今、幕が上がる
「よう、ラヴィーネ。ロゼットは一緒じゃないのか?」
朝の通学途中、珍しくフォルズと会った。今日はついに劇の本番、九時頃に一般客の受付が開始される予定だ。
「おはよう。ロゼは今頃学校でせっせと会場準備よ。だから今日はいないの。」
「あぁそういう事か。まっ、今日は頑張ろうな!」
貴方が一番心配なのよ、と言いかけて慌てて口を塞いだ。フォルズからしたら、同級生が突然口を塞いで黙り込み、気不味そうにチラチラ見てくるではないか。今完全に挙動不審な奴だと思われた。
「…それでは!舞台裏で会いましょう!」
私が焦って逃げるように走り去ろうとすると、フォルズは笑いを堪えながら手を振ってくれた。私としたことが、つい冷静さを欠いてしまった。以後気をつけるとしよう。
私はそのまま広場に足を運んだ。昨日まで何もなかったのに、そこには立派なステージと沢山の椅子が準備されていた。
「ロゼ?会場づくりは進んでるかしら。」
「あ、ラヴィやっほー。ふふん、見ての通り順調だよ!」
「随分機嫌がいいじゃない。何かあったの?」
「むぐぐ…別に何も。」
ロゼットは何故か頬をプクッと膨らませ、不機嫌そうに会場づくりに戻っていってしまった。偶然通りかかった他の係の人に、何があったのか聞いてみた。しかし何も答えない。
「(ガーチェさんが来た途端に機嫌良くなったとか言えるわけないじゃない!どうしたら良いのよ!?)」
皆揃って変なことばかりだ。少々疑問は残るが、そろそろホームルームの時間だ。私はその場を後にし、教室に戻った。
ホームルームの時間、先生が教壇で話をし始めた。
「今日は劇の本番です!未来の後輩たちに格好良いところを見せられるように、皆さん頑張ってくださいね。それでは、会場に移動してください。」
あと十数分程で一般客の受付が始まる。そうなれば混雑で移動しにくくなるので、生徒達は一足先に会場に移動するのだ。広場に着いた後、同じフォルズ達を探して周りを確認するが、これだけ人数が多いと中々見つけられない。
「フォルズー?シトラさーん!」
声に出して呼びかけてみると、誰かが一瞬こちらを見た気がした。気がついてくれたのだろうか、誰か二人が小走りで近づいてくる。よく見ると、それはフォルズとシトラだった。
「あぁーいたいた。探すの結構大変だったな…」
「私もそう思うわ。ところで…レイニーは何処なの?」
三人で顔を見合わせ、暫くの沈黙が流れる。すると後ろから聞き覚えのある声がした。
「ここだよー。探させてごめん☆」
振り返ると、自分の衣装を持ったレイニーがいかにも「テヘペロ」といった顔をして立っていた。しかも何だか前に見せてもらったものよりデザインが豪華になっている気がする。
「おまっ…何自分一人だけ衣装を豪華にしてんだよ!?」
「暇だったからアレンジしてみたんだ。凄いでしょ☆」
「腹立つからそのウィンクやめろ。」
フォルズが苛立ちを隠せずにいると、シトラが口元に人差し指を当てて静かにするようジェスチャーした。そして、そのすぐ後に開会式の始めの言葉の一部が聞こえた。私達の練習の成果を見せる舞台が今、開演する。
私達は三番目に劇を行うので、かなり最初の方だ。衣装に着替え、各々の台詞の注意すべき点を確認していると私のグループ名が呼ばれた。私達は、今から舞台に上がり劇をする。失敗は許されない。深呼吸をし、心を落ち着かせた。
「よーし、じゃあ…行くか!」
「…うん、頑張ろう!」
最初にフォルズとシトラが幕の外に出て、定位置についた。フォルズが手でグッドサインを送ると同時に、ゆっくりと舞台の幕が上がっていく。この劇の最初の場面は、魔王が意識を取り戻すところだ。まだ出番がない私とレイニーは、固唾をのんで見守った。
「…様、魔王様…あら?お目覚めになりましたか。」
「う…ん。えっアンタ誰!?ここ何処!?」
練習通りフォルズがビクビクして飛び起き、シトラは少し驚いた顔をした。出だしは良い感じだ。
「…?覚えていらっしゃらないのですか。貴方の下僕の、ヴィオレンテでございます。」
「え…ちょちょ、ちょっと待てぇい!え、俺何者!?誰なの!?」
「…どうやら記憶を失っておられるようですね。貴方は魔王サタナキア様、この城の主です。皆心配しております、一先ず玉座へ行きましょう。」
「えっちょっと、離せよ!俺これから何されるんだよー!?」
ここから場面は移り、魔王は自身の部下に回復したことを告げるために様々な魔族に会いに行く。元大根役者なだけに、上手い具合に誤魔化そうとする彼の演技が場面に合っていた。
この次は私達の番、勇者一行が魔王城に攻めてくるシーンだ。
「魔王様、勇者一行が城の城門を突破した模様です。いかが致しましょう?」
「はぁ…え?本当に俺勇者に殺されんの!?ちょ、ちょっと待て。俺が何したって言うんだよ…こんなところ死んでたまるかっての!」
バン!ドアを破壊する勢いで私はドアを開き、鬼のような形相で魔王…もといフォルズに詰め寄った。そのあまりの剣幕に、フォルズは素で冷や汗をダラダラとかき出した。
「ここか、魔王!遂に見つけたぞ…村の皆の敵、覚悟しろ!」
「落ち着いてください、勇者殿。相手はあの魔王、怒りに身を任せて勝てる相手ではありません。」
「あ、あのう…えっと、すみませんでしたー!許してください!」
圧巻のジャンピング土下座に、観客も同級生も言葉を失っている。
「お、俺実は記憶がなくて…もし過去に過ちを犯したのなら、償います!だから…」
フォルズはシトラをチラリと見た。シトラは不思議そうに、されど悲しそうな瞳をして立ち尽くしている。
「だから、城の魔族達には手を出さないでください!」
「許してほしいだと?何を…今更何を!貴様のせいで俺は、家族を失った!村は焼き尽くされ、帰る場所も奪われたんだ!」
私はボロボロと涙を零し、嗚咽混じりに続ける。
「守りたいなら…最初から奪うなよ!人の守りたいもの壊して、楽しいのかよ…!」
「魔王の戯言に耳を貸してはいけません。早く止めを、勇者殿。」
「あぁ…あぁわかってるさ。コイツは断罪されなくてはならない存在だ。」
演技の中で、自然と腸が煮えくり返るような怒りが沸々と湧いてくる。血が出そうなほど唇を強く噛み、怒りに身を任せて魔王一直線に突っ込んだ。魔王は命の危機に直面し、体が硬直している。
私が魔王を斬ろうと剣を振り上げた次の瞬間、咄嗟にヴィオレンテが魔王と私との間に入った。魔王は勢いのまま押し倒されたが、彼女は背中を深く斬られ、彼に覆いかぶさるように倒れこんだ。
「…ヴィオレンテ、大丈夫か!何故…何故庇ったのだ!」
「ふふ…お怪我は、なさそうですね…良かった。」
「ヴィオレンテ…ヴィオラ!しっかりしろ…目を、開けてくれ!」
魔王は息も絶え絶えのヴィオレンテを抱きかかえ、必死に呼びかける。しかし、言葉だけではどうにもならない。ヴィオレンテは微笑み、震えた手で魔王の頬に優しく触れた。
「ようやく、ヴィオラと…呼んで、くれましたね…?」
「あぁ、すべて思い出した。お前のことも…人間への感情も。」
「良かった…サタナキア様、私はずっと…貴方が」
好きだった、と言いかけてヴィオレンテは息を引き取る。ここで魔王は彼女の遺体を床に置き、勇者を殺そうとする…筈なのだが。フォルズは動こうとも喋ろうともしない。
「(どうしたのよ、台詞忘れたの!?)」
私もレイニーも、若干ハラハラした気持ちでフォルズの次の言葉を待った。