第33話 河原の思い出にて
夕日の見える河川敷。
ワグテイル本社から遠くないところを河川が流れている。
東京23区内とは言え、都心から若干離れれば広い河川敷を持つ河川が流れていることがある。
ある人はジョギング、またある人はペットの散歩と思い思いに時間を過ごしている中、土手の坂に一人座る男がいる。
赤根レイトにとって、この場所でただ佇んでいるのが、何よりもリラックスできた。
(昔は違ったんだけどな……)
ゲーム開発事業部へと移籍した頃を思い出し、静かに苦笑する。
あの頃は花形の資材調達部から突然の異動辞令を受け、何もかもが嫌になっており、自暴自棄におちいっていた。
そのため、業務中に抜け出してここでたそがれていたものだった。
そして、そんな彼を迎えに来るのはいつも決まった2人のいずれかだった。
「よ〜、今日もバックレているのか?」
無気力そうな呼びかけが響く。
それもあの時のままだ。
だから彼も同じように答える。
「五嶋先輩ほどじゃないですよ」
振り向けばあの時と同じように五嶋が無気力そうに立っている。
なんの表情も浮かんでいない脱力しきった顔もあの時のままだ。
「悪いなぁ、小豆じゃなくて」
なぜか申し訳なさそうな仕草で五嶋は話しながら、レイトの横に座る。
「カナエとのことは気にしないでください。お互いに納得の上でしたから……」
河の方を見たままレイトが答える。
表情も、声も変わらないが、どこか寂しそうに見えたのは五嶋の気のせいだったのだろうか?
「それで、何しに来たんです先輩?」
ようやく五嶋の方を向いたレイトが聞く。
「大したことじゃないんだがな、黒瀬のヤツが心配していたからな」
心配していたと言う割には特段気にした風でもなく淡々と五嶋は答える。
それを聞いてレイトは照れくさそうに頭をかきながら笑う。
「彼も心配性ですからね」
「ついでに一色さんもな」
間髪入れずに追加で一色の名前を出す。
一色の名前が出ることはレイトにとって少し意外だった。
「ちゃんと成果を出しているのにですか?」
それが偽らざる彼の本心。
「誰もが俺みたいだと思うなよ〜」
ため息混じりに五嶋が答える。
レイトとの付き合いが長いだけに五嶋は、彼の性格は心得ている。
しかし一色にしてみれば、以前の活躍を聞いているが性格などについては把握していなかっただろう。
それでもレイトは手元に置くには魅力的な人材だった。
「大体、お前は……」
遠くを見つめながら五嶋は昔を思い出した。
レイトが異動してきて間もなかった頃を。
ゲーム開発事業部へ異動してしばらくしたある日、コンシューマー向けのアクションゲームの企画を提出したのが、彼の伝説の始まりであった。
提出した時点ですでに基礎仕様の設計は出来上がっており、短期間で開発されたそのゲームはそれまで弱小ゲームハウスの一角。
そこそこ大きい企業の税金対策部署程度にしか認識されていなかった『ワグテイルプロジェクト』を中堅メーカーへと押し上げるには十分な名作だった。
「あの頃は楽しかったな〜」
「ええ、何もかもがむしゃらにやってましたからね」
懐かしそうにつぶやく五嶋にレイトも同意する。
当時のレイトとしては異動人事への不満をぶつけ、自分の有能さをアピールすることが目的だった。
だから出来ることは全て自分の手でこなしていたし、分からないことは理解するため必死になった。
その結果があの大作だったことは、本人としては皮肉な結果であった。
成果は出し名声も得た、しかし自分の望んだものは手に入らなかったのだから。
「しかし、あそこで天狗にも腐りもしなかったのがお前の偉いとこだよ」
「腐るのは異動直後に散々やりましたし、本意でなくても僕を目指して入社してくる新人がいましたからね」
素直に賞賛する五嶋に対して少しだけ寂しそうに返すレイト。
「だけどな他人を優先したお前はやっぱりすごいと思うぞ、俺なんて自己本位だからな」
そう言ってカラカラと笑うと五嶋は懐から電子タバコを取り出しゆっくりと吸い込んだ。
「……普通のタバコ止めたんですか?」
その姿を見て意外そうにレイトは尋ねる。
五嶋と言えば社内でも有数のヘビースモーカーだ。
彼が社内で数少ない目立った行動といえば、社内全面禁煙に対して反対したことと言われる程である。
もちろん社内のどこでもスパスパと吸っていた訳ではないが、在宅勤務を好むのもたばこのためと思われていた。
「ご時世がらな、抵抗しても無駄っぽかったんでね……」
そう返しつつもう一吸い。
ただし肺には入れず、口の中で味を楽しんですぐにはき出す。
「やっぱり先輩も会社には勝てないかぁ」
「俺だってただのサラリーマンだぞ?」
クスクスと笑うレイトに五嶋は憮然とする。
「それで、要件はなんです?」
ふと真顔に戻ったレイトが問いただす。
「黒瀬君や一色さんに泣きつかれた訳でもないでしょ?」
スッとレイトの目が細くなる。
それまでのホンワカとした雰囲気が消える。
彼をしらない人なら恐怖を抱きかねない。
それほどにまで冷たい視線を五嶋に向けた。
「大した用事じゃないさ」
しかし五嶋はその視線を受け止めつつ、空を見上げた。
「お前、やりにくいなら俺の元に戻らんか?」
“お前”と付けながらも誰に言うとでもなくボソリと呟いた。
「正直、一色さんとじゃあ性格的に合わんだろ?」
なんともぶっきらぼうな勧誘にレイトは一瞬、目を丸くする。
しかし、すぐに五嶋と同じように空を見上げ、笑い出した。
「ハハハ、まさか先輩からまた勧誘されるとはなぁ」
心底可笑しいと笑うレイトに五嶋は反応を返さず、タバコを咥えたまま空を見続ける。
「お誘いはうれしいんですが、僕ももう子どもではないんで、一色さんとも上手くやっていきますよ」
笑いが収まるとレイトは静かに言った。
「やっぱそうだよな〜。上手くいくと思っていたんだが、最近は俺の勘も全くダメだな〜」
レイトの答えを聞いて五嶋はぼやいたが、さして残念そうではなかった。
むしろ勧誘に失敗したことより、勘が外れたことのほうが悔しいらしい。
「コノハの件も、蒼馬を入れればうまくと思った直後に、イヤ待てよってなったしな〜」
「……コノハと蒼馬君はうまくいってないんですか?」
愚痴のような五嶋のボヤキにレイトが興味を持った。
レイトにとっては驚きだったのだ。
社内プレゼンを思い出すと、あの2人の仲が悪いとは思えなかったからだ。
「今のとこは問題……、まあ有るが大きくはない」
お茶を濁すような歯切れの悪い答えが返ってくる。
それは俄然、レイトの好奇心を刺激した。
その好奇の視線を感じつつ五嶋は居心地悪そうにボソボソと続ける。
「あの2人、本質的には似た者同士だ、我の強さなら同じようなものだしな……」
「だからいつか衝突すると?」
「と思ったんだけどな~」
まるで競馬場でハズレ馬券の束を投げ捨てるような仕草で大きく手を広げると「ヤマカンが外れた〜」と大の字に寝そべった。
「……単純に勘ぐりすぎただけでは?」
そんな五嶋を珍しそうに見ていたレイトがつぶやく。
その言葉に反応した五嶋が目線だけレイトへ向けた。
「いえ、最初は蒼馬君に見どころを感じていたのが、後になって不安になったってところですよね?」
その言葉に五嶋は内心痛いところを突かれたと思った。
ユウヤと面と向かって話した時に感じた彼の強さに一抹の不安を覚えていたのは確かだった。
「なら彼を導いてあげるのが上司である先輩の責任では?」
至極真っ当な意見だ。
しかし、それを聞いた五嶋は口をへの字に曲げる。
「俺に教育とかサポートを期待するなよ……」
一瞬、「あんたは上司だろ」とツッコミたくなったレイトだが、ゲーム開発事業部に来る前の五嶋のことを思い出し思いとどまる。
冷静に考えれば、今の五嶋は随分丸くなったといっていい。
昔の彼なら間違いなく、コノハも、ユウヤもまとめて本当の窓際へ追いやっていたはずだ。
それほどまでにかつての五嶋は苛烈で独善的な印象だったのだ。
「なら僕がコノハや蒼馬くんのサポートするのは、やぶさかじゃないですよ?」
なかば諦めのため息と共にレイトがつぶやく。
その言葉にさすがの五嶋も起き上がるほどに驚く。
「ほ、本当に良いのか?」
あまりの驚きにそれしか言葉がでない。
「もちろん、社内プロジェクト的にライバル関係にありますから大手をふって助けることはしません。でも僕にも手伝えることがあればやりますよ、彼には助けられていますし」
講読館の一件を思い出しつつレイトは話す。
何だかんだ言ってもユウヤの行動力がなければあの結果にはたどり着けなかっただろう。
レイトだけでもある程度は勝ちを手に入れることは間違いない、しかし今のように自由な開発状況を手に入れられたかは怪しい。
その点を考慮すると、レイトはユウヤに貸しを作ったかたちだ。
しかし彼は「社外から見れば、誰もが同じ社員に見えるもの」と言って特にそのことにふれるようなことはしなかった。
その貸しを返すのであればこういう形が良いだろうとレイトは考えていたのだ。
「まあ、お前さんに指導されれば、あいつらも心強いだろう」
五嶋はそう言うと足を持ち上げ、その反動を利用して立ち上がった。
「でも忘れないでください。僕は今でもあのプロジェクトの後ろに有るものには反対ですから」
立ち上がったついでにストレッチ体操をしている五嶋にレイトは静かに言った。
「それは、アレか会社の意向ってやつか?」
とぼけるでもなく質問が飛ぶ。
「そうですね……、それも当てはまるかと思いますが、僕が考えているのはそれよりももっと大きい物ですよ」
「会社の意向より大きいものねぇ……」
考えるような仕草をした五嶋の瞳が一瞬鋭くレイトを見る。
だがすぐにいつもの何を考えているか分からない表情になった。
「……なんかゲームの設定じみた話だなぁ」
「これは僕個人の問題ですから、先輩はその認識で問題ないと思いますよ」
はぐらかすような言葉をレイトは肯定する。
その回答を聞いた五嶋はニヤリと口の端で笑みを浮かべると「ま、頑張れ」とレイトの肩を叩き歩き始めた。
「先輩は会社へ戻らないんですか?」
歩き出した五嶋を見てレイトは問いかけた。
しかし、片手を上げてヒラヒラとふるだけで答えは返ってこない。
仕方なくレイトは1人、もうしばらく感慨に浸ることにした。
***
レイトが会社へ戻るころにはすでに日は傾き、ロビーの人影はまばらだった。
その人達を避けながらロビーの端を歩くレイトが不意に立ち止まり、ロビーの反対側を見る。
そこにはコノハとユウヤ、そして見知らぬ少女が立ち話をしている。
その少女は高身長に見えるが、これは小柄なコノハと並んでいるからだろう。
そしてその少女は何か言い争っているコノハとユウヤの合間に入って困ったような笑みを浮かべている。
(なかなか上手くいきそうなトリオじゃないか)
そのやり取りを見ていたレイトはクスリと笑う。
やはり五嶋の考えは取り越し苦労だろうとレイトは思った。
少なくとも今は間違いなくベストな組み合わせだろうから。
そんな事を考えていると、ユウヤたちから少し離れたところに立つ人影が目に入った。
それはかつての婚約者。
思わず見入っていたレイトに相手も気がついたようだった。
思わずレイトの方を見た彼女は驚きの顔をする。
(同じ会社に勤めているのだから、顔合わせることぐらいこれまでも有ったじゃないか……)
相手の反応に少し傷ついたレイトだが、ここはひとつ挨拶でもしておこうと歩き出す。
すると相手はさらに驚き、一瞬顔を背ける。
さすがにレイトもその行動にはカチンとくるものが有った。
しかし次の瞬間、レイトは彫像のように動きを止めてしまった。
それは顔を伏せた彼女が再度こちらを見つめ返してきたからだ。
その顔は、悲しみと憂いを同時に秘めた様な寂しい微笑み。
わずかに潤む瞳は涙をこらえているのだろう。
それでも必死に笑顔を作る彼女。
さすがのレイトも声をかけることに戸惑っていると、彼女はレイトに一礼し去っていった。
「カナエ……」
小さく彼女の名前をつぶやいてみる。
別れを切り出したのは自分からだ。
だから嫌われて当然と考えている。
しかし、さっきの表情……。
もしかして選択を誤っていたのかもしれない。
その不安がレイトの胸を締め付ける。
そして、小豆カナエが去っていった廊下を見つめ続けていた。




