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2.

 生活総合ギルドの朝は騒々しい。冒険者部門でも朝から問題が発生したりと天手古舞だ。


「レムリオくん、昨日納品されたウスバカニッパーの鋏ってキミが依頼の達成処理してたよね?」

「はい。ちゃんと商業部門に納品しておきました」

「はぁ……、やっぱり。あれって生活支援部門からも内部依頼が出ててさ、あっちの方が期限近いんだよね。キーウェンさんから催促もされているし、忙しいところ悪いけど一緒に回収にいくわよ」


 例えば、そう。もう少し男手が欲しいと商業部門から配属された若手職員のレムリオが、指導係のフィーナに少し理不尽に思えるようなミスで仕事を増やされていたり、本当に様々な声や物音がこの冒険者部門からも飛び交っている。


 そんな営業開始準備に追われる慌ただしい雰囲気の中、シャルルがマリーとの結婚の話を聞いていたようで何か言いたげに話しかけてきた。

 

「けど、やっぱりこんなこと言わない方がいいのかな? さすがにお節介な気もするし……」

 

 けれど視線を左右に振りながら遠慮がちになっているあたりまだ迷っているようだ。恐らく結婚、お節介という単語から年齢的な励ましだろう。シャルルのことなので『まだ大丈夫ですよ! エレーネさんに合う素敵な殿方はいます!』なんて力説しようとして声をかけたはいいが、私に気遣って言い淀んでいるといったところかもしれない。


「いいわよ。そこで止められても気になるだけだし、ね。けれどシャルル、あなた、自分の準備はもう終わったの?」

「あっ、はい! エレーネさん、先ほどはありがとうございました! なんとか営業開始前に終わりました!」


 なので緊張をほぐすためにおしゃべりは準備が終わってからとシャルルに受付カウンター周りの準備の状況を確認すると、先ほどまでアオパソッカの依頼に対する資料を準備していた彼女から無事に準備が終わったとお礼と共に報告を受けた。


「もう終わったなんて凄いじゃない」

「えへへー! 皆さんに比べたらまだまだですけど、早く一人前になれるように頑張りますね! アオパカッソと月照花の依頼で準備するのはベルナ湿地帯周辺の地図です。それもちゃんと覚えましたよ!」


 私が褒めるとシャルルは照れながらも嬉しそうに意気込みを両手でグーを作って宣言する。さきほど教えたこともしっかりと覚えたようで、それについても「もう大丈夫そうね。頼りにしているわ」と期待を伝えてあげる。確かにまだ新人ということで与えた仕事量は少ないかもしれない。けれど、それは今の彼女に合わせた仕事量だ。本人に仕事を覚える気概もあり私は後輩の成長を嬉しく感じた。


「じゃあ明日からはもう少しお願いしてもいいかしら?」

「はい! 任せてください! ご期待に添えるよう頑張ります!」


 元気のよい返事をするシャルルはきっと私の期待に応えてくれる。私がもしこの仕事を離れても冒険者部門はなんとか回っていくだろう。


「それでシャルル、何か私に言いたいことがあったのよね?」

「あ、そうです! えっと――、エレーネさん! エレーネさんって冒険者の方たちに凄く好意を寄せられているのに気付いてらっしゃいます?」

 

 緊張を解すだけのつもりだったが、シャルルは仕事を褒められたことで自信が付き、ようやく話す決意をしてくれたようだ。けれど予想していたものとは少々違っており……励ましてくれるものとばかり思っていたら私を問い詰めるようなものだった。

 

「そんなことあるわけないでしょ? 私はあなたのように可愛らしくもないし、受付に座っていても誘いを受けたことはないもの」

「いやいやいやいや、誘いならよくアレンさんから受けているじゃないですかー! 仕事が終わったら一緒にご飯を食べに行かないかとか毎回のように!」

「シャルル、落ち着いて。あれは社交辞令よ?」


 彼女は「それはないです!」と勢いよく私の言葉を否定する。確かにアレンからご飯には誘われることはある。けれど私が断ると「残念。また今度誘うよ」と軽いノリで引いていくのだ。確かに頻度は多い、というかクエスト報告をする際、彼はいつも私のところにきて誘っていたような気もしてきたがやはりそれはないと期待を頭から振り払った。


(……だって誘ってくる彼の目はあの時ほど本気じゃないもの)

 

 アレンとはG級冒険者だったころからの付き合いだ。S級冒険者を目指す以前も「エレーネさん! このあと時間ありますか!?」なんて誘われたことはあった。けれど、当時の私はとある事情から彼の熱意がこもった目に応えることができなくて今と同じような対応としてしまっていた。そんな私だから彼の目を見ればわかるのだ。状況としては同じでも今のアレンからは熱意を感じられない。なので誘いは社交辞令だという私の結論は変わらなかった。

 

「確かにアレンさんとは駆け出しのころからの付き合いだけど、それはさすがに憶測が過ぎるんじゃない? 私たちのやりとりはお約束のようなものよ?」

「も~っ! そういうところですエレーネさん! そうやって全部お世辞にしていつも受け流してるじゃないですか!」


 まだ若いシャルルは社交辞令というものを知らないのだろうと説明してみても一向に引く気配はない。それどころか話が通じないとばかりにシャルルはどんどん興奮していく。アレンはこの街に一人しかいないようなS級冒険者だ。そんな彼が私なんかを選ぶわけがないのに……。


(もしも昔と変わらない熱意で迫られたらきっと今の私なら頷くはず。だから彼も本気じゃない)


 彼に好意を抱いていないかと言われたら嘘になる。けれど私は受付嬢で彼は冒険者、ギルド内では仕事上の関係だ。私が本気になったら彼に迷惑をかけてしまうようで、そんな二つの気持ちから私は彼の誘いを断り続けていた。

 

「仮にそうだとしてもS級冒険者に色目を使うわけにはいかないわ。あくまで私たちは仕事上の関係なの。もしそれが原因でこの街を彼が離れられたら大変なことだわ」


 生活総合ギルドは世界中に存在しており、冒険者の等級に見合った適切な依頼を提供するためその依頼等級はギルド規定で定められている。もしアレンがこの街をはなれてしまったらS級依頼を出したい人は世界中のどこかにいる冒険者が立ち寄って依頼を受けてくれるのを祈るしかなくなるのだ。

 

「……はぁ、わかりました。とりあえずアレンさんの件は置いておいても、ほかの冒険者の人たちもエレーネさんに好意的ですし絶対に気がありますって!」

「思い当たる節はないわね。ほかの方に関しては誘いも受けたことはないのだけれど……」

「それはアレンさんが目を光らせているからですよ~! ダインさんがS級に目を付けられるせいでエレーネさんを誘えないって愚痴ってましたもん! それに他にも――」

 

 冒険者の人たちの中に私に好意を抱いている人は何人もいて、S級冒険者のアレンが抜け駆けをしないように止めているとシャルルはいう。実際、過去にはアレン不在の時にしつこい方に対して彼を引き合いに出したりもした。だけどそれも彼がこの地方都市バルメシアを離れている間の話だ。アレンの活躍は噂話ながらこの街にも届いていたので利用させてもらっただけだ。アレンは戻ってきて一年以上経過しており、シャルルの口から出てきたダインさんは最近になって冒険者に転身した元大工で彼とも気が合うのか親し気な様子だ。そんな彼が噂話でそんなことを言うだろうか?


「本当にダインさんがそんなことを?」 

「はい! エレーネさんのおかげで安心して依頼を受けられる。結婚するならエレーネさんのような安心感を与えてくれる女性がいいとまで言っていました!」


 この明るく元気なシャルルは嘘をつくような性格でない。きっと何かそれっぽいことをダインさんは適当に言っていたのだろう。けれどあまりにも話を盛りすぎているような気がした。

 

「きっとただのお世辞よ。私よりもあなたのような若くて可愛い子の方が男性は好きなはずだもの」

「普段は頼もしい先輩なのに残念すぎる……いいでしょう! そこまでいうなら! 匿名でアレンさんに結婚の依頼を出してください!」

「えっと……シャルル? 私の話、聞いてた? 私たちは仕事上の――」


 このままだと話は平行線上だと思ったのか、シャルルは私から結婚を申し込んでアレンの気持ちを確かめようと実力行使を提案してきた。


「だから匿名でです! アレンさんならエレーネさんからの依頼を匿名でも絶対に察して受けてきますよ! あんなに好きなんですもん!」


 力説するシャルルの理屈になるほどと感心する。あくまで匿名なので角の立たない依頼だ。もちろん私は依頼者がエレーネであることを悟られないように事務的な文章にする必要があるが、それでも私が書いたことを彼が見抜いて――依頼を受けてくれるなら私も確かに納得できる。けれど――。

 

「えっと……こういうものは生活支援部門の仕事よね? 匿名で依頼を出してもアレンさんが依頼を見ることはないんじゃないかしら?」

「エレーネさん! 生支に出したところで『もうあんたら結婚しなさいよ!』ってチェルシーさんあたりに言われるだけで、その後の進展がないのは目に見えてるじゃないですか!」


 生活総合ギルドの生活支援部門、シャルルは略称の生支と呼んでいるが、そこは街での生活に関わることなら何でも依頼をできる部門だ。もちろんアレンも利用している可能性はあるが、依頼を見てもらえる可能性は低い。


「それに、そんな話をしたら強引にお見合いをさせられると思いますけど、そんなことになったらエレーネさんが断りますよね?」

「……そうね。きっと断ると思うわ」


 結婚希望者同士のマッチング業務もしているので依頼を出したらこっぱずかしい舞台が用意され、シャルルの言うようにいつもの流れで断る自分の姿が私にも浮かんだ。

 

「そうですよー。大体あそこは結婚相談所であっても特定の人に対しての恋愛相談は業務としてやってませんよ?」

「それもそうね。チェルシーにお酒のおつまみを提供してあげる必要もないわね」


 結婚相談は生活に直結する依頼だが恋愛相談は違う。まあ、個人的な肩入れで職員が結局は相談に乗っているようだが生活支援部門としては依頼を受付けてはいない。


「チェルシーさんってあの聖母って言われているチェルシーさんですか?」

「確かに聞き上手でそう呼ばれているらしいけど……彼女、実は凄い呑兵衛なのよ? 気になるなら貴方が二十歳(はたち)になったら飲み誘ってあげるわ」


 生活支援部門で働いているチェルシーは年も近いこともあって、部門が違うマリーとよく二人で仕事帰りに飲みにいっている。私もたまに誘われて同席しているのでもし生活支援部門で依頼を出したら絶対にそのことで弄られるのも目に見えていた。


「ありがとうございます! 今から凄く楽しみです! ――って脱線してる!」

「……はぁ。それで? 生活支援部門で依頼を出さないならどうするの?」


 生活支援部門で依頼を出さないということから嫌な予感がし、飲んではいないお酒の勢いで話を有耶無耶にしようとしたがシャルルに気付かれてしまった。ここまできたら腹を括るしかないとシャルルに続きを促した。


「なので! この冒険者部門で依頼を出しましょう! 少し失礼します!」

「え、ちょっとシャルル!? まったくあの子は……」


 嫌な予感は的中し、気合十分なシャルルは私の制止が追いつかない勢いで駆けていってしまった。上手い落としどころを見つけて話を終わらそうとしていたのだが徒労に終わる。この話はそれだけ真剣に考えてくれているのだろうと考え直すことにした。

 

「おかえりなさい、シャルル。その手に持っているのは――冒険者部門の依頼書ね?」

「はい! わけありの貴族様だったり偽装結婚だったり、生活支援のための結婚ではない、事情がある人の結婚依頼なら冒険者部門の担当です! なので冒険者部門で依頼しましょう! ――お金なら私が出しますから!」


 少しして戻ってきた熱彼女は手に持っていた一枚のまっさらな依頼書を持って熱弁する。冒険者部門での結婚依頼はちゃんとした正規の依頼だと。そして、その依頼書を私の目の前に置いた――というより叩きつけた。

 

「え、ちょっと待って……ねえシャルル、本気?」


 机の上にあるその紙を見て目を疑った。まず光沢が違う。不純物を取り除いたいつも扱う依頼書とは異なる文字通りまっさらな紙だ。さらにその依頼書は豪華な金枠で囲われていた。

 

「訳ありじゃない結婚依頼なんて一番安いF級依頼書でも受理されるのに、アレンへの依頼だからって10万ゴルドも払ったの?」

「はい! 冷やかしの依頼じゃないんです! アレンさんに向けての依頼ということなら指名依頼しかないと思います!」


 冒険者部門における依頼というのは依頼等級によって定められたギルドへの仲介手数料を依頼書の購入というかたちで先に支払い、依頼書を作成してから報酬予定額と共に預けることで問題がなければ受理される。


 この依頼等級というのは依頼書購入の際、依頼内容をギルド職員に話すとこで適正な等級を教えてくれるのだが、必ず依頼達成をしたい場合など、規定以上の高ランク冒険者への依頼が行えるように指名依頼という制度もあった。


「だからって……いえ、S級依頼書なんて初めて見たわ。ありがとう、シャルル」


 冒険者は自分の等級以下の依頼も受けられる。報酬はそれ相応だがS級冒険者がF級依頼を受けても問題はない。だが、普通は受けないだろう。逆に指名依頼を使えばS級依頼としてF級相当の依頼が受理される。報酬はこちらもそれ相応だが――貴重なS級依頼の実績作りになる。


 シャルルはそれを利用してこの町でたった一人、S級冒険者の彼だけが受けられる依頼書で無視できない状況を作り上げた。その姿が尊敬していた人と重なり――私の心は彼女には勝てないと折れた。


「わかったわ。それであなたが満足するなら、私も全力で依頼をさせてもらう。それでいいわね?」

「やったー! どんなお礼をしてもらおっかなー♪ っと、――絶対に上手くいきますからエレーネさんは安心しててくださいね!」


 その手腕には脱帽し、10万ゴルドという彼女の月給に近いお金を使ってくれたことと、きっかけをくれたことに感謝し、――私も覚悟を決めた。けれどこのままでは後輩にやられっぱなしのままなので私は一つ、条件を提示する。


「だだし! もし掲示期間が過ぎて破棄されたら、私から個人的にお礼をさせなさい。さすがに金額が大きすぎよ」

 

 すでに依頼手数料を支払っているかたちだが、まだ受理前で返金が効く。ただしその場合でも依頼書代の1割、1万ゴルドが何もしなくても消えてしまう。


 上手くいった場合は彼女の望むお礼に応えられる限りのことをするつもりだが、失敗したときに彼女だけがこのままだと損をしてしまうからだ。そんなことは先輩として見過ごすわけにはいかない。

 

「そ、そんな〜! 私は自分のために先輩を利用するんですよ?! それなのに~!」

「依頼の結果に関わらずあなたは私にお礼をされるの。もちろん10万ゴルド分ね。先輩の話を聞かずに暴走したあなたが悪いのよ? 反省なさい」


 一方的な善意は時として相手の負担となる。そのことをシャルルもこれで身をもってわかってくれたはずだ。ちなみに、当の彼女は「アレンさん! 絶対に受けてくださいね!」なんて祈り出していた。

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