21. その依頼、謹んでお受け致します。
世界中に存在する生活総合ギルド。そこは脅威や素材となる魔物の討伐、薬草採取、商品の発注や仲介、家事手伝いなど、生活に関わる事ならなんでも依頼できる組織で、内容に応じて冒険者部門、商業部門、生活支援部門と分かれている。
「すみません、マリーさん! 依頼書の在庫チェックを忘れていてC級が不足しそうです!」
「サリナ! 旦那に頼んであっちの定期便で隣町から送ってもらいなさい!」
「おっ、トムさん。今夜どうだい?」
「ほぉ。朝から誘ってくるたぁ、新入り! いい心掛けだな!」
「キーウェンさん、今日も眠そうですね。お盛んなのはいいですけど仕事はちゃんとしてくださいね」
「わかってるよ……まったく、アナからの愛が重い」
そんな生活総合ギルドの朝は早い。ここ、地方都市バルメシアでも日が昇り出した頃からギルドの中から様々な怒号や物音が聞こえてくる。白のブラウスに上は黒のジャケット、下は赤のロングスカートの制服に身を包んだ勤続14年、今年で29歳になった私、エレーネの所属する冒険者部門でも刻一刻と迫る営業準備に追われていた。
「エレーネ、ラドン部門長からの指示よ。今日から一週間、アレンと一緒にヌマイまでメタルスパッグ捕獲の依頼に同行しなさい」
「また急ね。何かあったの?」
あの悪魔による事件から一年、当時の爪痕はすでになく、私も完治して復職。いつもの日常が戻っていた。
「特にないわ。アレンの依頼ついでに湯治へ行かせたいってところじゃない?」
「なるほど。自分ではもう平気だと思うけど……せっかくのご厚意、従うわ。――シャルル! ちょっといい?」
悪魔事件は私の犠牲で――私以外の被害者らしい被害者もなく幕を閉じたらしい。そのため、事件は対外的に黒龍の卵が孵り暴走、それをS級冒険者のアレンが討伐したという彼の作り話が史実として語り継がれる事となった。ちなみに、首謀者のアナは商業部門に頼まれて案内説明をしていた生活支援部門のキーウェンと結婚、彼女はギルドを辞めて寿退社となっていた。
「はーい! エレーネさん! 何でしょうかー?」
「一週間の出張になったわ。あとのこと、任せても大丈夫よね?」
シャルルは私が石化していた半年をマリーやサリナ、ナンシーといった先輩を適材適所で頼りながらしっかりと仕事をこなしていたらしい。私が戻ることで忙しさが和らいだと言っていたが、いなくても冒険者部門が回るのは証明済みだ。彼女もそれがわかった上で「任せてください! アレンさんとの温泉デート、楽しんできてくださいね!」と元気よく返事をしてくれた。
「マリー? なんで当事者の私より先にシャルルが知っているわけ?」
「そりゃ、私の可愛い後輩だもの――なんてね、大丈夫だとは思ったけど私たちの可愛い後輩に一応、確認しておいたのよ」
これはどういうことか説明を求めるとマリーは事前にシャルルの仕事量を確認して私の出張で増えることを伝えておいたようだ。
「まあ……そうね。遅くなったけど、二人の面倒を見てくれてありがとう」
石化している間、サリナとシャルルのことを指導し、見守ってくれていたマリーにお礼を言う。彼女は「まあ現場管理者だから当然よ。お礼は受け取っておくけど気にしないで」なんて言って去っていった。それからアレンが来るまでに一週間分の出張準備を始めた。と言っても、用意するのは携帯用の食事を少しと自分の着替えくらいなものだ。
「ヌマイまでは乗り合い馬車で移動、毎日中継地の町に立ち寄るから食事と宿はあまり心配しなくていいっと」
頭の中で地図を広げてルートを確認する。今回はメタルスパッグの大量捕獲ということで出来る限り荷物は減らした方がいいだろう。これはアレンの受けた依頼なので捕獲方法や持ち帰り手段なども彼に任せなければならない。そうこうしていると「エレーネさん、おはようございます!」と、アレンがやってきた。
「おはようございます、アレンさん。今日からよろしくお願いします」
結局、お互いに呼び捨てはプライベートでのみということで話がついた。S級冒険者のアレンさん、受付嬢のエレーネさん、仕事である以上、そこは分けておいた方がいいとなったのだ。「こちらこそよろしく」と軽い挨拶をして二人で持ち物の確認をし、問題のないことを確認してからギルドから並んで出た。
それからは二人で景色を見ながら旅をし、その土地で取れた野菜などを食べ、さすがに未婚の男女なので部屋は別にしたが同じ宿で眠った。バルメシアを出立し三日後のお昼、ようやく目的地であるヌマイ温泉街へと到着した。
「着きましたね。アレンさんは依頼で何度か訪れたことがあるんですよね?」
「そうだね。いい宿も知っているからまずはそこの確保に行こうか」
道中でアレンは、とても気に入っている宿があると熱く語っていた。そして、そこに私を連れていきたいと言っていたので恐らくはその宿だろう。川が流れる山間を切り開いて作られた温泉街で、石畳の道を自然と手を繋いで進む。
「ここなんだけど……休業中になってるね」
「ほんとですね。残念ではありますが仕方がありません」
街の奥に佇む立派な旅館は残念ながら休業中の張り紙があり、ほかの宿を私たちは探すが――。
「あの宿、メタルスパッグに気に入られて大変だねぇ」
「まったくだぁ。あれじゃ温泉に入れたもんじゃねぇ。休業も仕方がねぇべ」
街を歩いていると地元の人たちの会話が耳に入った。
「エレーネさん、これは依頼をギルドが受けていい事案じゃないかな」
「そうですね。困りごとを解決するのが生活総合ギルドの使命ですし話を聞きに行きましょう」
先ほどやってきた『縁風荘』という看板がかかった旅館へと戻る。主人が住んでいるという住宅部分へと向かうと、ちょうど家から出るところだった主人の男性と鉢合わせることができた。
「あのすみません。こちらにメタルスパッグが大量発生していると小耳に挟んだのですが――」
「なんじゃ! この旅館は売らんぞ!」
私が話を切り出すと警戒感を露わにしてきた。どうやらそれを口実に安値で旅館を買い取ろうとしている輩がいるようだ。
「私たちはむしろ逆です。彼がこの旅館を気に入っていて訪れたのですが、休業中ということで諦めようとしたところそんな話を聞いたのでちょうどお互いの利益が合致しそうなので相談に参りました。もしよければお話を聞いていただけませんか? ――申し遅れましたが、私は生活総合ギルド、バルメシア支部の冒険者部門で働いているエレーネと申します」
「俺は冒険者のアレンだ。こう見えてS級だから力になれると思う」
バルメシアから離れたこの地にギルド職員が来るなど詐欺か何かだろうとさらに警戒を強めていた旅館の主人だったが、ナイヒダ温泉とメタルスパッグの捕獲依頼の話でようやく納得し警戒を解いてくれた。
「てこたーなにか? お前さんらがあの蛙を駆除してくれるのか?」
「捕獲ですが、そうです。私たちもメタルプパッグを探す手間が省けてお互いに益がある話だと思うのですがいかがでしょうか?」
ここまで話が進めばもちろん主人は頷いた。全部持って行ってくれるなら宿代はいらないと大盤振る舞いだ。
「まあ、あの蛙を知識なしに処理するのは骨が折れるからね……」
「そうですね。私たちで何とかしましょう」
決まったのなら即行動、アレンは鍋にお湯を張り、蛙を入れては倉庫の袋まで運ぶ。その間に私は主人にこの蛙の生態について話しておく。作業は夕方には終わり、店主はもろ手を挙げて感謝してくれた。
「けれどこれだけの量を運ぶのは手間ですよ?」
「ウリアムにハーモン、ラヴィエラも最初から運搬のために呼んであるから大丈夫だよ。今はバラバラに行動しているけどパーティメンバーだしエレーネさんにはちゃんと紹介しておきたいからね」
アレンは最初から自身が率いるパーティー『灰色の勇姿』のメンバーを紹介してようとしていたようだ。
「ところでエレーネ、温泉街でも見て回らない?」
「いいですね。アレン、エスコートはお願いします」
彼が呼び方を変えたことで私もそれに合わせてプレイベートモードへと切り替えた。温泉饅頭という食べ物を食べたり足湯に浸かったり、浴衣というこの地域の服をレンタルしたりと楽しい時間を過ごした。
旅館に戻り温泉も堪能した。夜は布団を並べて手を握って眠った。
「おうアレン! 待たせたな!」
「はじめまして、エレーネさんですよね? アレンから話は聞いてます」
「アレンっち~、わたし疲れた~。先に温泉入ってていい?」
三者三葉に個性的なメンバーがそろったが、アレンが咳払いをして三人を抑えつける。きっとこのパーティはアレンが文字通りリーダーとしてまとめているようだ。
「エレーネさん、俺たちの持ち込んだ巻物で迷惑をかけてすみませんでした」
「「「すみませんでした!」」」
そして、アレンがあの時のことを正式に謝罪した。確かに彼らが持ち込んだものだったがあれは事故だ。なので私は「済んだことです。気にしていません。ですが、謝罪を受け入れます」ときちんと言葉にして伝えておいた。それから宴会を行い、温泉に入り、三人は寝る場所を他に確保しているといって出て行った。言葉だけでは気が済まないので蛙の搬送をしておくからアレンとゆっくりしてきてほしいとのことだった。
お言葉に甘えた私は温泉旅行を満喫し、予定通り一週間後にバルメシアへと戻ってきた。
「なんだか一瞬で終わってしまいましたね」
「ギルドに戻るまでが依頼ですよ。気を抜かないでください」
彼を見ていると自分も無意識に気が緩んでいる気がして、彼に言うフリをして自分に言い聞かす。そんなこととはつゆ知らず「そうだね。気合石れて凱旋しようか」なんてアレンは言った。
「エレーネ、ただいま戻りました」
「あんた、今日は休暇扱いになってるんだからそんな声をあげた報告しなくていいのに。長期出張は最終日と翌日、翌々日を休みにする規則でしょ」
最近、というか数年以上、長期出張に出ていなかったので忘れていたがそういう規則があったのを思い出し、ありがとうを伝えた。
「それよりも、――はい! みんな静かに!」
けれどそんな恥ずかしいミスを気にする間もなく、マリーの一声で冒険者部門ないが静まり返る。何事かと思っていたらアレンが私の前で膝をついた。
「エレーネさん、……いやエレーネ。俺と結婚してくれ」
宝石のあしらわれた指輪を差し出され、突然のプロポーズを受けた。マリーの様子だと冒険者部門の職員、冒険者は全員知っていたのだろう。彼女を見ると「驚いた?」と目で言われたような気がした。
「……はい。喜んでお受け致します」
彼からの指輪を受け取り指に嵌める。彼の燻し銀に近い色の宝石が輝きを放っていた。
「エレーネ先輩」「エレーネさん」
「サリナにシャルル、二人ともどうしたの?」
おずおずと進み出た二人は私に依頼書を手渡した。
「私たちからの依頼を」「エレーネさんに受けてほしいんです」
内容を確認すると等級Fでの依頼で――。
『依頼者:サリナ・シャルル 依頼内容:エレーネさんの幸せ 報酬:私たちからの祝福 期限:エレーネさん次第 特記事項:お幸せに!』
「ふふっ、何よこの依頼は……ラドン部門長の承認まであるし……去年のはなんだったのよ」
本当にふざけた依頼だ。けれど――。
「ありがとう、二人とも。この依頼――謹んでお受け致します」
私がそう宣言するとアレンが私を抱きしめて「絶対に幸せにします」と皆の前で誓ってくれたのだった。
皆に祝福され、こうして受付嬢をしていた私、エレーネの依頼を巡る一連の騒動は幕を閉じた。
受付嬢のエレーネさんを最後まで読んでいただきありがとうございました。
皆さまにもハッピーエンドが結末がいつも訪れますことを心より願っております。
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