第15話 背負い込むのは誰のため?
午後6時半過ぎ。
ユウヤは缶コーヒーを買いにカフェエリアへとやってきていた。
すでに終業時刻まで30分を切っているが、まだ資料がまとまらないため息抜きをしようと思っていたからだ。
午後6時を過ぎればゲーム開発事業部以外は定時を過ぎている。
1人で考え事をするのも悪くはないなと自販機の前まで行くと、そこには先客がいた。
「倉科先輩?」
ユウヤは思わず声をかけた。
声に弾かれるように倉科は顔を上げる。
「おお、蒼馬かぁ」
その顔はどこか疲れた様でいつもの覇気は感じられない。
「どうしたんです?」
「講読館に御用聞きに行った帰りだよ」
「えっ、先輩って講読館と取引してましたっけ?」
疲れてはいるがどこか満足げな表情で缶を開けると、軽く一口飲むと倉科は「お前もとっとと買え」とジェスチャーを送ってくる。
それに釣られるようにユウヤはスマホを自販機にかざす。
ピピッ!
電子音が鳴り響き、続いて物が落ちる鈍い音。
取り出し口の奥には倉科とは異なる銘柄のコーヒーが転がっていた。
「半年前からだよ」
コーヒーを取り出していると倉科が言った。
唐突過ぎてユウヤは反応が遅れた。
「そうだったんですか……」
ようやく納得したとばかりに相槌を打つユウヤ。
そんな後輩を横目で見つつ、倉科は自販機に背を預けた。
「先方は大企業だが、同時に古い会社でもある。だから社内インフラ関連、特にセキュリティは遅れていてな」
その言葉を聞いてユウヤは思い出す。
数年前、講読館はサイバー攻撃に晒された。
当初はアクセス障害だけかと思われた被害だったが、それは囮だった。
犯人の本当の狙いは納品用データ。
印刷会社へ送る為に取引先ごとに設定された共有フォルダ内のデータを盗み出していたのだ。
結果、犯人は犯行声明を添付した上で盗み出した漫画関連のファイルをネットに公開した。
幸いにして古いタイプのクラッカーだったらしく、データを人質とした身代金要求などはなく、犯行はそこで終わった。
その為、講読館は直近の号の漫画雑誌をネットで無料公開するなどの対処で済んだが、当然売り上げはガタ落ちとなった。
そのことが原因となり講読館はインフラ改修計画を立ち上げたというところまでは知っていたが、それに倉科が噛んでるとは思いもよらなかった。
「まあ、今の講読館のインフラ担当は以前から付き合いのある人だったんで、滑り込ませてもらった」
どこか照れくさそうに話す倉科。
「でもあそこまで有名企業だと、色々大変ですよね」
ユウヤは素直な感想を口にする。
倉科は契約後のアフターケアは他人に任せるところがあるのだが、それをせずにわざわざ定期的に出向いているのだから、相当難しい案件でも有るのだろう。
「……この前の話だがな」
ふと倉科は呟く。
決まってしまったことなので、言うまいと倉科自身考えていたのだが、気の緩みか思わず口からこぼれた。
そうなると止まるものでもない。
腹をくくり、愚痴と取られても構わないのでユウヤに話すことにする。
「この前、おまえを俺のもとに誘っただろ? あれはゆくゆくはこの件を任せるつもりだったんだよ」
「ハイッ!?」
ユウヤは驚きのあまり飛び上がる。
全くもってコーヒーを口に含んでいる時でなくて良かった。
「俺は元々猪突猛進だ、1つの案件にしがみついているのは性に合わないから、俺が担当し続ければ顧客にも迷惑がかかる」
わずかに倉科の手に力が入る。
クシャッと音を立て缶が潰れた。
「その点、おまえは顧客に徹底的に付き合うタイプだからな、顧客と良い関係を続けるにはおまえの様な担当が必要なんだよ」
倉科が無造作に投げた缶は備え付けのゴミ箱へと吸い込まれていった。
パンッ!
突然響く音にユウヤは倉科を見ると、両手で顔を覆う倉科がそこにいた。
「さて、ウジウジしてんのも俺には合わないな」
両手を下ろしながら倉科は言うと足元に置いていたカバンを手に取る。
フタを開き中に手を入れると、分厚い本を取り出した。
「『週刊少年キープ』の発売前の次号だ。ゲーム開発事業部の一色課長宛に頼まれたもんだが、持っていってくれるか?」
「一色課長って……、企画一課の?」
倉科に『おまえのとこ』と言われた事に一抹の寂しさを感じつつもユウヤは答える。
そして一課の一色とはまだちゃんと言葉を交わしたことがない。
「そうか、おまえは二課だったか、なら都合が悪いか?」
「いえいえ、そんな事ないです!」
倉科は雑誌をカバンに戻そうとするのを慌てて止めた、一色と話すいいタイミングと考えたからだ。
それを聞いた倉科は、ゆっくりと笑いながら無造作に雑誌を突き出した。
それをユウヤがしっかりと受け取るのを見た倉科はエリアの外へと歩き出す。
「今日は疲れたから帰るが、たまには付き合えよ?」
そう言うと片手を上げ、去っていった倉科。
「お疲れ様でした!」
ユウヤはその背中に礼をしながら挨拶をしていた。
渡された雑誌を片手にオフィスへ戻ると、既に帰り支度を始める人が数人。
時間を見れば19時過ぎ。
倉科と30分近く話していた事になる。
ユウヤはオフィスの奥にある課長席の方を見る。
そこには身だしなみを整えた40歳程の男性が座っているのが見えた。
その男性に向かってユウヤは歩み寄った。
「あの、一色課長。よろしいでしょうか」
突然、声をかけてきた見知らぬ社員に一色は反応に困ったようにぽかんとしていた。
「すみません。先日二課に出向してきました蒼馬です」
「あ、あ~あ!」
ユウヤが名乗ったことで一色も気がついたように声をあげた。
「そうか、君がコノハさん付きになった人か」
1人納得したようにうなずく一色。
それを見てユウヤはコノハの付き人になった覚えはないと思いつつも顔に出さないように注意する。
「ともかく、ゲーム開発事業部へようこそ!」
そんなユウヤの気持ちを知らずか、一色は立ち上がりにこやかに握手を求めてきた。
営業という仕事がら、クライアントに握手を求められる事は有るが社内で握手を求められたのは、入社時に倉科と再開した時以来だろうか。
「こ、こちらこそよろしくお願いいたします」
緊張しつつも手を握り返すと、一色はさらに笑みを強くしユウヤの肩を叩いた。
(きょ、距離感が近い……。)
そう考えるが自分から身を引く訳にもいかず、握手が終わるのを待った。
「で、何か用かな?」
ゆうに20秒は握手をしていた一色は、その手を離しつつ話しを戻してきた。
「は、はい。IT事業部の倉科さんから、こちらを預かってきました」
ユウヤは心の中で安堵しつつ、脇に抱えていたキープを差し出す。
「なんでIT事業部がこれを?」
「はい。本日業務にて講読館へ伺った折に先方から課長宛てに渡すよう頼まれたとのことです」
訝しげに雑誌を見ながら尋ねてくる一色にユウヤは説明をする。
「IT部って講読館と取引あったんだ?」
「半年前に契約を締結して、定期的に訪問しているとのことです」
少し驚いたように話す一色に、ユウヤは知らなかったのは自分だけじゃなかったのかと安心する。
もっともユウヤの場合、自分の部署の動向を把握していなかったので問題は大きいのだが……。
ともかくそこまで聞いて、ようやく一色はキープを受け取った。
「なるほど、本来なら明日以降に配送されてくるものだから、少しでも早いのは助かるよ」
そう言いながら一色は早速、雑誌の目次ページを開く。
「掲載漫画とコラボでも有るんでしょうか?」
「ん?」
好奇心が湧いたユウヤは思わず一色に質問したが、その瞬間それまでとは異なる鋭い目をユウヤに向ける。
その視線に地雷を踏んだかと警戒するユウヤだったが、一色はすぐに元の穏やかな表情に戻った。
「まあ、君もうちの部署の人間だから知っていても問題はないか」
意味ありげにそうつぶやきながら一色は話しだす。
「うちの課で新しいプロジェクトの準備が進んでいてね。それはキープに連載されている『フィッシャーキング』のゲームアプリなんだ」
思わず「へー!」と感嘆の声をもらすユウヤ。
『フィッシャーキング』は現在、キープ内でもトップレベルの人気作だ。
それを題材にしたゲームなら事前の注目も高そうであり、素直に感心していた。
「……ただね、タイミングが少しよろしくなかったかもしれない」
そう言いながら一色はユウヤを薮睨みで見続ける。
それはまるでヘビの様であった。
「……タイミングが良くないとは?」
絞り出すように質問をするユウヤに一色はその肩を軽く叩く。
「もしかしたら君たちの企画と社内コンペになるかもしれないってことだよ」
そう静かに言うと一色はその場を歩き去っていった。




