第32話 物語を紡ぐのは誰の指か
「お兄ちゃん!!」
カフェエリアに少女の声が響く。
続いて誰かがぶつかってきたような衝撃がユウヤを襲った。
幸いにして勢いは弱く、相手の体重も気にするほどではなかったのだろう、ユウヤは二、三歩よろめいたが倒れるのは防げた。
しかし社内で「お兄ちゃん」という言葉を発するのはコノハだけのはず。
だとしたら近くにレイトがいるはずなのだが、あの独特の熱さと鋭さを持った存在感(威圧感?)がない。
それにむしろコノハにしては背が高いような……。
そう思いユウヤは視線を下げる。
そこには半泣き状態の幼馴染の顔があった。
「す、スズナ!?」
ユウヤは思わず声をあげる。
これまでにかかった時間は僅かコンマ数秒であり、少し離れたところから別の声が響いていた。
***
「「「「「お兄ちゃん!?」」」」」
コノハたちの声が期せずして唱和する。
唐突なスズナの行動に驚いたが、それ以上にスズナが兄と呼んだ相手に驚いたからだ。
最近見慣れたスーツ姿。
いつも以上に疲れたような表情。
間違いない、蒼馬ユウヤだった。
「あの〜スズナちゃん?お取り込み中、申し訳ないんだけど……」
慌てて駆け寄ったコノハがスズナに恐る恐る話しかける。
状況が呑み込めていなさそうなユウヤは一旦無視する。
「うちの蒼馬ユウヤをご存じで?」
「はい!」
訝しげに問いかけるコノハにスズナは子どものように無邪気に返す。
そのストレートさにコノハは一瞬言葉を失う。
「蒼馬さんの妹?」
「でも苗字が……」
「ご両親の離婚歴はなかったような」
「どこでそんなもの見たのよ!」
「庶務課の名簿かな、ハハハ」
スズナの後ろでコソコソと話しているのが聞こえる。
ユウヤはその言葉に我に返った。
「そこ、勝手な想像で話進めないで下さい!」
思わずユウヤはツッコむ。
その声に近くにいたコノハとスズナは目を見開いて驚く。
その光景が目に入りユウヤは心の中でマズイなと思った。
スズナにも自分の感情の激しい部分を見られたのだから。
と言うか、なんでスズナがここにいてコノハと一緒なんだ?
焦りと疑問が心の中を渦巻く。
パッコーン!
そんなユウヤの頭を何か軽い物で叩かれた。
多分丸めた紙の束。
反射的に叩かれた方を見れば仁王立ちのコノハがいた。
「まずはアンタがこの状況について、説明しなさい!」
怒りを噛み殺したようなその表情は、普段の怒りまかせにぶつかってくる時よりもはるかに怖かった。
「オレとスズナは、家が隣同士の幼馴染だよ」
渋々と答えるユウヤに対しコノハは疑いの目を向けたままだった
***
「へ〜、幼馴染ね〜」
一通りの説明を聞いたコノハは珍しそうに2人を見る。
結局、ユウヤの説明では納得しなかったコノハだが、スズナが同じ説明をしたところ、このようにアッサリと信じてしまった。
「なんで同じ説明なのに、オレの話は信じられないんだよ……」
先ほどからコノハたちが占有しているテーブルの空き席に座ったユウヤが不貞腐れたように頬杖をつきそっぽを向く。
「う〜ん……、信頼度?」
そんなユウヤにコノハはトドメを刺しにいく。
その言葉に崩れ落ちるユウヤ。
「ま、まあまあ……」
見かねたスズナが笑顔で仲裁に入る。
もっとも顔は若干引きつっており、冷や汗が一筋流れていた。
「おまえからのオレの人物評価は置いておいて、なんでスズナがここに?」
ユウヤはなんとか体勢を立て直しながら尋ねた。
ついでに息苦しさを感じたので、先ほど締め直したネクタイを改めて外した。
「来社理由は別にあったけど、そこでヘッドハンティングしたってとこよ!」
そう言って胸を張るコノハ。
それを唖然とした表情で見るユウヤと、なぜか恥ずかしそうに顔を赤らめるスズナ。
そんな3人を見る他のメンツは笑顔のままだが、あきらかにポーカーフェイスだ。
展開される混沌とした空間から逃げ出すように、他の社員が1人、また1人と席を外していく。
(誰か、この話終わらせて〜)
箕島も心の中で叫ぶ。
実際に今回の件では彼女が一番無関係なのだが、黄島の勢いに乗って来てしまったことを後悔していた。
「ともかく、彼女にはメインイラストレーターとして契約してもらう事になったわ!」
「経緯はよく分からないが、オマエの主張は理解した」
それだけ言うとユウヤはコノハから視線を外し、スズナの方を見る。
「コイツはこう言っているが」
コノハを右親指で指しながら、スズナに問いかける。
「お前はいいんだなスズナ?」
ユウヤはスズナに確認を投げるが、その言葉はコノハに向けるものより若干優しい。
そのことに気がついたコノハが鋭い視線を向けてきたが、一旦無視する。
コノハはプロジェクトリーダーなのに対し、現状スズナは部外者である。
そのスズナに無理強いをしていないか確認しておくのも自分の責任だとユウヤは考えていたからだ。
「赤根さんのお話聞いて、自分で判断したんだから大丈夫だよ、お兄ちゃん!」
「そ、そうか、自分で決めたなら……、でもしかしだな……」
そんなユウヤに元気よく答えるスズナにユウヤは困惑する。
「なによ、自分の仕事に自信ないの?」
さらにコノハが噛みつくユウヤは冷静になるように努める。
「そうじゃない。オレたちは会社の指示で働いているからある程度、無理は言える。だけどスズナは部外者だ、だから参加するか否かはオレたちより明確な個人の意思が必要だろ?」
真正面からの正論を叩きつけられて思わずコノハもたじろぐが、ユウヤはすぐに優しい笑顔になる。
「……でも、この反応なら、本人の意思なんだろうな」
ユウヤはスズナに右手を差し出す。
それを見たスズナは少し驚いた表情をみせるが、すぐに笑顔に戻り両手でその手を掴んだ。
「よろしくね、お兄ちゃん!」
「ああ、改めてよろしくな!」
握手を交わす2人を見てコノハは安堵する。
正直なところ強引に進めていたが、結果的にユウヤや黄島が反対しなかったので助かった。
「しかし、職場でお兄ちゃんはどうかと思うけどな」
手を離した後、ユウヤは少し照れくさそうな表情で言う。
「あ、そ、そうかもね。会社だと恥ずかしいよね……」
「え~別にいいじゃん『お兄ちゃん』」
指摘に気が付いたスズナに対して、コノハがまぜっかえす。
最も本人はまじめにそう思っているらしく、真剣な表情だった。
「リアルに社内に兄がいるヤツが言っても説得力無いぞ」
そんなコノハをあきれたように見るユウヤ。「例外中の例外が言うな」と言外に伝えようとしているのだが恐らく通じていない。
「お兄さんが会社にいらっしゃるんですか?」
そんなユウヤの気持ちを理解していないスズナは目を輝かせてコノハに質問をする。
「うん。ゲームデザイナーの『赤根レイト』って知ってる?あれがわたしのお兄ちゃん」
「えっ、そうなんですか!」
少し自慢気味に語るコノハにスズナが驚く。
スズナもゲーム業界について詳しくはないが、それなりにチェックはしてるのだろう。
「そんなお兄ちゃんにわたしは勝ちたいんだ……」
「分かります!目標が大きいと勝つためのやる気、出できますよね!」
「分かってくれるんだ!」
唐突なコノハの自分語りだったが、意外にもスズナは共感している様だった。
どちらも交友関係が広いタイプではないので、これは良かったかなと思う。
もっとも、同時にコノハの性格がスズナに感染しないか不安でもあるのだが……。
「本契約はまだとしても、一旦はイラストの目処はついたな」
ユウヤは一段落したと思いつぶやいた。
「そうね、でもまだコアメンバーは足りないわよ?」
コノハもその言葉に同意する。
先ほどまでのお気楽な雰囲気から一転し真面目な表情になっている。
「プログラマーやスクリプターは、最悪他のチームとのかけあいでどうとでもなるんだけど、やっぱりライターね。物語書けて設定も組めるとなると、そっちは外部から人を招くしかないかなぁ……」
その言葉を聞いたスズナは何かに気が付いたようにピクンと小刻みに跳ねた。
「あの〜、もしかしたら……」
スズナが語った話は、ユウヤたちには驚くべき内容だった。
***
「じゃあ、気を付けてな」
ビルの外までスズナを送ってきたユウヤが静かに語りかけた。
「うん、契約決まったら改めて会社に来るから」
スズナも元気に返すと、気がついたように付け加える。
「お兄ちゃん家で話すのもいいかも?」
クスクスと笑うスズナにユウヤは困った顔を見せる。
コンプライアンスとか、どこかで教えたほうが良いかも……。
「な〜んて、冗談だよ」
笑いながらそう言うとスズナは小走りに走っていった。
「大人をからかうもんじゃないぞ!」
その背中にユウヤはそう語りかけた。
「ん、来客か?」
「っ!!!!!!」
振り向いたユウヤの目の前には見慣れた顔が間近にあった。
特別に恐ろしい表情とかではないのだが、一歩前に出ていたらぶつかるぐらいの、その近すぎる距離にユウヤは驚いたのだ。
「かっ、課長!?」
思わず大声をあげて退くユウヤ。
その前に立つ五嶋は何を考えているか分からない表情で立っていた。
そしてユウヤの身体を避けるように身体を傾けてユウヤの後ろを見ていた。
もしかしたらスズナの後ろ姿を見ていたのかもしれない。
「課長……、五嶋さんこそ在宅でしたよね?」
ついさっきまでオンライン会議で話していたのだ。
間違いない。
「ちょっとした野暮用でな」
五嶋はそう言うと疲れたと言わんばかりに大きく伸びをした。
「もっとも、来る途中で片付いたんでな。」
そう言うと、五嶋はビルの中へと入っていく。
その背中に思わずユウヤは尋ねた。
「五嶋さん、『アズキ先生』って名前に聞き覚えありますか?」




