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5.

 バルメシアの街は川沿いに作られた地方都市だ。長方形に外壁が作られ、その四角に出入りのための門を構えている。その門同士を繋ぐ形で大きな道が通っており、交差する中央の道をメインストリートという。


「仕事帰りは甘いものよねー。職場が南地区寄りでよかったわー」

「うんうん! あっ、そういえば新しくオープンしたクレープ屋って知ってる?」

「えっ? 知らないから詳しく教えなさい! っていうかクレープって何!?」


 東西南北に分かれた地区はそれぞれに特色があり、南地区は繁華街として栄えている。小さな道をサイドストリートといい、南地区ではそれぞれ流行が作られている。なので今のような夕方や休日は若い女性たちが集まる地区となっていた。


「エレーネさんっ♪ 今から向かうお店はチーゴの実を使ったケーキがすっごく美味しくてですねー! どれもオススメなんですけどー、私のイチオシはチーゴのケーキです! シンプルにチーゴの甘さと酸味を楽しめて美味しいんですよー!」

「そうなの? じゃあせっかくだし、そのオススメのケーキを頼もうかしら」

 

 定時後、私服に着替えてからシャルルと一緒にサイドストリートを並んで歩く。止まることなく話し続ける彼女はとても楽しそうで私まで心が若返るようだ。奇遇にも今日は似たベージュのワンピースで側から見ればお揃いな姉妹と間違われても仕方がないかもしれない。


「もう、エレーネさん! 確かにオススメはしましたけど食べたいのを食べればいいんですよ!」

「わかってるわよ? けれど迷った時には決め手にさせてもらうわね」


 シャルルに「もうっ! エレーネさん!?」なんて叱られてしまったが彼女も本気ではない。そんなやりとりがさらに姉妹感を高めているようで絶対にギルド職員にこの姿を見られたくなかった。ちなみに彼女と姉妹に見られるのは別に構わない。ただ揶揄われるのが嫌なだけだ。

 

「あ、そういえばエレーネさん。こっちの方にはあまり来ないんですか?」


 左右にあるお店を物珍しそうに見ていた私が普段、この道を通らないと推測したのだろう。これから行くお店やケーキなどについて話していたシャルルだったが私の興味に付き合ってくれるようだ。

 

「そうね。考えてみたらメインストリートから大きく離れたこともないわね」

 

 生活総合ギルドはこの街のほぼ中央にある。自宅も北地区の住宅街、さらにはメインストリート沿いにあり、南地区へはあまり足を運ばない。そもそも生活する上でサイドストリート自体にあまり入ったことがないように思えた。


「よかったら道すがらこの辺りのお店を教えてもらえるかしら?」

「はい! 喜んで!」


 メインストリートから道が一本ずれただけで人通りがグッと減り雰囲気もかなり違う。ふシャルルから目についた可愛い雑貨屋や服屋なんかの話を聞きながら南地区を歩く。穏やかな空気の流れる街並みの先にその喫茶店はあった。


「えっと、やってますね! このお店、さっきも話しましたけどチーゴのケーキが美味しいって評判なんですよ!」

「そうなの、楽しみね。シャルルがオススメしてくるほどだもの、どんなかしら」

 

 木造の可愛らしいお店は女性たちの癒しの場を演出していた。店先に『Open』と書かれた看板が立っており、定休日でないのをシャルルと二人で確認してから華やかで綺麗な花が飾ってある扉を私が開ける。カランカランとドアに付いていたベルが鳴り、店内の景色が瞳に飛び込んできた。


「まぁー! とっても素敵なお店ね。中もとてもお洒落だわ。ありがとう、シャルル」

「ふふっ♪ 気に入ってもらえたようでよかったです!」


 店内にも紫の花が飾られて視界を楽しませ、扉を開けた瞬間から焙煎の香りが店の外に溢れ出す。こんなお洒落なお店に入ったのは相当に久しぶりだ。カウンター席にテーブル席と、他の客もそれなりにいて、入店した時に鳴ったベルの音に何人かは反応して視線をこちらに寄越す。

 

「あっ! エレーネ先輩たち! こっちですー!」


 そのうち一人が振り向き声をだして手招きしてきた。一番奥の窓際にあるテーブル席に背を向けた女性二人客の一人で、見覚えのあるツインテールを揺らしながら……。


「……えっと、シャルル? アレは?」

「すみません、あとでご説明させていただきます。店の人にも迷惑がかかるので、まずは中に入りましょう」


 先ほどまでウキウキしていたのにシュンとしてしまったシャルルに対し、これ以上ここで説明を求めるのもあれなので仕方がなく呼ばれた薄緑色と赤色の髪をした二人の女性が座る席へと向かった。


「エレーネ先輩! シャルル! お疲れ様です! 二人ともモンレティーでよかったですよね? 来店したら持ってきてもらえるように注文はしてあるのですぐにきますよ!」


 席についてすぐ、私たちを呼んだサリナは手早く店員に注文していたものを持ってくるように指示をする。申し訳なさそうなシャルルと対照的で、その雰囲気から子犬と子猫を二人に重ねた。


「ありがとう、サリナ。仕事でもこうだと嬉しいわ」

「エレーネ先輩、御冗談を~。私はいつもこうですよ〜」


 酸味もあり疲れが取れるモンレの果汁の飲み物を用意してきたのに対し、普段の仕事からこれくらいテキパキ働いてくれたらなと思って口にした言葉だったが、暖簾に腕押し。自己評価のとても高いサリナは笑い話と受け取ったようだ。


「……はぁ。随分と大所帯になってるけど、とりあえずお疲れ様」

「お疲れ、エレーネ。悪いわね、面白そうだったから参加させてもらうわ」


 最初に挨拶を返したのはマリー、黒を主体にした服を着て悪びれる様子がないのが実に大人らしい。シャルルたちには真似して欲しくはないが普段の彼女に憧れる職員は多かったりする。

 

「サリナとシャルルもお疲れ様」

「お疲れ様です。エレーネ先輩」

「お疲れ様です!」

 

 先輩であるマリーが先に言ってしまったためタイミングを逃した二人にももう一度、仕事終わりの挨拶をした。


「それにしても本当に、どっと疲れたわね」

「まあまあエレーネさん。いいこともあったんですから帳消しですよ」

 

 互いに労い一息つく。手回しの良いサリナのおかげで私たちの元にレモンティーはすぐに運ばれきたので、それを飲んで喉を潤した。


「なんていうか、あんたたち本当の姉妹みたいね。茶化しじゃなくて雰囲気が」

「ありがとうございます! そうなれたら嬉しいです!」


 マリーが私とシャルルを交互に見ながらそんなことを呟いた。彼女との付き合いも長いので本気でそう思っているのもわかった。


「私もあなたのような妹なら大歓迎よ」

「ちょっと〜、エレーネ先輩? どうして今、チラッとこっち見たんですか〜?」


 サリナから抗議が飛んだがそもそもの話――。


「で、シャルル。どうしてこの二人もいるのかしら」


 私とシャルル、二人で話をするためにこのお店を訪れたはずだ。別にこの二人なら聞かれても問題はないが、呼んでもいないサプライズゲストの登場のようでどう触れたらいいか悩んでいた。なのでこの流れでどういうことか聞くことにした。

 

「すみません! エレーネさんの様子がおかしいと詰められて⋯⋯サリナさんに話しちゃいました!」

「――ふぅ。まあまあ、エレーネ先輩。恋愛、結婚についてなら私に任せてくださいよ。なんたって! 私は今日! プロポーズされた女ですからね!」


 横に座る私へと向き直り、必死に謝るシャルルからは悪気が一切なくこの状況になってしまったことが窺えた。


 そんな彼女をよそに、この状況を作ったもう一人の後輩、サリナは緑の果実、グリパムを絞って作られた果実水飲むのを止めて幸せ満開でドヤりながら胸を張る。彼女は誕生日だからと私が代わりに仕事を引き受けている間に、恋人のカノンからプロポーズをされ婚約を結んでいたのだ。


「あなたが謝ることじゃないわ。確かに私も少し浮かれてたし」

「……少し〜? 私、エレーネ先輩のあんな姿初めて見ましたけど? っていうか今も凄く人間っぽいです」


 サリナをスルーし、シャルルをフォローする。いやフォローしたはずだったのだがジト目で失礼なことをサリナから言われた。だが仕事人間で堅物だった私には自覚もあり、なかなかに反論がし辛い。


「で、あんた。ようやく覚悟を決めたの?」

「……そうね。いい人がいたらって思っていたけど、彼への気持ちに整理は付けたいってのもあるかしら」


 マリーは私の言葉に満足したのか「そう。なら応援してあげる」とだけ言って紅茶を口に含んだ。一方、私たちが真剣な話をしているのを察してかシャルルに対してずっとサリナが婚約自慢をしていた。

 

「幼馴染なんてボーナスステージじゃない。むしろ、もしそれでフラれてたら笑い者ね」


 見かねたマリーは幼馴染ならプロポーズされて当然と煽る。それを耳にしたサリナはシャルルへの自慢話をやめてマリーに勝ち誇ったような顔をした。

 

「マリー先輩になんと言われようと、プロポーズされた私は勝ち組なんです! 悔しかったら先輩もプロポーズされてください!」


 今のサリナはギルドで恐れられている彼女が相手でも煽り返すほど怖いものなしのようだ。今朝は準備が忙しくてプレゼントの詳細を彼女は話さなかったが、営業が少し落ち着いた頃に教えてくれた。お世話になってる私には一番に報告したかったと言って、この騒がしいサリナがそれまでは大人しくしていたのには驚いたものだ。

 

「⋯⋯いい度胸ね。エレーネ、あなたの生意気な後輩、私にくれないかしら? 再教育してあげるわ」

「いやよ。確かに鬱陶しいくらい今日は騒がしいけど……彼女にとったら一生に一度のめでたい日だもの。目をつぶってあげて。それにマリーも同レベルだったわよ?」


 意識の大半を赤く甘酸っぱいチーゴのパフェに集中していたマリーが隣に座るサリナに睨みを効かせるのを私は止める。サリナは残念ながら気付いていないが、マリーのあの目は本気だとわかったからだ。今のサリナと同レベルと私に言われ、不機嫌になりながらも彼女は矛を収めてくれた。

 

「というか、どうしてあなたまでいるの……」

「ナンシーから聞いたのよ。ちょうどサリナとシャルルが話てる時に近くにいたらしくてね、私に教えてくれたってわけ」


 話を戻してマリーにここにいる理由を聞く。すると彼女は又聞きではあるが、ほぼ同じタイミングでこの定時後のお茶会――兼、結婚依頼会議のことを知ったようだった。


「ナンシーねー。……はぁ、明日には噂で広まってそうね」

「残念ね、エレーネ。彼女と私で部門長に、どんなS級依頼が来ても冒険者部門は依頼を張り出すようすでに理由を話して約束を取り付けてあるわ。安心して依頼を出しなさい」

「エレーネさん……大変言いづらいのですけど、帰る頃には皆さん賭け事の対象にし始めてましたよ」


 マリーの後輩であるナンシーは口が非常に軽い。そのことを聞いて頭を抱えているとマリーは嬉々として、シャルルは申し訳なさそうに追い討ちをかけてきた。


「私はエレーネ先輩からの依頼を受ける方に賭けました!」

「もちろん私もサリナと同じね。というより、拗らせていたあなたから動くのなら受けないに賭けるギルド職員はまずいないわね」


 シャルルが賭けについて私に伝えたからか、二人は私の依頼をアレンが受ける方に既に賭けたと報告してきた。


「だから私とアレンはそういうんじゃないんだけど……。まあ、いいわ。シャルルは……聞かなくてもわかるわね」

「ごめんなさい! 少しだけ私も乗ってます!」

「……はぁ。ナンシーが始めたことだし、あなたは最初から彼が依頼を受けるに賭けてるものね。それじゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」

 

 とりあえずこの状況と、生活支援ギルドの冒険者部門で行われている賭けについても理解した。なので二人のことはひとまず置いておいて、契約結婚依頼の内容について話し合うためにシャルルから預かったS級依頼書をテーブルに置いた。すると正面右側に座るサリナからジト目で何か言いたげな視線を感じた。


「……そんなに見られると集中できないんだけど。何か言いたいことがあるなら聞くわよ」

「うーん、そもそも先輩はなんであそこでヘタレちゃったんですか〜? いつもと少し雰囲気が違いましたよね〜? あの時に告白しておけば、こんな依頼をする必要なかったんじゃないですか?」


 視線が気になるとサリナに伝えると、さきほどの受付でのやりとりを見ていたようだ。そんな彼女から見てもいつもとは違う私たちが、何も進展しなかったのに対して呆れているようだった。


「今に始まったことじゃないわよ。あんたもエレーネの後輩ならわかるわよね? ――それにしても、ここのチーゴは初めて食べたけれど凄く美味しいわ」


 その横でマリーは、窓から差し込む夕陽に真っ赤な髪を煌めかせながら何でもないようにチーゴのパフェをパクついていた。


「そういえば注文がまだだったわね。私はチーゴのケーキを頼むけど、あなたたちはどうする?」

「奢りならエレーネ先輩と同じで!」

「私もチーゴのケーキにします」


 結局、チーゴのケーキを四つ注文した。マリーが「じゃあ私も次はそれにするわ」なんて言ったからだ。ケーキはすぐに運ばれてきたのでさっそくいただく。


「……美味しい。こんなに美味しいのは初めて食べたわ」

「よかったー! お口に合ってよかったです!」

 

 シャルルのオススメするのが理解できた。とても瑞々しく甘味は上品、それでいて仄かな酸味がケーキととても合うのだ。私の言葉を聞いて安心してからシャルルもケーキを食べ始めた。

 

「ねえ、エレーネ。この子達にあの時の事を話してあげるつもりでしょ? 言いづらいなら私が代わりに話してあげるけど」


 ケーキを四人で楽しんだあと、マリーは徐に口を開いた。彼女は面白半分で他人の恋愛に口を出したりはしない。それは私が起こしたとある事件に起因する。そんな彼女がこの場にいる理由が今の一言で私にはわかった。

 

「ありがとう、マリー。けれど私の口から話したいの。アレンがどうして私によく話しかけてくるのか、どうしてS級を目指してこの街を出て行ったのかを」


 私の本気がわかったようで彼女は一言「そう」とだけ言って再び注文したパフェに戻っていった。


 詳細に語るには時間はいくらあっても足りない。なので二人には過去の冒険者部門で私たちに何があったのかだけを説明することにした。


「……私とアレンが昔からの顔馴染みなのは二人とも知ってるわね?」

「はい。確かアレンさんが駆け出しの時からエレーネさんにアタックしていたって先輩達や他の冒険者の方から聞きました」


 私がアレンとの関係を知っているか訊ねるとシャルルは当たり障りない広まっている情報を口にする。事実でもあるこの情報だけを耳にしている彼女は、私に対してアレンが今も好意を持っていると誤解するのも無理はない。

 

「トムさんやイヴァルさんなんかも、エレーネ先輩たちのことは顔馴染みだしそんなもんだとしか教えてくれないんですよね〜。絶対にお似合いなのにほんと、なんで付き合ってもいないんだか」


 恋人のカノンを通じて商業の人たちと仲の良いサリナも詳しくは知らないようで、図らずも生活総合ギルド『バルメシア支部』において、一種のタブーがまだ続いているのを改めて確認した形となった。


「それじゃ、昔話をしてあげる」


 私、エレーネが生活総合ギルドで働き始めたところから――。

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