第29話 プロジェクト起動にあたって
「では、こちらは手配いたしましたので、来週までにはお届けできるかと思います」
広い部屋にいくつもの間仕切りで仕切られた小さな打ち合わせスペースが並んでいる。
ユウヤも話には聞いたことがあるが、出版社の商談スペースを訪れるとは思わなかった。
結局、先日の一件以降、ユウヤは講読館の担当として正式に決まった。
あの時、中央に座っていた男はその後、機密情報漏えいの原因だったことが判明した。
その為、講読館のネットワーク保守部門から評価されて「是非に」との依頼だった。
以前のユウヤなら1も、2もなく引き受けるところだったが、今は微妙な気持ちだった。
現在の彼の仕事はゲーム開発事業部で新規アプリゲームの開発をすることだ。
あくまでルート営業は、IT事業部の人手不足を補うための手伝いにすぎない。
だが講読館のような大手担当となると話は変わってくる。
いつかどちらかを選択する日が来るだろう。
だけど、その選択権は会社にある。
そりゃあ意見を聞いてくれる程度はするだろうが、決定事項に逆らえばその先は見えている。
その懸念を抱えることになったが、今は両方ともこなして行くのが得策だと思った。
少なくとも前回のような時に自分がいることで会社全体に問題が波及する前に対処できると思ったからだ。
「申し訳ありません、場所が空いておらず、ここしかお通しできなくて」
恐縮しながら答えるのは講読館の情報システム部の長である仲本だ。
本来なら営業の対応など部下に任せるところでもあるのだが、先日の件もありワグテイルの対応は仲本に任されていた。
「いえいえ、今日は機密情報の話ではありませんので。それに私も興味ありますから」
頭を下げる仲本にユウヤはやんわりと顔を上げるように促しつつ話を続ける。
そしてゲーム開発という創作分野に足を踏み入れたユウヤにとって漫画の持ち込みが行われる現場と言うのは興味があった。
「しかし、持ち込み作品のチェックって、思ったより淡々としているんですね?」
持ち込んだ資料をカバンにしまいつつ、ユウヤは尋ねた。
それに対して、仲本は少し興味を引かれたように顔を向ける。
「ご興味がおありですか?」
その問いに一瞬ユウヤは考える。
持ち込みはワグテイルプロジェクトでもたまにある。
専門学校生などが唐突に使って欲しいとメールで自作イラストを送ってくるらしく、業務の合間にコノハがチェックして窓口担当に結果を返しているのを思い出した。
「ええ、ご存知の通り弊社はゲーム開発もやっていますからね、対面ではないですが持ち込みとかもありますよ」
「もしかして、蒼馬さんも何か作られているんですか?」
「ええ、まあ。手伝い程度ではありますが……」
持ち込みの話から、なぜそこまで飛躍するのかは分からないが、取り敢えず答えておく事にした。
あくまで営業トークの延長線であり、嘘も言っていなかったのだが後に新しい騒ぎの起点となるやり取りである事は知る由もなかった。
***
「んで講読館側は特にその話に触れなかったんだ、問題の当事者を目の前にして」
帰社後、ユウヤはコノハと黄島に講読館でのやりとりの話をした。
それを聞いたコノハは笑いながらそう言ったのだった。
「別にオレが問題起こした訳じゃないし」
ユウヤとしては首を突っ込んだだけであり、潜在的な問題を見つけたから、報告を上げただけにすぎない。
たまたまタイミングが良かったのと、あからさまに相手が怪しかっただけだ。
「まあ、それで丸く収まってるなら良いじゃない」
右手に持ったキープを左手の甲で叩きながら黄島も笑う。
その表紙は『フィッシャーキング』、タイトルの横には「アニメ化決定」と大々的に書かれている。
「いや〜、いよいよ向こうは火のついた薪を背負って走るわけよ〜」
どこか意地悪そうに口を歪め、クックックッと忍び笑いをする。
「なんか、楽しそうですね……」
ユウヤは思わず眉をひそめる。
それを見て黄島はさらに悪巧みを考えているような顔つきになった。
「まだ仕様も固まってないゲームのリリース時期が、ある程度決まっちゃったからね〜」
「その為に増員したんですよね?」
それまで笑っていた黄島は急に真顔になるとユウヤを見つめる。
「な、なんすか?」
思わず身を引くユウヤに対してさらに顔を突き出してまくし立てる。
「増員なんてもんじゃないわよ、内勤は10人採用したし、モデル制作は3社、他にも背景制作も都度依頼ってことで数社に発注するそうよ」
それを聞いて、引きつった笑顔のユウヤを見て黄島は満足したのか「そんなに人、使ってみたいわ〜」と言いながらデスクへ戻ろうとする。
「ところで」
そんな黄島をユウヤは呼び止めた。
「それって、多いんですか?」
素朴なユウヤの疑問に黄島は盛大にズッコケた。
「……あんたねぇ」
椅子から転げ落ち、すぐには話せそうにない黄島に代わり話を続けたのはコノハだった。
とは言うものの、コノハも眉間に指を当てて困った顔をしてるのは変わりない。
「IT事業部の視点から見ても多いとは思うんだ、だけど定常を知らないからどれだけ大事か把握できないんだ」
真面目な顔でそう返すユウヤに、コノハは思わず手を打った。
その動作はまるで“ポン”と効果音が流れそうだなとユウヤは思ったが、ややこしくなりそうなので黙っておく。
「そうね……」
打って変わって真面目な顔で思案するコノハ。
少しずつまばたきの回数が増えている。
高速で思考しているのだろう。
「すっっごく単純に言えば、月あたりの人件費を倍は増やした事になるわ。」
その答えにユウヤは「だよなぁ」と相槌を打つ。
「でもね新たに採用した面々、各派遣会社が用意できる最高ランクの人たちよ。」
「「へっ!??」」
その言葉にユウヤはもちろん、ウンウンとうなずいていた黄島も驚きの声をあげ、互いに顔を見合わせる。
「いや、あんたも知らないんかーい!」
思わず黄島にツッコミを入れるコノハ。
「いや〜、なんかスゴい人ぽいなあとは思っていたんだよね〜」
笑いながら話す黄島。
あきらかに笑ってごまかそうとしている。
「はぁ、まあいいか」
ため息をついたコノハは気持ちを入れなおし説明を再開する。
世間の流れに漏れず、ゲーム業界も派遣社員として働く者も多い。
彼らはプロジェクト単位で契約を交わし、その制作運営に携わっていく。
当然、雇用からは都度厳しく評価されるのだが、中には大企業の指名や、超ビッグタイトルでのみ紹介される人材もいる。
当然、彼らを雇用する月単価は、他の派遣社員と違いかなりの高額となる。
だが、それに見合う業績を保証される。
そんな人物たちが次々と採用されているのだ。
「まあ、これがお兄ちゃんをリーダーに引き入れた理由よね」
感慨深そうにコノハが言う。
それを聞いたユウヤは不思議そうな顔をした。
「単純な話よ……」
コノハは座った姿勢のまま手足を伸ばしながら言う。
「『高名なゲームクリエイター赤根レイトの指揮の元でゲーム開発ができる』って言えばみんなヨダレ垂らして寄ってくるわよ」
微妙に辛辣な言い回しでコノハは語る。
「ついでに会社の実績にしたい派遣会社もね。」
「まぁ、個人にしろ、会社にしろ、外部に示せる実績は重要だよな」
コノハの言葉にユウヤはうなずく。
彼自身、1年前に海外からワグテイルが輸入、ローカライズを行なったソフトウェアの営業をしたことがあるが、その際に国内初輸入である説明に対し国内導入実績を聞かれて辟易したものだった。
「それは分かるんだけど……」
コノハは理解しているのだが、納得はしていない様子だった。
レイトが他人の実績のダシに使われているような気がしているのだろう。
「世の中、持ちつ持たれつよ。レイトさんも1人ではゲーム開発なんて……、いや、あの人はやりかねないか……」
黄島がコノハをなだめようとするが途中でやめる。
レイトの実力を知っていれば、知っているほど、彼の化物じみた才能を思い知らされる。
大体をもって本人からして「演技以外は人並み以上にできる」と言っているほどだ。
「でもさ、コノハだって企画で賞を取っているんだろ?」
微妙な空気を変えようとユウヤがフォローを入れる。
しかし、そんなユウヤをコノハは分かってないなと言う顔で見る。
「あんなの組合が青田買いのためにやってる学生向けのコンクールよ、大体毎年やってるからわたしの後の受賞者だっているし」
やれやれと首を振るコノハ。
しかしコノハの言うことは間違っていないが、正確ではない。
コノハは高校在学中、3年連続で大賞を受賞しているのだ。
これは後にも、先にも例のない快挙であり、彼女が期待の新星と呼ばれる理由なのだ。
ただレイトという存在がコノハにこの快挙を取るに足らないと思わせているのだった。
(こいつは藪蛇だったね〜)
黄島は一連の流れからどうフォローするべきか考えていた。
いつものようにユウヤをからかって有耶無耶にするのも芸が無い。
かと言ってなにか新しいネタがおいそれとある訳でもなかった。
「まあ、今はレイトさん達の活躍を利用させてもらう感じでいいか」
不意にユウヤがつぶやく。
それをコノハ達は「なんで?」と言う顔で見る。
「どうひっくり返したってオレ達は向こうより後のリリースだ、なら一課にはしっかり稼いでもらって、オレ達はその間に十分に準備すればいい」
そう言うと普段ならコノハがやるような意地の悪い笑顔を見せる。
「要はオレ達が金を稼げない期間、向こうにはしっかりと稼ぎをしてもらうんだ」
「……ユウヤってたまにものすごく邪悪だよね」
自信たっぷりなユウヤに、コノハは少し引き気味に返す。
「何ていうか、すごくヒモ男的な発想……」
黄島も同じく、いや、椅子を引いてリアルに距離を取る。
「いやもっと、言い方というか……」
思わずユウヤが言う。
いくらなんでもヒモ扱いはヒドイな、辛辣なことを言っている自覚はあるが……。
「でもまぁ、言い方はアレだけど、当面は開発に向けてメンバー選抜が必要よね?」
「そ、そうそう、まだ主要スタッフも揃えられていないからね!」
さすがにこれ以上、空気が悪くなるのは得策じゃないと黄島は話題をそらす。
コノハもさすがに、落とし所を探していたらしくその話に乗ってくる。
「……主要スタッフって後どれだけ必要なんだ?」
2人の話題替えの早さに驚きつつも、ユウヤも話題に乗った。
彼自身、もっとチーム編成について知らないと、今後のプロジェクト運用に支障が起きるのではないかと考えていたからだった。
ユウヤの言葉を聞いたコノハは広げた両手を見つめつつ話を始めた。
「そうね、運営計画周りは一旦、黒瀬さんに仕切ってもらうとして……」
右手親指を折り曲げる。
「キャラクターや機能の仕様作成周りはわたしがやって、インゲームは黄島ちゃん」
右手人差し指、中指を折る。
「マネージメントはユウヤかな」
少し自信なさそうに言いながら薬指を折る。
「オレはマネージメントかよ!」
「主な分担よ、君の担当がリードプランナーなのは変わらないんだから」
てっきりコノハのアシスタントだと思っていたのでユウヤは驚き思わずツッコんだが、言外に「それ以外にも仕事があるぞ」と睨んでくるコノハに気圧されてしまった。
そんなユウヤを気にした風もなくコノハは話を続ける。
「後は、アウトゲームのプランナーとシナリオ、バトル担当のスクリプター、サーバーサイドとクライアントのプログラマーに……」
頭の中で確認しながらコノハは必要な人員を考えている。
そこに黄島が確認をする。
「広報は?」
「PRは五嶋さん経由で広報課に聞かないといけないから後で」
コノハの回答に「ふーん」と特に気にした感じはなさそうに相槌を打った。
「残りはデバッガーとメインのイラストレーターとシナリオライターかな……」
他に足りないものはないかを考えながら答えるカナタ。
「メインビジュアルの件もあるからな」
イラストレーターと言う回答を聞いたユウヤは先日のやり取りを思い出した。
「そう言えばメインビジュアルをこの前から考えていたようだけど、担当について誰かあてがあるのか?」
コンペ前からコノハはメインビジュアルの件を度々口にしていた。
だが最近はその回数も減ってきていたので、何か思いつくことでもあったのかとユウヤは質問したのだった。
「あてって程じゃないけど、お願い……ううん、相談したい人はいるのよね」
その言葉を聞いたユウヤは「おっ!」と小さく驚きの声をあげた。
「目当ての人がいるなら、いるなら早速相談の日程を組むぞ?」
「ん、日程を組む必要はないわよ」
ユウヤはそう言うと業務用スマホを取り出した。
それを見たコノハはやんわりと断りをいれた。
「なんで!?」
思わずユウヤは驚きの声をあげるコノハの方を改めて見る。
「だって、相談したい人はもうすぐ|ワグテイルプロジェクト《ここ》に来るんだから!」
そう言って胸をはるコノハにユウヤは静かに言った。
「で、相手には相談の許諾を得たのか?」
その言葉を敢えて聞かないフリをしたコノハだったが、一筋の冷や汗が、頬を伝っていた。




