第31話 スカウト、勧誘、大推挙! 後編
「わたしが、協力?」
スズナは何を言われているのか分からないといった表情で聞き返す。
文字通り目の前に立つ女性は、子どものような明るい笑顔でうなずく。
「あなたの絵をこの前見させてもらってね、『これだ!』ってひらめいたの!」
コノハはコノハで彼女の関心をひくために必死だった。
「えっ、えっ!?」
スズナはあからさまな動揺を見せる。
当然だった。
事実上の“没”を言い渡されて会議室を出たら、いきなり協力しろと言われても混乱する。
「そう言えば、この前は名前教えてなかったね、わたし赤根コノハ、よろしくね!」
コノハは少しつま先立ちになりながら言った。
「し、白樺スズナです……」
その勢いに負けてスズナも、思わずペンネームではなく本名を名乗っていた。
「スズナちゃんか〜、いい名前だね!」
コノハはまるで新しい友だちが出来たかのようにはしゃぐ。
実際、感覚としてはスズナのことを協業相手と言うよりは友だちの方が近いと感じていた。
「ちょっと、いい加減にしなさい!」
それまで呆然としていた上原が、ふと我に返りコノハをスズナから引き離す。
「白雀さんのことを考えなさい!」
キッとコノハを睨み、注意をする上原。
スズナの前だから抑えているが、2人だけなら今にも飛びかかりそうな雰囲気だった。
「だから、考えているから話しかけたんだよ」
コノハは上原の視線を平然と受け止め静かに返した。
それまでのはしゃぎっぷりからは考えられない程であり、見つめられた者はすくみそうなほどである。
まさに蛇に睨まれた蛙のごとく身動きがとれない上原。
それでもなお、その圧力に抗おうと睨み返す。
まさに一触即発の状況だった。
「まあ〜、2人ともそこまでにしておきなよ〜」
唐突に場の雰囲気にそぐわない呑気な声が響いた。
コノハと上原、そしてスズナが同時にそちらを向く。
そこには、胸の前で両手を合わせた黄島が満面の笑顔で立っていた。
「そうそう、お客様の前だしね」
そんな黄島の後ろからひょっこりと顔を出した箕島。
「気になるなら、上原ちゃんも一緒に話、聞いてみたら?」
「さっすがミノちゃん、カフェで5人の女子会だね!」
そう言うが早いか黄島は、コノハと上原の手を引いて強引に連れてオフィスの外へと出ていった。
陽気な鼻歌の余韻に取り残され、スズナは呆然としていたところに箕島が話しかける。
「ごめんなさいね、うちの面倒な人が一堂に会した感じで」
小さく頭を下げる箕島にスズナは「は、はあ」としか答えられなかった。
「あなたもいらっしゃい。」
そう言うと箕島は片手に持った包みを持ち上げる。
紫色の高価そうな風呂敷に包まれたそれは茶道具。
思わず「雅な物があるなぁ」と思っているうちに、スズナは箕島に手を引かれて歩き出していた。
「うへ〜、ようやく終わったわ〜」
ユウヤは心底疲れた顔で個別会議室から出てきた時、カチャリと軽い音を立ててオフィスの出入り口が閉まった。
***
「えっ?」
カフェエリアにて1つのテーブルを占有したコノハたち5人。
手際よく包みを開いた箕島が茶道具を並べていく。
その茶道具を黄島が手に取ると、手早く茶を点てた。
道具を持っていたのが箕島だったのでスズナは、てっきり彼女がお茶を淹れるのかと思っていたが、実際には茶道と一番遠いように見えた黄島だったことに驚いた。
「テーブルの上で点ててる程度なんだから、作法とか気にしなくていいよ〜」
茶碗をスズナの前に置きながら笑顔で話しかける。
その言葉から悪い人ではないことは分かるのだが、アップにまとめたウェーブのかかった金髪の女性が茶筅を持って微笑む姿は違和感がハンパない。
「は、はい。ありがとうございます」
思わず引きつりかけた顔を必死に笑顔にしながら茶碗を受け取る。
そして、気にしなくてもと言われたが、そもそも作法はわからないので、そのまま茶碗を両手で持って口に運ぶ。
その瞬間、口の中にクリーミーな感触が広がる。
そしてまろやかな苦味の中にほのかな甘み。
スズナは未体験のその味覚に驚き、言葉なく目を見開いた。
「「やったーっ!」」
その様子を見ていた黄島と箕島はハイタッチで喜ぶ。
そしてスズナの方を見るとグイッと顔を寄せる。
「あなた笑うと可愛いよ! さっきまでの憂いのある表情もいいけどね」
間近で見る黄島の笑顔は太陽のように感じられ、スズナは少し心臓が早くなるのを感じた。
「……あ、ありがとう、ございます……」
なんとなく恥ずかしくなったスズナは小さくそう答えるのが精一杯だったので茶碗で顔を隠す。
「赤根さん、そろそろ本題に入りなさい」
それまで黙っていた上原が、少し厳しい目をコノハに向ける。
それに気が付いたコノハは、口の端に付いていた茶の雫を右手の親指でこすり取る。
「そうだね、そろそろ良いかな」
そう言いながら左手でハンカチを取り出そうとするが、上手くいかない。
そこに箕島が無言でティッシュを差し出す。
「ミノさんありがと」
そう言うと取り出したティッシュで右手を拭う。
「改めて、……えっと、白樺さんでいいかな?」
コノハはスズナの方を見る。
笑顔だが目は真剣そのものであり、スズナも真剣な目で見返す。
「端的言えば、あなたにイラストレーションの仕事を発注したい。」
その一言に周囲は一気に静かになり、空気が張り詰める。
「わたしは新しいプロジェクトを立ち上げたばかりで、今は社内でも絶賛メンバー募集中。」
メンバー募集の言葉に上原は(バンドじゃないんだからさあ……)と思いつつも最後までツッコミを入れるのを抑える。
「そんなある日、ってあなたを案内した日なんだけど、あなたの絵を見る機会があったの」
あくまで真面目な声で事実をつげる。
だが《《どこで》》見たたかは敢えて黙っておくことにした。
(無駄に話して場を乱してもいいことないし……)
そう思えるだけコノハも成長したと言える。
以前なら上原の開いたままのPCで見たと言って、上原の不興を買っていただろう。
「そこで閃くものがあったの、『この人の絵ならうちのプロジェクトにピッタリだ』ってね」
そう言うと自分の業務用スマホを取り出して1枚の画像を表示させる。
「あら、良い感じのデザインじゃない」
「ほんと~」
しげしげと見ていた黄島と箕島は素直な意見を返すが……。
「「あっ!!」」
スズナと上原が驚きの声をあげる。
黄島たちは思わず2人の方を見た。
「なんで、あなたがこの画像を知ってるのよ!」
その瞬間、上原が掴みかからん勢いでコノハに詰め寄る。
状況が分からない黄島は思わず「どういうこと?」と顔をスズナに向けた。
「これ、わたしが上原さんの依頼で制作していたイラストです」
いきなりふられたことに驚きつつもスズナは答える。
それを聞いて事態を理解した黄島。
「ハイハイ、ストーップ!」
すぐに2人の間に入った。
「上原の気持ちは分かるけど、これはサーバー上に保管されたイラストを直接表示してるだけでしょ」
まずは興奮している上原を落ち着かせるため、その肩に手を置いて話しかける。
「外に持ち出さない限り、部署員には閲覧の権限あるの、忘れてないよね?」
あくまで確認するように語りかける。
「そ、そうね……」
我を取り戻したように、上原は一旦姿勢を正す。
「そしてコノハ〜」
上原が落ち着いたのを見計らって今度はコノハの方を向く。
「権限上問題ないからって、勝手やるなって言ってるだろ〜」
「えっ、でも……、はっ!?」
その抑揚の付け方に嫌な予感がしたのだろう、口ごたえしようとしたコノハが、さっと椅子を引き、背を反らそうとした。
だがもう遅い。
電光石火の早さで伸びてきた両手がコノハの頭を素早くつかむ。
そのまま右腕で頭を囲むようにロックする。
「ふん!」
「いだだだだだだっ!!」
コノハが腕を振り払おうともがき始めると、黄島は軽く腕に力を込める。
ガッチリと決まったヘッドロックにコノハが悲鳴をあげる。
「ご、め、ん、な、さ、い、は?」
ゆっくりと力を強くしながら黄島が問いかける。
「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛〜!!」
悲鳴にも似た声で謝罪の言葉を口にする。
それを聞いた黄島はニンマリと笑顔になる。
ただし力は緩めない。
「上原〜、これで許してくれる?」
もがくコノハの頭を脇に抱えたまま笑顔で確認をする黄島に、上原は顔を青ざめさせながら首を夢中で縦に振った。
もしダメとか言ったら、次の餌食は自分のような気がしたから。
そんな一連の行動をスズナは呆然と見ていた。
そこへツツっと箕島が近づく。
「ごめんなさいね、騒がしくて」
「あの、ゲーム会社っていつもこんな感じなんですか?」
あくまで笑顔を絶やさずに話を続ける箕島に、思わずスズナは聞き返していた。
見れば箕島は手を頬に当て、細い目をさらに細くして考えているようだった。
「そうね、他はどうか分からないけど、|ワグテイルプロジェクト《うち》では結構普通の光景かな~」
その回答に少し顔を引き攣らせるスズナ。
横の女性が冗談で言っているのかよく分からないからだ。
「さて、じゃあ詳しい話を聞こうじゃないか」
その声に弾かれるようにスズナは黄島の方を見る。
すでにコノハは解放されており、乱れた髪を手ぐしで整えていた。
「うう、と、とりあえずどこまで話したっけ?」
「イラストを見たってところまでです」
気を取り直そうと軽く頭を振ったコノハがスズナに確認してくる。
慌てて返答するが、同時にそんなに頭を振ったら今整えた髪型も意味ないんではと、別のことを考えていた。
「ああ、そうだった」
手をポンと叩きながらうなずくコノハ。
「そのイラストを見てピンと来たのよ、この人の絵柄ならわたし達のゲームの《《キャラクターデザイン》》としてちょうど良いって」
その瞬間、スズナは自分が聞き間違えたかと思った。
キャラクターデザインって言っていたような気がする。
このわたしが?
プロとしての初仕事を先ほど、没にされたわたしを?
没にした会社がキャラデザに使いたい?
「キャラデザのお仕事ってことで間違いないですか?」
情報量の多さに混乱する。
聞き間違いではないのだろうかと思わず聞き返していた。
「間違いなんてないわ、あなたにオリジナル企画のキャラデザをしてほしいの」
そう言うとコノハはスズナの両手を取る。
スズナを見る目は、先ほどオフィスで声をかけられた時と同じく輝いている。
「……詳しく教えて頂けますか?」
コノハから視線を外したスズナは遠慮がちに言う。
家族以外から、そのように真正面から見られた経験がすくないスズナの頬はわずかに赤くなる。
「概略ぐらいなら教えられるけど……」
そう言うと、コノハは視線だけ動かし黄島を見る。
暗に「言っていい?」という確認だ。
突然、確認された黄島も驚き、思わず自分を指さす。
「まぁ、概略ぐらいならね。」
しばらく考えた黄島は仕方ないとばかりに話し始める。
「ただし秘密保持契約《NDA》はプロジェクト単位での締結だから、そこは忘れないで」
そして一応、釘は刺しておく。
コノハはゲーム開発に関する知識は人一倍あるのだが、性格的に口を滑らせないか不安だった。
「OK〜そこは心得ているから」
満面の笑みで返すコノハ。
それを見て黄島も笑顔で親指を立てた。
「分かってるなら、概略をわたしたちにも共有するつもりで話しなさいな。何せこの前のプレゼン以上の情報渡されてないからね!」
その言葉を合図にコノハは説明を始める。
怒涛の説明が終わったのはそれから10分後だった。
***
「な、なるほど……」
少し疲れた表情のスズナがうなずきながらそう答えるのが精一杯だった。
見れば他の3人も一ように疲れた顔をしている。
コノハの話は的確だった。
だが的確ゆえに遊びのない説明を延々と聞かせる。
と言うより叩きつけるような話し方は話している本人以上に聞き手も疲労する。
3人共にコノハの話し方は心得ているつもりではあったが、その予想を遥かに超える濃密な情報量だったのだ。
「……多分大丈夫だと思うけど、概要だけだったよね?」
力なく黄島が確認すると、コノハは「当然。」と返す。
その表情はまだまだ話足たりないと言った感じである。
「白樺さんも分かったかな?」
続けてスズナに確認するため、そちらを向く。
見ると俯いたままのスズナ。
(これはダメだったかな?)
よく見れば肩が震えている。
プレッシャーに怯えているのだろうか。
「や、やります!!」
しかし次の瞬間スズナは勢いよく顔を上げた。
まっすぐにコノハを見るその顔は紅潮し軽い興奮状態の様であった。
「わたし、ぜっっんりょくで頑張りますのでよろしくお願いします!!」
勢いよくコノハの手を掴み、さらに勢いよく手を上下に振る。
「そ、そう? 喜んでもらえて良かったわ……」
その勢いに、さすがのコノハも少したじろいだ。
「とりあえず、引き受けてもらえるなら後で契約周りの話しはさせてね」
かろうじてそれだけ伝えることが出来たが、何故かすごく疲れたコノハだった。
(もしかして、わたしの話し方ってこんなに相手を疲れさせていたの?)
よく“人のふり見て我がふり直せ”とはいうが、それを身をもって体感したコノハは少しだけ人との接し方を見直そうと考えていた。
「さて、話もまとまったみたいだし、そろそろお開きにしますか」
黄島が言う。
一同を見れば上原以外は同意を示していた。
「上原~、なんか不満でも?」
少し拗ねたような表情の上原に黄島は話しを向ける。
「……、不満はないわ」
ぼそりと上原が答える。
「ただ、白雀さんを誘った私がちゃんと最後までケアできていなった事が悔しいだけ……」
それは素直な上原の気持ちだった。
共に良いものを作ろうと意気込んでいたのにフタを開けてみれば、自分は会社都合で彼女を切ってしまい、それをコノハがすくい上げている。
それがたまらなく悔しかったのだ。
「でも、上原さんが声をかけてくれなかったら、今わたしはここにないんですよ?」
落ち込む上原にスズナが声をかけた。
その言葉に上原は思わず「えっ?」と声を上げて向く。
そこにははにかんだようなスズナの微笑みが目に飛び込んできた。
「没と聞いた時は悲しかったけど、上原さんには感謝しているんです」
そう言いながら上原の手を優しく握る。
「またぜひ、そちらにも参加させてくださいね」
「まったく……、お人よしなんだから……」
スズナの言葉に上原が少し瞳をうるませていた。
「おっし、ならスズナちゃんの契約が完了したら定期的にこのメンバーで女子会するか!」
「あ、賛成です!」
唐突に立ち上がった黄島が宣言する。
一瞬、上原とコノハが微妙な顔になったが、スズナと簑島の賛成の声に流されてしまったのはご愛敬。
「じゃあ、今日はこれでお開きにしますか」
パンと手を叩いた黄島の終了宣言。
それと同時に簑島が道具を片付けるために集めだす。
「あ、わたしも手伝いま……、っ!!」
と立ち上がったスズナの目にエリア入口が映った。
正確にはそこに入ってきた一人の社員。
スーツは来ているがシャツの袖や襟のボタンは緩めており、相当疲れたのか少し足元がおぼつかない。
でもその顔は見たことがある。
いや、見忘れる訳がない。
その顔を見た瞬間にスズナは思わず駆け出していた。
「お兄ちゃん!!」
スズナは体当たりするかのようにユウヤの胸に抱きついていた。




