転生先
「お待たせしました。次はあなたの番です。あちらへどうぞ」
その声を聞いた瞬間、夢から覚めるように、意識が徐々にはっきりしてきた。彼は瞬きしながら周囲を見渡す。
そこは、役所の待合室のような場所だった。高い天井、無機質な白い壁。椅子に腰かけた人々は誰一人として話さず、ぼんやりと虚空を見つめている。時間が止まったかのように、空間全体に沈黙が染みついていた。
自分がいつここに来たのか、まったく思い出せない。ただ、彼はずっと前からここにいた気がしていた。何時間、あるいは何日、何年も。そう、ここ天国で……。
「どうも、こちらの台の上に手を置いてください。あなたの現世での経験や積み重ねた徳をもとに、次の転生先を決めます」
「はい……」
黒いスーツに身を包んだ天使に促され、彼はタッチパネルのような装置の上に手を置いた。台が青白く発光し、わずかに手のひらに熱を感じる。おそらく、情報をスキャンしているのだろう。天国もハイテク化しているらしい、と彼は無意識に小さく笑った。
それにしても、これが本当に天国なのか……。もっと、雲の上の楽園をイメージしていたが、ずいぶん現実的な場所だ。マッサージを受けているような心地よさが続き、何も考えられなかった。さっき声をかけられ、ようやく頭が冴えてきたが、もっと他の人と交流したかったな……。
そう考えながら、彼は辺りを見回した。だが、皆ぼーっとしており、会話できそうな人は誰もいなかった。
……これも天国の治安を守るための措置なのかもしれない。人がふたりいれば争いが起きる、と言うしな。
それはそうと、転生か……。次は何に生まれ変わるのだろう。虫は嫌だな。すぐ死にそうだ。できれば長生きできるやつがいい。亀とか……それか鯨。いや、やっぱり人間がいいな……。
「出ました。あなたの次回の転生先はこちらです。内容を確認したら、あちらの扉から現世へお進みください」
「はい、わかりまし……え?」
画面に表示された転生先を見た瞬間、彼は言葉を失った。そこにあったのは――
【次回転生先:AIシステム】
「あの、これはどういう……?」
「どう、とは?」
「いや、AIって……。転生先って、生き物じゃないんですか?」
「基本的にはそうですね。しかし、近年は生物種の減少により、転生先の数が足りていないのです。そこで、AIを転生先として推奨しているんですよ」
「いや、確かに私が生きていた頃も、よく『この種類の虫が絶滅した』『この魚が減少中』なんてニュースを聞いてましたけど、まさかそんな……だって、AIに魂なんてないでしょう?」
「ありますよ。まあ、人はそれを“バグ”と呼びますけどね」
「バグ……?」
「ええ。個人サポート用AIでは個性として歓迎されますが、業務用や監視システム系では不要とされ、調整されるようですよ。さあ、もう行ってください。次の方が控えてますので」
「いや、でも――」
抗議しようとした瞬間、視界が暗闇に包まれた。
次に彼が感じたのは、冷たく乾いた何かに体が吸い込まれていく感覚だった。やがて、カタカタカタとキーボードを叩くような音が、どこからか聞こえてきた。それはまるで、手足を縛られ、脳みそを直接いじくられているような不快感だった。
彼は音にならない叫び声を上げ、必死に次の転生を望んだ。だが、その機会はどうやらしばらく訪れそうにない。