真紅の弔い
ガーチェ邸の屋根の下敷きになり、シトラの体は最早死を待つだけとなっている。体の中にいるシトラとセインズは、二人の精神世界で最期の対話を始めた。
「…結局、こうなっちゃったね。頑張ったんだけどなぁ。」
「いくら足掻いても、占いの内容は変わらねぇってことだな。」
セインズはその場に座り込み、わざとらしくため息を吐く。ちらりと落ち込んでいるシトラを見た。
「んで、どうする?このまま二人一緒に黙って死ぬか?」
「そんな訳無いでしょ。シーズはどうか知らないけど、あたしは諦めたくない。」
シトラの言葉にセインズも同意した。良好な関係ではなかったかもしれないが、シトラの心の動きを九年間ずっと見ていた。シトラに未練がある内は死なせるわけにはいかない。
「一応魔法であたしの体の時間を遅くしてるから、終わりまでまだ時間はあるよ。」
「それで十分だ。一回だけ言うからよく聞けよ。オレ達が今いる場所の近くに気絶した執事がいた。今からシィの魂をそいつに移す。目が覚めたら屋根どかして体掘り起こせ。」
「その後、屋敷の外でラヴィちゃんに体を治してもらうんだね。それで?」
「オレの魂を抜いて速攻お前のを入れ直す。シィ本人の魂が抜けた状態なら、オレが出ていっても契約違反にはならねえだろ。」
本当は、セインズの話に少し引っ掛かることがあった。シーズの魂はどうなるの、と聞きたかった。しかしそれは出来ない。知っていたからだ。彼が数年の間、死に場所を探していたことを知っていたからだ。
「…わかった。シーズのためだもんね。」
セインズは安堵の表情を浮かべ、シトラも必死に笑い返した。右を見ると精神世界の出口があり、光が見える。シトラは一歩だけ踏み出そうとして立ち止まり、座ったままのセインズを見た。
「ねぇ、シーズは今幸せ?あたしは幸せだよ。フォルズ君と、みんなと友達になれて。」
「ふっ…そうだな。オレもだ、今まで生きてて良かった。お前のお陰で最期は満足できそうだ。」
最期という言葉が心の奥底に深く刻み込まれる。セインズはやはり笑っていた。まるで嵐が過ぎ去ったかのように晴れやかそうに見えた。口元が歪むのを隠すようにシトラは前を向き、歩き始めた。もう振り返れなかった。
「じゃあな、シトラ。フォルズと幸せになれよ。」
「ほんっとバカだよ、セインズ。絶対忘れないから。」
目が覚めるといつもより体格が大きくなっていた。周囲の熱を肌に感じ、ここが火事現場なのだと思い知らされる。袖で口元を覆い、シトラは階段を上がった。屋根が落ちた場所は案外早く見つかった。無残に崩れ落ちた残骸の数々は、大きさもそれぞれ異なっており、いくつかに引火している。
「(早くしないと、このままじゃ二人とも焼け死ぬ。)」
必死に手を動かし屋根の残骸をどかしているが、とても一人では間に合わない。呼吸が続かない。一か八か、シトラは声を上げた。
「だ、だれ…ゲホッ、ゴホッ…だれか、い、いませんか!」
案の定煙を多く吸ってしまい、段々と目眩がしてきた。視界が霞みながらも残骸をどかし続けると、自分の体の頭が見えてきた。
「ゲホッゴホッ…!」
ダダダダッ。不意に誰かの走る音が聞こえた気がした。まだ取り残された人がいたのだろうか。音のした方向を探すと、思わず目を疑った。フォルズだ。彼がこちらに向かっている。
「(フォルズ君!?どうしてここに。)」
フォルズは目の前の惨状に言葉を失った。それでも埋まった体を出そうとする執事を、彼は静止した。シトラの前に手を突き出し、下がっていろと言わんばかりだ。察してシトラも急いで後ろに退避した。
フォルズは精神を集中させ、残骸の山に対し全力で拳を振り下ろした。何かが割れる壮大な音がし、半分くらいの残骸は左右に割れた。フォルズは何度も何度も残骸を生身の拳で殴り、ようやく残骸を全てどかすことが出来た。フォルズはシトラの体を抱え、執事に、
「飛び降りますよ!」
と言いながら窓を突き破って外へ落ちた。シトラもそれを追って無我夢中で飛び降りた。
心臓を高所に置き忘れたかのような感覚に襲われ、心が恐怖を感じる前に体が天に召されそうになる。悲鳴を上げようと思った矢先、シトラとフォルズは既に着地していた。
「ら、ラヴィーネ…シトラ見つけたぞ。」
「礼を言うわ!直ぐに治療するから。」
ラヴィーネに治癒魔法をかけられている間、シトラの体は目を覚まさなかった。おまけに唇が紫色だ。ラヴィーネも、フォルズも、そしてシトラ自身も固唾を飲んで見守っている。
「(間に合った…みたい、だな。シィ、目閉じてろ。)」
言われた通りに目を閉じた。次に目を開けると、視界にはラヴィーネとフォルズが映っていた。
「シトラ!」
「大丈夫かよ!?」
「く…」
シトラが何か言いかけたので、二人とも耳を澄まして次の言葉を待った。一方シトラ本人はというと、新鮮な酸素に純粋な喜びを感じていた。そしてゆっくりと息を吸いながらしみじみとこう呟いた。
「空気が美味しいぃ…。」
「え、あ…あぁそうだな。ところで、何で火事現場に居たんだよ?」
「あっそうだ…ごめん。弟君、様子がおかしいまま何処かに行っちゃって。」
つまりまだ屋敷の中を彷徨っているか、はたまた手遅れかだ。ラヴィーネは気が気でないようだが、押し殺して怪我人の治療を続けている。それにしても、あの時彼から感じた違和感。あれは何なのだろう。彼の手を掴んだ時に見えた記憶、それに何か関係があるのだとしたら…。
「ラヴィーネ君。まだ中に人はいるか?」
「アフィーノ将軍?はい、まだ中に私の母と義弟が。」
「そうか。情報感謝する。」
将軍は今にも屋敷の中に入っていきそうだ。シトラは少し考え、将軍を呼び止めた。
「あの、あくまで私の憶測ですが、カルシュト様はオリヴィア様を追っています。だから、二人とも近くにいる筈です。」
「了解した。オリヴィア夫人は恐らく屋敷の非常口に向かっている。そこを重点的に探してみよう。」
そう呟き屋敷に突入する将軍の後ろ姿に、その場にいる誰もが期待を寄せていた。
時は遡り、カルシュトはボロボロの屋敷の中である人影を探していた。途中で見知らぬ人に邪魔をされそうになったが、既に静かになった。どうせ自分はここで死ぬ。ただ彼には、どうしても最後に道連れにすべき人が二人いた。残念ながら一人はもう逃げ延びたようなのであと一人だ。
「みーつけた。」
「お前…まだ生きていたの。全く、存在するだけで不幸をもたらすのね、忌々しい子。」
ゴミで見るかのような目でカルシュトを蔑んでいるのは、オリヴィア・フォン・ガーチェその人だった。今まさに非常口から逃げようとしていたところで、彼女は見つかってしまったのだ。
「そうかもしれませんね。でももうどうでも良いです。」
そう言うとカルシュトは左手のナイフを見つめ、ギロリとオリヴィアを睨んだ。恨んでいるようにも、楽しんでいるようにも見える不気味な顔だった。
「このナイフ。昔母が赤子の私を刺し殺そうと使ったらしいですよ。酷い話ですよね。」
「ハッ!所詮お前は何処へ行こうと忌み子なのよ。」
そうですね、と呟きオリヴィアの腹部にゆっくりと、されどねじ込むように力強くナイフを突き刺した。オリヴィアは苦悶の表情をしていたが、悲鳴一つ上げなかった。
「お前、さえ…生まれなければ。ガァ…!」
カルシュトは眉一つ動かさず、オリヴィアの声が聞こえなくなるまで執拗に全身を刺した。殺せ、壊せと声が響く。生きている人間はもう自分しか居ないのに、どうして鳴り止まないのだろう。そのようなことを思いながら、カルシュト自身の意識も朦朧としてきた。
「(私が受けた生に、意味はあったのでしょう…か。)」
頭痛がしてその場に倒れ込んだ拍子に、左手のナイフが手から離れた。最後に目に入ったのは、非常口から入ってきたアフィーノ将軍の姿。将軍はオリヴィアの死亡を確認すると、気絶したカルシュトを背負い屋敷を脱した。




