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傀儡師に願う刹那

 その時私は、草木が生い茂るジャングルの中をフラフラと歩いていた。先程からずっと真っ直ぐ進んでいるが、一向に出口が見えてこない。不思議なことにどれだけ歩いても疲れを感じなかったので、いつまでもいつまでも歩いていた。

 少し足に違和感を感じる。気にせず歩こうとするが、前に進めない。足がどんどん沈んでいっている。底なし沼に足を入れてしまったようだ。慌てて抜こうとするも、バランスを崩して右手まで沼に入ってしまった。周りに誰かいないか確認すると、直ぐ側で父と母が見ていた。その場から一歩も動かず、ただ私が沈んでいくさまを見ていた。

「お、お父様!お母様!助けてください!」

「…」

助けを求めるも、二人はただ見ているだけだ。虚ろな目で、私を見ている。

「私、お父様のご期待に沿うように…頑張ってきたつもりです!お母様が構ってくれなくても我慢してきました!まだ足りないのですか!?」

「…」

「なにか言ってください!助けて!」

 口元まで沼に浸かり、やがて息ができなくなった。必死にもがいても、余計に沼に沈んでいくばかり。息ができない、苦しい。どうして、どうして?やはり、私は…

「(愛されてないの?お父様もお母様も、私のことどうでもいいの?)」

「…私に縋るな、出来損ないが。」

最後にはっきりとそう聞こえた。


 気がつくとそこは自分の部屋だった。どうやら先程の光景は夢だったようだ。それにしても、悪い夢だった。息苦しかった感覚も鮮明に覚えているし、これがナイトメアというものだろうか。頬を触ると、冷や汗でビショビショになっていた。

「朝から最悪だわ。はぁ…今日は入学式だというのに。」

 部屋を出ると、廊下で偶然母と鉢合わせした。いつものように軽く挨拶をして立ち去ろうとする母を引き止めた。

「な、何よ急に。」

「お母様は、お母様は私のことどう思っていますか?」

突発的にそう質問した。

「どうって…私が産んだたった一人の娘よ?」

大切だとは言ってくれなかった。わかっている、母が私と向き合おうとしないのは、父の逆鱗に触れることを恐れているからだ。それと、私もどこかしら父に似ているところがあるんだろう。何れも私のせいではない。私は軽く会釈をしてその場を去った。


 朝食の場には大抵カルシュトを除く家族三人が揃う。誤解しないでほしいのだが、別に差別されている訳ではない。彼自身が一緒に食事をしたがらないのだ。

 暫くは三人とも黙って食事をしていた。美味しいのだが、昨夜の悪夢のせいであまり喉を通らない。ふと父の顔を見た。数十秒ほど経ってから、父は私の視線に気づいたようだ。

「…何だ、ジロジロと。」

「お父様は私の事大切ですよね?大切な娘ですよね?」

私のこの問いに対し、父は対して考える素振りも見せず即答した。

「貴重な跡取り候補だ。それ以外何がある?」

突如、目の前が真っ暗になった気がした。ジワジワと目頭が熱くなり、何も見えない。やがてテーブルクロスに雫が垂れ、波紋のようにゆっくりと濡れていく。堪えようとすると、余計に涙が溢れてくる。

「どうでもいい事で泣くな、みっともない。」

 あぁ、やっぱりそうだったんだ。私は、誰からも愛されてなかったんだ。お父様にとって私は、ただの人形に過ぎなかったんだ。そう思ったら、途端に涙が枯れてしまった。全部どうでも良くなった。

 朝食も満足に食べず、フォークも食器もそのままの状態で席を立つ。

「学校行ってきますね。」

「ちょっと、ラヴィーネ…!」

母の引き止める声を背にして、さっさと登校準備を済ませ家を出た。走った。何故かわからないけれど、とにかく息が切れても走り続けた。

「フフ…アッハハハハ!」


 入学式の最中、当然のことながら理事長の挨拶がある。こういう形式のものは大抵毎年同じことを言っているからつまらない。退屈だったので、こっそりと欠伸をした。

「…であるからにして、皆さんは周りの大人、特に親御さんに支えられてここまで来た訳です。入学式が終わったら、親御さんに今までの感謝を伝えましょう。」

理事長のこの言葉がふと耳に入った。同時に、今までの父との地獄のような日々が一気に蘇ってくる。子供は親に愛されて育つもので、私の家庭がおかしいのだと嫌と言うほど自覚させられた。

 もう、耐えられない。すべて忘れて…ほんの少しだけでも幸せになりたかった。ガーチェ家に生まれてよかったと、誇れる日々が欲しかった。こんなに苦しくなるなら、生まれてこなければ良かった。

「(”貴重な”跡取り候補だ。それ以外何がある?)」

 私は父の後を継ぐために、母が産んだ人形。そう…最初から、私の自我なんてどうだっていいのだ。私がどう思おうが、騎士になる以外の選択肢を与える気はきっとなかったのだ。信託を受ける前、ひたすら稽古に打ち込んでいた時の方が、今よりずっと楽しかった。

「(あぁそうか…人形は人形らしく、何も考えずに動かされる方が楽なのね。それならもう、痛くない。苦しくない。)」


 それから約一週間、家にはもう帰れないからフラフラと学校内を徘徊していた。何日も飲まず食わずだったので、段々と視界がぼやけていく。目的もなく学校を彷徨った末に、私は自然豊かな美しい庭の真ん中に立っていた。

「どうせ死ぬなら…静かで、穏やかな場所が良いわね…天国もこういう所なのかしら?」

突拍子もなく死後の世界に興味が湧き、自分の身で検証しようと思った。リブロスの傷害事件で懲役がなく、家に返還されたカルシュトの剣。それを自分の左手首を突き刺し、グリグリと傷口を広げていった。

 止めどなく血が流れ、傷口付近がかぁっと熱くなった。貧血と空腹で視界が回り始め、その場に倒れ込んだ。ただ自分が作った傷を見ながら、私はそのまま意識を失った。


「う…ん。」

目が覚めると、視界に映っていたのは民家の屋根だった。ちらりと右を見ると、父が椅子に座りこちらを監視している。

「あ、起きた。君、どうかしたの?酷い傷だったけれど。」

「いやぁぁぁぁ!あう、うあぁ…」

どうしてまだ自分は生きているんだ!今度こそ終わらせられると思っていたのに!父が私を見ている。きっと怒っているんだ。何が駄目だった、何を間違えた!?

「お父様、どうして、どうして!ごめんなさい、ごめんなさい。許して、ください…」

 現実が受け入れられなくて、感情が高ぶりジタバタと暴れた。父は一瞬戸惑って動きが止まり、体の色々な箇所を私のせいで強打し、なすすべ無く吹っ飛んでいった。

「何、何が起きた…え?どういう、状況…?」

私が泣き叫んでいて、その中で微かにそう聞こえた。一体誰だろう?父とは明らかに言葉遣いも声色も違う。すると、今いる小部屋のドアが勢いよく開き、茶髪の少女が目を丸くしてこちらを見た。よく見ると、リブロスで私が斬った宿屋の女将にそっくりではないか!何故ここにいるのだろう。

「ちょ、ちょっと…!落ち着いてください、この人は父親じゃありません!」

女将はあたふたしながら私を近くの檻の中に押し込んだ。間髪入れずに鍵を閉められ、でられなくなってしまった。ひとしきり泣き叫ぶといつの間にか疲れてしまい、その日は檻の中で眠った。


 これが私とロゼットとの時間の始まり。そしてこの家での奇妙な牢屋生活を機に、私の人生は再び動き出す事となる。

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