第12話 作品のテーマは?
19時。
ゲーム開発事業部は他の部署より終業時刻が1時間遅れている。
これは時差出勤を導入したため、……ではない。
元々ゲーム開発者は夜型人間が多い。
深夜まで作業している人が多いので、他のサラリーマン同ように朝のラッシュに揉まれて出社するだけでヘトヘトになってしまうことがある。
そのため、ゲーム開発事業部では以前より始業時間を10時に定めており、その結果退勤時間も19時となっていたのだ。
「結構、みんな定時退勤するんだな」
他のプロジェクトのメンバーたちは一部を除いて、さっさと作業内容を日報にまとめると退勤準備に入っているのを見てユウヤはつぶやいた。
彼のイメージでは、定時を過ぎても働いているイメージだったので、ここ数日の周囲の行動に少し驚いていた。
「そりゃ、ゲーム運営は開発と違って完成したら終わりじゃないからね」
そう言いながらコノハは読んでいた本から目を離す。
読んでいたのは『週刊少年キープ』。
日本で一番発行部数が多い少年漫画誌だ。
人口減少や電子書籍の普及で紙の雑誌は大きく発行部数を減らしてはいるが、それでも日本国内で発刊されている週刊誌の中でもキープはトップにいる。
「仕事の性質上、流行り物を知るために雑誌を読むのは分かるけど、何時間読んでるんだ?」
そんなコノハを見ながらユウヤは少し訝しんだ表情をする。
「何よ、文句でも?」
「……イヤ、なんでもない」
妙に喧嘩腰で返すコノハにユウヤはツッコミを止めた。
どうも虫の居所が悪いらしい。
こんな時は静かにしてるのが吉だからだ。
「……なんで聞いてくれないのよ?」
「いっ!?」
手元の作業に戻ろうとしたユウヤにまとわりついてきた怨嗟のこもる湿った言葉に、思わずユウヤは小さな悲鳴を上げた。
だって、めっちゃ怖かったから。
実は、ユウヤはホラー系が苦手だ、特にジャンプスケアのような驚かし系は全くと言ってダメだった。
先日もスズナに勧められたフリーで公開されているホラーゲームをプレイしたのだが、その荒い作りのグラフィックにも関わらず(もしかしたら粗さも狙いだったかもしれないが)突然表示された笑顔の中年男性に驚いて椅子から飛び上がったくらいだ。
ともかく思わず椅子から転げ落ち、盛大な音を立てるユウヤ。
帰り支度を進めていた周囲が思わず音の方を見る。
「イテテ……」
頭をさするユウヤがその視線に気がつくと同時に、周りの人々も視線をはずした。
しかし、各自の肩が小刻みに震えている。
間違いなく笑いをこらえているのだ。
とは言えコケたのが自分である以上、周りを攻めるわけにも行かない。
仕方なくユウヤは何事も無かったように椅子へと座り机に向かう。
「はぁ……」
小さくため息をつく。
こんな感じで目立ってもどうしょうもないだろうと言う思いが強くなったからだ。
「……盛大にコケた後に、何ため息ついてんのよ……」
ぬっと気配もなくコノハの首がユウヤの横から突き出てくる。
再び悲鳴を上げそうになるのを必死に止めながらコノハの方を向く。
その目は大きく見開かれている。
そんなユウヤの顔を見てもコノハの仏頂面は変らない。
「な、なんだよ」
正直なところ、醜態を晒した後に話したくはないのだが、話しを聞かないと開放されないだろう。
そう思い、仕方なく話しを聞こうとした。
「んっ」
しかしコノハは話さずに、それまで読んでいたキープを突き出す。
行動の意味が理解できずに怪訝な顔をするユウヤに再び雑誌を突き出す。
「読めってことか?」
すんでのところで(口があるんだから言えばいいのに。)と言う言葉を呑み込みつつ雑誌を受け取る。
コノハは相変わらず話さないが、心持ち表情が和らいだ感じだった。
「え〜、どれどれっと」
受け取った時に開かれていたページに目を落とす。
そこには『エアリアル・レブ』と題された架空の競技を題材とした漫画が描かれている。
キープならユウヤもちょくちょく読んでおり、この漫画も知っていた。
とは言え特段興味があった訳ではないので、ササッと読むことにした。
そして、エアリアル・レブの最後のページ。
見開きいっぱいに描かれた笑顔の主人公がポーズを決めたカットに「これまで、ご声援ありがとうございました!!」とアオリが書かれていた。
それを見てユウヤは心の中で「あ〜、そう言うことね」と納得する。
これは週刊少年キープの伝統。
10週打ち切りのパターンだ。
恐らく、コノハはこの漫画が気に入っており、打ち切りが気に入らないのだろう。
「『エアリアル・レブ』好きだったのか?残念だったな」
ユウヤは優しくコノハに語りかけたが、
「ん? コレは打ち切られて当然じゃない」
コノハはそう平然と答えた。
思いもかけない言葉にユウヤは二の句が継げなかった。
「テーマはいいのに、展開は平凡。王道って言えば聞こえがいいけど、せっかく架空のスポーツをしているのに内容がまんまサッカーじゃない!」
一気にまくし立てるコノハ。
「な、なら、なんでこれを俺に見せたんだよ」
勢いに負け、焦りながらもユウヤは問いかけた。
意図がまるで見えないからだ。
「この漫画のテーマの要素って分かる?」
不意に真面目な顔になったコノハが聞いてくる。
とは言え、真面目に読んでいた訳じゃないので、すぐには答えられない。
しばらく考えているユウヤを見ていたコノハは言う。
「宿題」
「はあっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げて再び周囲の視線を集めるユウヤ。
その視線に気が付き、慌てて口を手で押さえ、視線が届かないようにデスクの影へと入るようにしゃがむ。
そのままの姿勢で焦るユウヤに、視線を合わせるようにコノハも屈み込んだ。
「っ!!」
思わずコノハの目を覗き込む形となったユウヤは息を呑む。
コノハの瞳は純粋無垢な澄んだ輝きを持っていたから。
「あ、あ〜、その、すぐには分からないなぁ、は、ハハハ……」
心のドキドキを隠すように笑って誤魔化すが、笑い声は乾いており功を奏したか……。
そんなユウヤをしばらく見ていたコノハは再び口を開いた。
「キープの今年分のバックナンバーは部の書棚に有るから一通り読んで調べて来なさい」
静かにそう言うコノハの表情はどこかあどけなさを備えていた。
兄に物をねだる幼い妹の様な。
ユウヤは、その表情に幼なじみのスズナが子供の頃と重なった。
普段は大人しい少女だったが、欲しいものが有ると頑として引かないタイプだった
だが決して怒るのではなく、ただ見つめているだけだった。
そしてその状態はユウヤが首を縦に振るまで続いた。
ちょうどそんな時と今は同じ感じだった。
「分かったよ、明日レポートにまとめる」
半ば諦めた表情で了承するユウヤ。
それを見てコノハは満面の笑顔になる。
「うん、書棚からキープ持ってくるね!」
コノハはそう言って立ち上がると、小走りにオフィスの奥へと去っていった。
そんなコノハを見つつ立ち上がったユウヤは、ヤレヤレと頭をかく。
まだまだ始まったばかりなのに、こんなにも振り回されるなら先が思いやられる。
そう思いつつユウヤはコノハの後を追う。
いくらなんでも、コノハ1人でバックナンバーを全部持ってくるのは不可能だと思ったから。




