俺が殺した
あれからどれくらいの時間が経過しただろうか。劇の最中に豹変し倒れたフォルズを医務室に運び込み、今は彼はベッドで寝ている。まず言いたいのが、その寝相の良さ!毎日毎日ベッドから転げ落ちて目覚めるロゼットとは大違いだ。
「…ずっと寝てるわね。疲れが溜まってたのかしら?」
「多分そんな生易しいものじゃないと思うよ?フォルズとはそこそこ長い付き合いだけど、あんな顔は初めて見たし。」
すると、先程からフォルズの寝顔を心配そうに見ていたシトラが振り向いた。
「フォルズ君とは学校で知り合ったんじゃないの?」
「いやぁ、実は違うんだよね。もっとずっと前から…お?」
レイニーはふとフォルズの方へ目線を移した。何とそこには、眠たそうな目で周りをキョロキョロ見ているフォルズの姿があった。
「あー…えっと、おはよう?」
何事もなかったかのような彼の気怠げな声に、一瞬場が静まり返った。しかしその後三人とも一斉にフォルズの下に駆け寄った。
「フォルズ!目が覚めたんだね、良かった良かった☆」
「…あれだけ心配させておいて、もっと言うことあるでしょう。」
「本当に良かった…死んじゃうかと思ったよぉ…」
レイニーに何度も背中をバシバシ叩かれ、私には不機嫌な顔をされ、シトラは彼の手を握って良かった、良かったと繰り返し言う。フォルズは状況が理解できず、ただポカンとした様子でベッドから起き上がっていた。
皆の気持ちが落ち着いてきた頃、私は威圧感のある仁王立ちでフォルズを問い詰めた。
「…で、何であんな事したのよ?」
「うーん…長くなるんだが、言わなきゃ駄目か?」
渋るフォルズに対し、レイニーは彼の頭を鷲掴みにして自分の方へ顔を向けさせた。そして、これまた威圧感のあるとびきりの笑顔で言った。
「…だ・め・だ・よ?」
「はい…すいませんでした。」
二人にこってり絞られて観念したのか、フォルズはポツポツと語り始めた。
「えっとな…あの時思い出しちゃったんだよ。俺の、両親のことを。」
▷▷◁◁
俺の故郷、スミスの里って言うんだけどな。あそこらへんは強い魔物がウジャウジャいたから、自衛のために鍛冶屋が大きく発展した。里の子供には産まれた時から[里の外に出てはいけない]って大人たちが言い聞かせてたんだ。俺も最初はそれを信じて、里の外に出ようなんて思わなかった。
俺が三…いや四歳の時だったか?暇な時間に母親と里を歩き回るようになって、そこで十数人の大人たちが外に出かける様子を度々見かけたんだ。魔物退治に行っていたんだと思うが、ガキの頃の俺にそんなこと分かるわけがない。
「ねぇお母さん。あのお兄さん達は何処に行くの?」
「あの人達はね、私達を魔物から守ってくれてるのよ。そのお陰で私達は普通にご飯を食べて、安心して寝れるの。」
「そーなんだ、凄いね!」
その時はそれで納得したんだけど、今度は今まで見たこともない[魔物]について興味が湧き始めたんだよ。
魔物討伐隊の一員だった父親はいつも遅い時間に帰ってきた。俺はその時間までわざわざ起きて、父親に意気揚々と質問した。
「お父さん、マモノってなーに?」
「えっ…うーん、怖い奴だよ!これくらい大きな角があって、こんなに大きな口があってだな…」
父親が何て返したのか殆ど覚えてないけど、多分こういうことを言ってたんだと思う。
「ふーん…何か面白いんだね、マモノって!あははは!」
その時俺は…ワクワクしていた。自分と違う、想像もつかない魔物の姿にとても興奮した。
「ねぇねぇ、今度ボクも連れてって!ボクもマモノ見たい!」
「そ…それは止めとけ。魔物に見つかったら、もうお父さんとお母さんに会えなくなっちゃうぞ?」
「えーウソだ。だってお父さんはマモノに会っても家に帰ってくるもん!」
一週間後、また父親たちは魔物退治に出かける事となった。母親は玄関で立っている父親に駆け寄り、手をギュッと握って訴えかけた。
「必ず…必ずこの家に帰ってきてね。」
「おいおい、心配しすぎだよ…大丈夫、可愛い妻と息子のためにも生きて帰ってくる。今晩は俺の好物作っといてくれよ!」
そして父親が母親とキスをして玄関のドアを閉めるのが、毎回の恒例行事だったよ。その後すぐ母親は洗濯物を干しに庭に移動した。今だ、って思った。息を潜めて部屋を出て、音がしないように気を付けて玄関のドアを開けた。家を出て周りを見渡すと、丁度討伐隊が出発するところだったんだよ。
大人たちに見つかったら絶対怒られるって思った。でも俺は魔物をどうしても見てみたかった。だから、後ろをこっそりと付いていくことにしたんだよ。でも、暫く尾行を続けている内に大人たちを見失った。
「パパ、何処行っちゃったの…?怖いよ…」
ここが何処なのかも、家への帰り道も分からなくてただ震えていた。そしたら、どこからか動物の鳴き声が聞こえたんだ。
「グルルル…」
「だ、誰かいるの…?怖いよ…」
茂みを掻き分けて、こっちに顔を出したのは虎の親子だった。当時の俺はそうだと思った。でもよく見ると、背中から触手みたいなのが生えてるし、それに鳴き声も何か違うと来たもんだ。自分が会いたかったはずの魔物は、想像よりもずっと悍ましいものだった。
「あ…う、うえぇーん!」
怖いし寒いしでもう無茶苦茶だった。自分の状況お構いなしに取り敢えず泣きじゃくった。まぁ当然そんなことしても、余計に魔物を刺激するだけな訳で…魔物は俺を敵とみなして襲ってきた。もう駄目だと思って、腰が抜けた次の瞬間、母親の声がした。
「フォルズ!」
母親は俺を抱きしめて、そのまま背中の皮を魔物に噛みちぎられた。でも母親は痛がるそぶりも見せず俺の心配をしたんだよ。
「フォルズ…怪我は、なさそうね。」
「お、おかあさ…ごめんなさい。」
「よく聞いて…あっちに走れば、お家に帰れるわ。コイツらは、お母さんがやっつけるから…!」
そう言うと母親は丸腰で魔物に立ち向かった。魔物の顔面を拳で殴って、腕に噛みつかれて、血だらけでまた立ち上がって…でも俺は恐怖で動けなかった。母親がボロボロになる姿をただ見ていた。
やがて母親は立ち上がらなくなった。赤い水が体中から溢れて、声を出せなくなった。そして魔物たちは、俺の目の前で母親の遺体を食い散らかした。母親だったものがグチャグチャになって、正直吐き気がしたよ。
「…ルズ、フォルズー!ここにいるのか、いたら返事をしてくれ!」
「あ…お父さん、ここだよ、ボクはここだよー!」
「ッ!良かった、無事だったんだな…!?」
無惨な姿の妻の遺体を見て、父親の手はワナワナと震えていた。今まで見たこともない怖い顔で、叫びながら魔物に突っ込んでいったんだ。
「う…うあぁぁぁ!よくも…よくも俺の妻を!殺す、てめぇら全員ぶっ殺してやる!」
父親は鬼神のごとく敵を倒していったけど、自分の身を守ろうとはせず、自分もどんどん傷だらけになっていった。そして最後の魔物を倒しきると、父親も魂が抜けたように動かなくなった。
その後すぐ討伐隊の人たちが来てくれた。既に死んだ両親に、その側で泣きじゃくる子供。何があったのかと聞かれた時に、咄嗟にこう言った。
「ボクが殺したんです、全部…全部悪いんです!ごめんなさい、ごべんなざい…」