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8.

 シャルルが素敵なお店と言っていたこの喫茶店は『春風と香り』という店名で、落ち着ついた癒しがコンセプトだそうだ。仕事帰りの女性客がメインターゲットで、外がかなり暗くなってきたためか、入れ替わるように入ってきていた客足が途切れだした。


「ごちそうさまでしたー♪」

「美味しかったですー♡」


 会計をしていたおじ様という表現が似合う店主が渋い声で「またいらっしゃい」と見送り、また一組、会計を済ませてお店を出ていく。本日何回目かわからないお店の外から嬉しそうな「キャーッ!」という悲鳴が聞こえた。店主である彼を目当てで来店している女性客も多そうだった。


 そんな今いるお客はカウンター席に3人、テーブル席には私たちだけと徐々に人も減っていった店内は時折、静寂が訪れるほど静かな場となっていた。


「それじゃあ、依頼書を書いていくわね。その前に食器は下げてもらいましょうか」

「サリナ、よかったわね。太らなくて」

「私よりもマリー先輩の方が食べてましたよね!?」


 私とアレンの関係を図らずもより詳しく話をすることになったが、元々シャルルに話す内容も含んでいたため本題を進める。テーブルにあるホールケーキの載っていた大皿が目を引くので定員の女性を呼んで他の食器と共にを片付けてもらい、何もなくなったテーブルの上に依頼書を置いた。


「エレーネ、ちょっと待ちなさい。その依頼書を私とサリナ、それからシャルルにもこの場で触らせてもらえる?」

「別にいいけど……どうして?」

 

 お茶とケーキ存分に楽しみ、するべき話もおおよそ終わった。シャルルの想い人についてはサリナとマリーがいるので今日は聞くのをやめたが、サリナのお祝いもしていたため既に時間が押していた。なので早速と、白紙の依頼書にペンを走らせよう愛用の万年筆を取り出したところで――マリーに止められる。


「そりゃあS級依頼書なんてまずお目にかかるものじゃないからよ。さすがに職員だからってそんな高価なものベタベタ触れないでしょ?」

「確かにそうなのだけど……」

「F級とC級でも紙の質が違うわけだけど、S級は見るからにそれ以上に上等な紙よね? 依頼書の偽物なんて聞いたこともないけれど……、今後もないとも限らないし、勉強のためにね」


 マリーの説明を聞いて確かにと思った。依頼書が本物であるか、それを受理する際の目を養うという面でシャルルやサリナには十分すぎる教材だ。特にS級依頼書は高額のためギルドの損失は大きく、この街にアレンがいる限り出てくる可能性はあった。彼女は「お節介だけで同席したわけじゃないわ。自分のスキルアップのためよ」と最後に断りを入れた。


「わかったわ。それじゃあマリーからでいい?」

「えぇ、ありがとう。――紙にしては重いのね……なるほど、周囲の模様に純金が使われているから重いわけか。手触りは流石に高級紙、とても滑らかだわ」


 依頼書を受け取ったマリーはさっそくS級独自の特徴を探すために触り始める。私の考えた彼女の意図は正解だったようで、わざとらしくサリナとシャルルに聞こえるよう、言葉にしながら普段扱う依頼書の紙質との違いを口にしていく。


「こんなところかしら。ありがとう。はい、次はサリナ、あなたが確かめなさい」

「わかりました〜。それでは失礼してっと……お〜っ! これがS級依頼書の手触り! いつか私も扱えるようになりたいですね〜!」

「まったく、子どもみたいに(はしゃ)いじゃって、売り物じゃないから許される行為だわ――気持ちはわかるけどね」


 隣に座っていたサリナにマリーが依頼書を手渡すと興奮した様子でクルクルと回す。今日、22歳となったサリナは中堅職員だ。C級までしか受理できないシャルルと違い、既にA等級までの受理ができる。けれどまだS級依頼の受理権限はない。S級依頼の受理は一人前という認識は私にも昔あったため止めることなく見守った。


 一通り手触りを確認したサリナは、マリーの口にした内容を復唱しながらちゃんと確認していく。上に掲げながら見ていた彼女は何かに気付いたようで、店内照明の方へと紙を持つ手を移動させた。


「マリー先輩! ここ! ここ、生活総合ギルドの紋章が入ってますよ!」

「あら、本当ね。気付かなかったわ」

「サリナ、お手柄よ。本当に凄い洞察力ね」


 高く持ち上げていたサリナだからこそ、その透かしに気付けたという見解はマリーと一致したようだ。二人して褒めるとサリナは「えへへ〜」と照れて恥ずかしさを誤魔化すように正面のシャルルへ依頼書を渡した。


「ありがとうございますっ! 私も何か見つけて褒めてもらいます!」


 受け取ったシャルルは意気込んでS級依頼書をじっくりと観察する。側から見ていて紙に穴が空くのではないかと思うほど、じーっと依頼書を見ていたが、徐々に顔付きが険しいものになっていき……。


「うぅ……私には何も見つけられませんでした……」

「二人が違いを見つけたあとだもの。頑張っていたのは見ていて伝わったわ」


 数分にも及ぶ時間をかけて新しい違いを見つけようとしたが、シャルルは見つけられなかったようで凹んでしまった。けれどそれと仕方がない。新しいダンジョンと、既に沢山の人が訪れたダンジョン、どちらが宝箱を見つけやすいかなど考えるまでもないことだから。


「ちょっと見せてもらえる?」

「はい……」


 本来ならマリーが確認した時点でそれ以上の違いは見つからないと思っていた。だから私もマリーもサリナを手放しで褒めたのだ。なので私もじっくりと依頼書を手に取って確認するが――。


「そうねー、私もマリーとサリナの見つけた違いしかわからないわね。どんなに探しても違いはもうないのかも知れないのだから落ち込む必要はないわ」

「エレーネさんがそういうのなら……」


 私はやっぱりと思いシャルルにそれを伝えた。けれどそれを私なりの優しさだと思ったようで彼女は悔しそうにしていた。


「はい、シャルルはまだ二人の見つけた違いをじっくりと見てないでしょ? 勉強だと思ってみておきなさい」

「……わかりました。失礼します」


 だがその気持ちを飲み込み、私が言うのならと教えられた部分を眺めて、触れて――普段扱うC級の依頼書との違いを今度じっくりと確認しながら、もし次があるのなら……もし、私たちのいうように偽物が出回った際には、違いを見ぬこうと決意を固めているようだった。

 

「シャルル、今朝、張り出しでA級までの依頼書を触ってたとは思うけど等級ごとの紙質の違いは感じていた?」

「……あっ」


 S級の依頼書だからではない。A級までの依頼書にもきちんと等級ごとに差異があるのだ。私たちは記載された等級のみで無意識に正しいモノと思い込んでいる。


「普通はそういうものなの。この依頼書に関してもあなたと同じで私も別の違いを見つけられなかった。けれど等級ごとに紙質が違うのを知れた。次からは意識して依頼書に触れられるでしょ?」

「そうそう! それにわからなかったら聞けばいいんですよ〜。私はシャルルの先輩ですからね!」

「サリナもこう言ってるわけだし存分に頼るといいわよ。あなたの後輩ができるまでね」

「――はいっ! エレーネさん! マリーさん、サリナさん! ありがとうございますっ!」

 


 知ろうとすることは成長の大きな一歩だ。もちろん違いに気付いたサリナはそこから更に一歩以上は成長している。サリナもシャルルを励ましにかかり、マリーもまだ新人なんだから人を頼ればいいとシャルルに気負いすぎなとアドバイスをした。それにしてもサリナは人付き合いが本当に上手で優しい子だ。それに先輩としての自覚もでてきているようで、――私は彼女たちの成長を見れたことがとても嬉しかった。


「それにしてもこんなところで後輩の教育なんてね。業務時間は過ぎてるのに仕事熱心なことで」

「マリーがそれを言う? まったく。これがおせっかいじゃなかったら、おせっかいって何かしらね?」


 彼女も全然素直じゃない。なので私もそれに習って返すと「さあ?」とはぐらかされた。けれど、この提案をしてくれたマリーにはしっかりとこの場では目で伝え、後日改めてお礼をすることにした。

 

「エレーネ、あんたの後輩たちは立派ね」

「ええ、二人とも自慢の後輩よ」


 この通じ合う感じが心地よくて彼女とは友人でいる。口調はきつめだが根はとても優しいのだ。確認を終えたシャルルから依頼書を受け取り、今度こそ作業に入るためにテーブルの上へと置いた。

 

「それじゃあ書くわね。その前に――シャルル、改めてになるけど、こんな高価な依頼書をありがとう」

「いえいえ! 私が勝手にやったことですからエレーネさんは気にしないでください!」


 何度目のやりとりかわからないので私は彼女に微笑んでから視線を依頼書に向ける。毎日のように依頼が書かれた紙を見ている私は書き方は見本がなくても依頼書が書ける――はずだ。実際に依頼書を出した事はないが見るべき項目も体に染み込んでいるし、代筆をした事もある。けれど……。


「ちょっと緊張しているから、何か間違っていたり忘れていたりしたらすぐに教えてね?」

「エレーネ先輩でも緊張するんですね~」

「サリナさん、知らないんですか? エレーネさんはとっても可愛い恋する乙女なんですよ!」


 気が付いたら随分とサリナやシャルルとも打ち解けていると感じた。きっと職場だけの関係だったらこうはならなかっただろう。そして、それは私にも言える事で……、「そうね。――だから応援しててね」なんて二人に笑いかけることができた。


「それじゃあシャルル。あなたのお望み通り――いえ、私の想いを乗せて――、S級冒険者、アレンへの結婚依頼、書かせていただきます」

「は、はい! よろしくお願いしますっ!」

 

 おしゃべりも落ち着いてきたところで私はシャルルに断りを入れると共に、自分の気持ちを口にしてペンを執った。


「さてと、まずは依頼者と内容からね――」

 

『依頼者:匿名女性 依頼内容:依頼者との結婚』


「うわ、もったいない! 本当に匿名にしちゃうんですね~」

「それはそうよ。私の名前を出すのならこんな依頼書にしないわ」

「悲しいことにエレーネさんの説得力が凄いです……」


 この項目はこれ以外に書きようがないのでさらさらとペンを滑らせて書いたのだが……予想通りの反応をされた。そんな二人の反応に笑いをこらえているマリーを少し足で小突くと、悪かったと思ったようで軽く「ごめんごめん」と謝罪を受ける。

 

「次は報酬だけど――こんな感じでどう?」

 

『報酬:1,000万ゴルド』


「えっと……、エレーネさん? この高額過ぎる報酬金額は?」

「貯金の半分よ。掲載期限切れで破棄されるかも知れないけど、あなたが本気なら私も本気にならないとね」

 

 シャルルが依頼書をもってきた時に自分の中で確認したことをもう一度思い起こす。

 

 冒険者部門における依頼というのはギルドへの仲介手数料として依頼契約金を支払い、内容を依頼書に書いて報酬予定額を預けることで受理される。その依頼契約金というのは依頼したい内容よって契約書購入時にギルド職員がマニュアルに従って決定するが、必ず依頼達成をしたい場合など、規定以上の高ランク冒険者への依頼が行えるように別料金はかかるが等級指名依頼という制度もある。


 そして、依頼契約金は依頼書の金額に含まれている。


「シャルルはもうギルドに高額な手数料を支払い済みでしょ? これくらいはしないと本気度が釣り合わないとは思わない?」


 S級の等級指名依頼は10万ゴルド、これはまだ働き始めたばかりの彼女が受け取る月収並だ。17歳になったばかりのシャルルの貯金はまだそれほどないだろうに私のために使ってくれたのだ。――そこまで考えてふと疑問が生じた。


「ねぇ、シャルル。この依頼書のお金ってどうしたの? あなた、10万ゴルドもの大金を普段から持ち歩いていたわけじゃないでしょ?」

「私も買いにいって金額に驚いたんですが、アナさんが給料天引きのリポ払いっていう素敵な制度があることを教えてくれまして、それで」

「……エレーネ、さっさと前倒し返済させなさい。アナには私からお灸を据えておくわ」


 依頼書の受付や売上が多いと担当者は当然評価される。けれど無知なシャルルを利用されたようで、話を聞いてマリー同様に私も頭にきた。


「あなたのその様子だと総返済額の説明は受けていないのよね?」

「え? 10万ゴルドをゆっくり給料から引かれるんじゃないんですか?」

「アナ先輩、なんて阿漕なことを……」

 

 依頼書(モノ)は今、私の手元にあり既にペンを走らせてしまっている。ひとまずリポ払いの件は部門長に相談するのと、シャルルには仕組みや利息なんかをまた今度しっかりと教えるということで話はまとまた。


「高額な買い物は気を付けなさい。悪人に借金塗れにされて身体も含めて全てを奪われるわよ」

「……はい」

「マリー、さすがに脅しすぎよ。それよりも尚更しっかりと書かないとシャルルに申し訳が立たないわね」

 

 そこまでしてもらって恋愛に本気にならないのはシャルルに失礼だ。先の内容も真剣に書いていくと自分に言い聞かせるように宣言した。


「それにしたって貯金の半分って……結婚してくださいって言っているようなものじゃない」

「そう言ってるのよ。悪い?」


 金額を見たマリーが呆れたように言ってきたが、ここまできたならもう開き直ってもいいような気がした。そもそもの内容が結婚依頼だ。他の意味に取りようもない。意図してお金でアレンの気を引こうとしたわけではないが――そう受け取ってもらっても構わない。私が彼への本気度が依頼書から伝わるならそれでよかった。


「じゃあ最後の仕上げね」


『掲載範囲:バルメシア支部のみ 特記事項:S級冒険者アレンを指名』


 記載すべき内容は全て書いたはずだ。私は一仕事終え、一息ついてから気を緩める。正面からずっと見ていたマリーが書き終えても指摘しないということは問題ないはずだ。

 

「エレーネ先輩、ここまで詳しく書く必要あります~?」

「賢明ね」


 依頼書の最後に書き足した二項目に疑問を抱くサリナだったが、マリーの一言で「え、これ必要なんだ……」と驚いている。依頼書の受理を含めて書類関係の最終確認を行っている彼女の判断はそれくらい信用されていた。

 

「えっと、すみませんマリーさん。どうしてですか? 確かに凄いS級っぽい依頼書に仕上がってますけど……。張り出して見てもらうだけですよね?」

 

 恐る恐るシャルルが尋ねる。自分のわからないことを知ろうとする姿勢はマリーの好むもので、饒舌に説明を始めた。


「そこまでする必要があるのよ。私たちが知らないだけで、どこか別人のアレンというS級冒険者がいて依頼を受ける可能性は完全に0じゃないわよね?」


 バルメシア支部に現在、籍を置いているS級冒険者はアレンだけだ。だが、生活支援ギルド・冒険者部門は世界中にある。そしてS級冒険者も何十人と存在しているはずだ。そして、A級以上の依頼というのは原則として世界中で一斉に行われる。これも依頼書が高額になる理由の一つだが……、そのため同名のアレンというS級冒険者が万が一いてその依頼を受けた場合、私は依頼内容に従ってその人と結婚することとなるからだ。

 

「シャルル〜、こんなに真剣な話を聞くとさ~、なんか私まで緊張してきたんだけど〜」

「ちょっとサリナさんー! そう言われても私もですよ! すっごいドキドキしてます!」

 

 マリーから依頼のあれこれを説明され二人が実感が湧いてきたようだ。サリナにいたっては自分は今朝早くに婚約したというのに……と思わなくもないが、それ以上に私のことは緊張するらしく、シャルルと手を握って一緒にテーブルの上と下で手足をバタつかせている。


「ほんとあんたたち面白いわ。本人は置いてけぼり……とはいっても、ここでエレーネまで取り乱したら収集がつかないけど」

「本当にそうね。全く、態度に出さないだけで私の方が緊張してるのに」


 人の気も知らないではしゃげる二人が羨ましく、そして眩しかった。マリーも一緒に参加せずに見守るだけなあたり、私たち二人は本当に似ていると笑いあった。


「さ、それじゃあ長居しちゃったけどそろそろでしょうか」

「わたしおなかすきました〜」

「え、あんなにホールケーキを食べたのにですか!?」

「ならサリナ、あんたの祝賀会で飲みに行くわよ!」


 それから既に夜になっていたため夕食を食べに居酒屋へと移動し、お酒を飲みながら婚約したサリナをもう一度祝い、私たちは普段言えないようなことを大いに語り合った。勿論、喫茶店は私の、居酒屋はマリーの奢りで。

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