第0話 新事業の問題
「また離脱かね?」
小さな会議室に唸り声が響く。
その言葉には苛立ちが混じっており、発言主の前に立つ女性への非難が含まれていた。
「いえ、部長。まだプロジェクト発動前なので離脱ではなく、参加拒否です」
「大して変わらんだろう……」
女性が淡々と返した言葉に、部長が苦虫を噛み潰したかのような表情になる。
部長は会議室に呼ばれた時点で嫌な予感がしていた。
メンバーは目の前に座る女性、赤根コノハと、彼女の直上司である『企画二課』の課長五嶋ソウジ。
ゲーム開発事業部の部長である浅川にとって、この二人の組み合わせは頭痛の種だった。
五嶋課長だけなら、普段から直接やり取りもしており部下として重宝している側面はある。
問題は赤根の方だ。
高校在学中に応募したゲーム企画コンテストで入賞している優秀な人材として採用した彼女だが、入社後は人間関係のトラブルが多かった。
とは言え、その企画力は他の新入社員と比べずば抜けており、浅川にとっても無碍には扱えない人材であった。
そんな彼女も入社2年目となり、新規ゲームコンテンツ開発の主要メンバーとして登用されることになった。
しかし企画の作成と各部門のリーダークラスのメンバー選定を任せていたのだが、どうも選定がうまくいかないらしい。
彼女から直接声をかけても断られるということで、課長である五嶋からも声がけをしていたのだが、未だにどの部門のリーダーも決まっていない。
いや、正確に言えばプロジェクトリーダーが赤根だという話を聞くと、皆リーダーを断ってしまうのだった。
「まだ若い赤根の下に付くことは、プライドが許さないってところですかね」
五嶋が状況をかいつまんで説明した。
だが、浅川から見ればそれだけが問題ではないのが明白だった。
とは言え浅川としても、今回の新規プロジェクトはなんとしても成功させたいものであった。
彼らの所属する『株式会社ワグテイル』は、複合企業とは言えゲーム事業はそれほどウェイトを占めていない。
企業経営にそれほど関与しない気楽な立場とも言えるが、昨今のゲーム開発費高騰なども相まって、この辺りでヒット作を作らねば、いつ解散させられるかもしれない状況でもあった。
そのため、赤根コノハという業界の新星を旗印としたプロジェクトを成功させ、社内外にゲーム事業部の実績を証明しようというのが浅川の計画だった。
そしてゆくゆくはゲーム事業部が展開するゲームブランド『ワグテイルプロジェクト』を世界でも通用するブランドへと成長させる。
それが今の浅川の夢であり、実現するべき野望であった。
しかし現実は、始まる前からつまずいている状態であり、浅川にとって面白いわけがなかった。
そして、問題の元凶である赤根がそれほど堪えている様子ではないことがまた、浅川には面白くなかった。
「とりあえず、もう一度リードプランナーから探したいと思います」
赤根が方針を端的に伝える。
見た目だけなら小柄で年齢以上に幼く見える彼女であるが、一度口を開けば勝ち気な性格が姿を表す。
今も決して恐縮した言い方ではなく、ただ勝ち筋を求めて状況を精査している感じであった。
「とりあえずは事業部内から選定しますが、ちょうど人事査定の時期でもありますし場合によっては他の部署から引っ張ってくることも検討します」
横から口を挟んだ五嶋の言葉に、浅川は違和感を覚えた。
五嶋はワグテイル創業者の家系出身ながら出世コースでもないゲーム事業部を選んだ変わり者であるが、その手腕は手堅い。
冒険的な行動をすることもあるが、彼の行動にはいつも何かしらの算段がある。
その彼の口から他部署からの引き抜きという案が出たのだが、他部署はゲーム開発とは無縁な者ばかりである。
これが、IT事業部からプログラマーを引っ張ってくるなら、まだ話は分かるが今回必要なのはリードプランナーである。
ゲームの仕様を考え、施策やスケジュールなどを文字通りプランニングする担当に素人を放り込む利点が、浅川には分からなかった。
「誰か思い当たる社員でもいるのか?」
思わず浅川は質問する。
それに対し五嶋は少し考えるそぶりを見せた。
今話すべきか算段をしていたのだろう。
「そうですね、ゲーム開発としては素人ですが、今回のプロジェクトの運営に適していると思う社員に心当たりがあります」
「なるほどな、後でその社員について教えてくれ、先方とかけあってみる」
五嶋の言葉からなんとなく考えを察した浅川は端的にそう答える。
「ともかく、まずはプロジェクトを始動させることが重要だ。開発ディレクターについては、俺の方で選定しておく」
そう言いながら席から立ち上がる浅川。
その浅川に、コノハが声をかけた。
「なら開発ディレクター以外の人事は、引き続きわたしに任せてもらえるんですね?」
「メンバーの選定は任せるが、各セクションのリーダークラスについてはリードプランナーが決まってからにしなさい」
その言葉を残し浅川は会議室を出ていった。
「よし!ある程度は自由にできる」
「おいおい、自由は構わないが勧誘した社員から断られない方法を考えろよ?」
扉が閉まると同時に、ガッツポーズを決めるコノハ。
そんな彼女を横目で見ながら、五嶋は念のために釘を刺しておいた。




