第18話 大人たちの思惑
ユウヤたちが打ち合わせをしていた頃。
部長室には浅川と一色が顔を合わせていた。
[すみませんね〜、午後は在宅だったもんで〜。]
そして室内に備えられたスピーカーからは少しだけ能天気な声が流れている。
「五嶋さん、こういう事が有るから在宅は控えてくれと」
一色が少し苛立ったような声で答えつつ、モニターに映る五嶋を見る。
[オンライン会議システムも完備してるんだから大丈夫ですよ、それに結果だけ見れば『雨降って地固まる』ってヤツですし。]
「当人たちはそれでいいんですが、周囲のメンバーの話しをしているんです!」
あくまで飄々とした態度を崩さない五嶋に一色は思わず語気が荒くなる。
確かにユウヤとコノハ、それに巻き込まれた形だったが黒瀬と黄島らは事情も把握しており関係修復も上手くいったようであった。
しかし問題は事情を知らず、その口論を目にした従業員たちだ。
「うちの課の何人かが不安を伝えてきていますよ」
一色はそう言うと神経質そうにテーブルを人差し指でコツコツと叩く。
「赤根を制御するには『羊』じゃダメですし」
態度を変えずに五嶋が答えると、一色が強くテーブルを叩く。
「狼を躾けるのに、別の狼をぶつけるのはどうかと言っているのです!」
[いや〜、蒼馬は狼と言うよりは、狼犬ですな]
「そんな事はどうでもいい!」
役職付きが部下たちを羊や狼に例えてやり取りをする。
売り言葉に買い言葉だが、外向けに公表できるような表現ではない。
「……ともかく、五嶋さんが放任主義を変えないのであれば、こちらも考えがあります」
ガラにもなく激昂してしまった自分を落ち着かせると、一色は1つのファイルを会議システムで共有した。
「これは?」
早速ファイルの中身を確認しつつ浅川が聞く。
「人事提案です。かねてより提案しておりました件、本人の了承が得られましたので」
そう言うと会議システムに自分のPCの画面を表示させる。
そこには1人の青年が映し出されていた。
切れ長な瞳に整った顔立ち。
どこか涼し気な雰囲気をまとった男だった。
[な〜るほどね、狼に対抗するのに、大神を連れてくるとは思いませんでしたなぁ。]
口調こそ変わらないが、モニターの中に映る五嶋の表情が幾分か厳しさを増した。
「彼が本社に復帰してくれれば、現場監督として課を越えて面倒見てくれますよ」
[広島支社は了承したのか……]
会心の笑みを浮かべる一色に、五嶋が驚いたようにつぶやく。
「向こう側としても、いくら彼とは言え企画課の世話になり続けるより自立できる組織を目指したいみたいですし」
一色の言葉は本当である。
先日も開発二課とのミーティングにて、同様の提案が浅川に向けてなされた。
もっとも、開発課からは出向中の企画課のメンバーを本社に戻すとだけであり、戻った後の事は言及されていなかったが。
「本人了承の上なら構わないが、どうかね?」
浅川は念を押す。
普通は一般社員の異動にここまで、確認するのは稀だが、それだけ当人が重要視されている示唆であった。
「はい。包み隠さず話した上で了承を得ています」
一色も、そこは心得ているとばかりに返す。
「ならば良いが、いつから戻る予定だね?」
「既に引き継ぎ作業は進行中ですので、最速で明後日に本社に出社すると」
その段取りの早さは、浅川の了承を得る以前から水面下で進めていたのではと思わせるほどだ。
「分かった」
それだけ伝えると「他に話すことがないか」と2人を見回す。
一色は特にないとばかりに少し頭を下げる。
[あの、一色さんにひとつ]
そこへ五嶋が声をあげた。
「なんでしょうか?」
すかさず一色が返すと、五嶋は軽く息を吐き話し始める。
[社内コンペの件ですが、私のいないところで二課を巻き込むの、止めてもらえますか? 今回の騒動の遠因でもありますし]
「あれは、あなたがリーダーミーティングにでなかったから、伝達が遅れたのでは?」
五嶋の言葉に、一色は若干苛立たしげに返す。
対して五嶋はあくまでも平然とした態度を崩さなかった。
「役員会と重なっていたとは言え、ミーティングに不参加だったのは自分の不手際ですが、私に知らせる前にうちの部下、しかも当事者に話すのはどうかと思いますよ」
役員会を強調し、静かに詰め寄る。
『会社運営』と『部署の業務確認』のどちらが重要なのかを暗に盾にしての攻撃だった。
「……議事録の回覧が遅れたのは私の手落ちでしたが、蒼馬君に話したのはその場の流れですよ」
連絡不足の非を認めつつも、騒動についての責任は無い。
そう答える一色に、五嶋はそれまでの飄々とした雰囲気が、変わっていく。
見た目には変わらないが、瞳の奥に隠されていた鋭さが剥き出しになる様だった。
「部内秘の項目ですから、蒼馬に話すのは機密保持違反にはならんでしょうし、私は過ぎた事をとやかく言うつもりはありません」
五嶋の言葉は静かであったが、迫力を伴っていた。
[だが、コンペの件は気になることがあるんですよ一色さん]
一色は思わず喉を鳴らす。
ただモニター越しに顔を合わせているだけなのに冷や汗が背筋を伝うのを感じた。
「元々、来期のゲーム開発事業部の新規開発予算は2タイトル同時に開発をおこなって問題ないくらい出ている」
モニターが切り替わり、今期と来期の予算割の円グラフが表示される。
[運営タイトルが1つ無くなるので収益は少なくなるとは言え、新規を作らねば後はジリ貧になるだけだと、新規開発は多めに予算確保していたはずですがねぇ]
まるでヘビのような粘着質を感じる視線を投げつける。
画面上のグラフでも、比率ではあるが開発予算は増えており、その下に書かれている額は億単位。
既存システムを流用すれば3ラインは稼働できる額である。
それを突きつけられ、一色は小さくため息をついた。
「五嶋さんの言う通りです。通常なら新規開発を2つ並行しても問題ないのですが……」
そこで一色はひと息ついた。
その間隙を縫って五嶋が言う。
[なるほど、クオリティ確保と開発期間か]
その言葉に一色はギョッとした顔をし、浅川はヤレヤレと言った表情になる。
五嶋は普段、昼行燈の様な態度でいるが、この手の事態への洞察力は高い。
下手な隠し事をしようものなら、丸裸にされてもおかしくはない。
それを重々承知しているため、浅川は五嶋の言動には日頃から注意していたのだが、一色はまだ読みが甘かった様だった。
[大方、版元からの注文ってところですかな]
ニヤリと口元を歪める五嶋に、一色は観念したとばかりに両手を上げる。
「 五嶋さんの言う通り版元から運営権を譲渡してもらう条件をクリアするには、時間と人が足りなくなったんですよ」
一色が渋々と話した内容は以下のようだった。
・ゲームのグラフィックはリッチであること
・原作から見て破綻する様な設定を入れないこと
・不要なインフレ要素は入れないこと
・高額の課金を煽るようにしないこと
・来年のアニメ化に合わせてリリースすること
[な〜るほどねぇ……]
一通りの条件を聞いた五嶋がつぶやく。
[確かに、この条件をクリアするには予算の追加が必要だ、そこで社内コンペをおこなってその結果を元に予算比率をそちらに有利にさせると]
そう言う五嶋の表情は変わらないため、何を考えているか読めない。
[あ、だからか]
唐突に思いついたとばかりにつぶやくが、その姿は実に胡散臭い。
[彼を呼び戻したのは、そのためかぁ]
そう言うと、再び口元に笑みを浮かべる。
「……彼は我が社の切り札。人望、才能そして知名度においてダントツですから」
重い口を開き一色が言う。
[それほど状況は切羽詰まっているというわけですな]
そう言うと、五嶋は視線をカメラから外し、何やら書き込んでいる様だった。
[なら、これでいかがです?]
モニターが切り替わり、ホワイトボードモードになる。
これはマウスやタブレットなどを使用し、直接絵や文字を書き込める機能である。
五嶋は画面を共有する前に、既に内容を書き込んでいたらしく、様々な書き込みが有る。
「……本当にこの内容でいいのか?」
始めに声をあげたのは一色であった。
コンペを決めた彼からしても驚きの内容だったのだ。
[どうせ、そちらは負けたら案件終了の背水の陣なんだ。この位はやってもいいでしょう?]
笑みを絶やさないまま五嶋が言う。
「一色さんどうかね?」
浅川は判断を現場に任せる、と言った感じに一色へ確認する。
浅川は現場については、判断を担当に委ねる傾向にある。
浅川は部長としての仕事は、部署の維持と発展であると心得ているためだ。
「……分かりました」
絞り出すような声で一色は2人に答えた。
「しかし、本当によろしいですね。コンペに勝った方が来季の開発予算を総取りで」
念のための確認を投げる。
[お互い予算が潤沢な方がいいですからね]
大したことではないと言った風に答える五嶋に、一色は言葉を失う。
彼の自信はどこから来るのか?
それが分からない。
しかし、元々勝機はこちらにあると一色は踏んでいる。
ただ外部だけでなく、内向きにも後に引けなくなっただけだ。
「では、改めてコンペの実施を決定しましょう。実施日は1か月後でよろしいですね」
[承知です。そちらも、内部の後に先方へのプレゼンが有るでしょうから。]
冷や汗を隠しつつ宣言する一色の言葉に、五嶋はあくまで軽く答えた。
「本会議はここまで。2人ともコンペへ向けて準備をお願いします。部署外の協力が必要なら私が調整するので相談してください」
浅川が会議の終了を宣言すると、一色と五嶋はわずかに頭を下げる。
その2人を見つつ、オンライン会議を閉じた浅川。
その横で一色が自分のPCを閉じ、立ち上がる。
「そうだ、彼が出社したら私の所に来るように説明してもらえるかな?」
そんな一色を見ながら浅川が言う。
「分かりました。『赤根レイト』君に伝えておきます」
一色はそれだけ答えると、改めて一礼し部長室を後にした。




