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ワグテイルプロジェクト ~俺達のゲーム開発は前途多難(仮)~  作者: サイノメ
第4章 大乱闘!!企画コンペティション

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第22話 兄の思惑

 本社ビルからそれほど遠くない場所にそのバーは有った。

 黒瀬にとっては馴染みのバーであるが、同席したレイトにとっては数年ぶりの訪問である。


 黒瀬はレイトの1歳下だが、ゲーム業界歴で言えば黒瀬のほうが長い。

 元々レイトは資材調達部に所属していたが、本人の希望によりゲーム開発事業部ワグテイルプロジェクトへと移籍してきたのだった。

 資材調達と言えば海外を渡り歩く社内でも花形と呼ばれる部署であり、そこからわざわざ社内評価が低いゲーム開発へとやってきた彼は変わり者扱いされていた。

 そんな中、余計なことを考えずに接してきたのが黒瀬であり、以来二人は友人として付き合いをしていた。


「久しぶりに戻ってきたけど、ここは変わらず安心したよ」


 レイトはバーテンダーが静かに置いたグラスを持ち上げるとしみじみとつぶやいた。

 今は他に客もおらず静かな店内を見回す。

 暗めの照明の中、店の壁沿いにいくつかの簡易的な仕切りをした個室が見える。

 それらに設えられたテーブル、そしてレイトたちが座るスツールの前にあるカウンターの天板、いずれも木材を使った物であった。


「昔を懐かしむ老人みたいなこと言わないで下さいよ。3ヶ月前に帰省した時も来てるじゃないですか」


 少し呆れたように返す黒瀬。

 穏やかな雰囲気のレイトだが、妙に老成しているような話し方をするので、黒瀬はよくそのことにツッコミを入れていた。

 それはレイトがゲームデザイナーとして有名になった現在も変わらない。

 恐らく家族以外でレイトに対しての態度が昔から変わっていないのは黒瀬、黄島、五嶋くらいだろう。


「まあいいじゃないか減るものでもないし」


 そう笑いながらレイトはグラスを掲げる。

 それに合わせて黒瀬もグラスを持ち上げた。


 キン


 厚めのガラス同士がぶつかる音が静かに響く。

 その余韻に浸りながら二人はグラスの中の液体を軽く飲んだ。

 熱を伴ったような苦みと芳醇な香りが口から鼻へと抜けていくようだった。

 しばらく2人はその感覚を楽しんでいたが、ふと思い出したように黒瀬が聞く。


「そう言えばレイトさんは戻ってから実家へ顔出したんですか?」


 それに対しレイトはまだ含んだウィスキーの味を楽しんでいるらしく、すぐには答えなかった。


「まだ実家いえには顔出してないよ」


 それでも次の話題をふらない黒瀬に対し、レイトはようやく答えを返す。

 笑みは絶やさないままだったが、その瞳がわずかに寂しそうに感じたのはアルコールのせいだろうか。


「やっぱり妹さんのことですか」

「そうだね」


 静かにそう言うとグラスへ視線を落とした。


コノハ(あの子)は手段を選ばないところがあるからね、いざとなれば僕の部屋に盗聴器つけるくらいはやりかねないよ」

「げっ!?」


 笑い話のように話すレイトだが、黒瀬は呻きながら身を後ろへ引いた。


「もちろん冗談だよ」


 そんな黒瀬を楽しそうに見ながら返す。


「シャレになってないですよ……」


 そう言いながらスツールへ座り直す黒瀬。

 あのまま座り続けていたら、話に驚きすぎて転落しそうだったからだ。


「でも……」


 ふとレイトが遠くを見るように正面を向いた。


「コノハが耳聡いのは事実だよ。いつもどこからかウワサを聞きつけてよく事実確認させられたものだよ」


 そう言われると黒瀬も思い当たることがいくつかあった。

 業界情報なら雑誌などで見たということで片付けられるのだが、部署内の話となると別だ。

 コノハはよく部署外秘の情報の真偽を確認しに来たりする。

 黒瀬自身は役職付きではないが入社7年目。

 ゲーム開発事業部(部署)内では、そこそこにベテランと目されており、担当プロジェクト以外の相談もよく受けている。

 その関係から答えられる事もあったが、中には黒瀬自身も初耳の内容もあり、思わず一緒に事実確認したこともあった。

 そんな事もあり、黒瀬は比較的コノハと付き合いがある方だ。

 コノハとしても兄の友人であり、友達の様な付き合いの黄島が慕う黒瀬は頼りがいのある相手だった。


「まあ、確かにコノハさんの情報収集能力には驚かされますね」


 そう黒瀬は同意を示した。


「多分だけど、コノハは集中してる時でも耳では色々な情報を集めているんだと思うよ」


 静かにそう言うと「だから、今は実家に帰れないんだ」と付け加える。


「なら普段の寝泊まりは?」


 思わず黒瀬は聞く。

 見た感じ服装は同じ物を着たきりというわけではなさそうだが、もし泊まるところが無いのであればと思う。


「ああ、そこは大丈夫。まだ部屋は借りたままだから」


 そう言うレイトはどこか寂しさを感じさせる。


「でも小豆さんとはもう……」


 思わず口にしてしまい、しまったと言う顔になる。

 以前、レイトは秘書課の小豆カナエと同棲していた時期があった。

 同世代の優秀な社員同士として周囲も祝福していたのだが、結婚間近というある日、2人は別れてしまった。

 原因については双方一切話さず、仕事は普段どおりにこなしていた。

 いや、以前にも増して積極的に働いており、ちょうど広島への出向の話も出た時期であったため、レイトはそそくさと広島へと旅立ってしまった。

 以来、たまに戻ってきた際にこうやって2人、もしくは黄島も加えて3人で飲んでいた場合もその話はタブー扱いだった。


「……もう、終わったことだよ」


 静かと言うより感情の乗らない声でそうつぶやくと、グラスに残る液体を一気にあおった。


「大体、それ言うと黒瀬君は黄島さんと進んだの?」


 仕草で2杯目を注文しつつ、レイトは黒瀬に問いかけた。

 酒がまわってきたのか、少し話し方がくだけている。


「俺と黄島は別にそんな関係じゃないですよ。同じ専門学校卒業ってだけで……」


 しどろもどろになりながら答える黒瀬をレイトは笑いながら見ている。

 穏やかそうな雰囲気に騙されるがレイトはコノハの兄である。

 他人にちょっかいをかけたがるところは似ている。


「仕方ない、今回はそれで見逃してあげるよ」


 そう言うとレイトはそれまでのリラックスした雰囲気が消えた。

 カウンターに置かれたグラスを優雅につかみ、背筋を伸ばした姿勢で静かに口つける。

 まるで氷のような姿。

 似たもの兄妹であるコノハとの決定的な違い。

 それはコノハは常に燃えさかる炎であるのに対し、レイトは分厚い氷に閉ざされた炎であること。

 氷によって熱は伝わりにくいが、その冷気の中にあっても熱量を失わない炎。

 それは普段の態度にも表れている。

 さっきまではあくまで親しい中での話なので軟化した態度だったが、今は違う。

 例え飲みの場であっても、仕事の話であるなら彼は心に氷をまとうのだ。


「それで僕を誘ったのはコンペの話だろ?」


 先ほどより静かな声で黒瀬に尋ねる。

 レイト自身、おおよそ見当は着いていたのだが、確認しないことには話を進められないと考えていた。


「そのとおりですよ、なんでわざわざこんな面倒くさい事を引き受けたんです?」


 黒瀬もすべて見抜かれていることを理解した上で話し始める。

 レイトにとっては自分の考えなどお見通しであることは分かりきっていたのだが、それを改めて感じた黒瀬はわずかに身体を震わせた。


「『フィッシャーキング』は、キープの次代のエースなんて言われる作品ですよ? そうなれば予算なんて簡単に増額できる案件なのに」


 そこまで言うと、黒瀬は手元のグラスに残ったウィスキーを飲み干した。


「やっぱり、妹さんの行き先を気にしてですか?」


 身を乗り出して黒瀬が聞く。

 普段の彼ならとらないような行動だが、酒が少し回ったためだろう。


「……うん、そうだね」


 そんな黒瀬を微動だにせずに見返しながら言葉を返す。

 その言葉もやはり静かであり、黒瀬も一瞬何を返されたか分からないほど、感情がのっていなかった。


「う、……あっと……」


 黒瀬は出鼻をくじかれたようになり、上手く言葉を繋げない。

 何か答えなければと考えるが、焦って肝心な言葉がでてこない。

 そんな姿を見ながら、レイトはゆっくりとグラスを傾ける。

 液体が彼の小さな喉仏を揺らしながら喉を通り過ぎた。


「それに黒瀬君も、コノハにあまり力添えしてないよね?」


 クスリと笑いながら突然、問いかけられた。

 黒瀬は親しく頼もしい友人にして上役と思っていたレイトが、急に恐ろしい存在に見えた。


「お、俺はまだ正式に妹さんのプロジェクトのメンバーになった訳じゃないし、第一終わるとは言え、まだ今のプロジェクトを着地させる仕事が……」


 しどろもどろになりながら答えたが、レイトの笑みからはもう逃げられそうにもないと思うと、目の前が真っ白になる思いだった。


「黄島さんは合間を見て手伝っていたようだけど?」


 さらに追い打ちをかけるレイトに、黒瀬は本能的に恐怖を感じた。

 そして、それを振り払うように叫んでいた。


「黄島はおせっかいなだけだ!俺は成功率の低い仕事にかまけている暇はないんだよ!」


 カウンターに両手をつきうつむいた黒瀬は、荒い呼吸を続けていた。

 まるで激しい運動をした後のような息遣いを聞きながら、レイトは特に気にした風でもなくウイスキーを口に含んだ。

 恐怖を打ち払うために酔いたいと思ったが、思考は冷静なままで、むしろ危機感によって冴えわたるようだった。


「ありがとう」


 不意にレイトが感謝の言葉を口にする。

 それが誰に向けられたものか理解できず黒瀬はレイトに視線を向ける。


「君が素直に本音を話してくれたことだよ」


 そう言うと友人としての笑顔を黒瀬へ向けた。


「黒瀬君の本音を聞けたから、僕も安心して言うことができるよ」


 レイトはグラスをカウンターに置き、スツールから降りる。

 そのまま両足でしっかりと立つと黒瀬の方へ身体を向けた。


「今回の件を僕が引き受けたのは、コンペで()()()()()()()()()()


 笑顔を崩さずにそう話すレイトを前に、あっけにとられる黒瀬。

 先ほど「妹のため」と宣言してすぐに、今度は「妹に勝つため」と言うのだ、理解が追いつかないと言うか、理解できなかった。

 そのまま、何も言い出せない黒瀬に向かい、さらにレイトは語り続ける。


「今回のコンペで勝つことで、甘い幻想を打ち砕いてやるんだ」


 そう言いながらレイトは黒瀬の肩を叩く。

 すでにどのように反応していいか分からなくなっていた黒瀬は無意識に肩に置かれた手を見る。

 そのためレイトから視線を外すことになった黒瀬は耳元で囁かれる言葉を聞いた。


「だから、君にも手伝ってほしいんだ……」


 笑顔を絶やさないまま耳元で囁かれた声は、ゾッとするほど冷たさを感じた。


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