弱肉強食旅行
レイニーが紹介したカフェの前で、私とレイニーは驚愕した。目の前の光景に目を疑い、ただその場に立ち尽くしていた。
「え、え?二人共どうしたの。早く中に…」
「ロゼ、貴方は黙ってなさい。」
「え、はい。」
レイニーはドアノブを握ったまま目を丸くしている。だって、そこには…
「これ美味しいねぇ。」
「だろ?俺もここ気に入ってるんだ。」
状況を理解した瞬間、レイニーは突如過呼吸に陥った。
「は、はあぁっ!?フォルズ…マジでぇ!?」
あまりの驚きにレイニーがキャラ崩壊を起こしている。無理もない。だってそこには、二人きりで紅茶を楽しむフォルズとシトラの姿があったのだ。
「で、ででデート中だよね!?」
「おっ、落ち着くのよレイニー。取り敢えずまともに呼吸をしなさい。」
屋外で騒いでいると、カフェの店員が痺れを切らして中に入るように言った。ドアの開閉音に反応し、こちらを見たフォルズと目があってしまった。フォルズの顔は火山が噴火するように急激に赤くなり、紅茶を吹き出しそうになっていた。
「あっラヴィーネ!?レイニーまで…いや、違うんだよ。決してデートとかじゃ!」
「言い訳はいいよフォルズ一発殴らせてくれればそれで済むんだから。」
レイニーはあからさまな嫉妬心を顕にした。どれだけ恋愛経験したいんだ。
「それにしても、貴方達いつの間にそういう間柄になったのよ?」
「いやだから、これはたまたまだ!」
「フォルズ君がね、行きつけのカフェがあるって紹介してくれたんだ。ラヴィちゃんも食べる?ここの紅茶とクッキー美味しいよ〜。」
シトラの幸せそうにクッキーを頬張る様子に、皆静かになり取り敢えず近くの席に座った。すると先程の店員がレイニーに近づき、話しかけてきた。
「レイニーくん、沢山客…じゃなくて友達を連れてきたね。」
「あぁおばさん、いいでしょ?いつも働いてんだから。」
話を聞くと、どうやら彼は学校に徒歩で通えるようにこのカフェで住み込みで働いているらしい。レイニーの故郷は学校どころかこの王国からも遠く、通学が難しいのだそうだ。
「ここが一番教育機関が発達してるし、何より都会だからね☆」
「なるほど…他の地域では学校とかあまりないものね。納得だわ。」
「(ラヴィとレイニー、なんか仲良さそうだなぁ…)」
右隣ではロゼットが複雑そうにこちらを見ている。不思議に思っていると、ロゼットがレイニーを見ながら質問してきた。
「ラヴィはさ、レイニーとは友達なんだよね?」
「当たり前じゃないの。他に何があるのよ?」
私が即答するとロゼットはホッと胸を撫で下ろし、コーヒーを一気飲みしてまた複雑そうな顔をした。苦手なら何故頼んだのだろう。まぁ誰にだって背伸びしたくなる時期はあるし、恐らくそういう年頃なのだろう。
「いやーそれにしても、僕達も三年生かぁ。修学旅行は半年後、ドキドキするよ!」
「そうだな。それまでにちゃんと準備しておかないと。」
「修学旅行って何処に行くの?お土産とか買いたいな。」
皆の深刻そうな表情とは裏腹に、レイニーのその呑気な問いに私は驚きが隠せない。そしてそれはシトラ達も同様のようだ。
「レイニー君知らないの?ウチの修学旅行は殆ど戦いの場だよ。」
「え、戦い?」
「あぁ。修学旅行は実際に魔物の討伐現場に送られて、そこで三日間生き残るんだよ。自分の身も守れない奴は先生が救助して脱落扱いになるんだが…留年は確定だな。」
予想とは真反対の修学旅行の実状に、レイニーは目玉が飛び出るほど驚いていた。口ぶりからして、彼はまだこの王国に来て精々二年くらいなので知らなかったようだ。
「殆どサバイバルゲームだね…」
「僕もそう思うよ。実戦で使える人材の育成とはいえ、普通そこまでする?」
ロゼットはブツブツと文句を言い出した。ふと外を見ると、もう日が暮れようとしている。ここに来た時は明るかったのに、時間が経つのは早い。
「フォルズ、そろそろ帰らなくていいの?」
「ん?あっーヤッベ!ごめん、俺帰るな!」
フォルズは慌てふためき、代金を払ってそそくさと荷物をまとめた。
「門限厳しいの?」
「そうだよ、急がないと!おやっさんにシバかれる!」
焦りなのか絶望なのか、よくわからない雄叫びをあげてフォルズは疾風の如く走り去っていった。
「フォルズのとこの道場主、すっごく怖いんだってさ。お気に入りの茶碗割った時剣の模造品持って追いかけてきたらしいよ?」
レイニーのその話を聞いて、フォルズがあそこまで血相を変える理由も何だかわかった気がする。東洋風に言うと、竹刀を持って追いかけ回されたという事だ。彼の生活も一筋縄ではいっていないらしい。
カフェを出て直ぐの事だ。フォルズは帰宅している最中だった。速度を落とさずに曲がり角を突破し、目視で通行人を避け、開けっ放しのバッグの口を抑えながら命懸けで走っていた。道場の裏口に滑り込み、玄関のドアに体当たりをして叫ぶ。
「た、ただいまー!」
リビングに行かなければ時間がわからない。門限を守れたのかがわからない。しかし、フォルズが一歩踏み出すより僅かに前に、それはそれは重苦しい足音が響き渡った。さぁ、今こそ審判のときである。
リビングから、スキンヘッドの中年男性がその厳格な顔を覗かせる。眉間のシワは四六時中あるので、怒っているのか検討もつかないのが恐ろしいところだ。
「…座れ。」
「えっあ…はい。」
フォルズはバッグを床に置き、仁王立ちしてこちらを見る男性を前に畏まった。
「…何故遅れた。」
「友達とカフェで喋ってました。」
「…デートか?」
予想外の発言が飛び出し、フォルズは返す言葉を失った。おやっさんの顔を見ると、更にシワが深くなり、目を細めている。十数年生活をともにした勘で、フォルズは彼が不機嫌になっていると今更ながらに悟った。
「はい…初めて女子とデートしました。」
「そうか…なら許す。」
一瞬時が止まった。おやっさんはそれ以上何も言わず、何事もなかったかのようにリビングに戻った。
「(……許されたー!?)」
気を取り直し、自分の部屋でバッグを片付けてキッチンに向かう。おやっさんが門限を設定するのは、実はフォルズが毎日晩ごはんを作るからなのである。
「なぁ、おやっさーん。そろそろ門限やめようぜ…」
「何言ってんだ。俺が家事出来ない人間だからお前を拾ったんだぞ。」
おやっさんの開き直った態度には、心底残念の一言に尽きる。
フォルズが少年の頃、路頭に迷っていた彼を育てる代わりにおやっさんは二つの条件を出した。一つは家事を代わりにやること、もう一つは将来自分の道場を継いでもらうことだ。
「そんなだから彼女出来ないんだよ…」
「あぁん?今何つった。」
「何でもないですー。」
表面上は言い合いばかりだが、フォルズとおやっさんは案外仲良しである。