それは激情か、または演技か
こんにちは、シャルロットです。…え、なんで私なのかって?そりゃあ、お兄ちゃんとラヴィーネさんの劇を見に来たからですよ!
今見ているのはラヴィーネさん達の劇なのですが、何だか様子がおかしいんです。主人公である魔王の味方が勇者によって殺されてしまうシーンで、魔王が味方の亡骸を抱いたままピクリとも動きません。誰も何も言わず時だけが過ぎ、観客席側がザワザワしてきました。
「…また、護れなかったのか?」
魔王のその一言に、その場にいた誰もが思わず目線を彼に向けました。彼の目から溢れ出る涙がポツリ、ポツリと屋根から滴る露のように静かに地面に落ちています。魔王は仲間の遺体を自分の玉座に座らせると、勇者の方に顔を向けました。彼は憎しみに満ちた目をしていて、それこそ血の涙が出そうな程です。魔王は鞘から自分の剣を抜き、構えました。
「殺す…!」
「仕留め損なったか。だが魔王、今度こそお前の首を私の刃で跳ねる!」
二人の戦いは私には殆ど視認出来ないほど激しいものでした。二人の白熱した、己の憎悪をぶつけ合うこの戦いに誰もが目を奪われました。最初は実力が拮抗していましたが、段々と魔王が押されていきます。
「はあぁ!」
勇者の一太刀を受け魔王は端に大きく吹っ飛びましたが、直ぐに立ち上がって剣をふるいます。怒りで行動が単調な故に何度も何度も攻撃を受け、打撲の痕からは血が流れ、痛々しいほどに傷だらけでも魔王は攻撃をやめません。
「もうやめろ!お前はもう、私には勝てない。わかっているだろう!」
「あぁわかってるさ!こんな事したってどうにもならないことも、お前が俺より強いってことも!わかってんだよ…全部!」
やはり何かおかしいです!確かにこれは劇に過ぎませんが…こんなにボロボロになる筈はありませんよ。いつ気絶してもおかしくないくらいの状態で、魔王はそれでも叫びました。
「でもな…それじゃ収まらねぇんだよ!何もかも嫌いだ、ヴィオラを殺したお前も、部下一人護れなかった…クソみたいな自分も!」
魔王はもう声が殆ど枯れていました。フラフラで右も左も分からなさそうなのに、太刀筋は衰えません。魔王の叫び声に圧倒されたのか、勇者は隙をつかれ地面に膝をつきました。
「ほら…ハハハ、どうした?殺してみろよ、俺を…勇者なんだろ。」
「くっ…まだやれる。舐めるな!」
体制を立て直した勇者に、魔王が接近し心臓部を突き刺そうとしたその瞬間です。突如無数の火の玉が魔王を襲い、魔王は背中が焦げて倒れてしまいました!その犯人は、今まで沈黙と傍観を貫いていた勇者一行の魔道士。勇者が魔王を弱らせ、その隙に止めを刺す。その作戦に皆が感服する中、魔道士は魔王の剣を拾い上げ、呆気にとられている勇者の腹部を刺したのです。
「ゲホッ...!どうして…私を?」
「いやぁお疲れ様でした。まさか魔王をここまで追い詰めるとは、想像以上でしたよ。」
「やはり…お前か。俺に人間の村を焼いた罪を擦り付けたのは。」
「えぇ、そうですよ。」
魔王は体に鞭打って何とか立ち上がろうとしますが、手足が思ったように動かないようです。魔道士は屈んで倒れ込む魔王に目線を合わせ、話を続けます。
「魔王殿、貴方は魔族にしては異常な程の力を持っている。私は、その秘訣が知りたいのです。体がしびれて動けないでしょう?そこで待っててくださいね。」
すると魔道士は今度は勇者に近づきました。
「お前だったのか…家族の、村の皆の敵は…!」
「大変だったんですよ?貴方の村を焼き払って、魔族もろとも孤立させて。途方に暮れた貴方を魔王の下まで誘導した。でも、死なない程度には痛めつけてくれましたし、これなら私でも魔王を捕らえられます。」
勇者が一矢報いようと魔道士を睨みつけると、魔道士は高らかに笑い始めました。
「そんな怖い顔しないで。それでは…さようなら☆」
魔道士は魔王の剣を勇者に突き立て、振り下ろして脇腹に剣を刺しました。腹部を狙って刺そうとしたようで、驚いて振り向くと足に魔王がしがみついていました。魔道士の腕を後ろ向きに引っ張って体勢を崩したところを狙い、魔王は彼を羽交い締めにして放しません。
「な、何をする気です!?馬鹿な、貴方はもう動けない筈だ!」
「火事場の馬鹿力だよ…ただじゃ、死ねないからな!」
やがて魔王の体は激しい光を放ち、私は目を開けていられなくなっていました。
激しい輝きがまぶたの奥から消えた時、目を開けるとそこには既に息絶えた魔道士と、恐らく自爆したと思われる魔王が横たわっていました。勇者は脇腹に刺さった剣を自力で抜き、魔王に歩み寄ります。魔王はちらりと勇者の顔を見てこう質問します。
「よぉ…生きてるか?」
「生きてるさ…何故、私を助けたんだ?」
「さぁ、何でだろうな。何か…どうでも良くなっちまった。」
勇者は荷物袋から薬草を取り出し、魔王に飲ませようとしますが、魔王はそれを手で制します。
「待て…これで良いんだよ。楽に、終わらせてくれ。」
「何でそんな事を…」
「魔族の命は長い…ヴィオレンテは、俺が思いを伝える前に逝った。これから何百年、彼女は俺が…殺したんだって…そう思って生き続ける、なんてごめんだ。じゃあな勇者…幸せに生きろよ。」
勇者は暫く、魔王の安らかな眠り顔を見つめていました。そして自分の剣と魔王の剣、二本の剣を持ってその場を後にします。勇者のどこか儚い後ろ姿を背に、舞台の幕はゆっくりと閉じていきました…
舞台の幕が下がり、私達のグループの劇は終りを迎えた。それと同時に私、ラヴィーネは他二人とともにフォルズのもとに駆け寄った。
「ちょっとフォルズ!大丈夫なの!?」
必死に呼びかけたが、返事は一向に返ってこない。フォルズの見るも無惨な姿に、シトラは殆ど半泣き状態でフォルズの名前を繰り返し呼んだ。
「フォルズ君…フォルズ君、しっかりして!」
「二人共落ち着いて、フォルズを医務室まで運ぼう。」
レイニーの冷静な指示に私達はようやく我に返った。治癒魔法で応急手当を済ませた後に、私とレイニーの二人がかりでフォルズを運び込んだ。ステージ上に置きっぱなしだった小道具類は全てシトラが回収してくれたので、イベント自体は滞りなく開催されたようだ。
医務室の扉を破壊する勢いでこじ開け、ともかく誰かいないか必死に呼びかけた。
「せ…先生!いらっしゃいますか!」
「どうした、そんなに慌てて…!?なんてこった、直ぐにベッドに寝かせろ!」
それから先生は大至急フォルズの傷の具合を診てくれ、更に意識が朦朧としていたので暫くベッドで寝させてくれた。
「全く腰抜かすかと思ったわ。一体何したらこうなるんだ?」
「それが、ぼく達にもよくわからないんですよ。」
そう、わからない。魔王がヴィオラの遺体を抱くところまでは順調だった。しかし、そこからフォルズはおかしくなったのだ。台本にも一切ない台詞を言い出したかと思えば、突然剣の模造品を持って襲いかかってきた。フォルズ相手だと加減ができず、何度も怪我をさせてしまったが、それでも彼は止めなかったのだ。血だらけになっても向かってきて、正直恐怖を感じた。
口調や雰囲気は台本の中の魔王そのものだったが、劇中の節々で見られた抑えきれない憎悪、自己嫌悪で何もかも壊そうとする心の叫びは、間違いなくフォルズ本人のものだったように思う。魔王とフォルズの声が重なっているような、そんな感じがした。
「取り敢えず、目が覚めたら尋問のお時間だね☆」
「そうだね…フォルズ君どうしたんだろう。」
三人でベッドで寝ているフォルズを見ていると、彼は尋常ではない量の汗をかいていた。
「おかあさ…俺、殺し…ない。」
彼は先程からずっと同じような寝言を繰り返し言っている。広場から観客の拍手や歓声が聞こえてくる中、私達はただフォルズの意識が戻るのを待つことしか出来なかった。