第21話 仕事で重要なこと
「ふ〜む……」
帰社するなりユウヤは自分のデスクで唸っていた。
もう外回りはないとばかりにジャケットと一緒にネクタイも外して、袖や襟元もボタンを外したラフな姿でいた。
「ずいぶんとゲーム開発事業部に染まってきたじゃない」
難しい顔をしているユウヤにコノハはニヤニヤとからかい半分で声をかける。
「いっそスーツ出勤も止めたら?」
「そうはいかねぇって、急な呼び出しとかどうするんだよ」
言い方こそ冗談めかしだが、コノハはある種の心配からそう声をかけていた。
部署内ではユウヤ以外、スーツを常に着ている者は皆無であり、そのキッチリとしたスーツ姿が周りから距離を取られる原因ではないのかと考えていたからだった。
しかし、そんなコノハの心配をよそにユウヤはさらに眉間にシワを寄せ、考え込んでいる。
「だいたい何を1人で悩んでるの?」
心ここにあらずといった雰囲気のユウヤに対し、コノハもだんだん苛立ってきていた。
(わたしが心配してるのに、気にしないってどういうこと!?)
自分から首を突っ込んでいることを棚に上げ、コノハはユウヤを睨みつける。
その視線の鋭さからだろうか、ようやくユウヤはコノハの方へと身体を向けた。
「今回のコンペが少し気になってなぁ……」
ユウヤたちにコンペの詳細が知らされたのは昨日のことだった。
コンペに勝利した側が来期開発予算比総取りという条件に驚いたユウヤだったが、同時に気になることがあった。
一課の新規プロジェクトは講読館のコンテンツを使ってのアプリゲーム開発だ。
となれば座組はしっかりと決められているはず、なのにこんな博打めいたことをする理由はなぜなのか。
そう思いながら疑問点をメモ帳へと書き出していく。
何の解決にもならないだろうが、一旦吐き出すことで落ち着かせようと思ったからだ。
「ああ、それ考えるだけ無駄だよ」
突然後ろから声がした。
振り向けばいつの間にやら後ろに立っていたコノハがメモ帳を覗き込んでいた。
「お前、そんなところからよく見えるな」
「わたし、目がいいからね」
思わずつぶやいたユウヤの言葉に、コノハは笑顔で答える。
ともかくユウヤはその前のコノハの言葉が気になる。
「で、無駄ってどういうことだ?」
尋ねるユウヤにコノハは困ったような考え込むような表情をする。
それを見たユウヤも「ん?」と不審そうな声をあげる。
「いやね、コンペを言い出したのは一課の一色さんなんだけど、予算総取りを提案したのは五嶋さんだって話でね……」
「なんで、あの人が??」
思わずユウヤも驚きの声をあげると「だよねー」とコノハは相槌をうつ。
ユウヤはますます訳が分からないと言う顔をしながら腕組みをする。
「とは言えさ、わたし達のやることは変らないでしょ」
そんなユウヤを見つつ、コノハは自分のデスクへと戻りPCを持ち上げる。
その顔を見ると先ほどまでの迷いのようなものは感じない。
「ほら、会議室」
ユウヤの背中を軽くはたきながら、コノハは足早に【第3会議の間】へ向かった。
まだ考えながら、ぼんやりとその背中を眺めていたユウヤだが、小さく気合を入れ直すとPCと資料が収められたファイルを重ねて持ち上げた。
ユウヤが会議の間へと入ると既にコノハはホワイトボードへ書き込んでいた。
『本日の議題 マネタイズ キービジュアル』
その文字を見てユウヤはいよいよかと思った。
ユウヤは出向以前からゲーム雑誌や、経済誌のゲーム関連特集を読むことがあったが、その中で『マネタイズ』について語るものは少なかった。
ゲーム雑誌については基本的にゲームの面白さを伝えることがメインであるため、その手の生々しい話はNGだろうが、経済誌についてはよくわからない。
アニメや漫画などの他メディア展開の際の体験談や、海外進出への意気込み、年度単位での売上げについての話はよく見るのだが、ミクロ単位の話しが載ることは少ない。
ユウヤ自身、金儲けが全てであるとは思っていないが、少なくとも仕事である以上収益の話は避けて通れないと感じているが、その辺りについて公の場で話されるのはなぜだろうと疑問に思っていた。
以前もこの疑問を雑談交じりでコノハに話したが「そうねぇ……」と考え込んでしまい明確な意見は出なかった。
業界全体としてそうなのかとも考えたが、商売をしている以上、売上に関わる避けて通れない話だ。
「さてと話し合い始める前に、この前の答えを出しとこうと思うの」
どうやらコノハも同じことを考えていたらしい。
ユウヤは早速ペンを握ると話しを聞く体勢になった。
「ああ、この件はオフレコよ」
微笑みながら少しだけ冗談めかしにコノハが言う。
だが目が笑っていなかった。
「管理職クラスの人は普通に話すことなんだけど、やっぱり現場だと嫌がる人いるのよ、お金の話」
両手を腰に当てて少し困ったように言う。
「それでいて月間売上の話しをすると、目標に達していないと不機嫌になる人もいるから困るのよねホント……」
最後にため息をついてるところから実体験なのだろう。
コノハはワグテイル以外に勤めた経験がないので、おのずと部署内にそういう考えの人がいるという事か。
「アーティスト気取るのはいいけど、プロは自分の技術をお金に変えてなんぼでしょうに」
そこまで言うと視線をユウヤに向けた。
それは「あなたはどう考える?」と言外に問いかけている様であった。
「オレも同意だ。ゴッホは死後に評価されたが、生前に同等の評価があれば生活に苦しむことはなかったと思うしな」
ユウヤは有名な画家の人生になぞらえて回答する。
後世の人から見れば死後も名声を得られたことは他の人からはうらやむことかもしれない。
だが、今を生きる人間にとっては明日を生きるための糧が必要なのだ。
パトロンなどに抱えられているのであれば話しは別だが、現代社会においてそんなことは稀有な例であろう。
ましてゲームの開発運営は1人で行うものではない。
多ければ100人に近いメンバーが常駐稼働する、まさしく計画なのだ。
それ故に避けて通れない問題だとユウヤは語った。
「ま、まあ、企画段階でそこまで熱くなる必要は無いわよ」
熱量高く話すユウヤに、コノハはやや押され気味となる。
これはこれでなかなか珍しい光景ではあったが、深呼吸したコノハは落ち着いて話しを進める。
「今の段階では、あくまで会社に『こういう感じで売上を作ります』って説明できればいいのよ」
そう言いながらホワイトボードへと売り物を書いていく。
・ゲーム内アイテム(成長素材/イベント特効アイテム)
・ガチャ券(1回/5回/10回)
・交換アイテム(いわゆる石)
「ざっと思いついたところはこの程度かな。まあ『コンティニュー権』とか『経験値』とかも有るけど、それらは『ゲーム内アイテム』に入れればいいし」
それらを書き終えたコノハはペンのキャップを閉じて、改めてユウヤに視線を向ける。
「なんか変わり映えしないなぁ……」
最初に出た感想はユウヤのような営業畑の人間から見ればそう感じるものだった。
目新しさはそれだけでも興味を引くので、交渉の武器となりえる。
だが次世代を担う新人による企画であるはずなのに、売り物に目新しさが売りさがないことにユウヤは不自然さを感じていた。
「ぶっちゃけ、ゲームがどれだけ派手で豪華でもベース部分は同じだからね」
コノハはそう言いながら再びホワイトボードへ書き込みを始める。
『フリーミアム』
そう書くとペン先でユウヤを指す。
「相馬クン、意味を答えてみて!」
まるで教師になったような言い方だが、現役高校生でもつうじそうな出で立ちのコノハにそう言われても、ごっこ遊びのようでサマにならないなとユウヤは感じていた。
とは言え、ここで答えなければ話しは進まない。
すでに世の中の常識だが、答えることにする。
「基本無料で利用できるが、機能の拡充や使用期間延長のためには相応の金額を支払わなければならないサービス形態。無料と付加価値をかけわせた造語だろ」
ユウヤはそう言いながらホワイトボードに『無料+付加価値』と書き込む。
「そう、正解。でも『プレミアム』を『付加価値』と訳すのは議論の余地が有るけどね」
「直訳なら『割増』とかだろうけど、意訳としては『付加価値』の方がスマートだろ?」
コノハの余計なツッコミに対し、ユウヤは意図を説明する。
もっともそれもコノハにとってはそれも想定内だったのだろう。
答えを聞いて我が意得たりと言わんばかりに笑いながらさらに問いかける。
「ちなみにユウヤは今この案件で一番大事なことを自分で言ったけど、何か分かる?」
そう言われてユウヤは自分の言葉を頭の中で反芻してみる。
一番重要と言ったが何だろうか?
無料?
付加価値?
機能拡充?
金額支払い?
頭の中にクエスチョンが広がっていく。
正直コノハが何を指しているのか、ユウヤには分からなかった。
フリーミアムの中でゲーム開発で重要なことって一体なんだろう?
「オレにはどれがゲーム開発に重要なのか分からない」
両手を上げながらそう答えるユウヤ。
「それは後で教えてあげる。まずはマネタイズ、課金方法について決めてしまいましょ」
自分で振ってきてそれかよと思いつつも、企画書の内容を早くまとめてしまう方が重要なので従うことにした。
まだ時間は有るとは言えコンペがある以上、説明の仕方も検討し練習する必要があるからだ。
「なら、オレは石に一票だな」
「そのこころは?」
新機軸を盛り込まないなら即決で行こうとユウヤは答えるが、そこに被せるようにコノハが質問してくる。
一瞬「なんで、質問するんだよ」とは思ったが、すぐに考えを改める。
少なくとも今はコノハのほうがゲーム開発について経験がある。
その彼女が質問してくるということは、何か意味があるのだろう。
「石にすれば、それを使ってガチャ回すにしても、アイテム購入するにしても、価値基準が決まっているので楽だろ?」
そう答えるユウヤにコノハは意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「なら、わたしがガチャやらないって言っても?」
そう言われてユウヤは絶句してしまう。
アプリゲームは月額課金モデルでも無い限りガチャが有るものだと考えていたからだ。
「ガチャなんてシステム出来てから10年は経つのよ、それを今後も使い続ける意味はあるのかな?」
そう言い放つコノハの口が大きく裂けて顔中が口になっているような錯覚を覚えた。
「じゃあ、ガチャの代わりに何をやるんだよ!」
思わずムキになるユウヤに対し、コノハはそれまでと異なるいたずらっぽい笑顔になる。
「ごめんごめん。わたしも今回はガチャ以外の方法を思いつかないから、ガチャは入れるし、石が一番間違いが少ないと思うよ」
そう言って頭を下げるが、その前でパンとあわせた両手がわざとらしく、イマイチ謝られた感じはしなかった。
「でもね。安易に石を選ぶのは反対だよ」
顔を上げると、コノハは再び真面目な顔で話しを続ける。
「ユーザーに石を販売する方法は、返金対応とか考えると一番楽で確実とは思う。けどユーザー側に立って考えたら、石を使ってガチャやアイテム交換するってアイテム購入やガチャ回すのにお金を払うのに比べて一段余計な手数が増えるのを忘れないで」
そう言われてユウヤもハッとする。
普段やっているゲームでも石を購入する方式のため、特に何も考えていなかったが、例えば期間終了間際にガチャをやりたいと考えても、手元に石がなければ石を購入するという手間が発生してしまう。
そして購入が終わった後では期間が終了している可能性もあるのだ。
そのことをコノハに伝えるとうなずきつつ、もう一つの問題を話す。
「後ね、石って事前に買っておくことができるでしょ?安売りしている時に買いだめされたりすると、施策の効果がどれだけ有ったかって測定しづらいのよ」
その話にユウヤも心当たりがあった。
先ほどのゲームでも、新年などに石の安売りすることがある。
その時に石を買いこんでおき、自分の好きなキャラクター関連のガチャが来たら一気に回す。
そんな事をたまにやっていたが、運営側として考えればユーザーが留保している石の消費量などを見る必要が発生し、解析に一手間かかるのは事実だった。
「なるほどなぁ、確かに安易には決められないか……」
腕を組みながらうなずくユウヤ。
見ればコノハも同じように腕を組んでうなずいている。
別に真似をした訳ではないのだろうが、タイミングも腕の組み方も対になっていたのが、ユウヤには可笑しかった。
「なに笑っているのよ……」
そのことにコノハも気がついたのか、顔を赤くしながらユウヤにジト目を返す。
「なら石で行くとして、価格とかは決めておいたほうがいいのか?」
コノハの視線を受け流しつつ確認を取る。
真面目な話で返された以上、コノハもジト目で見るのを止めざるを得なかった。
「石の販売については他のプロジェクトからデータをもらって検討する必要があるから、そこは後でいいかな。要は石で行くことが決まっていればOK」
それを聞くとユウヤは「了解」とだけ返して、メモに書き込んだ。
「さて、今日はこんなところか?」
メモ帳から顔を上げつつユウヤはコノハに確認する。
「そうね、他に企画書に必要なものは……」
ユウヤの言葉にコノハもPC内にある表計算ソフトを起動し、用意していたリストをチェックし始めた。
その時だった「あっ」とコノハが小さく声をあげたのは。
「どうしたんだ?」
慌ててユウヤは声をかける。
「メインビジュアルどうしよう……」
コノハは、やや絶望に満ちた顔でユウヤを見返した。




