意外な一面
私達が二年生に進級してから約一週間が経過した。今日は昼食後に二回目の劇の準備時間があり、私のグループはこれから台本と衣装作成に取り掛かる段階だ。
今は昼食の時間なのだが、私は早めに食べ終えて図書館にいる。シトラの言っていた占い師という職業について、聞いたことがなかったのでこれから文献を探すところなのだ。
「分類的にはここで合ってる筈なのだけれど…全然見当たらないわね。うーん…あ、これかしら?」
その本の題名は[過去に確認された職業一覧]。年季が入っているのか相当ボロボロだ。目次の索引でWの列を探すと、[Wahrsagerin(占い師)]という言葉が確かに見つかった。
「占い師は非常に希少性の高い職業で、四年に一人くらいの確率で適性がある人が現れる。その数の少なさ故に、詳しい能力は未だ未知数である…と。」
結局詳しいことは殆どわからなかった。後はシトラ本人に聞いてみるしかないが、そう簡単に教えてくれるだろうか?
昼食の時間の終わりを告げるベルが鳴り、私達は広場で劇のグループごとに集まった。
「今日は…何するんだっけか?」
「台本と衣装作成。それぐらい覚えておきなさいよ…」
私が怪訝な顔をすると、フォルズは苦笑いしながら目線を逸らした。これで何故か許せる気持ちになるので、なんだかんだ言って憎めない。
「んーじゃあ、レイニーは衣装のデザイン考えてくれよ。作るの大変だから複雑なのナシな。」
「どうしてぼくなの?」
「センス良さそうだから。」
「ありがとう☆」
そう言うとレイニーは早速デザインを考え、アイデアを片っ端から紙に書き留め始めた。すると今度は、フォルズは隅で座り込んでいたシトラに駆け寄った。しゃがんで目線を合わせ、彼女に話しかける。
「シトラは台本考えてくれないか?」
「えっあたしが?」
「うん…いやあの、シトラはこういう一人で黙々とやる作業のほうが好きかなって。」
フォルズが慌てて言い訳を並べる傍らで、シトラは嬉しそうな顔でクスクスと笑った。
「えへへ…ありがとー。」
「おう、手伝ってほしかったらいつでも言えよ!」
シトラとの会話が終わると彼は私のところに来た。
「さてと…デザイン決まったら俺は衣装の材料買ってくるよ。ラヴィーネは…今は特にやることないな。」
その言い方に私はムッとした。全員分の衣装作りなど、やるべきことはいくらでもある筈だ。私に任せてくれれば必ず満足の行く働きをしてみせるのに。何だか戦力外通告をされている気分だ。私が不機嫌になったのを感じ取ったのか、フォルズは理由を説明し始めた。
「四人分の衣装を作るにしても、一人でやるのは大変だろ?それに、ラヴィーネはもっと別の分野で活躍してもらわないと。」
「別の分野とは何よ?」
「…演技指導。多分この中だと、ラヴィーネが一番演技上手い。」
まだ見てもいないのに、フォルズは自信満々でそう言い切る。不思議の思い理由を聞くと、彼は即答した。
「ラヴィーネなら、きっとどんな事でも最高のクオリティに仕上げようとするから。」
フォルズには人をその気にさせる才能があるのかもしれないと、この時ふと思った。知り合ってまだ一年くらいなのに、まるで私の全てを知っているかのような口ぶりをする。何はともあれ、私は期待されたら答えたくなる性分だ。全力でやってやろう。
その後あっという間に授業が終わり、教室に戻ろうとするシトラを引き止めた。
「ねぇ、占い師はどのような職業なの?」
「…別に。何もないよー?」
無表情で軽く流され、シトラは足早に去ってしまった。何か隠していそうな気はするが、会ったばかりの人に深く聞かれても不快だろう。もう少し仲を深めてから、もう一度聞いてみよう。
次の日、また劇の準備時間が取られた。この日はレイニーはいつも通りニコニコしながらデザインノートを持ってきて、シトラは少し緊張した様子だった。
「皆おはよう。衣装のデザインが決まったよ!」
レイニーが見せてくれたノートには、全体的に黒が多めのタキシードのような魔王の衣装、ゆったりとした魔王の側近のローブ、橙色と赤を基調としたズボン型の勇者の衣装、黄緑色の裾が広がった魔道士の衣装など、個性豊かなモデル絵が描かれていた。
「結構良いな、これ。レイニーに頼んで正解だったよ。」
「褒めても何も無いよ?」
「あの、台本も一応完成したんだけど…変じゃないかな?」
シトラは原稿用紙複数枚を私に渡してきた。一通り読んでみると、登場人物の感情がよく表現できていてとても良かった。しかし、ナレーター役がいない以上どうしても役者の演技力にかかっている節は多々見受けられる。
「まぁ良いんじゃないかしら。私達の演技力に頼っている節はあるけどね。」
「んー、正直な感想ありがとね。じゃあ練習頑張ろっか。」
「そうね、ともかく皆一通り台本読んでみましょう。その後一回合わせるわよ。」
勇者役の台本を読んでみて思った。魔王の停戦の懇願も聞かず、ただ魔王が悪と信じて突き進む勇者。その姿に、父親の言う事が全てだと信じて敷かれたレールを歩いていた過去の私に、何となく似たものを感じた。自分が間違っているとは微塵も思わない、異常なまでの自信がある。
「じゃあこの場面だけ繋げて読んでみようか。シトラからだぞ。」
「うん。『魔王様、勇者一行が城の城門を突破した模様です。いかが致しましょう?』」
棒読みよりかはマシだが、側近のミステリアスな雰囲気があまり感じられない。もっと妖艶さを全面的に出して、少し顔にも笑みを零すくらいで丁度良いだろう。
「『え…え?本当に俺勇者に殺されんの!?ちょ、ちょっと待て。俺が何したって言うんだよ…』」
完全に棒読みの一歩手前だ。フォルズの場合、まずは感情を乗せて声を出す練習をしたほうが良いかもしれない。
「『ここか、魔王!遂に見つけたぞ…村の皆の敵、覚悟しろ!』」
「『落ち着いてください、勇者殿。相手はあの魔王、怒りに身を任せて勝てる相手ではありません。』」
レイニーはかなり上手だ。元々彼自身が表面上はチャラチャラした雰囲気を出して、隠し事をしていそうな人だ。落ち着きと腹の中がわからない疑惑の念を瞬時に感じられた。
物語の中で場面がひとつ分終わり、フォルズはそれぞれに試しにやってみた感想を聞いた。
「ぼくは楽しかったよ?まぁフォルズが大根役者すぎて吹き出しそうだったけどね。」
「あたしはあまり上手に出来なかったな〜。どうしても表情が固くなっちゃって。」
「で、ラヴィーネはどう思ったんだ?」
私は皆の演技を聞いて思ったこと、具体的に改善すべきことを包み隠さずそのまま言った。フォルズも最初は真剣に聞いていたが、私が彼の演技の改善点をきりが無い程挙げたので途中から元気がなくなっていた。
「俺そんなに下手くそだったかな…」
「えぇ、正直聞くに堪えなかったわ。まずは自分の役柄になりきることからね。」
「ラヴィちゃん、結構物言いが厳しいね。駄目だよー、もっと優しくならなきゃ!」
物言いが厳しいと、ロゼットからも言われている気がする。思い返すと私の父も[遠慮]の二文字を知らない人だった。死ぬ程嫌っている父との共通点を見つけてしまい、アイツとの血の繋がりを自覚させられる。
「それにしても、ガーチェさんが一番演技上手だったね☆」
「…?あら、そうかしら。」
「そうだよ、何よりさっきの台詞からにじみ出る憎しみと殺気!いやぁ圧巻だったよ!」
レイニーが手を叩いてやけに褒めてくれるので、こちらも少しばかり嬉しい気持ちになった。元々私は集団行動が苦手だった気がするが、今はそんな気はしない。
「これから指導宜しくな、ラヴィーネ先生?」
「そのニヤけた顔を止めなさい。でもまぁ、劇本番までは付き合ってあげるわよ。」
全てフォルズの計画通りだと思うと少々腹が立つが、悪い気分はしないので良しとしよう。