第14話 課題の答えと真意は……
翌朝。
9時には出社したユウヤはIT事業部での定期作業を手早く終わらせたユウヤは、10時前にはゲーム開発事業部の席についていた。
「今日も早いな蒼馬君」
そう話しかけてきたのは黒瀬だった。
彼もゲーム開発事業部の人間としては出社が早い方で、9時半にはデスクについており、業務のチェックや経済誌の流し読みなどをしている姿をよく見かける。
そして今日はディスプレイを見ていたところでユウヤが部屋へ来たことに気がついたのだ。
「IT事業部の仕事を片付けてくるので、どうしても早く来ることになってしまいますから」
少し苦笑しつつユウヤは答える。
それを聞いた黒瀬は「なるほどな〜」と感心しつつ席に戻るが、ふと思い出したように再びユウヤに声をかけた。
「それはそうと、そのキープ読み終わったら書棚に戻しておけよ、それを使っているところあるからな」
なぜか「使っているところ」を強調しながら言うと黒瀬は返事を待たずにディスプレイに視線を戻していた。
(どこかのプロジェクトが掲載作品とコラボでもやるのか?)
そう考えつつユウヤは手早く雑誌を積み上げて持ち上げる。
営業職をやっていれば、資料など重い荷物を持って客先へ訪問することなど日常茶飯事である。
それに比べれば一度に積み上げられる雑誌などは密度に限界がありユウヤにとっては軽く持ち上げられる程度の重さしか無かった。
そうやって効率よく2周ほど席と書棚を往復している内に、出社してくる人の数は増えていき、皆がユウヤの方を驚きの眼差しで見ていた。
「蒼馬〜、朝から何やってんの?筋トレとか?」
雑誌を積んでいると不意に馴れ馴れしい声がかかる。
そちらを見なくてもコノハであることは分かりきっていた。
「赤根か、おはよう」
そんなコノハにユウヤは軽く挨拶を返すが、筋トレのくだりを返せば長くなりそうなので敢えて無視する。
もっともコノハの方もそれを気にした風ではなかった。
「そうだ、昨日の課題はなんとなくまとまったんで、後で確認してくれるか?」
「オッケ~」
最後にそう付け加えて雑誌を持ち上げたユウヤに、コノハは了承の旨を伝えると自分のデスクのPCの電源を入れた。
「じゃあ、聞こうか!」
コノハが唐突に切り出したのは正午を少し過ぎた頃だった。
さすがに待たされ過ぎであり、
「うえ〜、今からかよ……」
ゲンナリした顔でユウヤはぼやく。
ゲーム開発事業部は始業時間が1時間遅い関係でまだ昼休みではない。
だが通常時間で勤務するIT事業部との掛け持ちであるユウヤは、始業時間も向こうに合わせた9時であるため、この時間帯は空腹との戦いになる。
「なに〜、だらしないなぁ〜」
その姿を黃島がニヤニヤとしながら見ている。
面倒見の良さと同じくらいトラブルが大好きな性格の彼女としてはこの状況は面白いのだ。
「ほらほら、これあげるからガンバってきな」
そう言いながら、ユウヤへ何かを放る。
慌ててキャッチしたそれは、小分けされたチョコレート菓子。
普通売りの物より半分程度の大きさだが、オフィスで小腹が空いた時にはちょうどいい大きさだった。
「ラッキー!いただきま〜す」
ユウヤは早速包装を剥がすと、一口で口に放り込む。
チョコレートの甘みと、クッキー生地のサクサク感が噛むたびに広がる。
「ほんじゃ、コノハにしっかり叩きのめされてこい!」
親指を上げる黃島にノートPCを小脇に抱えたユウヤも片手を上げて答える。
「こら〜!早く来なさいよ〜、時間もったいないんたから〜!」
いつの間にやら会議室へと移動していたコノハが、扉から顔を出しながら叫んでいる。
「今、行く!」
そう答えたユウヤは小走りに会議室へと向かった。
「おうおう、若いってのは元気いいねぇ」
唐突に黃島の後ろから声がするが、それに動じることなく彼女は答える。
「今どき、30代だって若造扱いッスよ五嶋さん」
先ほどと異なる抑揚のないぶっきらぼうな物言い。
しかし、話しかけた五嶋はニヤリと笑う。
「久しぶりの『ギャル島』節だなぁ」
「いつの話してんすか課長?」
「そっちが素なら、お姉さん気取るよりいいんじゃないか?」
からかう風でもなくそう言う五嶋に、黃島は見えないように仏頂面をしていた。
***
【第3会議の間】
そこはゲーム開発事業部のオフィス内に有る会議室の中でもっとも小さい会議室であり、主に面談など4人以下の少人数での使用を目的とした会議室だった。
「さて、聞こうかな」
奥の席を陣取ったコノハは腕を組みながら言う。
しかし部屋に入ったまま、ユウヤは動かない。
「ん、どうしたの?」
そのことに気が付いたコノハは小首をかしげる。
その言葉に促されたのかユウヤは動き始める。
コノハの横にPCを置くとコノハの方を向く。
「悪いがモニター使うから移動してくれ」
その言葉にコノハは一瞬、席の後ろに視線を向ける。
そこには大型モニターが置かれている。
「つ、使うなら先にいいなさいよ!」
恥ずかしさで思わず叫ぶコノハ。
「何も言わずに会議室に行ったのは赤根のほうだろ」
淡々とユウヤは返す。
全くの正論なので言い返せなかったコノハは、乱暴に立ち上がるとモニターが一番見える手前側の席に移動した。
「さて、こんなものか」
初めて接続するモニターなので設定を調整した後、おもむろに資料ファイルを開く。
「……座らなくて良いの?」
立ったままPCを操作するユウヤに、コノハがツッコミを入れる。
「プレゼンは立ってやる場合が多いから、こっちの方が慣れてるんだ」
やはり静かに返すユウヤ。
営業マンとしての彼は物静かにプレゼンをするタイプだった。
「まずは、これを見てくれ」
1枚目のスライドには「キープの原則」と書かれている。
「キープのウケる法則つまり、『友情』『努力』『勝利』」
スライドにも同じ文字が現れる。
「多くの作品はそれに沿って描かれて成功している」
さらに項目が表示されるが、そこには週刊少年キープで連載された中で成功とされたタイトルリスト。
そこにはアニメ化や、ドラマ化されていった名作の数々が羅列されている。
皆、ユウヤもコノハも一度は見聞きしたタイトル。
中には実際に読んだ物も少なくない。
「だが」
しかしユウヤはそれらを前にして沈痛な面持ちになる。
「オレは最初、この文字に躍らされた。これは開始時点での要素では無く、途中で路線変更した物が多かった。つまり『エアリアル・レブ』のテーマを調べる際には異物だったんだ」
そう言うと次のスライドへ遷移させる。
スライド上部には『エアリアル・レブの要素』と書かれており、その下は空白。
「そこでオレはエアリアル・レブの1話を読み返した。この作品は架空の競技を扱っているが、後半はサッカーぽい展開になっていた」
スライドにエアリアル・レブの最終回ラストカットが映し出される。
それは明らかにサッカーのシュートポーズを元にしている。
「だが、1話の時点ではサッカー要素は少なかった」
スライドからカットが消え、続いて1話の幾つかのカットがコラージュのように貼られていく。
「むしろ、別の種目が元だったんだ、それは……」
コラージュ群の上にとある動画が映し出される。
それは白い床を滑る一組の男女。
ある時は手を取り合い、またある時はアンバランスな姿勢の相手を支える。
「そう、この漫画の大元の題材は……」
ユウヤの声にあわせて画面の男性が女性を抱え放る。
「『アイススケート』だ!」
女性は身体を旋回させつつ床、いや氷面に着地した。
「アイススケートには芸術点があるが、それは一般人には伝わりづらい。そこで作者は空中で行う架空の競技として再構成した」
再びエアリアル・レブのカットが映し出される。
そこには空を飛ぶ浮遊感と大きく身体を捻る躍動感に満ちていた。
「空中でバランスをとるためと言う理由を付けて、アイススケートのポーズを取り入れてる」
スライドが移り、まとめの文字が表示される。
「作者は分かりやすい球技してサッカーと、アイススケートを組み合わせ、さらにそれらを自然な物とするために架空の競技と設定したんだ」
そこまで言うと、ユウヤは静かに頭を下げる。
プレゼンが終わった合図。
そのままユウヤはコノハの反応を待つ。
「うん、いいんじゃない?」
その言葉を聞いた瞬間、ユウヤは全身の力が抜ける様な感覚に囚われた。
別に失敗しても進退に関わるような話ではないのに、ユウヤは極限にまで緊張してたのだ。
「思考法としては完璧ね。まるで誰かに考え方を補正されたみたい」
そう微笑むコノハに、ユウヤはギクリとする。
別に一人でやるように言われた訳ではないのだが、そう言われるとどうも後ろ暗い気持ちになる。
しかし、そんなユウヤの気持ちは気にしないとばかりにコノハは話しを続けた。
「わたしも、スケートと言うか、その跳躍とかの美しさが原点だと思う。けど三原則は関係なかったは深読みがすぎると思うけど」
ニヒヒと笑うコノハは先ほどまでの聡明さが潜み、年相応のまだ大人になりきれていない少女の笑みだった。
それを見てユウヤはようやく緊張が解けてきたのを感じた。
そして一つ思い出したことがあった。
「だけど、一つ分からないことがあるんだが……」
そう何かを探るようにユウヤは離れ始める。
それを聞いてコノハは「何が?」とだけ返す。
「結局、この課題を解かせた理由って何なんだ?」
そう疑問を口にするユウヤにコノハは改めて不敵な笑みを浮かべる。
そして席から立ち上がるとユウヤを指さした。
「蒼馬はさ、わたしの資料見て唸っていたじゃない」
「あ、ああ。あの量の他人の作った資料をまとめるのは大変だからな」
「はぁぁぁ……、マジで言ってる?」
何気ない風で返すユウヤに対し、コノハはわざとらしいまでに大きなため息をつく。
事実を伝えたまでとユウヤは、驚きの顔で見返す。
「いい?要は課題と同じことよ」
そこまで言われてユウヤはようやく気がついた。
確かに同じことだ。
昨日まで、ユウヤは資料全体をプレゼン用にまとめようと四苦八苦していた。
それは課題を渡された時と同じ考えであり、重要なのはそこではない。
新規企画のプレゼンに必要なのは基礎部分。
つまりは『何をしたいのか』を簡潔にまとめること。
そこさえ押さえておけば、後の部分の承認は仕様を作る段階でも問題ないのだ。
これはユウヤが営業として、新規顧客向けプレゼンが上手く行っていなかった原因の一つだ。
ワンパッケージで全てを説明しており、顧客の細かいニーズを拾いきれていなかったのだ。
「ゲーム開発なんて突き詰めれば、あらゆる数値を睨みながらああでもないこうでもないって考えるものよ」
コノハが唐突に語り始めた。
「サービスインすれば、来る日も来る日もユーザーのアクセス数とか、その日の総課金額とか、そんな数値を追っかける日々よ。でもねそんな日々を作るにも最初に重要なのは《《何を体験させたいのか》》って発想なの」
ゆっくりと近づいてきたコノハ。
気がつけばユウヤの目と鼻の先に立っていた。
そして、それまでにないくらい真摯な瞳がユウヤを写している。
その静かな迫力を前にユウヤは息を飲むことすら忘れ見つめていた。
「その発想を作ることはわたし達の最初の仕事なの。そこで失敗したら何も始まらない、何も生み出せない。だから手伝ってくれるよ……ね?」
真剣な瞳が少し潤んでいる事に気がついたユウヤは、それを見た以上、後には引けないと感じた。
「ああ、分かった……」
だけど、今はそう答えるのが精一杯だった。
先日も同じ様な約束をしたが、先ほどの一言で自分がまだまだ心意気も半人前以下だと痛感したからだ。
歯切れの悪い了承だったがコノハは満足したように、再び笑顔になりユウヤの元から軽やかなステップで離れる。
そして自分のノートPCを閉じると、「そうだ!」と声を上げつつ再びユウヤの方へ顔を向ける。
「ねえねえ、せっかくだからこれから『ユウヤ』って呼んでいい?相棒同士なんだから苗字呼びだと他人行儀すぎない?」
そんなことかと思わずズッコケそうになるユウヤだったが、そう呼ばれるのも悪い気はしなかった。
「構わないが、いきなり名前呼びして《《変な勘ぐり受けないか》》?」
苦笑しつつそう返す。
少しは元気が戻ってきたみたいだ。
「大丈夫よ、言わせたい奴にはそう言わせればいいだけ。だから、わたしのことも『コノハ』って呼んでよねー」
そう笑いながらコノハは会議室を飛び出していった。
それを見送っていたユウヤは一つ気になることがあり、思わず独り言をつぶやいていた。
「そう言えば、なんで黃島さんはあいつのこと『コノハ』って名前呼びしてるんだ?」




