「分かち合う」の重み
「ガーチェさんいる?ちょっとこっちに来て頂戴。」
私の名前を呼ばれた気がして振り向くが、そこには誰もいなかった。周りをキョロキョロすると、先生が椅子に座って私に手を振っている。慌てて先生のもとに行くと、先生は一枚の冊子と複数枚の紙を持っていた。
「はいこれ、この前のテストの結果よ。後でじっくり見てね。」
そういえば、進級テストを受けたのは一昨日だ。受けたのが私だけとはいえ、返却されるのがやはり早すぎると感じた。
テスト結果は裏返しで渡されたので、ひと目見ただけでは点数がわからない。見なければならないけれど、これを表にひっくり返したらすぐに分かるけれど。何だかパンドラの箱を目の当たりにしている気分だ。怖くて仕方がない。数秒間裏返しになった紙を見つめ、意を決してひっくり返した。その瞬間、私は目を疑った。全身の震えが止まらない。
「実技試験、100点…筆記試験、197点。合計…297点…!?」
ゴシゴシと目をよく擦り、もう一度書かれた点数を見た。やはり結果は変わっていない。これで留年確定だ。ロゼットが折角チャンスを設けてくれたのに、全部駄目にしてしまった。
「どうしよう…どうしたら…」
「あ、ラヴィ…どうだった?ちょっと見せてよ。」
なんて言おう、どう説明すれば良いだろう?ロゼットは無理やり結果を覗き見するつもりはないようだ。私が拒否すれば、ロゼットは知らないでいてくれる。でも、彼もいつかは必ず知る事になるだろう。今更隠して何になる?何の意味もないに決まっている。黙っていても問題を先送りにするだけだ。そうだ、今打ち明けなくてはならない。
「…はい、これ。」
「あっ、ありがとう……」
「ロゼ、どうしたの?」
「…」
私の質問にも答えず、ロゼットは難しい顔をしてそれを見つめている。テスト結果だけでなく、筆記試験の解答用紙もまじまじと見始めた。かと思えば、自分の机の中を乱雑に漁り、教科書を手に取った。とても急いだ様子で素早くページを捲り、私の解答用紙と教科書を交互に見た。
「これは…ラヴィ、すぐに行くよ!」
「え!?ちょっと、ロゼ?」
「いいから急いで、これ採点間違いだ!」
ロゼットが突き出してきたページと私の回答を照らし合わせると、確かに教科書に書かれている通りの言葉が書いてある。何回読み直しても、読み間違いなんて誰もするはずがない。
教室のドアが開く音がした。ドアの方を見ると、先生が廊下に出ていった。行ってしまう、追いかけなくては。無意識に足が動いた。急いで教室から出て、必死に先生を呼んだ。
「先生…先生、待ってください!」
私の声に反応し、先生は立ち止まった。驚いた様子で後ろを振り向き、私の方に目線を向けた。必死だったのか変な走り方をしたせいで、立ち止まった後でも上手く言葉が出ない。
「あら、ガーチェさん。どうしたんです?」
「これ…この問題、合ってますよね?ほら、教科書にも。」
先生は暫く教科書を見つめた後、あっ、と声を上げた。
「本当だわ。ごめんなさいね。三点追加で…まぁ、満点じゃないの!」
先生は嬉しそうにテスト用紙に大きく花マルを書き、称賛の意を込めて拍手をした。
「貴方凄いわ!まさか本当に満点を取るなんて…約束通り、留年は無しね。本当におめでとう!」
皆と同じように、私も二年生になれる。それを改めて実感すると、急に力が抜けてヘナヘナと座り込んでしまった。先生が見ている手前恥ずかしくなってしまい、意地で立ち上がって教室に戻った。
その日の放課後、私とロゼットは偶然予定がなかったので一緒に家に帰った。
「ラヴィ満点ってことは進級だよね!一緒に卒業できるってことだよね!やっっっったーー!」
当の私がこんなにも落ち着いているというのに、ロゼットは私よりも興奮した様子だ。大袈裟にガッツポーズをして全身で喜んでいる様は見ているこちらが恥ずかしくなる。
「でも、また助けてもらったわね。」
「え、何が?」
「模範解答は配られていなかったし、ロゼが採点ミスに気がついてくれなかったら今頃落第よ。」
「えー、ラヴィだったら絶対気がつくでしょ。僕の何倍も教科書読み込んでいるし。」
人が感謝を伝えているのに、この目の前の男は好意を素直に受け取らない。どういたしまして、の一言くらい出てこないものなのだろうか。何だか段々と腹が立ってきた。
「煩いわね。これでも感謝してるのよ…まぁ庶民の感覚じゃわからないでしょうけど!」
私の語気が強くなるとロゼットはムッとした顔をした。そして何を思ったか、私の両頬を軽くつねった。
「止めてくれるかしら、痛いのだけれど。」
「…ヤダ。ラヴィがもう庶民って呼ばないって言うまで止めない。」
「だって庶民は庶民でしょう。いいからこの手を放しなさい。」
「あーまた庶民って言った!」
ロゼットは一向に止める気配がない。どうにかこの状況を打破しようと思った矢先、ちょうどフォルズが校門から出てきたところだった。彼はちらりと私を見た。勝った、これでフォルズはロゼットを引き剥がしてくれるだろう。
「…あぁー、入学して一年で彼氏か…やるな。」
フォルズはお幸せに、と言わんばかりに微笑み、手を振ってその場を去った。人の心はないのか。
「もう!いいから放しなさい!」
苛立ちと羞恥心のまま強引にロゼットを引っ剥がし、早歩きで先に帰宅した。
「というかさっき…フォルズの奴彼氏とか言ってたわね。」
「え、彼氏!?」
独り言を聞かれビクッとすると、そこにはシャルロットがいた。いつの間にそこにいたのだろう。いや、私が周囲の警戒を緩めていたのか?シャルロットは私の隣にドカッと座り込み、驚いた様子で続けた。
「ラヴィーネさん彼氏いるんですか!?」
「そうじゃないわ。友達にロゼットを私の彼氏だと勘違いされただけよ。」
「へぇー…」
シャルロットは何故かニヤニヤしながら私を見ている。何と表現すればよいのかわからないが、何と言うか取り敢えず…気味が悪い。
「な、何よその目は。」
「いーや?別に何も?」
ニヤニヤした顔つきのまま、シャルロットは笑いをこらえた様子で台所方面に行ってしまった。何が言いたかったのだろう。意味深だ。
数分後、玄関のドアが開く音がしてロゼットが帰ってきた。シャルロットは直ぐに彼のもとに駆け寄り、ストレートに質問をした。
「お兄ちゃん、何したの〜?」
「何って…何も?」
「嘘つけ。ラヴィーネさんが言ってたよ。友達に、お兄ちゃんが彼氏だって勘違いされたってさ!」
「は…はあぁぁぁ!?」
一方その頃、ラヴィーネはロゼットの部屋で勉強していた。
「何か騒がしいわね。何かあったのかしら?」