第24話 選択と矜持
高層ビル群が次々と流れていく。
ユウヤたちを乗せたタクシーは一路、目的地に向かい突き進んでいた。
メンバーの中で一番の若手ということもあり、ユウヤは助手席に座っている。
ビルや人の流れを見ていたユウヤは、ふと後部座席に声をかける。
「あの〜、やっぱり先輩がこっちに座った方が良かったんじゃ?」
「今更、そんなこと言ったって始まらないだろう」
やや苦しそうな倉科の声が返ってくる。
比較的大きなタクシーを選んだのだが、現役ラグビー選手と言っても通じるくらい大柄な倉科が座るとやはり手狭に見える。
「と、取り敢えず早く着いて欲しいもんだ」
倉科の右側に座っている一色も苦しそうにぼやく。
そんな中で、1人だけその狭さを気にしなさそうに座っている者がいた。
倉科の左側で、車内の状況に興味なさそうに足を組みながら座っている。
「あのレイトさん。狭かったら言ってくださいね」
遠慮がちにユウヤが尋ねると、レイトは状況に今気がついたかのような顔をする。
「ん?……確かに狭いね」
それだけ言うとまた外の景色に目をやる。
どこか超然としたその態度は、何故か彼の妹であるコノハを思い出させた。
そんなゲーム開発事業部とIT事業部の混成チームを乗せてタクシーは街中を走っていく。
そんな中で、ユウヤは自ら提案した事を頭の中で反芻し(前のような失敗はしない)と静かに心の中で決意を固めていた。
***
「不当廉売だ……」
ユウヤはつぶやくように言ったのだが、周囲にいる人間にはハッキリと聞こえた。
「そんなわけないだろ!」
倉科が思わず怒鳴る。
彼からしたら唐突にそのような事を言われても、言いがかり以外何者でもなかったのだから当然だ。
「いや、先輩がダンピングを仕掛けたって話ではないです」
激しい剣幕に押され気味ではあったが、ユウヤは努めて冷静に答えた。
「問題は相手にダンピングをしていると疑われているところなんです」
火の無いところに煙は立たないとは言われるが、これは何も対象者がそういう行動をとっている場合だけではない。
傍から見て『そう疑われた』場合も含まれるのだ。
特に講読館は大規模情報漏えい事件を起こしてから間もない。
出入りのある者なら、たとえ取引先であっても疑いの目を持つのはセキュリティを預かる者としては至極当然のことだ。
ただ、疑われた方はたまったものではないのだが。
「とりあえず今こちらから行動を起こすと余計に疑われかねないですから、先方から正式な連絡を待ちましょう」
その言葉に一色がうなずく。
それを了承と受け取ったユウヤは話を続ける。
「その上で連絡有り次第、すぐに講読館へ向かいましょう。メンバーはそうですね……」
そう言うと周囲を見回す。
「ゲーム開発事業部側は浅川さんか一色さんが必ず参加、IT事業部は先輩とオレ、そんなところですか」
「なら僕も参加しよう」
確認のためユウヤは一色と倉科に目を向けた時、突然声がかかる。
聞き慣れないその声に振り返ると、1人の男性が立っていた。
細身で長身の身体にフィットしたスラックスとシャツを身に着けただけのカジュアルな姿だが、妙にさまになっている。
年齢はユウヤと変わらないように見えるが、年上にも見えた。
そして何より自分が知っている人とよく似た雰囲気。
「赤根……レイト……」
倉科がつぶやく声は驚きに満ちていた。
「やあ」
極めて自然にレイトは面々に挨拶をする。
「話は聞いていたよ、ここは僕も同行したほうがよさそうだね」
切れ長な目をわずかに細め微笑みながら話しかけてきた。
「しかし部長補佐の君が行くくらいなら浅川部長が出向くほうが、先方の心証は良くないか?」
倉科やユウヤが返答しない中、一色がレイトに疑問をぶつける。
それに対してレイトは意味ありげに答えた。
「部長補佐として訪問するならそうですね」
「でも、『ゲームデザイナーの赤根レイト』が訪問するとしたらどうでしょう?」
自信を持って告げるレイトに、一色はさらに訝しむ。
「しかし、その呼び方は君が一番嫌がっていなかったか?」
「ええ、今でも嫌悪すら覚えます」
レイトは笑顔はそのままだったが、それまでと違う圧を発していた。
「でも今は僕の心証は関係ない事態ですよ、使えるモノは何でも使ったほうがいいですし」
静かにそう言い放ったレイトに誰も答えることができない。
金縛りのような状態になるほど彼の放つ圧が強いのだ。
「……本当に相変わらず、人の心とか分からないのね」
突然、レイトに言葉が飛ぶ。
「ああ、カナエか久しぶりだね」
レイトもまた相手の方を向き返事をする。
それと同時に、周囲の人々は身体を拘束する圧力から解放されたような気がした。
そして、一同揃ってレイトの視線の先を見る。
そこには小豆が立っていた。
その顔は心なしか怒っているように見える。
普段、誰にでも優しい笑顔で対応している彼女としては珍しい表情だった。
「なんで素直に言うことができないのかしら」
小さくため息をつきながら、そうつぶやく小豆。
それを見てレイトが少しだけ辛そうに視線を外したことに気がついたのはコノハだった。
しかし、そのコノハは声がかけられなかった。
周りの人達とは別の緊張感を感じていたから。
「ともかく、他人事のようなフリは止めてね」
小豆はそれだけ言うと、その場から去っていった。
そんな小豆の背中を見送りながらレイトは珍しく困った顔をした。
「やれやれ、僕なりに困っているんだけど伝わらないかなぁ……」
頭をかきながら小さくぼやいたレイトの言葉は誰にも聞かれてはいなかった。
そんな中、「今はやるべきことがあるのですが」とユウヤがすまなそうに声をあげた。
「ああ、ごめんごめん」
ユウヤの声に反応して皆が我に返る中、レイトはユウヤに笑顔で謝罪する。
普通は笑顔で謝罪しても真面目に謝っていないのではないかと思われるものだが、レイトのその笑顔はなぜか許してしまいそうだった。
そんなレイトはユウヤの前へと歩いて来た。
ユウヤがそこまで身長が高くないこともあるが、遠目で見た時よりレイトは身長が高く、ユウヤは少し見上げる形となった。
「君が蒼馬君かぁ、僕は赤根レイト。妹が世話になっているね」
そう言って右手を差し出してくる。
ユウヤが慌ててその手を握る。
「コンペでは競い合う間柄だけど、今は心強いよ」
そう言って改めて微笑むレイトは輝いて見えた。
「こちらこそよろしくお願いいたします。とりあえずオレに考えがありますので、手分けして準備しましょう」
ユウヤはそう言うのが精一杯だったが、倉科たちはそれに従ってくれた。
***
講読館側から説明要求の連絡が来るとすぐに倉科は同社へアポを取り、直近で時間の都合があった当日の夕方に訪問することになった。
講読館は慌ただしい事になったであろうが、ワグテイルは準備万端であり、その対応に一切の迷いは無かった。
講読館の本社が見えてくる。
ワグテイルから車で10分ほどの距離であるため、すぐに到着した感じであった。
それぞれドアから下車していく中、ユウヤは精算を済ませ、領収書を受け取る。
「皆さん、心の準備はいいですか?」
領収書をしまいながらユウヤは皆に声をかける。
それに対して全員が無言でうなずいた。
相手はワグテイルに比べてはるかに大きな大企業である。
そのことを考え、一同は緊張した面持ちでビルを見上げていた。
「ここで固まっていても始まらないし、入ろうか」
レイトはそう言うと一人で、講読館本社ビルへと進み始め、ユウヤたちはそれを見て慌てて追いかけていった。




