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知らないままで

 静かに、ただフラフラと一本道を歩いていた。焼けるような夕暮れの空も、絶え間なく聞こえる虫の声も、最早気にならなかった。今日の分のレイニーの家庭教師の仕事が終わり、私は彼を道場の近くまで送り届けた。別れた後は、勿論一人だ。

 戦士養成学校を卒業してから、もう二週間近く経っている。レイニーに質問された。弟に会うのに、ここまで時間をかける必要があるのかと。

「(カルシュトを連れ出す瞬間を、誰かに見られたら危ないもの。だから念入りに計画を立てて…カルシュトの、ために…?)」

私はまだ答えを出せていない。ただ、レイニーの言葉は私の中で波紋のように広がり、何かしらの揺らぎを生じさせている。それだけは確かだ。ぼんやりと考え事をしながら、ふいに足を止めた。このまま真っ直ぐ進めば宿がある。宿に入れば一日が終わる。迷いを抱えたままで終わってしまう。私は体の向きを変え、とある場所へと駆けていった。


「はーい、どちら様で…あれ?ラヴィちゃんだ。」

建物のドアをノックすると、中から出てきたのはシトラだった。パチパチと瞬きをし、意外そうに私の顔を見つめている。

「連絡もなしにごめんなさい。どうしても、聞いてほしいことがあるの。」

彼女は何も言わなかった。暫くすると、私の必死そうな様子を見て何かを察したのか、シトラは快く私を家に上げてくれた。シトラの部屋に通され、私達は向かい合って座った。

「それで、聞いてほしいことって何?」

「えっと、その…シトラにはお姉さんがいるのよね。姉妹喧嘩をした時は、どうやって仲直りをしてるの?」

「思ったより難しい質問だねぇ。」

シトラは自身の顎に手を当て、何やら考え込んでいる。そして、何故か苦笑いしながら口を開いた。

「うーんと、あまり参考にならないと思うけど。小さい頃は、お母さんのゲンコツで仲直りさせられてたかも…。今は喧嘩なんてしないし。」

「喧嘩両成敗という訳ね。な、成る程。」

口ではそう言いつつも、情報を咀嚼するのには少々時間を要した。人それぞれ家庭環境は違うと言うべきか。そもそもシトラの母親がそのようなパワフルな人には思えないのだが。自分の奥底から形容しがたい感情が生まれ、無言でシトラを見つめた。あちらも微妙な表情をしている。


 そこから暫く沈黙が続いた。何とかしたい気持ちは山々なのだが、何せ話題が出てこない。一応シトラに目配せをするが、彼女はこの状況を気にもとめていない様子だ。何でも良いのだ。頼むから何か話してほしい。

「あっ、そうだ!」

何かを閃いたようで、先程と一変しシトラは目をキラキラさせている。机から身を乗り出しそうな勢いで私の顔を見た。

「折角来てくれたんだし、ラヴィちゃんのこと占ってあげよっか?」

「…お金、取らないわよね。」

「友達価格だよー。」

呆れた。そもそも占いを信じる気はないし、それにお金を払う価値があるとも思わない。何も言わずため息を吐くと、シトラは慌てた様子で訂正してきた。

「じょ、冗談だよ!大丈夫だから、ね?」

「まぁ、そこまで言うなら…お願いしようかしら。」

シトラは安心したように何度も何度も頷き、私の手を両手で包む。話を聞くと占う時間軸も指定できるようだが、今回は特になしにした。

「(冗談通じねぇ奴の相手は大変だな。)」

「(はいはい友達いない中年男性は黙ってる。)」

「(てめぇ馬鹿にしてんのか。)」

 私の手に触れた後、シトラは目を閉じて黙っている。特に体に異常は感じないが、今まさに未来を覗かれているのだと思うと不思議なものだ。そのようなことを思っていると、突如シトラの眉がピクリと動いた。かと思うと咄嗟に私の手を離した。

「いきなりどうしたのよ?」

私の質問にも答えず、彼女は顔の半分を手で押さえて呆然としている。そのただならぬ様子に思わず身構えた。シトラは少し考えながら、慎重に、慎重に言葉を選んでいる。

「えっと、踏み込んだこと聞くけどさ。ラヴィちゃんの悩みって…弟くんのこと?」

「あ…実は、そうなの。詳しくは言えないのだけれど。」

「いや、無理に教えてとは言わないよ。いつか話してくれる気になったらで良いの。」

「本当にごめんなさい、でも今はまだ…。」

 何だか突然申し訳なくなり、思わず目線を落としてしまった。自分の都合にレイニーを巻き込んで、シトラも私を助けようとしてくれている。何と言うべきか、私らしくない。

「もー。ほらラヴィちゃん、顔上げる!んでこっち見る!」

「え、え?は?」

突然の指示に理解が追いつかず、取り敢えず言われるがままに顔を上げた。何故かシトラは怒り顔というか、呆れ顔だ。

「そんなヘコヘコしないで。自分の信じたことを突き通せるところが、ラヴィちゃんの良いところなんだよ。不安なら手伝う…ううん、あたしが一緒にやってあげるから!」

「シトラ…ふふ、ありがとう。」

「(ふぁっ…!?ら、ラヴィちゃんが笑った!)」

「何硬直してるのよ。私おかしな事言ったかしら。」

すると、シトラはハッとした様子で口をつぐんだ。おたおたと視線を泳がせた後、赤面しながら大きな声で笑い出した。

「い、いやぁ何でもないよ。あっ…あ、あははは!」

これは十中八九誤魔化し笑いだ。全く、私が笑うのがそんなに珍しいのだろうか。気まずく感じたのか、シトラはふと窓の外を見始めた。

「そう言えばもうすぐ夜になるけど、そろそろ帰らなくて大丈夫なの?」

「あぁ、もうそんな時間なのね。なら、私はこの辺で失礼するわ。相談に乗ってくれてありがとう。」

「あっちょっと待って。そのことなんだけど…あたしは、いっその事お互いの気持ちを思い切りぶつけてみるのもアリだと思うんだ。これ、占い師としての助言ね。」

思いをぶつける…か。言われてみると、今までカルシュトとは表面的な会話しかしてこなかった。それどころか、私はあの子の好きな食べ物すら知らない。義弟というだけでカルシュトの全てを知った気になっていたが、実際は違うようだ。

「それ、覚えておくわ。それじゃあね。」

「うん。また遊びに来てね〜。」

 屋外と室内の境界でシトラに見送られ、私はカシヤップ邸を後にした。さて、今度こそ近場の宿へ向かうとしよう。


「すみません、宿に泊まりたいのだけれど。」

「今でしたら一階のこの部屋が空いています。こちらが鍵です、ごゆっくりどうぞ。」

受付に宿代を支払い、一階の窓際の部屋に落ち着いた。荷物を床に置いてベッドに座ると、急に今日の出来事が頭に浮かんだ。そう言えば、あの時にシトラには何が視えていたのだろうか。結局内容を聞かずじまいで終わってしまった。

 急に疲れが出てしまい、靴を脱いで横になる。窓からは綺麗な星空が見えた。銀河を巡る星々を横目に、明日のことに思いを馳せる。別に未来など知らなくて構わない。私は私の意思に従うだけだ。

「決行は、明日の朝…。」

もうすぐカルシュトに会える。今度こそ、後悔はしない。

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