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温もりのポタージュ

 フォルズがリーベルの部屋を訪ねている間、シトラはせっせと昼食作りを進めていた。レンズ豆を鍋に入れ、キャベツ(収穫元はアメラ家らしい)を正方形に切る。

「(お前片目だけでよく料理できるな。つうか前髪切れよ。)」

「もう何年も髪切ってないからね。なんか慣れた。」

「(ホントそこらへんズボラだよな。)」

セインズの小言を話半分に聞きながら玉ねぎも切り、全て鍋に入れた。そこにイラクサと水を加え、魔法で火をつけて煮込む。その間に大きめのパンを取り出し、食べやすい厚さにスライスした。

「(…ポタージュか。良かったな、お前の味音痴が露呈しない料理で。)」

「家事全般できないシーズに言われたくないんだけど?」

「(酢漬けのパンにミント挟んでバクバク食ってたシィに言われたかねぇな。)」

 ああ言えばこう言う。十一歳の時に初めて出会って以来、口論でセインズに勝てたことは一度もない。しかも悪びれもせずに尖った正論をぶつけてくるため、余計にたちが悪い。


 後は鍋の具材が煮立つのを待つのみとなり、シトラは近くの椅子に腰掛けた。ふと母親のことが脳裏に浮かぶ。半ば無理やり引き合わせてしまったが、上手くやっているだろうか。フォルズは人当たりがよく、誰とでも仲良くなれるような活発な人。彼のような存在が、母にとって何かの刺激になるかもしれないと、漠然とそう思っていた。

「はぁ…やっぱり頼むものじゃなかったかな。」

「ん?何がだよ。」

「何がって、だって家族にも口聞いてくれないんだよ?そりゃあ友達紹介するとは言ったけどさ、でも無責任じゃん!関係ない他人に丸投げするとか!」

意図せず大きな声が出てしまい、シトラは我に返った。冷静に周りを確認すると、そこにはきょとんとした顔のフォルズが立っていた。暫くの間硬直してしまい、あっと声が漏れた。「い、いや違うの!ごめん、てっきりシーズかと思って…じゃなくて、あの、その…!だから、◯△☓▢…それで、えっと!?」

途端に恥ずかしくなってしまい、シトラは何とか弁明しようと言葉をまくし立てた。段々と頭がこんがらがってきて、自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。するとフォルズはシトラと目線を合わせ、黙って頭にポンと手をおいた。

「あ…。」

「落ち着け。別に怒ったり文句言ったりしない。」

「…愚痴を聞かせるつもりはなかったの。だから、嫌な気持ちにさせちゃったかなって。」

シトラが不安そうに苦笑いするのとは対照的に、フォルズは明朗快活に笑ってグッドサインをした。

「心配するなって。大丈夫、リーベルさんとはちゃんと話してきたぞ。」

「えっそれ本当に!?嘘…じゃ、ないよね。」

「あぁ本当だよ。あれ、ん…丁度よい頃合いか。じゃ、ご飯食べよう。」

鍋を覗き見ると、ハーブの良い匂いが漂ってくる。するとシトラのお腹の音がなり、二人は顔を見合わせた。フォルズは頬をピクピクさせて我慢していたのだが、シトラは気まずそうに目を逸らしてしまった。


 昼食は5人分作っていたのだが、母の分は部屋の前に置き、父と姉は占い館の方で食べることとなった。その結果、二人は今リビングで向かい合って食事をしている。パンを食べながら、シトラはモゴモゴと話しかけた。

「あむあむ…そういえばさ。んぐ、お母さんと、何話したの?」

「あぁえーっと、軽い挨拶と…後はリーベルさんの占いの話とかだな。その、シトラの問題を解決するために、兎に角情報が欲しかった。」

シトラは興味深そうに頷き、今度はポタージュを少し飲んだ。少し考える素振りを見せたかと思うと、天井付近を見上げた。

「そういえばだけど、今日ロゼ君が家に来たでしょ?ほら、占いのお礼をしにさ。」

「確かにそんなこと言ってたな。どうかしたのか?」

「うん、ロゼ君に触れられた時に、前に占った時間の出来事をもう一度視たの。ロゼ君が両親と話をしてて、父親に怒鳴られて…。ここまでは一緒なんだけど、その後、ロゼ君は泣きながら言い返して、衝動的に部屋を出てた。」

自分が視た光景をよく思い出しながら、それを慎重に言語化する。フォルズも必死に想像力を働かせているようで、少々難しい顔をしていた。

「それでね、最初に占った時は、ロゼ君が言い返す光景が視えなかったの。そこだけ不自然に飛んでて…部屋を出たところはわかったんだけど。」

「成る程な。うーん…」

 『シトラのお陰で勇気が出た』と、彼はそう言っていた。占いの内容が基本的に確定事項だとすると、何か後天的な理由で未来が確定したのだろうか。それとも、単に占いの力に何らかのムラが生じたのだろうか。脳内では様々な可能性と理論が絶え間なく飛び交っている。しかし、いくら考えても結論は出ないままだ。

「お母さんだったら、最初から全部視えたのかなぁ。あはは…やっぱり、あたしはまだまだってことだね。」

母親の話題を持ち出した途端に、シトラの表情は一変し曇りきってしまった。学校でいつも見せていた無邪気な笑顔とは正反対の感情が伝わってきた。きっと、ずっと昔から抱いていた劣等感の現れなのだろう。残っていたポタージュを口に入れ、ゆっくりと味わう。そしてゴクッと飲み込んだ後、フォルズは静かにこう告げた。

「…あのな。リーベルさん言ってたぞ、シトラは頑張り屋だって。」

「え…?」

「周りのことばかり気にして、自分の悩みを共有しようとしていない。ずっと自分に嘘をついて、寂しさも焦りも全部押し殺している。感情の吐き出しどころをまだ見つけられていないから、俺が支えてあげてだってさ。」

 フォルズは優しげな笑みを浮かべ、リーベルの思いを一心に伝えた。シトラはそれを聞きながら、ただ目を見開いて彼を見つめる。唇を軽く噛み、わなわなと震える手を必死に抑えている。絞り出すような声で、ポツリポツリと言葉を紡いだ。

「ねぇ…ほんとに?お母さんが、そう、言ってたの?」

「そう。リーベルさんは、ただ大切な家族のことを気にかけてたぞ。勿論、シトラもその一人なんだ。」

ふいに一雫、頬を伝って落ちた。シトラは即座に前髪で隠れていない方の顔半分を右手で隠し、机に顔を埋める。暫くすると、正面から啜り泣く声が聞こえてきた。声は徐々に大きくなり、シトラは顔を上げた。止めどなく涙が溢れてきて、頬も鼻も赤くなっている。

「そっか、そっかぁ…。あたしまだ、大切にされてたんだね。」

「当たり前だ、世界でたった二人の娘なんだぞ?」

「ヒック…うぅ。だって、いくら話しかけても返事してくれないし。お母さんが籠もりだして…お姉ちゃんは怖くなるし、お父さんもっ、お母さんのことばっかり!あたしはまだ生きてるのに、皆もう死んじゃったみたいな目してきてさ!馬鹿みたい!」

シトラは声を荒らげ、恨み節も寂しさもなりふり構わずぶつけた。何十にも降り積もった感情は全て怒りとなり、顔も髪もいつの間にかグシャグシャになっていた。


 ひとしきり泣いて感情の波が過ぎ去ると、シトラは思い詰めたような表情でフォルズの方を見た。その力強い瞳が一体何を訴えているのか、フォルズには検討もつかなかった。

「アッハハハ、ねぇどう思う?散々皆の悪口言っちゃった。誰も何も悪くないのに、あぁもう、最低だね…。」

冷静になり、絡まった髪をとかしながらそう呟く。心の奥底に押し込まれた黒黒とした思いの数々は、シトラ本人も自覚していないものだったらしい。フォルズは少し考え、誤解がないように慎重に言葉を選んだ。

「シトラは嫌だったかもしれないが…俺は、逆に嬉しかったよ。何と言うか、ずっとそれが聞きたかったんだと思う。」

「もう、なにそれ…変なの。」

「いや、本当なんだって。あのな、いずれ人を指導する立場になるやつが、好きな人の悩み一つ聞いてあげられなくてどうするんだよ。」

この言葉に何だかすんなり納得してしまい、シトラは思わず感嘆の息を漏らした。ようやく一段落つき、フォルズもシトラもポタージュをもう一杯よそった。多めに作ったポタージュからは、依然として心温まる湯気が立ち上っていた。

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