第36話 補充人事
「ふ〜む……」
コノハがため息をつく。それは今日になって何回目か分からなかった。
端末に表示されている企画書はまるで進んでいない様子だ。
しかし今日は普段に比べて人の出入りが激しく騒がしくなってくる。もっとも、それも気にならないくらい悩んでいるようだが、それも仕方ないだろう。
先日、鼎アズキの正体が分かったが、そのために考えていたプランは崩壊したからだ。
さすがに名目上はライバルプロジェクトのトップのレイトを引き入れるわけにはいかない。
「しかし、意外だったな……」
「なにが?」
ふとユウヤがもらす。
その言葉にそれまで上の空だったコノハが反応し、ユウヤの方を向く。
「いや、レイトさんってゲームデザイナーだからさ、正直なところマンガ原案をやっているなんて思わなかったからさ。……ん?」
素直な感想だったが、ふと見ればコノハはジト目でユウヤを見ていた。
「な、なんだよ」
また何か余計なことを言ってしまったかと焦るユウヤに、コノハは「やれやれ」と言ったふうに手を広げて首を横に振りニヤリと笑う。
(あ、これは説明したい顔だな)
ユウヤもまた心の中で嘆息する。
すでにゲーム開発事業部へ出向してから1ヶ月以上が経過しているが、ゲーム開発について素人同然のユウヤに、講釈するのがコノハのある種の楽しみとなっていた。
コノハの説明はきめ細かく詳細なのだが、いかんせん話が長く、また少し調べれば分かることまで懇切丁寧に教えようとするため、付き合う方もかなりの根気がいるのだった。
そして、なにより持ち前の気の強さゆえ、ユウヤに拒否権はないのが問題だった。
ガラガラと音を立てて引っ張ってきたキャスター付きのホワイトボードを引っ張ってくる。
どうやら最近、この手の講義が多くなってきたので、気を利かせた総務が運び込んだらしい。
キュッ。
コノハの持つマジックペンがボードの上を走る。
「いい? もう何度か言っているけど、ゲームは複数人で共同制作するエンタメ作品なの。」
そしてボードに向かうと、コノハは話し始めた。
話しながら続けて「プランナー」、「ライター」、「プログラマー」、「スクリプター」と書き、それらを1つの円で囲むとその円にゲームと注記する。
「ゲーム開発で実際に現場で作業するのは彼らね」
蓋を閉じたペンの先で円の中をコツコツと叩きながらそう話すコノハ。
ユウヤにとっても既に何度も聞いたことだが「ここまでは復習ね」そう言うとユウヤに意味ありげな視線を送る。
どうやらユウヤの考えは見透かされていたようだった。
「では、これはどうかしら?」
そう言い『ゲーム』の円をさらに囲むと、ペン先をユウヤに向けた。
「この円に該当するのは何でしょ~か?」
まるで学校の教師のような言い方だ。
しかし、背の小さいコノハでは教師のまねごとをしている中学生に見える。
そんなことをぼんやりと思ったユウヤだが、すぐに思考を切り替え考える。
作品全体を取りまとめるならいくつか考えられる。
だが今の状態では決定打はない。
強いて言えばゲームの円より、外の円が大きくまだ中に書きこむ余地がありそうなことだ。
「そうだな、会社とかか?」
そこでユウヤは、一番大きな枠組みだと思うものを解答とした。
「ブッブー!」
しかし、コノハはニヤリと笑うと楽しそうに返した。
その反応にユウヤは少し憮然とした表情を浮かべるものの、内心では納得していた。
さすがに会社では大きすぎるので「プロジェクト」辺りだろう。
「答えは『ディレクター』よ!」
歌うように正解を口にした。
「ちょ、ちょっと待て、なんでそこで役職なんだよ!?」
想定外の答えに思わずユウヤは身を乗り出した。
「『この円に該当するのは』って言ったよな、『人』とか言わずに」
抗議の声をあげるユウヤにコノハは平然としている。
「別にわたしは『物』とか『組織』とも言ってないし、そもそも『ゲーム』枠の中も役職名でしょ!」
揚げ足を取り返したとばかりに自慢げに返す。
そう言われるとユウヤも二の句は継げない。
単純な思い込みだったのだから。
「ともかく、ゲームの作品性はディレクターが管理するものなのよ。」
渋々と椅子に座り直したユウヤを見て、コノハは講釈を再開する。
「で、ここからが本題。ディレクターってゲーム性だけ見ていれば良い訳じゃないのよ」
コノハは少し真面目に話し始める。
ディレクター自身が、シナリオやイラストを書《描》ける必要はない。
だがその構想はディレクター自身が持っている必要がある。
なぜなら、その時点での完成形はディレクターが描いていなければならないから。
「一般職に当てはめると、ディレクターって営業企画みたいなものだな」
ひと通りの説明を聞いたユウヤが感想を述べ、そして「もっと管理職側だと思っていた」と付け加えた。
「商社の企画職とゲーム業界の企画職はだいぶ意味が違うしね。」
同意するコノハは、黒瀬や黄島らプランナーたちに視線を向けながら答える。
ゲームを1つの製品と考えた場合、プランナーはパーツごとの設計者と言ったほうが近しいだろう。
プランナーはディレクターに近い仕事ゆえ、職業分担を見誤ると全体がチグハグになってしまう。
だがそこを勘違いしたがためにトラブルが発生した現場の話はいくらでも聞く。
もっとも、黒瀬らならその辺りはわきまえていると思うので信頼して任せていいだろう。
なにせ他社のディレクターの下でゲーム運営を続けているのだから。
「コノハ?」
ユウヤがコノハに声をかける。
講義の途中で考え始めた彼女を気遣ってのことだ。
その声で我に返ったコノハは、照れ笑いでごまかした。
(余計なこと考えすぎかも)
心の中で反省をしていると、不意にオフィスが騒がしくなっていることに気がついた。
「なんだ?」
ユウヤがそう呟きながら、声の聞こえる方を向く。
そこは企画一課のデスクだった。
その端に一課のメンツが集まっているのだ。
「ああ、今日は一課に新規メンバーが入る日だった!」
「この前の話の件か……」
コノハが思い出したとばかりに手を叩くと、ユウヤも同じく気が付いた。
先日、五嶋が言っていた一課の開発速度を上げるための増員。
選ばれたのは各派遣会社でも経験技術ともに充実したA級以上の人材だと言う。
彼らを投入することで圧縮された期間での開発をクリアしようというのだ。
そのために今期の新規開発予算を全てつぎ込むことになったのだ。
それ相応の人材が揃ったのだろう。
ユウヤが新人と思われる人々を見回す。
いずれも新人と言う言葉からは程遠いベテランの風格を持った人々であり、中には髪に白い物が混じった人までいる。
その中に1人若い女性がいる事に気が付いた。
今どき女性のゲーム開発者などコノハや黄島の例を挙げるまでもなく珍しい存在では無い。
だが、凄腕を集めたと言う新規メンバーの中に、自分とさほど変わらない年齢と思われる女性に引っかかった。
それにあの雰囲気、ユウヤはどこかで見覚えがあった。
男性に囲まれているので分かりづらいが、女性としてはやや背が高く、黒いゴムでまとめたポニーテールが特徴的だ。
そして、ユウヤと同じく運動をやっていた人間によくある、背筋が伸びた姿勢。
だが、ゲーム関連はおろかIT関連全般でも該当する人物には思い当たらない。
つまりもっと以前……。
「ちょっとユウヤ、いつまでボーっとしてるのよ」
ユウヤがとりとめのない考えにハマっていると、コノハが肘でつついてくる。
「えっ? うわっと!!」
それはユウヤにとっては完全に不意打ちになり、驚いたユウヤは思わず大声をあげてしまった。
その声に一同がユウヤたちに顔を向ける。
「「あっ……」」
思わず2人で声を上げて座り、やり過ごそうとする。
このあたりの息の合いっぷりは流石である。
「あの……、もしかして蒼馬君じゃない?」
座ったままうつ伏せになっていたユウヤに声がかけられる。
恐る恐るユウヤは顔を上げて見上げる。
そこには大きなメガネを掛けた女性がこちらを興味深そうな表情で覗き込んでいる。
右耳の下から垂れ下がるポニーテール。それが先ほどユウヤが見ていた女性だと分かった。
「えっ? は、はい……どちら様でしょうか?」
間の抜けた返事をしながら相手をまじまじと見返す。
その顔はやはりどこかで見覚えがある。
相手もユウヤのことを『蒼馬君』と呼んでいたので、知り合いであることは間違いないだろう。
「もしかして、わからないかな?」
そう言うと、その女性は掛けていた眼鏡を外し、ポニーテールも解く。
すると解かれた肩口ほどの長さのあるストレートの黒髪がふわりと広がった。
「これなら思い出せるかな、それとも高校時代と印象違いすぎる?」
そう言いながら、こちらを見て微笑むその姿。
ユウヤは見覚えがあった。
あれは高校時代、陸上部で大会に出場した時。
ユウヤはそれほど真面目な部員ではなかったので、自分の番が終わった後すぐに帰り支度をしていた。
その時、声を掛けてきたのは同じクラスで陸上部のエース部員だった……。
その時の思い出をもとに、恐る恐る相手に名前を確認する。
「もしかして……紗倉さん?」
すると相手は破顔し、右手の親指を軽く立てた。
「そ! 高校陸上界のエース『紗倉カオル』!」
「そ、その強気な姿勢、相変わらずだなぁ」
思わずユウヤは苦笑いしながら相手の女性、紗倉を見る。
「なに? 知り合い?」
一連のやり取りを見ていたコノハが、好奇心に満ちた顔で口を挟む。
「ああ、オレの高校時代のクラスメイトだった紗倉さんだ」
すぐにユウヤはコノハへ紗倉を紹介する。
同時に紗倉はコノハへ頭を下げ「紗倉です」と自己紹介する。
それに対しコノハは「どうも」と軽く挨拶を返すだけだったので、慌ててユウヤは紹介を続ける。
「さ、紗倉さん、こちらは企画二課の『赤根コノハ』さん。オレの一応チームのリーダーみたいな?」
そう言って乾いた声で笑った。
やり取りを見ていた紗倉は一瞬驚いたが、すぐに気を取り直したように微笑む。
「でも驚いたわよ。蒼馬君がゲーム開発やってるなんて」
「いや、オレも色々あって最近、ゲーム開発事業部へ出向になってね。それにオレも陸上一筋だった紗倉さんがゲーム開発やってるなんて驚いたよ!」
「まあ、色々あってね」
お互いに照れたような笑みを向け答えあうユウヤと紗倉の横でコノハがムスっとする。
その顔を盗み見たユウヤは、話を中断されたことで怒っているのだろうと思い、一旦そのことは無視し会話を続けた。
「なら紗倉さんは一課に今日入った新規メンバーってことでいいの?」
「そう、契約社員としてね」
紗倉の返答に少しコノハの視線が彼女へと動いた。
「あれ? 今回のメンバーって派遣会社からの派遣じゃあ?」
ようやく、まともに話に乗ってきたコノハにも紗倉は笑顔をむけつつ答える。
「私は正確には彼らとは別口で、新人育成枠ってことらしいわ」
「新人育成?」
コノハの疑問に紗倉は「私の知っている範囲だけど」と前置きをして話を続けた。
それは一課に業界でも有数な人材を集めるなら、それを利用して後々会社を支える人材を育成する事になったのだという。
「そこで、たまたま新米エンジニアながら転職活動していた私が眼鏡にかかって、契約社員としてワグテイルへ入社となったわけ」
そこまで言うと、紗倉は質問ないと2人を見る。
「ありがとう、また後で話を聞かせてよ」
一課の方を気にしながらユウヤは答えた。
二課の人間が、いつまでも一課の新人を拘束していては要らぬいざこざが起きかねないからだ。
一応、既存メンバーは講読館での一件を知っているので、ユウヤと衝突することはないだろう。
だが無用にトラブルの種を蒔く必要もないと思ったのだった。
「そうね、また後でね!」
ユウヤの視線からある程度を察したのか、紗倉はそう言って小さく手を振ると一課のデスクへと戻っていった。
「お兄ちゃんらしいわね……」
紗倉が戻っていくと、コノハが小さく呟いた。
それが聞こえたユウヤは「どういう事だ?」と尋ねる。
「せっかく業界でも指折りの人材を派遣してもらうんだから、そのノウハウを社内で吸収しようってことよ」
その答えにユウヤはなるほどと思いつつも気になることがあった。
「でもそれならなんで、新人をいれるんだ?」
ノウハウを学ぶなら既存メンバーだけで事足りるのではないだろうか。
その考えに対して、コノハは眉間にシワを作りながら答える。
「恐らくだけど、新人を混ぜることで話を聞き出しやすい環境を作るってことだと思う」
コノハの予測としては、ある程度知識を持った新人を入れ質問させることで、新人をハブに派遣社員からノウハウを学ぶ機会を作る流れを作ろうとしているのだろうとのことだ。
「だから新米エンジニアの紗倉さんを入れようってことなのか……」
納得いったとばかりに頷くユウヤに対し、コノハはまだ難しい顔のまま一課の方を見ている。
その視線の先には紗倉が他の新規メンバーたちと話している姿が映っている。
「……でも紗倉さん、本人が言っているほど新人ではないかもしれない」
誰にも聞かれないほどの小さな声で不安を呟くコノハの視線の先の紗倉たちは、技術的な会話をしているようだった。
「何か言ったか?」
コノハの視線に気がついていないユウヤが、コノハに問いかける。
その声を聞いたコノハは視線を紗倉から外す。
そしていつものようにユウヤの方を向くと腕を組みながら仁王立ちになる。
「なんでもないから、さっさとさっきの話の続き始めるわよ! ユウヤにはいい加減に仕組みは理解してもらわないとだからね!」
いつものように言い放つコノハにユウヤは「へいへい」と生返事を返しながらも彼女に従った。




