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6.

 私、エレーネは農村の生まれだ。家名のない平民で下に二人の弟がいる。地方都市バルメシアへは12歳の時に出稼ぎのために出てきた。

 

「……え? この街で働けるのは15歳からなんですか?」

「そうなの。例外で採取依頼限定になるんだけど、冒険者のG級なら13歳から登録できるわ。まぁ、暮らしていけるほどの稼ぎにならないし……それも年齢が足りてないけどね」


 仕事の紹介を受けるために生活総合ギルドへとやってきた私は、生活支援部門でこの街のルールを聞かされ、いきなり途方に暮れることとなった。


♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎

 

「って、ちょっとちょっとエレーネ先輩! いきなりここで話終わりませんよね!? 大丈夫ですか???」

「ちょっとサリナさん! エレーネさんが話を始めたばかりなんですから止めないでくださいよー!」

 

 当時を思い返しながら話を始めたが、すぐにサリナが体をテーブルへと乗り出して口を出してきた。シャルルはいきなり話の腰を折られて文句を言っているが、もちろんそこで話は終わらない。たまたま生活支援部門にきていたウィンベル先輩が私を拾ってくれたのだ。


「確かにあの時、ウィンベル先輩に助けてもらえなかったらきっと違う人生を歩んでいたでしょうね。学も教養も、何かしらの技術もない少女のまま15歳を迎えてたなら生活総合ギルドで働くなんて夢のまた夢でしょうし」

 

 当時、冒険者部門は今ほど秩序ある場所ではなく、どの依頼も大なり小なり危険が伴うため、なり手には荒くれ者が多くいた。そのため仲裁に入ることがしょっちゅうあり、業務に支障も出て常に残業が発生していた。


「今では15歳未満の子どもも見習いとして働けるようになったけど、何も知らないお上りさんが働けるような仕事なんてなかったわ」


 そんな冒険者部門で働きたいという希望者はほぼおらず、年中人手不足の時に先輩は私を見つけたらしい。だがそもそも当時、12歳では労働は認められていない。それに何も知らない小娘が増えたところでむしろ負担が増えるだけだ。


「だから私はウィンベル先輩の提案で依頼を出したの。住み込みで仕事を教えてください、ってね」


 利害の一致。依頼料と成功報酬で持っていたお金の大半を失うこととなったが、それでも衣食住を保証してもらい仕事を手伝いながらいろいろと学べる機会を得られたのは幸運だった。


「エレーネさんの先輩ですかー。どんな方だったんですか?」

「面倒見のいいお姉様よ。少し子どもっぽいところもあったけど――そうね、シャルル。あなたのような人よ」


 シャルルはウィンベル先輩に興味があるようだ。思い出を話してもよかったが今日の本題ではないので人柄だけを教えることにした。


 私の知っているウィンベル先輩はお姉さんといった表現が似合うような人だった。仕事のこと、この街での生活のこと、それから人との付き合い方、色々なことを教えてもらった。だけど、彼女はやりたい事に対する押しが強く、私の見習いを無理やり通してくれた時の依頼が今朝のシャルルに重なって見えていたのだ。


「私のような……ですか?」

「そう。きっとあなたの押しの強さも色々な人を救いながら、物事に変化をもたらしていくと思うわ」


 ウィンベル先輩が私を救ってくれたように。アレンへの気持ちを固めさせてくれたシャルルは先輩のような大物になる気がしている。なので、彼女にはもっと自信を持ってほしくてこの話をした節もあった。


「せんぱ〜い。シャルルばかり褒めてズルいです〜」

「サリナ、あなたは十分すぎるほど大物だから、その度胸で先輩として引っ張っていってあげてね」


 もう一人の後輩であるサリナにもきちんと良さはある。マリーに対して物怖じしないのは一種の才能で、交渉ごとには強いだろう。マリーのように、なんてこの場で言ったら本人がサリナと一緒にするなと怒りそうなので言わないが、オブラートに包んでそのことは伝えておいた。


 サリナは「褒めて欲しいとは言いましたけど褒めすぎですよ〜」なんて照れていたが、私が何か言う前にマリーから「続き、早くなさい」と催促が入った。けれど、いきなり話を戻してアレンのことにいくのも何なので、朝の準備について少し話すことにした。

 

「そうそう、あなたたちにしてもらってる依頼の準備は私が始めた仕事なのよ? その前までは依頼の失敗率もひどくてね、冒険者部門の立場が弱かったの。けれど、それをし始めてからは段々とこの街の冒険者たちも変わっていってくれたわ」


 依頼失敗でお金と時間、そして信頼を失うことも減り、準備にかかる時間も減ったことで自由な時間が増えた。それが冒険者たちに心の余裕ができたからだと先輩は分析していた。


「私は噂でしか知らないけど、冒険者が情報を大切にし始めたのはあんたの砂糖草がきっかけらしいけどね」

「……そんなこともあったわね。けど、あの依頼は誰も受けなかったから私が受けただけよ?」

「出ていた複数の砂糖草採取依頼、その全てをこなすほどの量を採ってきたって聴いたけど?」


 自由に使えるお金が欲しかった私は13歳でさっそくG級冒険者登録をした。仄かな甘みを感じる砂糖草の採取依頼は草の生えている場所と見分け方を知らないと達成するのは難しい。だが、私にはギルドの冒険者部門で一年間、情報提供の準備を手伝っていた経験があったため、マリーの言うように初依頼から大量に採取できたのだ。


「確か甘味蟻が近くにいるところに群生していて、甘さを感じる葉の部分は光に当たるとキラキラするんでしたっけ」

「正解よ、シャルル。よく勉強してて偉いわ」

 

 今では新人のシャルルが答えられるほど一般化した常識も、昔はベテラン冒険者に教えてもらうか、膨大なギルドの資料の中から調べないといけなかった。街の外での依頼だがバルメシアは人口もそれなりで街道の人通りも多い。そのため自警団が周辺の魔物討伐も行っており危険度が低いため報酬額も少ない依頼となっていた。

 

「初めのうちは私が正式に働くようになった時に依頼の内容を見て級区分ができるようにするためだったみたいだけど、そのことがあって他の冒険者たちもクエストの詳細情報を知りたがるようになったの」

 

 冒険者で受けられる依頼は採取の他にもある。わざわざ調べ物をするのは割に合わない依頼がいくつも残り続けていたのだが、この砂糖草騒動によって依頼の受付と共に情報提供が冒険者部門の受付嬢に求められるようになった。


「なるほど、エレーネ先輩が始めた仕事っていうのはそういうことだったんですね~」

「ええ。そして15歳を過ぎてようやく独り立ちして、マリーと一緒にギルド職員として正式採用されたのよ」

「アレンが冒険者登録をしたのもその頃よね。懐かしいわー……あのS級も当時は14歳だったからひたすら草むしりしてたのよねー」


 こうして昔を振り返ると、正面で遠い目をして懐かしんでいるマリーほどではないが、ずいぶん昔のことなのに最近のことのように思い出せた。


「シャルル〜、先輩たちが凄くおと――」

「サリナさん! それ以上は言っちゃダメです!」


 失言をしようとしたサリナをシャルルが止める。だがシャルルもその言葉からは同じことを思っているのが筒抜けだった。たしかに彼女たちから見たら今の私たちは年寄りに思えたのだろう。


「気にしなくていいわよ? それだけ私たちも色々と経験してきたわけだし。ね、エレーネ」

「そうね。鮮明に思い返せるほどの思い出になるような日々をあなたたちも過ごしなさい。それがきっと将来、自分を支える柱になるから」

 

 話は脱線したが、可愛い後輩二人が私やエリーくらいの歳になった時にこの時間を思い出してほしいとふと思ったのだ。この二人にもいずれ指導していく後輩ができる。その時のために……思い出に残るように私は過去の経験を伝える。

 

「んー? それじゃあ、何も問題はないんじゃないですか~? エレーネ先輩って恋愛以外は完璧超人ですし、無事に働けるようになったのならミスもしないですよね?」

「あなたのその絶対的な信頼はどこから来るのか知らないけど……先輩や冒険者の方たちによくしてもらいながら冒険者部門で働いていたわね」


 見習い時代から依頼に関わる情報に3年間触れた私は、依頼受注時に的確な情報を渡してくれるということで新人ながらに人気受付嬢となった。勤務年数で受付できる等級が決まっており、3年目まではD級以下と決まっていたところを冒険者たちの要望で部門長が特例でC級まで扱えるようにしたのが更に人気を押し上げたのだ。――まずは私のことからと話していると、シャルルが申し訳なさそうにゆっくりと手を上げてきた。

 

「あの……すみません、エレーネさん。これってアレンさんに関わる話ですよね?」

「そうね……少し長くなりすぎたかしら。じゃあ、アレンさんについて話していくわね。二人には信じられないかもしれないけど、今はS級の彼も私と同じでG級から冒険者を始めたのよ?」

「え、……え? エリーネ先輩? さすがに冗談ですよね? だってアレンさんって凄腕の冒険者じゃないですか」


 アレンがG級から冒険者を始めたというのはシャルルだけでなく、サリナも信じられないといった様子でポカーンとしてしまうほどの事実だった。それくらい薬草採取しかできないG級から始めた冒険者というのは非常に珍しい。なぜなら腕っぷしでのし上がるという先入観がこの職業にはあるからだ。現在S級のアレンは当然、強くて迷惑な魔物を退治したりもできる。だが、彼のそれは最初から備わっていた武力での才能ではなかった。

 

「あの雑草小僧がよくS級になれたものよね。って言っても、だから(・・・)S級になれたのかもしれないけど」


 当時、採取依頼限定G級として活動していた子どもはアレンの他に私だけだった。必然的に薬草などの採取依頼について一番詳しい私に隙を見て彼はよく訪ねてきていたのだが、私が正規職員になりD、E級冒険者たちの間で有名になにつれてなかなか話しかけられる状況ではなくなってしまった。そして、特例処置によって彼はある事件を起こしてしまう。


「雑草小僧って……マリーだって私と同じ年なんだから1つ年下なだけじゃない。それもあるだろうけど……彼にとっては誰にも文句を言われないためにS級まで上り詰めたとも言えるわ」

「エレーネさん! それってどういうことですか!?」

「私の心構えもいるから……まずはケーキを食べましょう。一つだけではあなたたちも食べ足りないでしょう?」

 

 隣からようやく本題かと食い気味にきたシャルルを抑えたところで新しく全員がケーキと紅茶を注文する。今度は全員バラバラで、私はモブランという木の実をすり潰して練り込んだクリームのケーキにした。

 

 マリーからは「このへたれ」と言われているような視線を感じたが到着したケーキを口に運んでからはひたすら無言で味を楽しんでいるようだった。

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