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仕事帰りの仕事

 家庭教師としての仕事が終わり、レイニーはラヴィーネとガーチェ邸周辺の道を歩いていた。焼けるような夕方の空と鳴り響くコオロギの歌声は、まるで自然を象徴しているかのようだ。さて、長時間の沈黙というのは気まずいものだ。どうしたものか。

「そういえば〜…ガーチェさん、今もアメラさんの家で生活してるの?」

「いいえ、今日ロゼの家を発ったばかりなの。だからまずは宿探しよ。」

「へーそうなんだぁ。」

 先程からラヴィーネはやけに分厚いバッグを背負っている。何故なのか甚だ疑問だったのが、ようやく合点がいった。スッと心のモヤが取れ、レイニーは晴れやかな気分になった。

「「…。」」

前言撤回だ。振り出しに戻ってしまった。万策尽きて目線を泳がせていると、こちらに向かって歩いてくる人影が見えた。不思議に思い観察してみた結果、どうやら金髪の男性のようで、高貴な服を身に纏っている。ラヴィーネの肩を叩き、こっそりと男性の方を指差す。

「え…アフィーノ将軍!?」

「(ショウグン…。えっこの人騎士団のお偉いさんってこと!?)」

レイニーは即座に服の埃を払い、裾がきちんとしているかを確認し始めた。我ながら凄まじい反応速度と切り替えの速さである。

「ん、君は確か…モーリッツのところのお嬢さんか?」

「しょ、将軍。お久しぶりです。」

今の立場上、やはり複雑な心境のようで、ラヴィーネの表情は少し強張っている。レイニーも勿論冷や汗が止まらなかったが、ここで気弱になるわけにはいかない。背筋をピンと伸ばし、コホンと咳をする。

「お初お目にかかります、私はアルマ・シーフェン。カルシュト・フォン・ガーチェ様の家庭教師を勤めている者です。以後、お見知りおきを。」

「あぁ、君が噂の…。話は聞いていたが、若いんだな。おっと失礼。俺はレヴォルテ・フォン・アフィーノだ。」

そう言うと将軍はニコリと笑い、楽しそうにレイニーの顔を覗き込んだ。身分の違いから思わず身構えてしまったが、どうやら将軍は想像以上に親しみやすい人らしい。

「ところで、将軍は何故ここに?」

「いや、墓参りのついでに立ち寄っただけなんだ。それと、互いの近況報告だな。」

「そうだったのですか。」

すると、将軍は近くの柱時計を確認し、再び歩き始めた。去り際に二人の方を振り返り、笑顔で手を振る。

「また機会があれば会おう。困った時はいつでも頼ってくれ!」

 彼の後ろ姿が遠くなるのはあっという間だった。それにしても、同じ騎士団の人でもモーリッツと将軍は態度が180度違う。正直なところ、仕えるならガーチェ家よりアフィーノ家が良かったとレイニーは思ってしまった。


「ただいま〜。」

「おぉレイニー、今日は帰るの遅かったな。」

道場の裏口のドアを開けると、フォルズがコソコソと林檎をかじっていた。右手にはカットされた一切れが握られているが、一体何故普通に食べないのだろうか。

「それがさ、今日火の魔法を教えたんだけどね。上手にコントロールできるようにさせるまで時間かかっちゃって。」

「ふーん。まぁ怪我とか無ければ大丈夫じゃないか?」

大丈夫じゃなかった。

「門下生の人たちは帰ったんでしょ?何してるの?」

「つまみ食いに決まってんだろ。まぁいいや、リビング行くか。」

フォルズは手に持っている林檎を口の中に詰め込み、屈んだ状態からムクッと立ち上がった。レイニーは心底呆れながら、玄関を通ってリビングに向かった。

「シトラちゃんのことだけど、どう?何か進展あったのかい?」

「あー、そのことなんだが。少しわかったことがあるから、レイニーにも教えておく。」

フォルズの言い草からして、何か重要なことのようだ。レイニーは興味が湧き、フォルズに向き合うように体を向けた。

「シトラの母親に聞いたことなんだが、『建物の中で炎に囲まれ、上から何かが落ちてくる』っていうのがシトラの未来らしい。」

「成る程。そうすると、火災現場で建物の崩落に巻き込まれたってことだね。」

フォルズは何度も頷き、この推測に賛成の意を示した。そして彼は再び口を開く。

「それで、ここからが大事なところだ。シトラは、占いで一定の時間軸以降の未来が全て見えなくなった時は、その人の死を意味するって言ってた。でも、それは多分違う。多分…その未来がまだ不確定だってことだ。」

「何を根拠に?」

 レイニーは腕組をし、真剣な表情で質問する。占い師という職業は実例が少ないため、他と比べて極めて情報が少ない。少なくとも近辺にある図書館には、占い師に関する文献はなかった。しかし、これは人命に関わることだ。判断は慎重に下す必要がある。

「前にシトラがロゼットの未来を占ったらしいんだ。でも、視えた未来は断片的なもので、一部の出来事の様子が抜けていた、と。で、数日後にもう一度同じ出来事のことを占ったんだ。その時は、抜けていた部分がハッキリと視えたって言ってた。」

フォルズが一旦言葉を区切り、深呼吸をする。大事なことを聞き漏らされないように、落ち着いた口調で話を続けた。

「その理由は、占った後のシトラの言動によってロゼットの未来が確定したから…俺はそう考えている。あくまで憶測だけどな。」

「うーん、結局はわからないってことか。でもあり得るね。」

レイニーがボソリとそう呟くと、フォルズの目がキラリと光った。心なしか前のめりになっている彼の姿を尻目に、レイニーが先に口を開いた。

「まぁ取り敢えずあれでしょ。シトラちゃんが変な行動取ってたら教えてってことでしょ。」

「はい。」

「「……。」」

 二人とも一言も喋らず、真顔で見つめ合った。他人に説明しがたい謎の沈黙が流れる。暫くすると、レイニーは無言で左手を突き出した。フォルズもこれまた無言で左手で突き出した。漢と漢のグータッチの後、二人は眉毛一つ動かさず握手をした。

「…俺達何してんの。」

「握手。」

「うんそーだねー。」

口ではそう言いつつも、フォルズの表情からは喜びと安心感が滲み出ている。相変わらず考えていることがわかりやすい男である。

「まぁ、フォルズは嘘つくような奴じゃないし。一応信じるけど、その代わりぼくも色々調べてみるから。」

「別にそれでいい。ありがとな、この恩は一生忘れない。」

「大袈裟だねー。」

レイニーは軽く笑いながらフォルズの背中をポンポン叩いた。気が済んだところで椅子から立ち上がり、リビングのドアを開けた。

「じゃあぼくそろそろ部屋に戻るね。」

「そういえばゴリちゃんから仕事頼まれたって言ってたな。話付き合ってくれてありがとうな。頑張れよ!」

 フォルズのグッドサインに対し、レイニーも満足そうに親指を立てた。

「(ゴリが元の家に帰っちまったから寂しくなると思ってたが…。そうでもねえか、というかマジで仲いいなコイツら。)」

おやっさんも幸せそうな顔をしながら盗み聞きをしていた。この時点で自分の息子に存在を悟られていることに、彼はいつ気が付くのだろうか。

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