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7.

 冒険者というのは実力主義で、特に等級なんてものはわかりやすい。G級からF、E、Dと上がっていきA級となり、S級というのはそのA級の中でも特に功績を上げた者に送られる称号のような等級で、絶対的な指標となる。


 これは生活総合ギルドに様々な組織がまとまる前に冒険者ギルドに存在していた暗黙のルールで、冒険者にとっては知っておかねばならない常識だった。


「それくらいにしておけよ! エレーネさんが困ってるだろ!」

「ガキが邪魔すんじゃねーよ!」


 だが、そんな常識など知らないとばかりに白髪の少年が受付カウンター前で吠える。一緒に薬草採取の依頼を受けていたアレンだ。彼はC級冒険者である男の腕を掴んだが、体格にも大きく差があり簡単に振り解かれてしまった。


「おっと、雑草小僧じゃのーか。そんなひょろひょろでよく吠えたもんだな」

「……そんなものは関係ない。彼女が困ってるのがわからないのか」


 降り解かれた勢いでアレンは床に尻餅をついた。それだけで冒険者間の序列が決定した。残念だが今のまま見返す手段はもうない。そして、彼の言葉は男に届くこともない。

 

「F級以下の元G級は草むしりでもしてきな! はっはっは!」


 高笑いをするC級の男を睨みつけながら彼は悔しそうに唇を噛んでいた。当時の冒険者部門では力が全て、等級は絶対だ。力自慢を私に見せつけ満足したのか男はそのまま生活総合ギルドを後にした。――それを私は受付カウンター越しに眺めることしかできなかった。


♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎


 テーブルの斜め向かいには多種多様な果物が乗ったホールケーキが鎮座し、それを切り分けることもなく直に頬張る婚約したての少女がいた。

 

「サリナ、それ本当に食べ切れるの?」

「食べきれますよ〜。今日は私の誕生日で婚約記念日でエレーネ先輩の奢りですからね。食べ切れるに決まってます」


 確かに私はみんなのお皿が空になったので注文しましょうとは言った。だが奢るとは言っていない……。そのことに気付くこともなくサリナは食べ進める。すでに私とマリー、シャルルのお皿は再び空になっており三人で彼女が食べているのを眺めているような状態だった。


「これはやけ食いよ。まったくお子ちゃまだこと」

「はぁ……しょうがないわね。お祝いに奢ってあげるから味わって食べてちょうだい」

 

 私とマリーは白いブラウスに果実やクリームが落ちて汚れながらも食べるのをやめないサリナを見てやれやれと話題に触れる。

 

「あー、カノンさんが遅番で一緒にケーキを食べることができないからですか」

「ちがいます〜。これはウエディングケーキを食べる練習です〜。それとマリーさん、さりげなく私のケーキをさりげなく口に運ばないでください」


 後輩のシャルルからも言われ、子どもっぽくサリナは無理がある強がりで反論する。マリーは何食わぬ顔でフォークを伸ばし、「エレーネの奢りなんでしょ?」の一言でサリナからの苦情を一蹴した。なるほどと思い私もサリナのホールケーキにフォークを入れた。


「あら? 色々な味を楽しめてこれはこれでいいわね」

「エレーネ先輩まで!?」


 切り取った部分に乗っていた鮮やかな桃色のピイチと橙色のカシスーは違った甘さがあり、それを同時に味わえるのは一言で贅沢といってもいいだろう。そのままシャルルにも「あなたも食べない? とても美味しいわよ」なんて勧めると彼女もサリナのケーキを頬張りだす。


「本当に美味しいです! こんな美味しいのをサリナさんは一人で食べようとしていたなんてズルいですよー!」

「っふ、後輩をイジメるのは楽しいわね。エレーネ」

「どの口が言うんだか。――ありがとね、マリー」


 なんだかんだサリナは寂しかったのだろう。プロポーズされたとはいえあの性格だ。普段からお調子者、それがサリナだと自分でも役割を演じている節があり、うざがられているという不安もあったのだろう。


「遅くなったけれど婚約おめでとう。あとであなたの話をちゃんと聞きたいわ。もちろん私たちの参考にするためにね」

「そうよ。そのケーキを食べたからにはちゃんと話しなさい。私も祝ってあげるから」

「サリナさん! ご婚約おめでとうございますっ!」

「……もう、みなさん優しすぎです。キャラじゃないのに泣いちゃいますよ? あ、お別れみたいな雰囲気はやめてくださいね? 私、寿退社する気はないので――子どもができたらまた考えますけど」


 さらには私たちを差し置いて婚約だ。素直に喜んで貰えるとは思っていなかったのかもしれない。しばらくはマリーが「私たちはお局様よ? その程度気にしないわ」とサリナを弄っているのを眺めながら楽しい時間を過ごす。自傷気味にネタに走っていたサリナの調子が戻ってきたのを確認して、ホールケーキをみんなで食べている途中だが甘さが残る口の中を紅茶で潤してから話を再開する。

 

「さて、それじゃ続けるわね。まず、アレンと私は歳の近いG級冒険者同士だったから仲はよかったわ。もちろん友人としてだけど」


 アレンからの頼みで私たちは一緒に行動することは多かった。私が見習いとして蓄えた知識を彼も実践で理解していく。私はギルド職員として正式採用されるまでG級冒険者として彼と多くの時間を過ごしたし、受付嬢になってからも彼は今のように私のカウンターに足を運んでくれていた。

  

「仲がよかった……ね。友人というよりはサリナやシャルルみたいな後輩みたいな扱いだったような気がしたけど?」

「冒険者としては私の方が先輩だったから仕方がないじゃない……弟みたいに当時は思ってたんだから」


 慕っていてくれたのは間違いなく、今日、確認した限り今でもエレーネさん(、、、、、、)として慕ってくれているようだった。


「それはともかく、アレンとはそんな関係だったんだけど、依頼についての情報を準備している私の受付はいつも行列で彼と話す機会も減ったわ」

「あの頃からこの調子で事務的な対応してたわよね」


 当時を知るマリーは「まあ、仕方がないとは思うけど……それを今も続ける必要はないのにエレーネは変えないの。まったく、アレンには同情するわ」と続けたが、先ほどのサリナではないが一度、自分の役割を確立してしまったらなかなかやめられないのだ。


「昔の冒険者部門って今以上に等級至上主義だったから、F級に上がりたてのアレンなんてずっと待機列の最後尾で横入りされ放題。順番が来ても急かされてほぼ会話なんかなかったわ」


 つまり、それは他の冒険者の方と接する時間が増えたことを意味する。徐々に私は他の冒険者からお誘いを受けるようになった。

 

「正直いえばアレンの気持ちに気付いていたわ。けれど受付嬢と冒険者、仕事時の私は誰も贔屓する気はないの」

「……まったく、アオパカッソ(、、、、、、)が見栄を張って。あんた、絶対にあの事件が起こるまで気付いてなかったわよ」


 アオパカッソは湿地帯に生息し、草の除去を行う魔獣だ。消化器官が弱く、胃の中で腐敗した草により息や唾の臭いには嗅覚を長期間失わせる毒性がある。そのため息が臭いが、他にももう一つの大きな特徴があった。

 

「……だれが鈍感よ」

「あ、わかった? そういうところは流石よね」

 

 伝わるとわかった上で例え話をしてきたマリーは、実に愉快とばかりにニヤリと笑った。否定も出来なかったので無愛想に講義をするに留めてサリナのケーキに手を伸ばした。


「ごめんって、そんなむくれないでよ。……しょうがない。じゃあ、エレーネの代わりに話を進めるわね」

「エレーネさんは色々な方からお誘いを受けていたんですよね? 普通にアレンさんも負けじと――」

「シャルル〜、そんなことをしてもエレーネさんならアレンさん含めて全員を受け流すに決まってる」


 間違っていないが、基本的に等級が上がるほど冒険者というのは強引になりタチが悪い。等級が全て、力こそ正義。そういう旧冒険者ギルドの思想に染まっているからだ。


「それじゃ問題。その冒険者たちからの求婚……じゃなかった、交際を迫られたエレーネはある条件を付けたわ。それはなんだと思う?」

「条件ですか? エレーネさんは出稼ぎでこの街に来られたようですし……お金ですか?」

「たぶん違うと思う。だってエレーネ先輩の故郷は……」


 シャルルは知らないことだが、サリナは昔に話した身の上話を覚えているようだ。おめでたい日に話がしんみりした方向に行こうとしている。仕方がないので可愛い後輩には助け船を出すことにした。

 

「サリナ、私から話すわ。私の故郷はコボルトの群れに襲われて壊滅したけれど、死者はいないわ。復興に教会も手を貸してくれてね、前よりも余裕ができて私の仕送りもいらなくなったのよ」


 家族や、村のみんなが無事だったのを喜ぶべきで、救ってくれた神童と呼ばれていた少女の、その付人に感謝している。そのことも伝え、私は努めて平気だと念を押した。


「ちなみに正解は『S級以外の冒険者には興味はないのでごめんなさい』ね」

「あの、それって無茶ぶりですよね? この街の冒険者でS級のアレンさんを除けば一番高くてB級ですし……」


 マリーも話題を変えるためにさらっと正解を教えた。シャルルはその意味にすぐに気付いた。彼女もS級という等級の重みを知っているからだ。この街で張り出されるA級依頼以上は全支部共通の依頼で、依頼の該当地域ははるかに遠い。つまり、この安全な街を拠点にしている冒険者の等級はB以上に上がることは普通、起きえない。


「ええ、もちろんそのつもりで私は言ったわ。納得できなくて受付カウンターに乗り出してきた荒くれ者もいたけれど、アレンが止めにかかって守ってくれたの」

 ただ、返り討ちと言っても差し支えないほどに掴みかかった腕を振り払われた衝撃で吹き飛ばされていた。明らかな体格差、等級差があるなかで、それでも私が困っているとみるや彼はすぐさま止めに入ってくれたのだ。それも嬉しかったが――何よりも、アレンが受付嬢と冒険者の境である受付カウンターを私と同じように特別視しているようで嬉しかった。

 

「けれど――彼だけは街を飛び出していったの」


 あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。誰も本気にしないその私の言葉を信じ、彼は確かに熱の籠った瞳で言ったのだ。


『エレーネさん、俺、S級になって戻ってきます。その時は――』と。

 

「……エレーネさん。展開は読めましたけど――、どうして戻ってきたときにエレーネさんからいかなかったんですか!?」

「だよね〜。けどエレーネ先輩だしって思うと……」

「恋愛に関してはヘタレだから仕方がないのよ」


 口々に私に対して不満が飛ぶが、対応を変えられなかったものは仕方がない。それに本当にS級冒険者になって戻ってくるなど想定外にもほどがある。


 普通、あんなことを言われたら冒険者の嫁にはなりたくないと捉えるはずだ。事実、それ以降の誘いは新参者くらいになるまで徐々に減っていった。生活総合ギルドから職員へ無理に迫るのは降級処分という達しが出たもの大きいが――、絶対的な自慢できる指標である等級を下げてまで迫るほどの熱意もS級を目指して街を出る覚悟も他の冒険者たちにはなかったということだ。


 アレンからそれほどの熱量で迫られていた私が、S級になって戻ってきた彼に自分からグイグイいけないのは確かにヘタレかもしれないがこれだけは言わせて欲しい。

 

「そんなの私の方が釣り合わないからに決まってるじゃない。白馬の王子様が町娘を選ぶなんてあり得ないから物語として夢を見れるのよ? 現実としてあり得ないわ」

「うーっ、そう言われると確かに私でも躊躇うかもしれません……」


 ある程度の年齢を重ねると現実が見えてくる。私が常識的に考えて――というニュアンスを込めて言うと、冷静になったシャルルはたじろいだ。

 

「だからね、シャルルの提案は嬉しかったわ。自分では勇気が出なかったから」


 けれど、傷つかないでもし(、、)が起こる可能性があるのなら――、そんな匿名でもいいという提案は本当に私の気持ちに寄り添っていて救われた。


 だから話に乗ることにしたのだとシャルルに伝えると――、「ありがとうございます。それならよかったです」と彼女はようやく強引に話を進めて申し訳ないという後ろめたさが消えたようだった。

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