも言葉自体が聞こえるほど明瞭では無かったようで、コノハは「ん?」と怪訝な声をあげた。


 その声は小豆の目の前の幻を打ち消し、現実に引き戻すには十分だった。

 それでも、小豆は消えた影に手を伸ばそうとする。

 だが、その右手を自らの左手で包むように止める。

 そして両手を胸の前で組むようにし、思案する。


「ふぅ~……」


 小さな吐息が再び小豆の口からもれた。


「ゴメンね、コノハちゃん」


 そう言いながらコノハの方を向く。

 その顔に再び微笑みが戻っていた。


「こんなことで取り乱して、私は義姉(あね)失格よね?」


 その言葉にコノハはゆっくりと首を横に振り、右手を差し出す。

 一瞬ためらった小豆だが、その手をしっかり握る。

 それと同時にコノハは身体を後ろへ勢いよく反らす。

 その勢いで小豆は立ち上がる。


「えっ!? あっ??」


 勢いをつけすぎたコノハがバランスを崩し倒れそうになる。

 慌てて手を引っ張る小豆だが、それでも間に合わない。

 そのまま、勢いよく床へと倒れ込んでいった。


「まったく、何やってんだよ」

「えっ?」


 そのコノハの首から肩にかけて腕が回される。

 転倒こそ免れなかったが、その腕に支えられたことで腰や頭を打つことはなかった。

 コノハの視界に入ったのは、ユウヤの顔。

 ユウヤはとっさに片膝をついて彼女の身体を支えていたのだ。


 状況が理解できずほうけていたコノハだが、状況を理解していくと、みるみる顔が赤くなる。

 それは格好つけに失敗したことが原因か、それとも……。


「ちょっと、助けるならもっと早くしてよ!!」


 顔を背けながら、コノハが抗議する。


「せっかく助けてやったのにその言い草かよ……」


 対するユウヤは、状況に慣れてきたのかヤレヤレと言った表情をする。

 もっともユウヤとしても、とっさに助けに入ったとはいえ、コノハを抱きかかえるかたちになってしまったので、内心ドキドキものだった。


(やっべー、セクハラか、コンプラ案件か……)


 ラッキーとかでなく、こう考えてしまうのがユウヤの悲しいところではあるのだが……。


 そんな2人のやりとりのさなか、クスクスと小さな笑い声が響いた。

 思わずユウヤたちはそのまま声の方を向く。

 そこにはコノハの右手を掴んだままよつん這いになった姿で笑う小豆の姿が見えた。


「ごめんなさい、悪気は無いんだけど……、あなた達の動きがおかしくて」


 そこまで言うと耐えきれないとばかりに、コノハの手を離し大きな声で笑いはじめた。

 一瞬、驚きからお互いに見つめ合うユウヤたちだが、つられて笑い出す。

 3人の笑い声が秘書課のオフィスに響いた。


「はぁ〜、久しぶりに笑った……」


 ひとしきり笑った小豆が天井を見つめて言った。

 その姿は両手を床につき、足を放り出すという行儀も、礼儀も無い格好だ。


「それで、私にどこまでやって欲しいの?」


 その姿勢のまま、瞳だけコノハに向けて問いかける。

 それに対してコノハは素直に答える。


「シナリオとセリフはマスト。後、世界設定はわたしやスズナちゃんと一緒に考えて」

「おいおい、世界設定をスズナと進めるなんて話は聞いてないぞ?」


 初耳とばかりにユウヤがツッコむ。

 スズナにもそんな話はしていない以上、どう説明するかが問題だ。


「それは後で考える問題!」


 ツッコむユウヤを振り返りつつコノハはそう断じる。


「はいはい、後で悩みますよ……」


 もっともユウヤも慣れたもので、その場は軽く受け流す。

 後でかなり悩むことにはなるのだが。


「ほんとあなた達は似た者同士ね……」


 そんなやり取りを見ていた小豆は、改めて感心したようにウンウンと頷く。


「いや、この事態を引き起こしたのはお義姉ちゃんだからね!?」


 部外者のような素振りの小豆に、素早くツッコミを入れるコノハ。


「と、ともかく、それ以外、気になることや要望ってあるかな?」


 ともかく話を軌道修正しようとコノハは元の話に話題を戻す。

 もっともコノハ自身、すでに小豆が話を受けることが前提で話している、しかし、まだ承諾をされていないことを忘れているのだが。


「そうね、人事周りは()()()()()()()()、どうにでもなるけど……」


 小豆もまたサラッと危険なことを言うが、その場の誰もが気にした様子もない。

 もっともユウヤは、小豆の自然な言い方から完全に聞き逃していただけなのだが。


「私に参画を依頼するなら、1つお願いがあるの」

「「えっ!?」」


 小豆が一言付け加える。

 その言葉にユウヤとコノハの言葉が重なるが、先ほどのコノハと小豆の時と同じように2人の言葉のニュアンスが異なっている。

 ユウヤは少し身構えての発言に対し、コノハは興味津々と言った感じに。


「そのお願いってなんです?」


 恐る恐るユウヤが口を開く。

 無茶難題を吹っ掛けられたりしたらどうするか考えながら慎重に言葉を紡いだ。


「警戒しなくても大丈夫よ、経理部と昇給交渉しろとか言わないから」


 クスクスと笑いながら答える小豆。

 どうやら普段の調子が戻ってきたようだ。

 それは、それで良かったとユウヤは思うが、まだ本題が聞き出せていない。


「作品タイトル決まっていないなら、()()()()()()()()()()()?」


 一瞬、ユウヤは何を言われたか分からなかった。

 だが、次の瞬間、言葉の意味を理解し慌てて両手を前にして振った。


「さ、さすがにそれは無理ですよ!」


 だが、ユウヤと異なりコノハはウンウンと頷くと言葉を返す。


「タイトル候補って事ならイイわ」

「イイのかよっ!?」


 思わずユウヤが反論する。


「案は幾らあっても良いものよ?」


 そんなユウヤにコノハは不敵な笑みを見せながらそう言う。

 その表情を見るとユウヤは軽くため息をつく。


「わかりましたよ。お前がイイならそれで……」


 半ば投げやりにそう返すユウヤを、コノハは満足そうに見た後、小豆に話をふる。


「それで、どんなタイトルなの?」


 その言葉に対し、小豆は満足そうな笑みを浮かべて答えた。


「『FLYING BREAKER’S HERO』ってどうかしら?」

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