第27話 兄妹の対決
その日は朝から晴れていた。
「おはよう、コノハ」
いつものように先へオフィスに入っていたユウヤは、出勤してきたコノハに挨拶を交わす。
「ん、オハヨ」
コノハもいつものように、会社近くのコーヒーショップで購入したカフェオレのカップを軽く上げて挨拶を返す。
思えば以前と比べて随分と仲良くなったものだと、ユウヤはしみじみと感じていた。
元々同期としては比較的仲が良かったとは言え、部署も年齢も異なる二人がここまで一緒に行動することになるなど想像もできなかった。
「なんかジジ臭い事考えてない?」
唐突にコノハが声をかけてくる。
「な、なんだよ、ジジ臭いって?」
思わずユウヤも問い返す。
「いや、なんか縁側に座って、過去を振り返っているお爺ちゃんみたいな顔していたから」
「……どういう顔だよ」
コノハの感想に思わず真面目なツッコミを入れていた。
それが可笑しかったのかコノハはケラケラと笑っていたが、答えを教えてくれなかった。
大した意味もないことなのでそのままスルーしようとした時、ユウヤは違和感に気がつき改めてコノハを見る。
Tシャツにキュロットスカート、黒いタイツにスニーカー、そしてトレードマークの赤いジャケット。
どう見ても中高生にしか見えない、いつもの服装。
どこに違和感があるのだろうか……。
いや、そのことに違和感があった。
「コノハ……、もしかして普段着でプレゼンやるのか?」
ため息混じりにユウヤは尋ねる。
普段は服装なんて気にする必要もないが、仮にも経営層が参加する場でのプレゼンだ。
社内とはいえそれなりに身なりを気にしたほうがいいはずだ。
そんな心配が顔にでていたのか、カップに口をつけたまま振り向いたコノハは、「大丈夫」と答えた。
「さすがにこの格好でプレゼンなんてやらないよ、お兄ちゃんくらいにモデル体型とかなら別だけど」
そのコノハの言葉に先日の講読館のことを思い出す。
あの時、レイトはシャツにスラックスと言ったラフな姿だったが、誰も見咎めることがなかった。
「レイトさんは確かに特殊だな……」
今更ながらにそのことに気がついたユウヤはつぶやいた。
「ともかく一張羅は更衣室に置いてあるから、昼休みにでも着替えてくるよ」
そう言うとコノハは自分のPCを開き、今日のプレゼン原稿の確認を始めた。
その姿を見ながら、ユウヤもプレゼンの準備を始める。
まずは管理部へ連絡し、プレゼン資料を参加人数分印刷することからだ。
社内向けとはいえ、プレゼンの準備はそれなりに時間がかかる。
結局、午前中はその準備に追われていた。
最後の仕上げとしてユウヤは、午後一に大会議室にてモニターの調整をしていた。
資料を投影した時の表示具合を見ながら調整している時、会議室のドアが開く音がした。
まだプレゼンの時間には早いなと思いつつそちらを見ると、細身のパンツスタイルのスーツを身に着けた女性が部屋に入ってくるのが見えた。
自分が作業するだけなので、最奥以外の明かりを落としていたこともあり、相手の顔はよく見えない。
「すみません。今日これからゲーム開発事業部のプレゼンが有るんで会議室は使用できませんよ」
ユウヤは女性に声をかけた。
するとその女性が駆け寄ってくる。
ちゃんと聞こえなかったのだろうかと思い、もう一度声をかけようとした時、相手が先に声をかけてきた。
「知ってるわよ、わたしが登壇するのに何言ってんの」
どこか呆れたかのような口調。
なじみのある声色。
それらを考えると該当人物は1人しかいないのだが、それが目の前の女性と一致しない。
「なに、ジロジロ見てるのよ。……もしかして似合ってない?」
そこまで言われてユウヤは認めざるをえなかった。
目の前にいるのがコノハであることを。
「いや……、そんなことはないけど……」
しどろもどろになりながら答えるユウヤだったが、コノハはそれを聞いて笑いかけた。
その笑顔は機嫌がいい時の彼女の笑顔であった。
「でもまだ時間前だけど、どうしたんだ」
事態を呑み込めたユウヤはコノハに尋ねる。
「ま、ちゃんと最後の練習しておこうと思ってね」
そう言いながらコノハ壇上へと移動する。
壇上で左右を見渡し、見え方を確認している様子だった。
「後ろの大型モニターって、オンライン会議システムと連動してるの?」
「ああ、正確にはオンライン会議の画面をモニターに映す」
コノハはユウヤに確認する。
役職付きのほとんどが出社しているとは言え、外出や地方の支社に在籍しているなどにより直接参加できない者もいるため、オンライン会議システムによる中継も行われる。
そしてコノハたちのプレゼンの時はユウヤが資料を画面に映すことなっている。
その確認をした後、ゆっくりとコノハは話し出す。
今日のプレゼンで話すべきことはユウヤと2人でここ数日、何度も練習を重ねてきた。
完成度の高いプレゼンをするためではない。
プレゼンの結果、よりよい企画を進めるためである。
その為に、今日まで準備を重ねてきたのだ。
自分たちが試されるのは1時間後、その時に勝利を勝ち取るため最後の準備に取り掛かった。
そして決戦の時はきた。
会議室へ各部署の部課長クラス以上の人が次々と集まりはじめ、事前発行されたオンライン会議のURLからオンライン会議に参集する人々も増え始めた。
浅川や一色、五嶋も既に会議室へと入り待機している中、レイトが会議室へと入ってきた。
その姿はいつもどおりの白いシャツにスラックス。
ある意味ブレのないその姿に一色はこっそりと頭を抱えていたが、レイトは気にする様子はなかった。
そんなレイトはコノハたちを見つけると足早に近づいていった。
「やあ、コノハ、それに蒼馬君」
重要なプレゼンの前だと言うのにリラックスした状態で2人に声をかけてきた。
「お兄ちゃん、やっときたんだ」
しかしコノハもまた普段と変わらない様子で返す。
この兄妹はこの手のプレッシャーにはめっぽう強いらしい。
そんな事を思いつつユウヤはレイトに右手を差し出す。
「レイトさん、本日はよろしくお願いします」
その言葉にレイトは満面の笑顔で答え、ユウヤの手を握り返した。
所定の参加者が揃ったところで、壇上に浅川が登壇する。
「お集まりの皆様、本日はお忙しい中、ゲーム開発事業部の社内コンペにご参加いただき誠にありがとうございます」
常套句である、参加者への挨拶から始まった話は、コンペの流れの説明へとなり、最後に裁定方法の案内へと移る。
浅川自身、話が長いことを嫌う性格なためこれらの儀式は早めに終わった。
そして、いよいよ双方の企画のプレゼンとなる。
順番は事前に通知されており、レイトが始めとなっていた。
そのためレイトは1人、壇上へと上がっていく。
その姿を見ながらユウヤはいつものようにメモ帳とペンを握っていた。
「いくらなんでも、こんな時ぐらい自分の番に集中したら?」
横に座るコノハが少し呆れたように話しかける。
「こんな時、だからさ。レイトさんのプレゼン力は業界外でも有名だからな」
なかば興奮しながら答えるユウヤに、コノハは「ハイハイ」とぞんざいな言葉を投げた。
1人冷めた態度のコノハをよそに、レイトが壇上のマイクを手に取ると話し始めた。
「まずは、大人気マンガである『フィッシャーキング』のゲーム化を許諾していただいた版元、講読館の方々に御礼を申し上げます」
そんな挨拶からレイトのプレゼンは始まった。
「我々が今回の企画を進めるにあたって重要視することは、フィッシャーキングと言うビッグタイトルにあぐらをかくことではないのです!
もしこの中で勢いある他社の知的財産に相乗りして稼ごうと思われる方には申し訳ないが、私は微塵にそのような事を考えておりません!」
会場がどよめく。
ある種の挑発から始まったのだから当然と言えよう。
「その上で我々は何を目指すのか?
それは版元と共に『フィッシャーキング』と言う素晴らしいコンテンツを、世界に名だたる名作へと押し上げることです」
再び会場からどよめきが上がる。
しかし、壇上のレイトにはその声は届いていなかった。
「今まで多くのゲームが他社IPを借りてきました
それに対して運営者は金銭以外の形で恩を返してきたでしょうか?
我々ゲーム業界は他のコンテンツと共存の道を歩むべきなのです!」
やや扇動的な言葉が踊るが、レイトの言葉には一定以上の説得力があった。
なにより彼自身に他者を引き付ける魅力があり、それを弁舌が引き立たせている。
当然、企画内容もレイトは良いものを用意しているが、例えそれがなくても企画がとおりそうな雰囲気がそこにはあった。
「すごいなレイトさん」
メモを取るのを忘れ、聞き惚れたユウヤがつぶやく。
その声を聞いたコノハは素早くユウヤの足を人差し指で押した。
「なんだよ?」
ふと我に返ったユウヤが小声でコノハに聞く。
「気をつけてよ、お兄ちゃんは天性の人たらしでもあるんだから、プレゼンが終わったら骨抜きになっていた、なんてなっても知らないわよ」
少しむくれたような表情でコノハは答えた。
コノハ自身、兄であるレイトが好きであり尊敬もしている。
だが、本人が意図せず他者を傷つけてしまうところが気に入らなかった。
数年前のレイトと小豆の婚約が破談になった原因もそこにあるのだから、コノハとしてはなおさらである。
知り合った頃から姉のように慕っており、この人なら兄を任せられると思っていた小豆のことさえレイトは傷つけてしまったのだから……。
その複雑な思いを抱えたまま兄のプレゼンを聞いていた。
もっとも彼の語るプランには色々と気が付かされるところが多かった。
最近の流行りに合わせてバトルでキャラクターを激しく動かすところは同じだが、コノハはそれを3Dモデルを利用することを考えていた。
それに対してレイトは2Dモデルのモーフィングで再現するとした。
前者はモデルの作成に時間と費用がかかる分、モデルが出来てしまえば様々な動作を再現できるのに対し、後者は全体的なコストは低いが動きは決め打ちになってしまう。
その動きの問題に対して、レイトは数年分の実装計画を事前に用意し、それに基づいてモデルを制作するという長期的な運用でカバーするものだった。
その分、冗長性が低いとも言えるがそこまで極端な動きの変更は考えにくかった。
そして最後に、レイトは再び爆弾発言を繰り出した。
「最後になりますが、本ゲームのサービス期間は最長4年と考えております。
当然原作はそれよりも長く続くと思いますが、4年も続くとシステムのメンテなどの手間、後発のゲームからの押し上げ、そして何より世情の変化に対応できるかが問題として上がってくると思います
それらの見直しなどを含めて4年後には新しいシステムで臨むことを提案して本プレゼンを終わらせていただきます」
そう言うとレイトは一礼する。
呆気にとられたのか誰も反応しない。
だが、1人会場で拍手する者が現れた。
それに続くように人々は両手を叩き、万雷の拍手となった。
その拍手の嵐を気にもとめないようにレイトは演壇を降りていった。
その際、コノハとユウヤの方へ小さくウィンクをする。
いつもの笑顔だが、その目は笑っていない。
その状態でのウィンクにユウヤは悪寒のようなものを感じていた。
「さて行きますか、準備はいい?」
イヤな空気を振り払うかのように、コノハは元気よく立ち上がった。
その彼女のジャケットの襟には、ユウヤが贈ったバッジが煌めいている。
そして、それに合わせるように立ち上がったユウヤは、先ほどの悪寒がきえていることに気がついた。
人望がありながらどこか孤高の匂いを漂わせるレイト。
一方で、傍若無人に振る舞うようでありながら、今は仲間と共にあるコノハ。
似た者同士であるが、真反対とも言える。
少なくともユウヤは、コノハとのコンビのほうがやりやすいと感じていた。
そんなコノハが演壇に登っていくのを見ながら、ユウヤはオペレーターエリアへと移動する。
手早くモニターへとつながるケーブルをPCに接続し、資料をモニターへと投影する。
そして準備が終わった合図をコノハへ送った。
コノハはユウヤの合図を確認すると小さくうなずく。
そして深呼吸をするとマイクへと語りかけた。
「お集まりの皆様、兄のプレゼンはいかがだったでしょうか?
私はすっかり聞き入っていました」
コノハは笑顔を振りまきつつ、普段よりは低いトーンで話し始めた。
そもそもレイトに純粋な話術で勝てるわけもない。
だから、コノハはユーモアを交えた会話でプレゼンを進めることにしたのだ。
「改めまして、企画二課の新規企画についてのプレゼンを始めさせて頂きます
まずは本企画のテーマですが、私は『独自IP創出による自社ブランドの世界的展開』を掲げさせて頂きます」
その一言はレイトの時ほどではないが参加者からどよめきがおきた。
かつてはワグテイルプロジェクトとして独自のタイトルを出していた時期もあったのだが、どれもうまくいかずに『知る人ぞ知る』止まりの作品を乱発していた。
その結果、アプリゲームへと打って出ることを決めた際に外しが少ない他社IPのゲーム化を主軸に定めていたのだが、それを否定する。
今日のプレゼンは双方ともに既存体制の脱却を目指している物であった。
それを聞いてどよめく声は、ユウヤのもとにも響いていた。
ユウヤにとってこれも計算のうちだった。
現在ワグテイルは、既存の方法での経営に行き詰まっている。
人員整理の話など正にその結果である。
だがそれにより希望は潰えたかと言うと、必ずしもそうではないとユウヤは思っている。
少なくとも人員整理としてリストラを選ばず配置転換を進めていること。
レイトやコノハのような、既存の枠組みから外れる人間に現場指揮を取らせること。
それらにより、少なくとも経営層も社内に新しい風を起こそうと考えているのが分かるからだ。
だからこそ、ここで負けるわけには行かない。
少なくとも全力で戦う姿勢を示す必要があるのだ。
それはコノハも同じ気持ちだろう。
だから今は全力で彼女を支える。
その思いでユウヤはPCを操作していた。
「以上で私のプレゼンは終了とさせて頂きます
ご清聴ありがとうございました」
そう告げたコノハは深々と頭を下げた。
レイトがプレゼンのスタイルから全て破天荒だったのに対し、あくまでコノハ(とユウヤ)のプレゼンは形式だけは既存のやり方に則ったものだった。
実際に企画の内容は他社コンテンツ原作か、自社オリジナルかの差はあれどその内側については大きな差はない。
そのため、コンテンツの魅力とプレゼンの仕方こそが今回の勝敗を分けるとユウヤは思っていた。
「あ~、もう疲れたぁ……」
席へ戻ってくるなりぐでっと座り込むコノハだったが、その前に影がさす。
ユウヤが来たのかと思いそちらを見るコノハ。
しかし、そこに立っていたのはレイトだった。
「お、お兄ちゃん!?」
「!?あ、お疲れだったね」
飛び跳ねるように立ったコノハに驚いたような顔をしたレイトだが、すぐにいつもの笑顔が戻る。
「お兄ちゃんが相手だとやっぱり緊張するよ」
ニヘラと崩れた笑い顔を見せながら言うコノハをレイトは優しく撫でる。
先日は嫌がったコノハだったが、今は主人に撫でられる飼い猫のように目を細めて心地よさそうにしている。
「今日のプレゼン、コノハとしては何点だった?」
「ん?お兄ちゃんの?」
「いや、自分の」
そう言われてコノハは考える。
「そうだね~、60点ってところかな、まあ初めての大舞台でって考えればこんなものじゃないかな」
その言葉にレイトは腕を止め考え始める。
「どうしたのお兄ちゃん?」
その声にレイトは我に返った。
「ああ、ごめん。コノハが僕が思うより考えていたんだなと、思うと少し驚いてね」
「それはわたしを甘く見すぎよ~」
そう言って小さく胸を張るコノハにクスリとレイトは笑った。
「コノハー、ってレイトさんも一緒でしたか」
「蒼馬君もお疲れ様」
そんな兄妹の会話が終わったタイミングでユウヤはコノハのもとへと戻ってきた。
それに気がついたレイトもユウヤへ返事をする。
「やっぱりレイトさんのプレゼンすごかったですよ」
「僕もコノハがちゃんと理路整然に説明できて驚いたよ、蒼馬君が相当練習させたんだろうね」
少し興奮したように話すユウヤにレイトも笑顔で答える。
その横でコノハが少しむくれていたがそれは小さな問題だった。
「とりあえず僕はオフィスへ戻るよ、結果は後ほど通達するってことらしいから」
そう言うと歩き出したレイトに「お疲れ様でした」とユウヤは声をかけた。
そしてその時、ユウヤは小さな声を聞き驚きの顔でレイトの後ろ姿を見た。
彼は間違いなく言ったのだ。
「今回は完全に僕の勝ちだ」




