第30話 スカウト、勧誘、大推挙! 前編
カタカタカタカタと小さく響くキーを叩く音にあわせて、モニターに表示されたページには文字が入力されていく。
それは「新規プロジェクトにおける採用の為」と記されていた。
一通り入力が終わったユウヤは、予算管理システムのWebページを見直す。
曲がりなりにも数十から100万円単位が動く内容だ、必然的に慎重にもなる。
入力した項目の1つ1つに名目、金額ともに確認していく。
ようやく問題ないと確信し「送信」ボタンをクリックし「出来ました」と声を出す。
『ふわぁぁぁぁ、やっと出来たか、どれどれ……』
モニターの右上に表示されたウィンドウ内で五嶋が欠伸をしながら声をかけてくる。
予算管理のやり方を見てくれると言い出したのは五嶋であったが、実際に始めてみればオンライン会議をつなげた途端に「まずは自分でやってみろ」と言い、放り出されたのだ。
そして実際に出来たものを見るような仕草をしたい五嶋だが。
『うん、ダメだね』
開口一番、感情の乗らない声でそう返してきた。
「せめて、どこがダメか言ってくださいよ~」
ユウヤは思わず情けない声を出していた。
これまで営業として売掛金の計算などはしていたが、必要なプロジェクト全体の予算を算出する仕事は初めてである。
『とりあえず必要な情報は揃ってるんだ、それを見比べて必要、不必要をちゃんと考えて行くんだな』
五嶋は取り付く島も無いようにそう言うのだった。
ユウヤの予算申請が認証されるにはまだ時間がかかりそうだ。
***
(さーて、もう少しね……)
コノハは業務カレンダーを見ながらそう思った。
映し出されているのは自分のスケジュールではなく、会議室全体の予約状況。
個別会議室には長時間ユウヤが居座っているのが分かるが、今重要なのはそこではない。
視線をツツと左へと移していくと【会議の間(来客用)】と書かれた項目が目に入る。
そこには『イラストレーターMTG』と書かれており担当者は上原とあった。
それを見てコノハはおおよその打ち合わせ内容が見えていた。
先日、会社を訪ねてきた女性。
彼女との打ち合わせなのだろう。
何故そう言い切れるかと言えば答えは簡単だ。
昨日、上原が一色と相談しているのを聞いたからだ。
そして、それは彼らにとっては非情な判断であった。
(まさか、あっちにも波及してるなんて、来期は厳しい戦いになりそうだな……)
そのことを知ったコノハは内心でそう思っていたが、もっとも自分自身、来期は新作の開発中。
売上に関わることはないので、比較的気楽な身の上ではあったのだが。
ともかく、今期はどのプロジェクトも業績が良くなかったのだ。
中には黒瀬や黄島のところのように撤退を強いられたモノもあった。
そのため、数少ない業績プラスだった上原の参加するプロジェクトも来期に向けて予算組みを調整する必要があったのだ。
その中でやり玉に挙がったのが、イラストにおける新人デザイナー採用。
今、コノハたちが新規プロジェクトを進めているのと同じように以前も「未発掘の才能を世に」と、積極的に新人イラストレーターを採用したのが、上原たちのプロジェクトだった。
コノハも始めはそのプロジェクトの一員だったからよく覚えている。
それが今になって仇になっていた。
売り上げを回復させるなら少しコストを高めても名前の売れたイラストレーターに依頼するしかなかったので、必然的に発注点数は少なくなる。
そして上原の新人と二人三脚で制作するスタイルも存続できなくなっていた。
つまり、今日の打ち合わせは事実上の契約打ち切りの通告。
未完成のイラストを買い取る名目で事実上没にするための話し合いだ。
(やらなきゃ行けないのは分かるけど、せっかく見つけた金の卵だしね)
コノハはそう思いながら、【会議の間】が開くのを待っていた。
ガチャ……。
そんな状態が30分は続いたのだろうか、【会議の間】の扉がようやく開いた。
普段なら軽快な音を響かせるのだが、中の空気のためか何やら重い響きに聞こえる。
「ありがとうございます……」
今にも消え去りそうなかすかな声がコノハの耳にも聞こえた。
立ち上がって会議の間の方を見れば、心配そうな表情の上原に付き添われ、あの少女が出てきたところだった。
その姿は先日と同じ感じの地味めの色の服装。
だが先日はそれでも内からわき出るような活力に満ちた笑顔があふれていたのだが、今は見る影もない。
この世の全てに絶望したような表情が、衣服の地味さを際立たせており、まるで影が歩いているようであり、その歩みもどこかふらついておぼつかなさを感じた。
それは上原も感じており、いつでも手を差し出せるように彼女の歩く速度に合わせていた。
そんな姿を見てコノハは一瞬躊躇う。
別に今日でなくてもよいのではないかと思う。
……でも、プロジェクトの将来、何より彼女の今後を考えれば今しかない。
ここを逃せば彼女がワグテイルプロジェクトとの取引も拒否しかねない。
それは損失だ。
あえて“誰の”という部分は気にしないでおく。
余計な考えは判断を鈍らせるから。
「白雀さん、ちょっといいですか!」
コノハは意を決して駆け寄ると少女に声をかけた。
「ちょ、ちょっと!」
先に反応したのは上原だった。
それまで心配そうに少女を見つめていた顔が驚きに変わる。
「赤根さん! 時と場合を考えなさい、あなただって状況は知っているでしょ!?」
肩を震わせながら上原が怒りに満ちた声をかける。
その口調はコノハの教育係だった頃から変わらない。
コノハとしても無視されるよりかは、口調はどうあれ反応されたほうが遥かにマシだった。
「知っているわ、だから白雀さんに声かけたんだから」
内容は辛辣だが、あくまで明るく話すコノハ。
その真意を測りかねた上原が困惑した表情で一歩後ろへと下がる。
それを見逃さないコノハではない。
素早く少女の前へ移動すると、その右手を握りしめる。
「えっ!?」
驚く少女の小さい声を無視し一気にせまる。
互いの距離が数センチというところまで近づき、コノハは少女の顔を見上げる元気な声で伝えた。
「わたしに協力してほしいんだ!」
***
「申し訳ありません、今回は不採用とさせてください。」
その言葉を聞いた時、スズナは一瞬何を言われたか分からなかった。
自分の心が、現実を認識することを拒否したのだろうか。
「なにか、わたしのデザインに問題がありましたか?」
恐る恐る尋ねる。
その言葉に対して上原は無言だった。
無言で下を向き、何かに耐えるような表情。
それを見たスズナは、この決定が上原の本意ではないことを悟った。
しかし、そうとは言え自分が納得するために理由を聞きたかった。
「……非常にお恥ずかしい話ですが」
上原はそう前置きをして話し始める。
現在ワグテイルプロジェクトの業績が決して良くないこと。
その結果として業務の一部を整理しなくてはいけないこと。
その余波で新規イラストカードの制作点数を減らさなくてはいけないこと。
未完成のイラストは規定の価格で買い取りをすること。
それらをあくまで感情を抑えつつ淡々と説明する上原の姿はコノハから見ればいたたまれなかった。
「……分かりました、この度はお声がけ、して、頂いて、ありがとう、ご、ございます……」
上原の心意気に応えるため、スズナも気丈に答えようと努力したが足は震え、声がうまく出せない。
ようやく絞り出した言葉も途切れ途切れでまるで壊れたロボットのようだった。
泣きたいけど、ここでは泣けない。
上原が我慢しているのに自分が折れては失礼だろう。
スズナは自分にそう叱咤しながら立ち上がり歩き出す。
自分でも分かるほどにフラフラな動きに、上原が慌てて支えてくれた。
既にそのことのお礼をする気力もなくなったまま、会議室から出た。
周りではデスクに向かい仕事をしている人が多くいた。
その中で無意識にユウヤの姿を探してしまう。
彼がワグテイルプロジェクトに出向しているとは聞いたが、これまで一度も見かけることがなかった。
いつも辛い時には側にいてくれた“お兄ちゃん”。
だけど、今回は全然そばにいてくれない。
普段なら仕事だからと割り切れるところだが、今は彼の助けが欲しい。
そんな事を思っている時にいきなり声を掛けられた。
「白雀さん、ちょっといいですか!」
その声に驚いたスズナは「えっ!?」としか答えられなかった。
見れば先日、オフィスへと案内してくれた女性。
その彼女がスズナの手を握り目の前に立っていた。
その近さに驚いたが、そのキラキラと輝くような目がスズナの視線を離さない。
「わたしに協力してほしいんだ!」
その一言がスズナの心に染み込んでいった。




